<六> 和解への道
三笠と神龍は、神龍の自室にいた。
『神龍』艦内の使われていない部屋が、神龍の自室と化している。『開かずの部屋』として兵員たちに呼ばれていて、さらに深夜になると人の気配や女の声が聞こえるという怪談話も存在しているのは三笠も知っていた。後にその部屋が神龍の自室と知って兵員たちの怪談や噂話を思い出して可笑しくて笑ったことがある。
とりあえず神龍の自室に行くことを判断した三笠は神龍を抱きかかえ、神龍の自室へと到着した。抱きかかえているうちに眠ってしまった神龍をそっとベッドに寝かせつけ、三笠も神龍の傍にいた。神龍の寝顔は見てみると可愛いものだが、蒸し暑い烹炊所にずっといたからか、肌は汗でベットリで髪の毛が肌に附着している。桜色だった唇は水分を失ってカラカラに渇いている。赤い目だったのは、きっと泣いていたのだろうと三笠は確信的な推測をする。
一緒に捜してくれている矢矧と雪風に伝えたかったが、連絡する手段がないので、仕方がなく二人を待つことにした。こちらから二人を捜すという手もあるが、神龍の傍から離れたくなかった。
すぐ傍で、神龍の静かな寝息が聞こえる。被せた布団が寝息とともにゆっくりと上下に動いている。三笠は布団に顔を埋めた。
「………」
いい匂いがした。これが、神龍の匂い。
どっと疲れが出た。そして急激な眠気が三笠の意識を覆いかぶさるように襲い掛かった。埋めた顔を上げ、閉じかける目を、神龍のほうに向けた。
神龍の寝顔が、ぼやけていく。
「神龍…」
彼女の名を呟き、初めて見た彼女の涙と遠くなる背を思い浮かべ、三笠の意識は暗闇の中へと遠ざかっていった……。
艦首部の一階から順に隈なく捜索に従事する矢矧の前に、突如、光が生まれた。
光が生まれた直後、影が二つ勢いよく光の中から飛び出し、矢矧の目の前で特攻が披露されて埃が思いっきり舞った。
視界が埃で遮られる中、咳き込む声が舞い散る埃の中から聞こえてくる。
「げほげほっ! なにやってるんだよ、日向っ!」
「けほっ!うるさいわねぇ!仕方ないじゃないのよー!こほこほっ!」
「どこが仕方ないだよっ! げほごほっ!」
舞い上がった埃が晴れて、姿を見せたのは一人の青年と一人の少女だった。
そのうちの一人、少女の存在を把握して、直立不動となって声を放つ。
「日向参謀っ!」
名を呼ばれた少女、日向は咳き込む口の前に片手、もう片手は目に潤んだ涙を拭って、矢矧を見た。
「あらっ。矢矧じゃない。どうしてあなたがここに?」
矢矧は敬礼して応える。
「…はっ。三笠二曹の命により、参謀長捜索の協力を支援しておりました」
「…そっ」
日向は事情を飲み込み、頷いた。後ろでぽかんとしている青年に気付いた日向はアホ面を続ける青年の頬を思いっきり引っ張り、涙目になって抗議する青年を無視して矢矧に彼の紹介を説明した。
「このアホ面は二ノ宮朱雀砲術少尉。『榛名』の砲術士よ。大馬鹿だけど一応『榛名』の主砲の実力を発揮させることができる砲術士」
「余計な箇所が多いんだけど…」
引っ張られて赤くなった頬を擦りながら二ノ宮が呟きの抗議をするが日向が一睨みとして黙らせた。
そんな二人に矢矧は自分にしかわからないほどの一ミリあるかないかの微かな微笑みを浮かべ、誰から見ても仮面のような無表情のまま、矢矧は敬礼して自己紹介をする。
「初めまして、二ノ宮少尉。 私は、第二水雷戦隊旗艦軽巡洋艦『矢矧』艦魂、矢矧です」
敬礼してから丁寧にお辞儀する矢矧に、二ノ宮はにっこりとした笑顔で手を差し伸べる。
「矢矧か。うん、宜しくね」
「…はい」
純粋な子供のような笑顔に一瞬だけ見惚れてしまった矢矧はすぐに頭から振り払い、差し伸べられた二ノ宮の手を握った。強い力で握り返してくるのがわかった。そんな強い力、けれどもどこか温かい温もりを感じて、安心できるような心を得た気がした。
