表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

<四> 妹の激怒と姉の痛感

前話に続いて今回も結構新キャラが登場します。

史実の大和以外の戦艦を登場させるのは初めてです。どういうキャラにするか悩まされましたが、頑張って考えて書いたつもりです。

今回はタイトル通りなにやら荒い風が吹いてきます。

 昭和二十年三月某日。

 日本有数の軍港、呉に停泊する戦艦『榛名はるな』にて、ある秘密会議が行われた。

 戦艦『榛名』。帝国海軍に残された数少ない戦艦の一つである。金剛型三番艦。他姉妹金剛型戦艦は榛名を残して三艦とも戦没している。姉妹艦、『比叡』・『霧島』は第三次ソロモン海戦にて戦没。長女の『金剛』は台湾海峡にて雷撃を受けて戦没。残された三女の『榛名』は姉妹たちの仇を討つ出撃の機会を待って呉の軍港にあった。

 そんな『榛名』の艦内、第一会議室にて、戦艦『榛名』をはじめとした艦魂たちが集結し、秘密会議を開催していた。その中に、大和はもちろんいるが、神龍だけはいない。

 何故なら、それは別にこの戦争に関する会議ではなく、全く違う種類の会議だからだ。

 「ではこれより、会議を始める」

 金剛型三番戦艦『榛名』の艦魂―――榛名が、第一声を発した。

 榛名の他戦艦『伊勢いせ』・『日向ひゅうが』(他に『長門』もいるが『長門』は呉ではなく横須賀にいる)はもちろん、戦艦『大和』、軽巡洋艦『矢矧』、『雪風』をはじめとした駆逐艦、神龍以外の全艦艇の艦魂たちがいた。

 肩までかかった艶のある髪の毛、女性にしては背が高く、軍服をきっちりと無駄なく着込んでいる。首には日の丸が描かれた白いスカーフを巻いていた。彼女の純粋な黒い瞳が、あたりを見渡す。艦魂たちの視線が榛名に集中していた。

 「ご覧の通り、私が仕切っていることになっているのだが、本心は大和長官にこの役をお任せしたかったのだが…」

 チラリと、榛名は大和を一瞥すると、大和は手をヒラヒラさせた。

 「いや、構わんよ。 別にこの会議は戦局に関することではあるまいし、ここは『榛名』の艦内だからな。榛名参謀が仕切るが良い。私は見て参加するだけで構わん」

 「…大和長官がそう言うのであれば、わかりました。それでは私主導で行わせていただきます。では、この会議についてなのだが…」

 艦魂たちは真剣な面持ちで、榛名に視線を集中させる。

 「まずこれを見ていただきたい」

 と言って、榛名は一枚の写真を艦魂たちに示した。公開された一枚の写真を、艦魂たちの視線が釘付けにする。

 その白黒の写真には、一人の若い少年の姿が映っていた。

 「彼の名は、三笠菊也二等兵曹だ。護衛戦艦『神龍』の主計科第三分隊烹炊班班長を務めている。神龍が見えた、唯一人の人間だ」

 艦魂たちの間でざわめきが起きる。そのざわめきを、本会議の補佐『伊勢』の艦魂―――伊勢が静める。

 「はい、静かにしなさい。静粛に」

 どこかの裁判長のように、机を叩く。再び沈黙が戻ると、榛名は説明を再開した。

 「この話は事実である。現に神龍本人が大和長官にその旨を報告し、そして大和長官も三笠二等兵曹本人とも対面しておられる。矢矧も本人から直接確認している。そうですね?」

 「うむ」

 「はい」

 大和と矢矧は頷いて応えた。

 「皆さんをここにお集まりいただいたのは他でもない。この神龍と最近接している三笠二等兵曹という人間について、議論したいっ!」

 榛名は写真をバンッと机に押し付け、その場にいる艦魂たちに熱意を伝える。

 「承知の通り、ここにいない神龍と長門以外の我々は、日本に残された最後の艦隊であるといえよう。 そして特に大和長官、神龍こそ、日本が託した、陛下が託した最後の希望なのだ!」

 榛名の熱弁に、艦魂たちの誰しもが頷いた。

 「まだ実戦に出たこともないが、『護衛戦艦』という新たな戦艦として在る神龍は、日本にとって、大和長官と同等、国家の秘宝なのだっ! そして、この人間はその宝を任せられる逸材なのか?それを確かめたいっ!」

 『神龍』は衰退する帝国海軍の託した、大艦巨砲主義復活の夢と戦艦を再び『主力艦』とするための新世代、『護衛戦艦』として初めて生まれた特別な戦艦だ。その存在価値は戦艦『大和』にも並ぶ。そんな大事な『神龍』の艦魂―――神龍が見え、接する人間である三笠に、神龍を任せられるか、それが問われることになるのだ。

