始まりのストリートファイター2
格闘ゲーム。1990年代にストリートファイター2が登場した事により誕生した新たなゲームジャンルである。ストリートファイター2が登場した事により、対戦格闘という新たなゲームジャンルは当時の小学生、中学生、高校生といった若者だけでなく、社会人までも熱中した程に人気が出たのである。そして201X年においては、格闘ゲームは『eスポーツ』と呼ばれ、コンピューターゲームを新たなスポーツと定義されて、数多くのプロゲーマーが存在する程までに成長したのである。
だが『eスポーツ』が存在せず、プロゲーマーという言葉すら存在しなかった時代……1990年代はゲームの地位は然程高くなかった時代。しかし、それでも格闘ゲーム全盛期の時代に多くのゲーマー達が自分の存在意義を賭ける程までに熱中した時代はあった。それは、プロゲーマー達の原点とも言える時代に転生した一人のゲーマーの物語である。
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東京都に存在するとあるゲームセンターに、一人の少年がストリートファイター2をプレイしていた。その使用キャラクターは投げキャラの元祖ともいうべき『ザンギエフ』である。相手のケンの射撃コマンドである波動拳をザンギエフの必殺技であるダブルラリアットで避けて、スクリュードライバーの間合いに入ったの確認して、直ぐにレバーを一回転させてパンチボタンを入力。
『はあ!!』
ザンギエフはケンを捕まえて、そのまま高くジャンプしてスクリュードライバーでケンを叩き付けた。そしてケンのライフはゼロとなった。ザンギエフの勝利である。
『ZANCIEF WIN』
「またザンギの勝ちだ!」
「このカギ、これで8連勝だぜ!」
(何とか勝てたな……やっぱり弾のあるキャラ相手だと、現状のザンギはキツイからな)
彼は上田 健太。何処にでもいる小学4年生の少年であるが、彼は誰にも言えない秘密がある。それは彼は前世の記憶がある転生者であるという事だ。前世は格ゲー好きの社会人であり、平日は仕事終わりにオンライン対戦で格ゲーをして、休日はゲーセンでアーケードで対戦と、彼の日常は常に格闘ゲームであった。色々な格闘ゲームに手を出しているマルチプレイヤーである健太だが、特に好んでいたのは、現在プレイしているスト2であった。
前世の彼の格闘ゲーム好きは、このスト2をプレイしたことにより始まったと言っても過言ではなかった。
とまあ、彼の経緯を簡単に説明し終えた所で、転生した彼だが当然のように大人の価値観がある彼と小学生との価値観が合うはずもなく彼は小学生4年生になった現在でも孤立していた。彼も出来る限り周りに合わせようとしたが、子供は基本的にそういった空気に敏感であるため、自分達とは全くの異物である健太の雰囲気を感じて受け入れる事はなかった。だが、学校で孤立していても彼は特に気にはしていなかった。もともと人付き合いが得意ではない彼は、コミュニケーションに使う容量を全てゲームにつぎ込んでいた為に、逆にハブられることに対して慣れていたのである。
そしてその経験は転生した現在でも変わりなく、ゲームセンターで一人でゲームをプレイしているのである。
ケンに勝利してまもなく次のチャレンジャーが現れた。次の対戦相手はガイルであった。
「おいおいガイルかよ」
「ザンギにガイルはキツイぜ」
ガイル。初代ストリートファイター2より登場したオリジナルキャラクターの一人である。必殺技は飛び道具のソニックブームと対空のサマーソルトの二つであるが、この初代スト2において強力なキャラの一角である。
『ROUND1 FIGHT』
開幕直後にガイルのソニックブームがザンギエフに襲いかかる。この初手攻撃を読んでいた健太は、これをガードする。ザンギエフは、ガイルに近づくが、敵のしゃがみ中キックに進撃を阻まれた。開幕直後だが、ガイルの戦法を見た健太は、相手の戦術を瞬時に理解した。
