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午後、お台場のTV局にて。
百合葉は、人気番組「VS疾風」の収録に臨んだ。
国民的アイドルグループ「疾風」の5人と、毎週ゲストたちが様々なゲームで対戦する、木曜夜7時の人気番組だ。
百合葉も含む今日のゲストチームは、来週公開される映画の出演者たちで、宣伝も兼ねての出演。
沖縄を舞台にした青春映画……「君の那覇」に、百合葉もサブヒロインで出演なのだ。
アイドル、美滝百合葉。髪型はいつも通り、亜麻色がかった長い髪をツーサイドアップに、黒いリボンで結ってみた。
華奢な肩を大胆に露出したノースリーブのシャツに(5月なので、思ったより寒い)、動き易いパンツスタイルでの登場で、観客席の拍手へ手を振って応える。
さて。「VS疾風」では、毎週疾風チームの5人に加え、プラスワンゲストと称して、助っ人が登場する。
今週のプラスワンゲストは……。
「どうもー。先々週に続いて、またまた来ちゃいました」
元野球選手のタレント、下村義紀。
疾風とも仲良しで、かなりの出演回数を誇る。
「いや、義紀さん出過ぎでしょ。今年何回目だよ?」
ニュースキャスターとしてもお馴染み、解説の仕事で義紀と共演が多い、疾風の櫻木くんが苦笑。
実家が中華料理店の相場くんが笑いながら、
「もう、6人目の『疾風』だな」
なんてからかうと、義紀さん照れた。
「やめてよ、うちの娘も観てるんだから。『また父ちゃん、調子に乗って』とか、怒られちゃう」
ちなみに彼の娘は、星花女子の高等部2年生。ソフトボール部の主砲として、学園では知らぬ者のない有名人だ。
そして、娘の後輩でもある百合葉と目が合うと、彼はにかっと笑い、
「おう、百合葉ちゃん。今日は敵同士だけど、手加減はしないぜ?」
「ふふん。そっちこそ覚悟してくださいね。ぎったんぎったんに、のしたりますんで♪」
良い表情でガッ、ガッと拳を突き合わせる、体育会系……というか脳筋オーラの2人。
少年漫画のライバル的な雰囲気と、呼べなくもないような?
そんな2人の見せ場は、番組終盤にやって来た。
「君の那覇」チームと疾風チームは、一進一退、互角の勝負を繰り広げながら、最後のゲームへ。
天の声が、告げる。
「さあ、ここまでは、わずかに疾風チームがリード。このまま逃げ切るのか? 最後は『ピッチング・スナイパー』で勝負です!」
「ピッチング・スナイパー」。ベルトコンベアで流れてくる、高く積まれた的を、チームの皆で1球ずつボールを投げて崩す、VS疾風お馴染みのゲームだ。
ピッチングとなれば。当然、出演者も、観客の視線も、彼に引き寄せられる。
「かつての大打者、下村義紀。なんと甲子園の優勝投手でもあるという、輝かしい経歴の持ち主は、VS疾風でもヒーローになれるのか。パーフェクトへの期待も高まります」
天の声にも動じることなく、ボールを握り、投球フォームをチェックする義紀氏、まさに大エースの風格。
何かを「持ってる」、超一流芸能人のオーラで、スタジオを痺れさせる。
ここで、彼を含む疾風チームが好成績を出せば、後攻の「君の那覇」チームの番を待たずして、勝利が確定する……。
「さあ、運命の『ピッチング・スナイパー』。プレイボールッ!!」
次々と流れてくる的を、リーダーの中野くん、松純、三宮くん……疾風メンバーがナイスなピッチングで倒していく。
そして。そして、倒せば疾風チームの勝利となる、最後の的が、下村義紀の前へ。
ごくり、と誰かが息を飲む声が、皆の耳に届くほどの、一瞬の静寂。
豪快に振りかぶり、放った、運命の一投は……!
大きく、すっぽ抜けて行った。
「おぃぃぃぃぃぃぃ義紀ィ!? 何やってんの!?」
櫻木くんのキレのあるツッコミに、首を傾げる義紀氏……。
「うーん……? キャッチボールも1年は、やってないしなぁ」
テレビの前できっと番組を観てるだろう、娘へと呼び掛けた。涙目で。
「紀香ー! 父ちゃんとキャッチボールしようー!?」
さて、こうなれば。
逆転勝利の芽が出てきた「君の那覇」チームへの歓声も、ぐんぐんボルテージ急上昇。
「ふっふっふー。来てますね、持ってますね、私?」
ドヤ顔が似合うアイドルでお馴染み、美滝百合葉。大量のゆりりんコールを浴びながら、最後にボールを投げる立ち位置へ。野球で言えばクローザー。
細くて華奢な印象の百合葉だけど、舐めてもらっちゃ困る。激しいダンスはお手の物。
爆裂大音量シャウトで鳴らした、体力には自信あり!
ボールコントロールは……分からないけど、たぶん行ける!
「逆転なるか!? 「君の那覇」チームのピッチング・スナイパー、プレイボォォォールゥッ!!」
「そぉぉぉぉぉぉぃぃぃッ!!」
全身全霊。美少女アイドルの放った、渾身の一投は……!
びっくりするぐらい、すっぽ抜けて行った。
あまつさえ、天井に当たって、跳ね返って、リーダーの中野くんに直撃した。
「ごめんなさぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
放送日。「ゆりりん 暴投」がSNSのトレンド入り。
※ ※ ※
金曜日の朝。
星花女子学園の校庭にて。
だいぶ早くに登校してきた美綺が、欠伸を噛み殺していると。
百合葉がキラキラ汗を流して、投球練習していた。
「そぉぉぉぉぉいッ!! ヴぉぉぉぉぉぉぉいッ!!」
「うるさッ!?」