矢矧の無表情を見て、日向は何故か自分でもわからないが、ちょっとイラッときた。矢矧は無表情を貫いているが、矢矧が一瞬だけ二ノ宮に隠していた部分を見せたような気がして、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「いつまで握ってるのよ」
そんなに長い時間握っていたわけではなかったが、二ノ宮と矢矧の握り合う手が日向によって振りほどかれ、二ノ宮が抗議する。
「なんだよ。そんなに長く握ってないだろ」
「ふんっ」
「………」
二ノ宮は首を傾げ、日向は頬を膨らませていて、矢矧は無表情にその眼鏡の奥から二人を見詰めている。
「そういえば、日向参謀。どうしてここに?」
「…もちろん、この姉妹の一大事件に関することよ」
「………」
「まったく、人騒がせな姉妹よね…」
日向は溜息を吐き、二ノ宮は苦笑している。二ノ宮は矢矧に声をかける。
「それでここまで来たんだけどさ。えぇと…この『神龍』に僕と同じ艦魂が見える人間っているよね。どこにいるかわかる?」
二ノ宮がその優しい笑顔で矢矧に問いかけ、日向がまた不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。矢矧は日向の心境を察してか察してないかは無表情から読み取れないが、至って冷静に答えを口にした。
「…おそらく」
「そう、じゃあ案内してくれないか?」
「承知」
「じゃ、頼むわよ矢矧」
矢矧はコクリと頷き、ぎゅっと二ノ宮の手を握った。日向がはっとして二ノ宮のもう片方の手を握る。何故か日向が痛いくらいに強く握ってるのを二ノ宮は疑問に思ったが、矢矧によって三人はその場から光とともに消え去った。
目を覚ますと、視界には天井が広がっていた。
神龍は自分が寝かせているんだと知り、ゆっくりと首だけを動かす。そしてベッドに寝る自分のすぐ傍に、彼がいることを知って驚いた。
「三笠二曹…?」
彼を呼び、そっと指で彼の頭に触れた。さらっとした髪の毛の感触。そして彼の寝息に気付き、寝ているんだと知る。三笠はベッドの布団に顔を半分だけ埋めて寝ている。彼の閉じた目が確認できた。くすりと、神龍は微笑む。
「かわいいですね…」
まるで子供のような寝顔だと神龍は思う。そして必死に自分を捜し求め、そして自分をここまで連れて寝かせ、ずっと傍にいてくれたんだと気付くと、さっき泣いた目に、また涙が溢れそうになった。
「三笠二曹…」
震える声で、もう一度彼の名を呼ぶ。三笠は寝息を立てるだけだった。
三笠の頭から離れた手を、今度はぎゅっと、その手で布団を掴んだ。
涙がぽろぽろと溢れてくる。
彼と二人で、また楽しい時間を過ごしていた。彼がつくってくれたカレーの味を、彼の味を楽しみ、そして彼と接する時間を楽しみ、今日も良い日だと思った。
しかしそこに、間に割って入るように、本当の姉のように慕っていた榛名の乱入。
そして彼との楽しい時間は崩れた。
そして自分は姉を拒絶するような言葉を吐いた。
そして自分は彼や姉を置いて、勝手に一人で消えた。
楽しい時間を崩したのは、姉ではない。
自分自身だ。
勝手にその場から逃げた、自分が崩したのだ。
そういうことを、後から気付いた。
でももう遅かった。
姉はきっと、いつもの心配性な優しいところがあるから、それで自分を心配してああいう行動に出たんだとすぐにわかった。
なのに、あの時の自分は、悲しくて悔しくて、姉にあんな酷いことを吐きかけて、逃げてしまった。
あの時湧き上がった悲しみや悔しさが、自分に向けられている。
酷いことを言ってしまった姉に。
彼との時間を崩して置き去りにしてしまった彼に。
謝りたかった…。
「…ごめんなさい……三笠二曹……榛名姉さん………」
