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5月の放課後。屋上で感じる風は、若葉の匂い。
さっそく百合葉が、お腹の底から大音量で、発声練習を始める。
「あー、あー、あー。あいうえ、えおあお」
学園中に轟くような大声なので……4月のうちは、皆驚いていたけど。
もう、生徒たちも慣れっこ。星花の日常の一部となりつつある。
それでも……一人になりたくて屋上に来たと思しき生徒たちが、「またか……」という顔で立ち去っていくので、替わりに美綺が、心の中で詫びた。
(ごめんね。水下さんに……あっちは、2組の桶屋さんだっけ)
「ね、ほら美綺ぽんも。屋上から叫ぶの、気持ちいいよ?」
「……いや。僕はそういうの、いいよ」
恥ずかしいし、キャラじゃないし。そう断ると、百合葉が顔を覗き込んでくる。
「えぇー? なんか暗い顔してるよ。元気にいこうよ、元気に」
……テスト結果が、トップでないのが、思ったより悔しいみたい。
美綺が頬を膨らませていると、百合葉は軽やかに、くるくると回ってみせながら、フェンスのそばへ。
「……よし。じゃあ、私が美綺ぽんの分も声出して。思いっきり、歌っちゃおうかな」
そして。音が、炸裂した。
よく歌姫の美声を鳥にたとえるけれど。うん、まあ。美滝百合葉の場合は、爆発物だ。
澄んだ声には違いないけれど、とにかく音量。
脳を直接震わせるみたいな、魂をつかまえて、がっくんがっくん揺さぶってくるような、そんな歌声。
『♪ 限界なんて無い 僕たちは、いつだって無限大 ♪』
ビリビリ轟く。アイドルの本気。
「美滝百合葉の歌は、ライブで聞いてこそ」「CD音源では、良さが半分も伝わらない」と業界で評された、圧倒的迫力の生歌。
『♪ どこまでだって飛べるよ 翼に歌を乗せて ♪』
百合葉の発声練習には慣れてる生徒たちも、本気の歌声は別。校庭に、生徒たちが集まってくる。
手拍子、合いの手。いつの間にか、校舎のどこからか、軽音部だろうか、伴奏まで付き始める。
『♪ 壁を越えて 星の果てへ 見つけにいくよ 僕だけの夢 ♪』
今のユニット「mizerikorude」結成より前。
まだ小学生だった百合葉が、ブレイクするきっかけとなった、代表曲。
「∞×∞」……作曲、棚田亜紀。作詞、結野あきら。
『♪ 飛ぼうよ 無限大の未来へ ♪』
美滝百合葉のために。百合葉に歌われるために産まれたような、そんな歌詞に。
美綺も、胸の奥が何だか燃えてくるような。
星の瞳のアイドルと、目が合うと、釣られて、にこっと笑顔に。
「ありがとー♪」
歌い終わると、校庭に集まった生徒たちからの拍手に、ぶんぶんと腕を振る百合葉。
美綺の方へ、くるっと振り返って。きらきら輝く、星の笑顔で、
「どう? 貴女のためだけに、アイドルが歌ってみた感想は♪」
茶目っ気たっぷりにウインクする百合葉に、美綺は。
愛しさが溢れて、つい。唇が疼いて、頬を赤らめ、指で押さえてしまう。
その反応に、百合葉も真っ赤になって、けれど拒む様子も無いので。
頬へと指を伸ばし、そのままキスをした。
※ ※ ※
そして夕方。下校のチャイムが鳴るまで、口づけを交わし合っちゃった2人。
「……もう。百合葉ってば、がっつき過ぎ」
「……ふぁ。これ、クセになるかも♪」
いつの間にか百合葉の方が積極的になって、ちゅっちゅ、ちゅっちゅ……。
さすがに我に返ると、お互い恥ずかしくて顔真っ赤。
「ふふ。でも、元気出たでしょ?」
照れながら百合葉が尋ねると、美綺は長い黒髪を弄りながら、こくんと頷く。
「うん。やってみる、UFO部も。天文部だって入ってみたいし、もちろん勉強もね」
期末では、目指せ学年1位! 目をキラキラさせる美綺に、百合葉もうんうんと。
「私も。お仕事に、部活に。ほら、もうすぐ秋の……星花祭の実行委員も募集、始まるでしょ。それもやってみたいなって」
「え、さすがに忙し過ぎない……?」
いくらなんでも心配になる美綺へ、百合葉は腰に手を当てて。
「ふふん、私を誰だと思ってるの? 美滝百合葉よ。体力には、自信有り!」
と、大事なことを思い出した、と。制服のポケットから、何やら取り出す。
「来月には、ドームでライブもやるのよ。はい、美綺ぽんの分のチケット♪」
明日からは「mizerikorude」のメンバーでライブのレッスン!なのだと。
「ほんとに忙しいんだね!?」
「……だって、何も諦めたくないから」
強い瞳で微笑む百合葉。どんな限界にも立ち向かう、彼女はまさに、∞ガール。
そんな彼女へ、美綺も、
(負けたくない)
負けじと全力で輝く、星になりたい。そんな感情を抱いた。
5月の夕暮れ。急に、百合葉が空を指さして、はしゃいだ声を出す。
「見て、一番星!」
……お互いに、暗い夜空の中でも見つけ合える。
それぞれの一番星であれるように。2人は笑い合いながら、家路についていった。
《第3話へ続く》