(なるほど、待ちガイルか……。)
待ちガイル。斜め下にレバーを入れてタメを作り、相手が遠くに居ればソニックブームを撃ち、相手が接近してきたらしゃがみ中キックで迎撃、飛んで来たらサマーソルトで撃墜。いたって単純な戦法であるが、この初代スト2においては、この待ちガイルは、ザンギエフのような飛び道具がないキャラに対しては凶悪な戦法として知られており、あるゲームセンターにおいては待ちガイル禁止令を出す程であった。
「待ちガイルだよ……」
「いくら8連勝してるからって小学生相手に大人気ねえな」
「つうかザンギ相手にガイル使う時点でアウトだろ」
ギャラリーの言葉を聞いて健太は、待ちガイルを使うプレイヤーに対して思うところはなかった。そもそも彼の前世では、格闘ゲームにおいては何でもありが主流であった為に、ハメやかぶせをするプレイヤーとは対戦経験が多く、特に気にも留めてなかった。だが、確実に勝つというなら健太も容赦はしない。
(典型的な待ち戦法だけど、まだ1ラウンドも終わってないのに決めつけは良くない。ここは1ラウンドは、様子見に徹して、2ラウンドから勝負をかけるか。)
予め動きが決めらているCPU対戦や相手が動くことがないトレーニングモードで技を決めるとは違い、対人による対戦は相手によって動きも戦法も同じキャラを使っても変わる。対戦格闘は2本先取が勝利であるため、初めの一戦を様子を見る事も戦略の一つでもある。
そして健太は、このとき相手のガイル使いに対して刷り込みをさせた。接近をして投げたいプレイヤーと思わせて、ザンギエフでガイルに近づく事を繰り返していた。待ちガイルという戦法はザンギエフに有効に働いたようで、ザンギエフの体力は削らていく。
『ソニックブーム!』
『うあ~うあ~』
ガイルのソニックブームを食らってザンギエフの体力はゼロとなる。
『GUILE WIN』
「やっぱガイル強ええ!」
「飛び道具がないキャラに対して鬼門だよな」
ギャラリーの方もザンギエフ対ガイルという構図に対して、ザンギエフは圧倒的不利だよなと思っていた。実際にその通りであり、初代スト2のガイル対ザンギエフのダイアグラムはガイルが5に対してザンギエフは1とされており、ザンギエフが勝つのは困難とされているからだ。
だが、この1ラウンドで相手のプレイヤーがどのような戦法で戦うのか健太は理解した。前世から格闘ゲームに関わった莫大なる対戦経験から来る試合勘により、敵の戦闘力を分析した。
(このプレイヤー、特別上手いわけでもないな。待ち戦法は間違ってないけど、焦ってサマソ繰り出してガイルが不利なる展開もあったし。)
相手に対する対処を健太は決まった。
『ROUND2 FIGHT』
相手のガイルの戦法は1ラウンドと変わらない。相手が離れればソニックブーム、近づけばしゃがみ中キック、ジャンプすればサマーソルトという待ちガイルである。この展開に誰もが終わったと思ったが、誰もが予想しない展開になっていく。
ガイルのしゃがみ中キックが空かしたのを見計らってザンギエフのしゃがみ大キックが当たった。
「なあ、あのザンギ。ガイルのしゃがみ中キックに合わせて反撃しなかったか?」
「まさか、偶然だろ」
偶然ではなく。またもやガイルのしゃがみ中キックを射程ギリギリまで回避して、今度はスクリュードライバーで攻撃した。
「今度はスクリュードライバーだ!」
「ガイルのしゃがみ中キックに反応して攻撃してやがる!」
実は、初代スト2のザンギエフのスクリュードライバー攻撃範囲は広いのである。理論上ガイルのしゃがみ中キックの戻りにザンギエフが半歩踏み込んでスクリューコマンドを成功させれば、理論上、しゃがみ中キックを食らわないでスクリュードライバーや大キックを当てる事が可能である。ただし、実際にこれを実行に移すのは難しい。ガイルのしゃがみ中キック連打を見極めて半歩踏み込でスクリュードライバーで反撃するというのは難易度は高く、そしてガイルはしゃがんでいるため、タメをしているのでソニックブームで反撃する事もあるので、ガイルに近づいて攻撃するというのは難しい事には変わりない。
