Chapter5. Teller : Aoi Sakura
「依頼人、西園寺夕貴は七海京香の他に付き合っている女がいる。浮気だ」
紅夜君は確かにそう言った。
彼が言うのなら、まず間違いはないだろう。
「そうだね。私もそう思うよ。先輩に聞き込みしたときにも、そんな情報があったよ」
「そうだったんだね。でも、まだ確かな証拠はないんだよね?」
「そうだ。だから、今から葵生に西園寺を尾行して証拠を掴んで来てもらいたい」
そうね。そうなると思った。
「了解したわ。でも、もう彼は帰ってしまったのではないの?」
「それは大丈夫だ。次の電車まではまだ時間がある」
さすが、下調べはきちんとしてあるみたいね。
「それじゃあ、今から尾行を開始するわ」
私は、静かに教室を後にした。
学校を出ると、すぐに西園寺さんの姿があった。
七海さんではない、他の女性と共にいる。
彼女の時とは違い、手は繋いでいない。
気付かれないように写真を撮り、萌絵ちゃんに送る。
ほとんど時間を空けることなく返信が来た。
彼女は清水奈留さん。
七海さんの幼なじみで、彼女の隣のクラス。
身長は165cmくらいで髪はセミロング。
彼女が浮気相手なのかしら?
耳を澄ますと、話し声が聞き取れる。
耳が良いのも私の自慢よ。
「――するの、そろそろやめたほうがいいと思う……」
「まだバレてないんだ。大丈夫だ」
何の話をしているのかしら?
少なくともいい雰囲気ではないわね。
「夕貴くん、本当にバレてないって言いきれるの?」
「っ……どういうことだよ?」
「OKしちゃった私も悪いけど、二人と付き合い続けるなんて普通に考えて無理だよ。いつかボロが出ちゃうよ」
やっぱり、清水さんが浮気の相手みたいね。
『二人と付き合い続ける』……彼女は西園寺さんが七海さんと付き合っていることを知った上で付き合っているの……?
「できるさ。ボロなんて出さない。いままでだってそうしてきただろ」
「そうじゃないの!」
清水さんが声を荒げる。
「ご、ごめん……急に大きな声出しちゃって。でもね、夕貴くん。このままだと良くない方向に進んじゃう」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「……どっちか一人……決めないとダメだよ。そうしないと、どっちも……ううん、何でもない。今日は私、先に帰るね」
清水さんは寂しそうな、悲しそうな表情でそう言い、先に駅に向かってしまった。
残された西園寺さんは、追うことはしなかった。いや、できなかった。
彼女が今にも涙を零してしまいそうだったから。
予報よりも早く雨が降り始める。
この雨で彼らの歪んだ関係も洗い流されれば、なんて柄にもなく思ってしまう。
「私もそろそろ帰ろうかしら」
清水さんが行く道とは別の道で駅へ向かう。
折りたたみ傘を取り出す。
歩きながら考える。
私は萌絵ちゃんや紅夜くんとは違って、人の性格とか気持ちを読むのは得意ではないけれど、清水さんは悪い人ではない気がした。
それを前提に考えると、七海さんと付き合っていることを知りながら西園寺さんと付き合っているのにはそれなりの理由があるのではないか。
加害者がいて、被害者がいる。
色恋沙汰はその限りではないのかもしれない。
うーん……だめね。
こういうことを考えるのは私の役目じゃないわ。
リーダーはこの案件をどう片づけるつもりなのかしら。
きっと彼ならうまくやってくれる。
っと……そろそろ駅ね。
雨は次第に強まっていく。
「明日は、全部晴れるといいわね……」
そうして、佐倉葵生の尾行は終了した。




