運命の人
「あれ……吉川先輩?」
俺は五十嵐海斗、高校一年生。
最近、長年片想いしていた佐伯陽菜ちゃんとやっと付き合えた……
そう思ったらあっという間に彼女を別の男に奪われ、少々孤独な毎日を送っている。
吉川先輩とは、同じテニス部の一個上の先輩で、どうやら俺は彼女の運命の相手らしい。
『お前何言ってんだ?』そう思うだろう?
でも、俺だって信じてたんだ。
本当に、俺と陽菜ちゃんは結ばれる運命だって。
ところが運命の赤い糸は複雑に絡まった。
というのも、実は俺の初恋の相手は吉川先輩のはずだった。
それを最近別れた佐伯陽菜ちゃんだと小学生から勘違いしたまま、猛アタックして本気で恋して……
何とかお付き合いができるようになったものの、結果……そもそも俺の勘違いから始まった恋だったし、まぁ、俺がフラれたようなもんだ……(実際は俺が振ったような形にはなっているんだが……)
だから、素直に考えて吉川先輩は初恋の相手だし、彼女も俺のことを運命の相手だって言ってくれているんだから、過去の恋愛なんか引きずらないで、もう付き合えばいいと思うだろう?
でも、人の気持ちはそう簡単に切り替えられるもんじゃない。
俺は陽菜ちゃんのことが本気で好きだったんだから……
回想シーンはこれくらいにして、今俺は夏休み、気晴らしに新しい服を買いに、近くのショッピングモールに来ている。
毎日のように吉川先輩からかかってくる電話に、少し迷惑しながらも、今週末の花火大会に一緒に出掛けることになったんだ。
言っておくけど、気合入れてお洒落してこうってわけじゃないぞ!
ほら、最低限マナーってもんがあるし、ヨレヨレの服を着て行っても失礼ってもんだろう?
……やっぱり浴衣の方がいいだろうか?
いやいや、ちょっと待てよ?? そう言いながら手に取った服を見て、彼女が褒めてくれるところを想像してる自分は、まるで吉川先輩を大好きみたいじゃないか!
まだ陽菜ちゃんにフラれたばっかりだぞ?
そんなことあるわけないじゃないか…!
俺は陽菜ちゃんしか目に入らないで六年間生きてきたんだから!!
そんなふうに自問自答を繰り返していた俺は周りの目にさぞかし怪しく映っただろう。
今更恥ずかしくなってきて、キョロキョロと辺りを見回した。
突然、見覚えのあるショートヘアの女の子が視界に入ってきた。
俺の目の前を、仲良さそうにはしゃぎながら、男と一緒に通り過ぎていく。
あれは……吉川先輩……?!
その横にいる長身の男は誰なんだ??
おいおい、そんなにくっつくなって!!
なに? なんでそんな奴の腕に絡みついてるんだ??
そうか、そうだ!!
人違いだ!!
吉川先輩はあんなに自信満々に俺の事『好き』っていって、キスまでしてきたんだぞ??
「………」
もういちど目を凝らして彼女の後姿を見つめる。
いや……吉川先輩に間違いない。
リュックについてるイルカのキーホルダー、最近俺がお土産であげたやつだ。
どういう事なんだ……?
俺の事が好きだってあんなに自信満々に言ってたじゃないか……!?
その後の俺は抜け殻のようになり、目の前にあった浴衣を適当にカゴに入れ、悶々とした気持ちで帰宅する。
あぁ、昼間の男が気になって仕方がない。
電話して聞いてみようか……
スマホを何度も手にとっては机に戻すの繰り返し。
聞けるわけない。
彼女なわけでもあるまいし……
くそっ!!
別にどうだっていいじゃないか!!
付き合ってるわけじゃないんだし!!
俺はまだ陽菜ちゃんの事忘れられてないんだから!!!
