工房見学
「ささ、上がって上がって、私自慢の工房よ!」
「おぉ!!」
先程までのちょっとバカっぽいイメージからは想像つかないぐらい整頓されていて、100年分の研究成果が詰まっているはずなのにとっても見やすくなっていた。
「ふふん、どう? 見直した?」
「うん、これはスゴい」
まぁ所々にホルマリン漬やらなんやらがあるのがちょっと不気味だけどね。
しばらくそこそこの広さがあるこの部屋を散策していると、もう1つ扉を見つけた。
「ねぇ」
「ん? なにかな?」
「この奥の部屋見てきてもいい?」
「うん、いいけど」
「けど?」
デージーさんは、とっても暗い笑みを浮かべて、
「その部屋こそは錬金術の真髄であり忌み嫌われる所以、それがつまってるから……気を付けてね?」
と言った。
「お、おっけー」
この奥には何があるんだろう……やっぱり人体実験場とか?
私はデージーさんの性格から、どこか楽観視してたんだと思う。この部屋が、どれほど残虐な部屋かってことを。
「……!!」
扉を潜った先にあったのは、まさに「禁忌」だった。
黒い壁をさらに赤黒く染める血、血、血。
その壁にはかつて人だったであろう肉塊が鎖で繋がれていた。
部屋を見渡しても血液が付着していない部分を探す方が難しく、しかし不思議と腐臭などはしなかった。
辺りには錬金術に使ったと思われる瓶やノコギリなどが散乱しており、どれも血痕が残っている。
たしかにこの部屋は、予想通り人体実験場だったのだろう。
しかし、想像してたような生易しいものではなかった。
そこにあるのは死、そして生きながらにして研究材料にされた怨念が満ちていた。
もうこんな部屋からは立ち去ろう、そう思ったとき、ふと壁とほぼ同化しているが、もう1枚奥えと繋がる扉があるのを見つけた。否、見つけてしまった。
この部屋よりも奥にある部屋だと言うのにその部屋からは物音などは一切せず、それが逆に不気味だった。
そに扉を開けると、そこにあったのは研究成果だった。
先程の部屋が「研究過程」ならば、ここにあるのは「結果」だ。
扉越しには一切音がしなかったにも関わらず、ここは悲鳴と絶叫に満ち溢れていた。
いくつもの生物を掛け合わせたキマイラ、人の体をそのまま素体とし、しかし感情が宿らず虚ろな目で虚空を見つめるホムンクルス。
中にはよく見かけるエネミー達も檻に入れられ、どこか怯えたような目でなにか喚き散らしていた。
……しかし、先程の部屋をみても、ここを見ても、さほど「恐ろしい」「怖い」という様な感情は出てこなかった。
「ゲームだから」と脳が割りきってしまっているのだろうか、理由は解らない。
しかし、こんなものを見て何も思わない自分が恐ろしく、私はたまらず駆け出した。
「はぁ、はぁ……」
「あ、お帰り~、どうだった? アレを見て」
あんなものを見せておきながら、デージーさんは何てことも無いように問いかけてきた。
「あれが……錬金術なの?」
「そ、あれが錬金術。生を冒涜し、死者すらも利用する。まさにこの世の理から外れた禁忌」
「そう、なんだ」
「どう? 怒った? 軽蔑した? それとも憐れんだ?」
デージーさんは、心底面白くてたまらないかの様に、楽しげに話しかけてくる。
「禁忌に禁忌を重ね、神の逆鱗に触れた錬金術師たちの国、その結末がここ"終わりを告げた理想郷"。その最後の生き残りが、今も新鮮な素体を工房で待っている……」
「……」
つまり私は、待ち望んだ「新鮮な素体」ってこと?
へ~、面白いじゃん。せいぜい抵抗して、ここをめっちゃめっちゃにしてやんよ。
何せ私は罠師だからね。破壊は大得意。
「……ぷっ」
ん?
「あっはっはっは!!! そんな覚悟決めたような顔しちゃって、可愛いね~」
「え!? なになに!?」
「嘘嘘、嘘に決まってるじゃんあんな話」
つまりどういうことだってばよ
「いくら錬金術でもあそこまでヤバいことはしないっての」
んー? 段々話が掴めてきたぞ?
「つまり?」
「ぜーんぶ、嘘っぱちなのでした!」
「なーんだ」
「いやー、驚かすようにおどろおどろしい部屋を作ったはいいけど、いかんせん見せる相手がいなくってね、つい張り切っちゃった。テヘッ♪」
「テヘッ♪……じゃないよこのバカーー!!」
「にゃっはっは、いやーやっぱり生きた人間は面白いな~」
「はぁ、ビックリして損した」
「ふ、騙される方が悪いんですー、さっきまでの話、全部嘘でした~」
まったくこの師匠は……
そんなこんなで、波乱万丈な工房見学は終わった。
「ふふ、嘘の嘘はホントってね、それより帰ってきたときのあの目、久しぶりに楽しくなりそう」