零れる涙の雫が布団に落ちて小さなシミがいくつも浮き上がる。両手で顔を庇い、嗚咽を漏らして震える。その傍で、彼は子供のように寝息を――――
「―――いいよ」
「―――っ?!」
庇った手を離し、涙がこぼれながらも傍にいてくれている彼を見る。その閉じられていた目は、しっかりと、神龍をその黒い瞳に映すように開いていた。
ゆっくりと布団から起こして、三笠は優しく微笑んで、涙が零れる目を見開く神龍を見詰める。
「そんなこと、気にするな。俺は全然気にしてないし、怒ってもいない。神龍が悪いだなんてこれっぽちも思っちゃいない。俺は、神龍の傍にいたかった。だから、神龍を捜したんだ。そしてここにいる。…だから、謝らなくていい」
彼は優しく微笑みながら、その言葉が神龍に優しく心に溶け込むように入り込んだ。
「でも……私……」
「神龍」
三笠はゆっくりと身体を起こし、そっと神龍を抱きしめる。驚愕して目を見開く神龍に構わず、三笠は神龍の背に回した手をぎゅっと力をこめて、長い黒髪を撫でた。神龍の肩の震えが伝わるが、その震えも三笠の温もりが優しく包み込んだ。神龍は、泣いていなかった。嗚咽を漏らすことも震えることもなく、ただ、安心した子猫のように、安からに目を閉じて三笠の温もりを感じていた…。
そんな二人だけの暖かな光景を、微かに開いた隙間から放出される視線があった。
矢矧・日向・二ノ宮の三人だった。
下から順に、矢矧・二ノ宮・日向と重なって、開いた隙間から中の二人を覗いていた。
矢矧の案内によって神龍の自室前に来た三人だったが、思ったとおりに見つかった神龍と三笠の二人が部屋にいた。しかし入れない空気だったため、こうして覗いているというわけだった。
「………」
「ちょっと日向っ。押すなって…!矢矧まで下敷きにして苦しそうだろっ」
「うるさいわね。黙ってないと気付かれ……わっ?!」
「あっ!馬鹿っ…! ―――どわっ!」
「…っ!」
次の瞬間、三人は勢いよく雪崩れ込むように思いっきり部屋に流れこんだ。矢矧を下敷きにして積み重なるように二ノ宮、そして日向が倒れこんだ。
突然のことに驚いた三笠と神龍が慌ててお互いの身体を離して一瞬で距離を取る。三人が見たときには、頬を朱色に染めてベッドの上で正座する神龍と、反対方向に向きを変えて目を泳がせる三笠の姿があった。
「………」
気まずい空気が流れる。
矢矧は無表情にジッと三笠と神龍を交互に見詰め、二ノ宮はジトッとした目で日向を見詰め、日向は下手な口笛を吹きながら空を見詰めていた。
しかし沈黙を破ったのは、三人の中で最初に立ち上がった矢矧だった。
「………」
「………」
矢矧が二人を交互に見詰め、そして三笠が矢矧のほうを一瞥すると、目が合った。慌てて逸らすが、無表情だった矢矧の口もとだけが、クスリと微笑んだ。
「…三笠二曹。参謀長」
二人は矢矧のほうを見詰める。
矢矧は頬を微かに動かして、微笑んだ口もとで言った。
「…良かったです」
ただ、それだけの言葉を口にした。
しかしそれだけの言葉には矢矧の安堵がこもっていた。
続いて立ち上がった二ノ宮が笑顔になって矢矧を加勢する。
「うんっ!とりあえず、良かった良かった! あ、僕は戦艦『榛名』の砲術士、二ノ宮朱雀砲術少尉。よろしくね」
「…っ! あっ…いえ、こちらこそ宜しくお願いします。…二ノ宮少尉」
突然初対面の、しかも年上も階級も上らしい青年に言われて、慌てて応答する。
「固くならなくていいよ。とりあえず良かった」
「そうね…とりあえずはこっちの件は解決済みのようね…」
立ち上がった小柄でツインテールを揺らした少女を見て、三笠は再び困惑する。気付いた日向は何故か、大してない胸を張って自己紹介する。
「私は伊勢型二番艦『日向』艦魂の日向。以後お見知りおきを。二等兵曹?」
「日向…。あぁ、こちらこそ…」
突然の来訪者に、しかもそのうちの二人が初対面だったので三笠はまだ整理し切れていなかった。三人は事情を話し、三笠はようやく納得した。