こんなにも自分は女々しかったのかと思ったら情けなくて暴れたくなった。
やり場のない変な不安感にどうにかなりそうだ。
そんな押し問答している自分の目の前で、スマホの呼び出し音が鳴る。
ビクリとして慌てて手に取ると、手の震えを抑えながら秒で通話に出た。
「もしもし?? 海斗君?? 今何してたの??」
俺が見ていたことを知らない、吉川先輩の純真無垢な声音に俺は返答を見つけられずにいる。
『今日一緒に歩いていた男は誰なんだ??』
聞きたいことはたった一つ、これだけなんだ!!
これだけなのに……
聞けない……
「う……、ゲームやってたわ……」
情けねぇ……
変なプライドが邪魔をして、結局聞けずに差しさわりのない話題で通話を終わらせた。
大空に上がる大輪の花火を背に、俺は待ち合わせ場所の公園の入り口で彼女を待ち侘びていた。
浴衣は、あの日動揺してしまって、適当に目の前にあったものを買ってきてしまったが……
髪の毛もしっかりセットしたし、彼女に嫌がられないようにバッチリ制汗剤も振りまいてきた。
………って、なんでこんなに気合入れてんだ? 俺??
別に……いいじゃないか、彼女になんて思われたって……
そうだ、そうだよ。
なんで俺こんなに……
公園の前に一台の車が停まる。
どこかで見た長身の男が下りてきて、助手席のドアを開けた。
「おまちどうさま、お嬢様!!」
爽やかな笑顔を浮かべたそいつの陰から下駄をはいた細い足首が見えた。
「しんちゃん、ありがと!」
にっこり笑った浴衣姿の彼女が哀しいくらいに美しく見えた。
その『しんちゃん』らしき男は再び車の中に乗り込んでいく。
「海斗君!! お待たせ!!」
手を振り駆け寄ってくる彼女の顔を、俺はどんな気持ちで見たらいいのかわからない。
「あ、あぁ……」
目を逸らして俯いた。
「……海斗君?? どうかしたの??」
俺の異変に気付いたのか、吉川先輩は顔を覗き込んでくる。
ほんのり化粧をしていつもと違う大人びた彼女から、ふわりといい匂いがした。
「ねぇ、行こうよ!」
心配そうな彼女の顔を横目で見ながら、俺はなかなか動けない。
「ちょっと、どうしたの?!」
強引に彼女が俺の顔を自分の方に向ける。
目が合って……
心臓が高鳴った。
こんなに可愛かったっけ……?
こんなに……
俺はいつもそうだ。
自分の気持ちにちゃんと気付くころには、もう相手の心は他の奴に向いている。
知らなかったんだ。
気付けなかったんだ……
いつの間にか、こんなに吉川先輩を好きだったなんて……
「頼む……!! 俺の傍にいてくれ……!! 誰のものにもならないでくれ……!!」
抑えきれなかった。
彼女を抱き寄せて、強く強く抱きしめていた。
「……海斗くん……? どうしたの急に?? 私はいつだって海斗が大好きって言ってるじゃない」
俺の腕の中で、彼女は静かに囁く。
「さっきの男……、誰なんだ?」
ずっと聞きたかった言葉がようやく声になって彼女の耳に届く。
「あぁ、いとこだよ?」
「……え?」
時が止まった。
俺は一体、ここ数日何を病んでたんだ??
情けなくて……嬉しくて……泣けてきた。
「ちょっと、何泣いてんの? 全く……」
そっと俺の頬を伝う涙を彼女の細い指が優しく拭う。
「……好きだ……好きだ……大好きだ!!!」
俺の頬にふれる彼女の指を握り返した。
驚いて目を丸くしている吉川先輩の艶やかな唇を見つめる。
優しく埋めるように重ね、俺は彼女への愛しい気持ちを流し込んだ……
夜空に美しく舞い上がる花火を、公園の隅から見上げる。
「ほらね、言ったとおりでしょ? 私を必ず好きになるって」
ふふふと頬を赤らめる彼女を素直に大切にしようと思った。
「完全に俺の負けだわ……」
恥かしさのあまり彼女の顔が見られない。
「もう、これからはちゃんと運命の相手から目を離さないでよね!」
彼女は、初めて出会ったあの時のように、するりと俺の首に手を回し、頬にそっとキスをした……