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放課後。久々のオフともあって、百合葉は、美綺のお家へお邪魔することにした。
徒歩で。
「歩きなら多分、2時間ぐらいって美綺ぽん言ってたし。ちょうどいい運動ね!」
ジョギングでの体力づくりは、全てのアイドル活動の基本なのだ。
美綺が準備するのを待つ間、ジャージに着替えた百合葉。
正門前でのストレッチに、余念が無い。
「あ、ゆりりんのジャージ姿、激写」
パシャリと音が鳴った方へ目を向けると、写真部の同級生2人。
写真を撮ったのは、同じクラスの猫好き少女、猫山美月。本人も気ままな野良猫といった印象の、マイペースな子だ。
「おー、さすがアイドル。急に撮ったのに、ばっちりカメラ目線でポーズ決めてる……」
「ふふん、まあね♪」
得意げな百合葉の前で、画像をチェックする美月。
彼女をたしなめるのは、隣のクラスで、同じく写真部所属の塩瀬さん……塩瀬晶。
短めの髪がボーイッシュで、ゆるふわな美月と並ぶと、何だかシャープに見える。
「いいの? アイドルの写真、勝手に撮って」
権利とか、色々有るんじゃ……と心配する彼女に、百合葉が答える。
「いいの、いいの。猫ちゃんは、私公認だもの」
「ゆりりん、『猫ちゃん』はやめてってば。私は確かに苗字、猫山だけど、猫さんという尊い存在に人間ごときの私が対等になろうなんて、そんな畏れ多いこと考えてないから」
と言いつつ美月、スマホを操作して、SNSの画面を晶に見せる。
「ゆりりんのオフショット載せたら、フォロワー増えた。やった。ぶい」
「ふふん。そして私は、報酬として、可愛い猫の画像を、真っ先に見せてもらうの。猫好きさん達が私をフォローして、私のファンの人が猫ちゃんのアカウント、フォローして。お互いフォロワー数爆増の、WIN-WINな関係なのよ。ねー?」
「ねー」
晶が美月のスマホ画面を見せてもらうと、フォロワー数が余裕で万単位で、リアルに、
「ヒェッ……!?」
小さな悲鳴が出てしまった。猫山美月、WEBの世界では有名人。
猫の写真は、アイドルと同等……もしかしたらそれ以上に人気なのだ。
「す、すごい。ボクも、猫の写真とかアップすべきなんだろうか……?」
悩む晶をよそに、百合葉は、美月を抱き締めて頬っぺたすりすり。
「私は、猫ちゃん自身の写真も欲しいなー。この前付けてた、猫耳カチューシャ、可愛かった♡ また見せてよー」
「だめー。私は顔出しNGだから」
そんな風に戯れながら、美綺を待っていると。涼やかな声が、流れて来た。
「お待たせ、百合葉。僕は、この愛車があるから。君の荷物は持つよ」
ハンドル付きの2輪車……いわゆるセグウェイに乗って、美綺がやってくる。
長い黒髪をかき上げると、5月の風もキラキラして見える……圧倒的美少女感。
アイドル、美滝百合葉ともあろう者が、思わず見惚れてしまって、
「か、顔がいい……!」
頭悪めな感想を漏らすと、美月もカメラをパシャリ。
「セグウェイに乗る美人。これは、絵になる。つい撮っちゃうね……」
「セグウェイで下校って、あれ公道走って良いんだっけ。うーん……?」
真面目な塩瀬さんだけ、首をひねるのだった。
※ ※ ※
星花女子学園があるS県空の宮市は、山も海も有る、自然豊かな街。
5月の潮風が心地よい海沿いの坂道を、百合葉は元気に掛け声発しながら、セグウェイの美綺と並んで走る。
「アイ! 喝! アイ! 喝!」
「……何、その掛け声」
「『アイドルたる者、常に自らへ喝を入れ続けよ』の略よ!」
「君は修行僧なのかい?」
非常にうるさいので、つい距離を取ってしまう美綺。
それでも、たまに街の人が百合葉に気付いて声を掛けると……にこっと、最高のスマイルで手を振り返すのには、感心した。
「さすがプロ、だね」
「アイドルは常在戦場なのよ。アイ! 喝!」
美綺の家は、海を一望できる、山の上にあるらしい。
森の中の坂道を登っていく。
もう1時間は、かなりのペースで走っているのに、体力おばけの百合葉には物足りない様子。
「崖は無いの? 崖を登ってこそ1人前のアイドルって、美緒奈先輩言ってた!」
「無い。有るかもしれないけど、通り道として認識したことが無い。それと、その先輩はアニメの見過ぎだと思うよ」
さてさて。初夏と呼ぶには早すぎるけれど、日の入りが遅くなってくる季節。
午後の5時を過ぎた頃、ようやく森を抜け、視界が開けてきた。
(美綺ぽんの家……秘密基地みたいのだったら、どうしよう?)
星花高1、屈指の変人たる柳橋美綺の家。普通じゃない可能性は十分にある。
芸能人としては、リアクション力が試されるところだ。
……湘南セレブの避暑地かよ、と言わんばかりの、とってもお洒落な家だった。
かもめ舞う海沿いの山の上、太平洋の大パノラマを一望できる最高の立地。
洗練された未来的デザインの、白い邸宅。停めてある車も、車には詳しくない百合葉でも分かる……明らかな高級外車だ。
「お嬢様じゃん! 美綺ぽん、めちゃくちゃお嬢様じゃん!?」
「あれ、百合葉にはまだ言ってなかったっけ?」
ほんのり照れて頬を掻きながら、美綺は答えた。
「これでも一応、僕、社長令嬢ってやつなんだ。天寿傘下じゃないんだけど」




