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∞ガールズ!  作者: 百合宮 伯爵
第2話 ∞×∞
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9

 初夏の夜、潮風の心地良い柳橋やなぎはし邸。

 お勉強会を終えた百合葉、寮へ走って帰る気満々だったけど、さすがに美綺が止めた。

 美綺パパが帰ってきたら、車が送ってあげる予定だ。


 で、その前に。

 約束通り、美綺の「好きなこと」「本当にしたいこと」を見せることに。

 と言っても大したことをするわけじゃなく、自室へ入れるだけ。

 なのに、美綺が恥ずかしがって躊躇ためらうので、


「も、もしかして美綺ぽん。部屋にえっちなBL本、隠してるとか?」


 むしろ期待するように頬を赤らめ、百合葉が聞く。


「違うから。……君こそ、寮に隠してたりするの?」


「……アイドルのプライベートを詮索とか、いけないと思うの♡」


 髪を弄りながら誤魔化す百合葉を見てると、自分の秘密を隠すのが馬鹿らしくなって……もしかしたら、これも彼女なりの気遣いだったのだろうか? 美綺は意を決して、百合葉を部屋に招いた。


 家そのものと同じに、すっきりとシャープな印象のお部屋。

 インテリアは最低限に、アクセントに置かれた小物がセンスの良さをうかがわせる。

 けれど何と言っても目を引くのが、白い壁にピンで留められた……。


「写真がいっぱいね。これは……UFO?」


 百合葉へ椅子を引いてあげながら、美綺は語り始めた。


「怖いんだ。砂漠が、とても」


 いきなり脈絡の無い話ね……とか思ってそうな顔を百合葉はするけど、ここは大人しく聞き役に徹する。


「子供の頃、両親に連れられて、海外のあちこちに行ってね。その中で、タクラマカンの砂漠が、脳裏に焼き付いていてさ。何も無い、何もかも枯れ果てた世界。子供心に、いつか僕らの街も、世界も、こんな風になるんじゃないかって、たまらなく怖くなったんだ」


 UFOに混じって張られた、星々、星雲の写真を、白い指でなぞりながら続ける。


「その反動かな。星、銀河、宇宙。そういったものに、すごく惹かれて。星の海……そこは砂漠と同じで、生命いのちなんて無い世界かも知れない。けれど、有るかも分からない。無限の、可能性の世界」


 いつかそこに、漕ぎ出してみたい。それが柳橋やなぎはし美綺みきの欲求。


「だからUFOと言っても、オカルト好きのつもりは無いんだ。お風呂での換気扇の話もそうだけど、僕は技術に興味が有ってね。宇宙を、星を渡る技術。それは、どんなものなんだろうって」


 本棚から美綺が抜き取るのは、宇宙開発の技術史。


「知ってる? アポロ11号が月に降り立ったのが1969年。だいたい50年前だね。でもそこから、僕ら人類は、どれだけ前に進めたんだろうか。いまだに月にも火星にも住めやしないし、これが人類の限界なんだって言う人もいる。あの……怖い砂漠を、住めるように緑化する方がずっと現実的だって、それはきっと正しいんだろうけど」


 でも、浪漫が無いじゃないか。限界なんて言われたら、何だか無性に悔しい。

 星へ、星の彼方へ。未知の可能性へ手を伸ばすのは、人間の、いや生命の、当然の欲求なのだから。


「だから、僕は『誰もやったことの無いこと』をやりたい。人の可能性ってものを、拡げてみたい。それが、周りには変に見えるのは承知だけど……」


 これこそ、柳橋美綺の奇行の正体。限界なんて認めない。少しでも興味を持ったことは、とりあえずやってみる。それがいつか、地球の閉塞を破って、宇宙へ飛び立つきっかけになればと願って……。


「……うん。いつかは、UFOを造ってみたいな。これが僕の、やりたいこと」


 窓の外の夜空へ手を伸ばし、憧れを口にする。

 そして百合葉の方へと振り返ると。


 椅子に座ったまま、口元によだれまで垂らして、船を漕ぐ百合葉……。


「!? ……ごめん、寝てた!!」


「君ってやつは……。自分から踏み込んでおいて……!」


 美綺が頭を抱えると、


「ごめんってばー!? で、でもほら。美綺ぽんはミステリアス美少女が売りだから。理解できないままのが、神秘的でキュートかもって」


「すごい言い訳始めた……」


 ……まあ、百合葉も疲れてたんだろう。そう美綺は納得することにした。

 日々のアイドル活動に、勉強、とどめに今日は、この家までジョギングしてきたのだし。

 それで長い話を聴かされては、眠くもなるのだろう。


「けど、大事な所は分かったから安心して? つまり美綺ぽんは、宇宙が好きってことね!」


「……ものっすごく端折はしょられた気はするけど。まあ、違ってはいないよ」


 ジト目で答えると、百合葉は何故か、ほっとしたように胸を撫で下ろした。


「良かった、思ったより普通で。私さ、この前『世界びっくり人間』とか収録したから。もっと、とんでもない秘密が出るんじゃないかって、構えてたんだけど」


「……普通なんて言われたの、初めてかも」


 美綺は目を丸くする。奇人変人扱いされるのに慣れ過ぎて、「普通」と評されるのが、新鮮だったから。


「ちなみに、百合葉が思う、『普通じゃない』秘密って、どんなの?」


「そうね。実は悪の秘密組織の総統で、部屋を開けたらクローン戦闘員の培養槽がいっぱい……とかだったら、びっくりしたかも!」


「……ハードル高過ぎない?」


 ちょっぴり呆れて。何だか、可笑しくなって。


「ふふっ。やっぱり、君の方が変な子だよ」


 微笑むと、百合葉、それって褒めてる?と頬を膨らませて、


「……けど、わりと普通だって思ったのは本当よ。恥ずかしがって、隠すような趣味でもなかったじゃない?」


 そう言われて。美綺も、首を傾げる。


「……そうだね。何で、君に見せるのを、恥ずかしいって思ったのだろう」


 変な奴って思われるのは、慣れてるし。別に今さら、誰にどう思われたって、気にする性格でもないはずなのに。

 美綺は自問して。すっと、腑に落ちた。


「ああ、そうか。……君が、特別だからだね」


 長い黒髪が、窓からの夜風に揺れて。

 にこっと笑うと。百合葉の顔が真っ赤になった。

 その顔へ手を伸ばし、百合葉の亜麻色の髪をすくって、薔薇色の唇を当てる。


「……ふふ。君は、まるで火星の化身だね」


「な、何かよく分からないケド。褒められた、のよね?」


 美綺にしてみれば、地球のお隣さん……火星にたとえたのは褒め言葉で。


「ああ、金星の方が良かった? イシュタルにアフロディーテ……美の女神に紐づけられるからね」


 しかし火星の方が、地球と環境も近いし、賛辞としては適切なのではないか。

 そう持論を展開し始める美綺へ、百合葉も、くすりと笑って。


「やっぱり、貴女も変な子よ。だから……見てて、飽きないのかな」

 

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