「じゃあ後は、その『榛名』の艦魂である榛名(自分を蹴飛ばした)をどうにかするだけだな…」
榛名の今の現状を聞いて、三笠は考え込み、神龍はシュンと落ち込むように顔を俯けた。
「榛名姉さん…」
「神龍…」
三笠はそっと神龍の肩に手を置く。神龍はまだ悲しみを滲ませているような笑顔を見せる。
「大丈夫だ…」
「はい…」
神龍は、頷いた。
「とりあえず、行きましょう」
「どこに?」
二ノ宮のアホ面をデコピンで吹き飛ばす日向。艦魂の力は人間とは大きな差があるので、デコピンだけで本当に人間相手ならば吹き飛ばせるくらいである。壁に打ち付けられ悶絶する二ノ宮に、日向は鋭い目で射抜き、ビシリと指を立てて高らかに言った。
「この大馬鹿。いえ、超馬鹿。決まってるでしょ?『榛名』のところよ」
「…そうですね。まずは榛名参謀のところに行きましょう。参謀長、いかがですか…?」
同意した矢矧は、崩れそうだったが支えを手に入れた参謀長を、見詰めた。神龍は、心配してくれている部下の優しさを知って、大丈夫だと言うように、にっこりと微笑んで頷いた。
矢矧も口もとだけを微笑んで頷く。
「三笠二曹も、よろしいですね…?」
「…ああ。もちろんだ」
「じゃあ、さっさと行くわよ。ホラ、あんたもいつまで悶えてるのよ!男ならさっさと立つっ!」
「お前のデコピンは兵器かっ……」
「あたし自身が兵器よ。…って、なに言わせるのよ馬鹿」
二ノ宮の首を掴んで引き寄せる。そして三笠と神龍を一瞥すると光に包まれて消えた。
続いて矢矧も二人に一礼してから、同じように消えた。
残った二人、三笠と神龍も見つめあう。
「行こう、神龍」
「…はいっ」
三笠と神龍は手を取り合い、強く握り合った。そして、光が瞬時に二人を包み込み、やがて消えた。
「そうですか…。神龍たちが…」
戦艦『榛名』食堂室前。今まで榛名の傍にいた伊勢は、まるで疲れもなにも見せない、清楚な雰囲気を纏った姿、その前には雪風が直立不動で立っていた。
矢矧の報告(艦魂はテレパシーのようなものが使え、いつでも連絡が取れる)によって雪風は伊勢に事前通告を果たしていた。榛名は泣きつかれて食堂室で机に突っ伏して寝ているようだった。
「はい、既にこちらに来ているかと思われます」
直立不動で引き締まった顔でも、中学生のような童顔には意味をあまり成してなく、むしろよほど可愛く見えていた。伊勢は微笑ましく、可愛い部下を見詰め、頷いた。
「わかりました。榛名にも伝えておきますから…。わざわざご苦労様です」
雪風は慌てるように首を振る。
「いえいえっ!これしき…っ!それより、参謀長と榛名参謀の和解が成立することを願います。いえ、必ず叶います…!」
「ありがとう、雪風」
伊勢が女神のような優しい微笑を浮かべ、雪風がまるで褒められた子供のように可愛らしく頬を朱色に染めて笑顔になる。
その伊勢の背後、食堂室の奥で、机に突っ伏した榛名の肩が、ピクリと動いたのを伊勢たちは知らない。
夜闇が完全に海と空を一色に染めた。海と空は同じ黒色に染まった下で、静かに眠るように艦艇たちが錨を下ろしている。
しかし彼ら、彼女たちはまだ眠れない。
まだ慌しい艦が目立っていた。
戦艦『榛名』艦内に、三笠と神龍が降り立った。三笠も慣れたものだった。初めて乗艦した戦艦の艦内は、やはりどこか『神龍』や『大和』とは違う。古い艦だからか、どこか古めかしさや歴史を感じる匂いもあった。
「さて、榛名はどこにいるのか…」
三笠がそう呟くと、先に待っていた日向と二ノ宮が答えた。
「榛名なら食堂室ね」
「たぶんまだ伊勢といると思うけど…」
日向と二ノ宮を先導に、食堂室への道に足を踏み入れようとしたとき、突然、矢矧一人だけが立ち止まった。そして目を見開き、じっと空を見詰める。