だが、健太は1ラウンドで相手の戦法や癖をある程度は分析していた。そしてガイルの待ちは崩れて、何とか近づけないようにするために飛び道具のソニックブームの使用状況が増えていった。
「ガイル相手に此処まで戦えるなんてな」
「ザンギも意外と強いんだな」
スト2稼働初期においてザンギエフは、弱キャラとされていた。理由は鈍足でしかも他のキャラにはない壱回転コマンドという独特なコマンド入力であるため、これを成功させるプレイヤーが当時は少なく、上級者向けとされて敬遠されていたのである。
(ソニックブームを使用する回数が増えてる。いくらなんでも弾を撃つだけで勝てる程、ザンギは弱くねえぞ)
その後は、相手のリズムが崩れてガチャプレイになってしまいソニックブームやサマーソルトも溜められずにザンギエフの餌食となって2ラウンドは勝利した。3ラウンドも同じ展開となり勝利を収めた。
『ZANGIEF WIN』
「ガイルに勝ちやがった。」
「マジで強ええ。あのガキ」
このように褒められるのも悪くなかった。相手がガチで勝ちに行くなら健太も手段は択ばない人間である。相手を画面奥に追い込むために、色々な手を使ったのだから。ガイル相手に勝利を収めて少し上機嫌になった健太だが、それは直ぐにうち壊れた。
「テメー調子にのるんじゃねえぞ!」
(あ、これヤバい奴だわ……)
突然の対戦した相手に殴られた。突然殴られた事により、健太は察した。ああ、これ暴力をちらつかせるタイプのプレイヤーだと。
「俺のガイルをハメて倒しやがって!ガキの分際で調子にのるんじゃねえ!!」
相手は学ランを着ており体格から高校生ぐらいの男性であり、それを小学生相手の健太に殴り掛かったのである。ゲームに負けて自分を負かした対戦相手に殴る行為を第三者から見れば大人気ないと思うかもしれないが、この格ゲー全盛期であり黎明期においてはごく一部であるが、対戦に負けて暴力をふるうプレイヤーは存在していた。理由は様々だがこの時代の有名な理由の例を上げるなら。
『待ちに徹して攻めてこない』
『何もさせずにハメ殺す』
など、待ちやハメといったプレイヤーに嫌悪感を表すプレイヤーは当時は大勢いたのである。ゲームは基本的に楽しむものと定義するライトゲーマーと、画面上の行為を何でもありと考えるガチプレイヤーとの摩擦は当時は深刻化していた。格闘ゲームブームが落ち着くころには何でもありが主流となったが、スト2全盛期の当時はライトゲーマーが大多数を占めていた為に、このように勝つなら何でもするガチプレイヤーは少数派であった。
話は戻るが、当時は、このように勝利した相手にキレて暴力行為を働くプレイヤーも珍しくなかった。健太は店から外に無理矢理だされて、何も抵抗できずにボコボコに殴られた。
「ガキがゲームに勝ったくらいで調子に乗るなよ!本当に喧嘩をすれば俺の方が強ええんだよ!!」
顔面をストレートを食らって最後に地面に叩きつけられた健太。そのまま不良高校生はその場を去った。不良高校生が去ってしばらくして、流石にギャラリーが大勢いた中での暴力行為で合った為に、周りのプレイヤー達からも心配された。
「お、おい大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。」
ボロボロに殴られながらもなんとか返事を返す健太。
「しかし君もついてなかったな。あいつ、隣町でも対戦に負けるとすぐに暴力行為をする質の悪いプレイヤーで有名だったんだよ。まあ、あれだけ派手にやらかしたから多分出禁になるから会う事もないと思うよ。」
「は、はい」
流石にあれだけボコボコにやられた後で合った為、今日はこの辺で帰る事にした健太。帰宅後の健太は当然のようにボロボロになって殴られていた為に生々しい傷跡と腫れがあった為に父親、母親から何があったと聞かれたのは言うまでもなかった。