「美滝 百合葉」
「「「ゆーりりーん!!」」」
コールに合わせて、くるっと一回転。
弾ける汗の煌めきは、小さな星屑。ウインクひとつで、大入り満員のライブ会場中が、彼女の虜。
「さあ、百合葉に、かしづかせてあげる☆」
きらきら輝く亜麻色の髪を翻し、背中の空いた吸血鬼風なステージ衣装で、クールなダンス。
可憐な唇からは、びっくりするほどの大音量シャウト。
「『♪ 限界なんて無い ボクたちは、いつだって無限大 ♪』」
ドームの天井を突き破る勢いで、自慢の歌声を轟かせれば……ほら、彼女こそは輝く恒星、宇宙の中心。
これがアイドル。
アイドル美滝百合葉、もうすぐ高校1年生。
後に星花女子学園に旋風を巻き起こす、伝説のコンビの片割れである。
※ ※ ※
「さすがね、百合葉は。抜群の安定感だわ」
ステージを見守り微笑むのは、マネージャーのお姉さん……日向さん。
まだ結成間も無いユニット「mizerikorude」に、この規模の会場でのライブは早過ぎると危ぶむ声も有ったが……「百合葉なら、いけます」と請け負った甲斐も、あるというもの。
若干小柄ながら、抜群のスタイルに、しなやかな手足……百合葉は、動くだけで人の目を惹きつける。
そして目力とでも言うべきか、ぱっちりした瞳に宿るきらきら星と、細い身体のどこから出るのかという声量。
「ふふ。他の2人も可愛いけれど……やっぱり、うちの百合葉がナンバー1ね」
クールな顔しながら、鼻血垂れてきたのをハンカチで拭いてるけど、怪しい人ではない。
小学生の時に子役で芸能界入りした百合葉を支えてきた、敏腕マネージャーなのだ。
「mizerikorude」は、人気急上昇中の新人声優2人に、最近声優の仕事も始めた百合葉を加えた、3人のユニット。
他の2人……南原美緒奈も水志摩詩織も、華やかさでは百合葉に負けていないけど。アイドル活動に不慣れな2人を百合葉にフォローさせる……そんな、日向さんの計画は、大成功だったと、ライブの熱狂が物語ってくれる。
でも。ふと、日向さんは表情を曇らせた。
「……けど。ちょっと頑張り過ぎよね。最近のあの子。高校の件、早く決まるといいのだけど」
その時、見計らったようにスマホが振動する。相手の登録名を見ると「伊ケ崎波奈社長」とある。
一転、日向さんの顔が明るくなった。
※ ※ ※
「緊張したぁぁぁ……! もう、脚ガックガクだよー」
終演後の楽屋にて。メンバーの一人、水志摩詩織がヘロヘロになって悲鳴を上げる。
「ふふ、お疲れ様です、先輩! ドリンクどうぞ!」
にこっと笑い、百合葉がスポーツドリンクを差し出すと、
「サンキューゆりりん! んぐ、んぐ……」
ごくごくとドリンクを飲んだ後で、急に詩織がびっくりする。
「てか、全然平気そうだね、ゆりりん!? いや汗はかいてるけど。まだまだ何曲でも行けそうじゃん!?」
「はい! 体力には自信あり、ですので!!」
ふふん、とドヤ顔で腰に手を当ててみる。実はそこを褒められるのが、百合葉には嬉しいポイントだったりして。
「アイドルは1に体力、2に体力、3、4が体力で5に根性!が、私の信条です」
「うわこの子脳筋だ!?」
詩織がちょっぴり引いてる気もするけど、百合葉はめげない。
だって、体力は大事だ。歌にドラマに、モデルに、最近は声優のお仕事まで。
やってみたいことがいっぱい有り過ぎて……「全部!」となったら、何は無くとも、体力必要。
「……ところで美緒奈先輩、静かですね」
タオルで汗を拭きながら、後ろを見ると。
メンバー3人のもう1人、南原美緒奈が真っ白になって固まっていた。
「おーい、みおにゃん? ライブは終わったぞー?」