気付いた三笠は、振り返って問いかける。
「どうしたんだ、矢矧」
「………」
矢矧はただ目を見開いたまま、無表情に、じっと空を見詰めるだけだった。そして数秒後、目を閉じ、また目を開いたときに、ようやく口を開いた。
「…榛名参謀からの命令です」
「えっ?」
三笠は意味がわからなかったが、神龍と日向がはっと気付いた。
「榛名から…?なんて?」
「待てよ、日向。どういうこと?」
「…あぁ、あなたたちは知らないわよね」
「どういうことだ?神龍」
「艦魂は、テレパシーのような力も持っているんです。それでいつでも連絡を取ることができます。ですから、矢矧は今、榛名姉さんからのテレパシーを受け取ったのでしょう…」
「そうなのか…」
三笠は驚きと感嘆の声を出して、二ノ宮も感心したような顔で頷いていた。そして、再び矢矧に向きなおす。
「…で、なんて?」
日向が問いかけると、矢矧は淡々と述べた。
「…三笠二曹と神龍は、上甲板に来てほしいとのことです。そこで、待っているとのことです」
一同は驚きの雰囲気に包まれた。三笠は神龍に振り返ると、神龍は強い決心を込めたような表情で、三笠を見詰めて頷いた。三笠も頷く。
「わかった」
「榛名姉さんが私たちを呼んでいる…。行きましょう、三笠二曹」
「ああ」
三笠と神龍は、再び手を握り合った。そして矢矧たちに見送られる中、二人は夜闇に溶け込んだ外、上甲板へと、瞬間移動してその場から消え去った。
外はすっかり夜闇の黒色に染まって、世界は闇に支配されていた。
艦の小さな灯火が一つ一つ灯っており、陸の光も限りなく少なかった。昭和20年に入ってB29の空襲が盛んになったために灯りは漏らさない配慮の一つでもあった。しかし、それでも現在時刻は午前二時。全員は夢の世界にいる頃だ。だから、今のこの世界には、自分たち以外に誰も居ない…。
涼しい風が肌をくすぐる。首に巻いた白いスカーフがぱたぱたと揺れていた。
「………」
軍服の真ん中がはだけ、胸のサラシとへそが露出した榛名が上甲板の真ん中に正座して、目を瞑ってずっと待っている姿があった。榛名のすぐ前には二本の日本刀―――ではない、真剣ではない、模擬用の木刀が並べられていた。
そして榛名のスカーフとは別に、伊勢の着物の長い裾が風に吹かれて揺れていた。
榛名からすこし離れた距離、伊勢と雪風が立っていた。
彼女たちも、待っていた。
深夜の涼しい風が運ぶ知らせが、榛名の目を開かせた。
「…来たか」
ゆっくりと目を見開き、見た先には、二人の姿があった。
三笠と、愛しい妹である神龍が、手を握り合って立っていた。一緒に瞬間移動してきたので手を握っているのは当然であるが、榛名はそれを見て不快に思い、眉間に皺を寄せた。
榛名は二本の木刀を握り締め、ゆっくりと立ち上がると、二人に向かって―――正確には三笠に向かって木刀を投げた。
木刀がカラカラと回って三笠の足元に当たった。三笠は木刀を一瞥すると、榛名を見た。
榛名は一本の木刀を握り締め、強い眼光で三笠を射抜いていた。しかし三笠は堪える風もなく、ただ木刀を拾った。そして、惜しい手を離し、神龍との距離を取らせた。神龍は躊躇いがちに、心配しながらも、彼のことを信じて、下がった。
後から来た矢矧たちも遠くから三笠たちを見守る。
三笠が木刀を持ち直し、握り締めて感触を確かめると、榛名が叫ぶように言った。
「勝負しろ、三笠二等兵曹っ!貴様がどれだけの力を持つのか、我が誇り高き日本海軍の最古参金剛型三番艦『榛名』艦魂、榛名が相手して確かめてやるっ!いざ、尋常に勝負っ!!」
榛名は軍服の上着を脱ぎ捨て、サラシ姿になった。そして持っていた木刀を構えなおした。
三笠も前に足を踏み入れ、木刀を構える。
神龍が、他の艦魂たちも、その行く末を見守る。
深夜の涼しい風が肌寒いほどになり、海の潮の香りとともに運んでいた。