詩織が、見た目小学生ぐらいの背丈な美緒奈の頬を、指でつつくと、
「ききききききき緊張なんてしてねーし!? あああたしは宇宙一ロリ可愛い、み美緒奈様なんだかんなー!?」
石化が解けた。初の大きなライブで涙目になってる美緒奈へ、
「くぅ、この初々しさ……可愛いー♪ ぎゅーってしちゃう♪」
詩織が抱き付くと、百合葉も負けじと、
「ですよね! もう、キスしたくなっちゃう!」
「にゃぁぁぁ!? ふ、ふたりとも、やめろってばぁぁ!?」
アイドル3人。頬っぺたにちゅっちゅし始めたところで、楽屋のドアが開く。
「……貴女達。楽屋でそんな、百合営業しなくていいのよ?」
マネージャーの日向さんが赤くなるのに、百合葉は反論。
「む。営業じゃないから、日向さん。アイドルは、女の子を好きになる生き物なのよ?」
「……ゆりりんは、ストレート過ぎると思うな、私は」
「にひひ。そういうしおりんは、うちの百合メイド喫茶の常連だったよね♪」
際限なく脱線していきそうな姦しさに、日向さんコホンと咳払い。
「とにかく、よくやってくれたわ貴女達。ライブ大成功のご褒美に、南の島でバカンスでも、プレゼントしたいところだけれど……」
もちろん、そうはいかない。
「貴女達なら、むしろ喜ぶのかしら。次のお仕事、早速オファーが来てるわよ」
書類を受け取り、真っ先に瞳を輝かせたのは美緒奈。
「うぉぉぉぉ!? 全世界1000万ダウンロードの人気ゲームの、公式ラジオパーソナリティにあたしたちが!?」
「分かり易い説明、ありがとう美緒奈。そうよ、主題歌を『mizerikorude』が歌った、あの人気ゲームよ!」
重度のゲーマーでもある美緒奈が盛り上がる横で、百合葉は、
「そういえば、ラジオのパーソナリティって、初めてかも。ゲストで出たとかはあるけど」
やったことのない、新しい仕事。新しい、挑戦。
それが、百合葉の胸の中を、熱く燃え上がらせる。
「うんっ、面白そう! 私もがんばるわ、日向さん。ファイト、百合葉! ガッツ、百合葉!」
けれど。
「……百合葉。貴女はだめよ」
「なんで!?」
食って掛かる百合葉へ、日向さんが突き付けるのは。
向こう1年の予定がびっしりと書き込まれた、スケジュール帳。
「貴女は、他にも仕事がいっぱいでしょう。ドラマにバラエティに、歌手のお仕事、声優のお仕事……これ以上無理をしたら、必ずどこかに歪みが出るわ」
「無理なんかじゃないわ。私、体力には自信有るし」
堂々と胸を張って。自信たっぷり。
なおも何か言い掛ける日向さんを制して、百合葉は。
「私を誰だと思っているの? アイドル、美滝百合葉よ。可能性は無限大。限界なんて、ない!」
これが、百合葉の信条。楽しそうなこと、面白そうなことを、諦めたりなんかしない。
アイドルとして、皆に夢を贈るために。自分自身が、限界なんて、吹き飛ばしていくんだ。
「……やれやれね。言っても聞かないのは、分かってたけど」
肩を竦める日向さん。
「どうせそう言うでしょうとは思ったし。何とか、スケジュール組んでみるわ。……幸い、高校の件は決まったし」
それを聞いて、百合葉の瞳が輝く。
中学を卒業する百合葉は、日向さんと相談して、探していたから。
「アイドル活動を続けながら、無理なく通える高校」を。
「どこ!? もしかして、噂の星花?」
「ええ、星花女子学園。理事長直々のラブコールよ。貴女を特待生として、迎え入れるって」
実は私も卒業生なのよね、と微笑んで、日向さんが告げる。
「星花女子へ、ようこそ。美滝百合葉さん。星花は、貴女の青春のステージとして、申し分のない輝きを約束するわ」
∞(無限大)の夢を抱えた、星の瞳のアイドル。
美滝百合葉の高校生活が、ここに始まる……。