 実は榛名は、神龍を妹のように可愛がっている。言わばこれは、まだ未熟な妹に彼氏ができてそれを心配する姉、と言った感じで開かれた、当事者である神龍を除いた秘密会議なのだ。

 榛名が言い出して始めたことなので、会議場も『大和』ではなく『榛名』なのだ。

 榛名は、神龍のことが心配だった。

 榛名は、姉妹を失っている。

 尊敬していた姉、金剛と比叡の死。可愛かった妹、霧島の死。

 姉妹二人だけになってしまったとき、悲しむ榛名を姉の金剛は慰め、救ってくれた。金剛だって本当に悲しいはずなのに。

 そして、二人共に戦い生き抜いてきた。しかし、そんな姉の金剛でさえ失ってしまった。榛名は、姉妹を失って一人ぼっちになった。

 悲しみと孤独に明け暮れる日々。固く閉ざされた日々。目の前の道が真っ暗だった。

 そんな榛名を、神龍との出会いによって、閉ざされていた日々が、開いた。

 死んだ妹、霧島に似た神龍。そして神龍が着任した際、世話係を当時落ち込んでいた榛名に任せられた。これは長門と伊勢・日向たちの意向だった。榛名に、新たな妹がやってきた。

 本当の実妹ではない。だが神龍の世話をして、色々と教え、接しているうちに温かい感情が久しぶりに沸いてきた。いつしか、落ち込んでいた気持ちも消えて、神龍を可愛がる自分がいた。

 神龍は気付いていないが、榛名は神龍という妹を得て、救われた。

 これからも神龍を大切にしよう。私がしっかりしないと。そんな気持ちがあった。

 だから神龍が見える人間が現れて、神龍と仲良く接しているという話を耳にしたとき、榛名は驚きと動揺を隠せなかった。嬉しい、という気持ちもあるが半面もやもやした変な感じがする。

 三笠という人間と出会い、神龍はその人間と接することのほうが多くなった。いつまでも甘えてはいけないという神龍の気持ちもあるのだが、榛名は寂しかった。

 傍にいた妹を取られたような気分。これが、嫉妬というものだろうか。

 とにかく、姉として、神龍はまだ未熟で幼い妹だ。

 そんな神龍を任せられる逸材を、その人間が持っているのか。

 神龍の姉として、確かめなければならない。

 そう思った。

 だから、艦魂たちを集めてそれに関した会議を開いた。

 自分一人だけでなく、みんなに協力してもらうのだ。

 そして三笠という人間が、どれほどのものなのか、試してみなければならなかった。

 「榛名参謀… なんだか張り切ってますね…」

 「自立していく妹を心配する姉の心境なんだろうけどな…」

 第二水雷戦隊旗艦の矢矧と、駆逐艦代表の『雪風』艦魂――雪風が、小声で交わす。

 「…ところで、三笠二曹ってどんなかたなのでしょうか?」

 「…私も直接は見たことはない。参謀長から聞いたことしかわからない」

 「…参謀長がお気に入れられるかたですから、そんな心配することもない気がするのですが…」

 「…参謀長も、我が皇国の立派な戦艦だ。部外者である我々が手を出すほどでもないと思う…」

 「ですよね…」

 二人はお互いの意見に同意し合った。改めて榛名のほうに視線を戻すと、榛名は未だに熱弁を続けていた。

 そして、この場にいる全艦魂を目で見通し、訊ねる。

 「ということで、この三笠なる者を試してみたいと思う。神龍にふさわしい人間なのか…。なにか良い案はあるか」

 艦魂たちはそれぞれ自分の隣にいる者たちと顔を見合わせ、ざわめく。だが挙手をする者はいなかった。

 大体、なにをどう確かめるのか…。なにがふさわしいのかが、実はよくわからなかった。

 「榛名参謀」

 手を上げたのは、陽炎型八番駆逐艦『雪風ゆきかぜ』の艦魂、雪風だった。

 「なんだ雪風」

 「三笠二曹という者は、主計科の烹炊班班長ですよね」

 「情報によるとそうらしい」

 「主計科って最もきつい兵科としても有名ですよ。 そんなきつい兵科で勤しむ彼、しかも烹炊班の班長です。十分たくましそうなかたですが」

 「確かにそうかもしれないが、この目で見ておかねば結局はわからない」

 「では、やはり陛下のもとで戦う軍人として、その覚悟を確かめる方針に?なにか絶体絶命な事態にさせるとか…」

 童顔で可愛らしい顔をしてさらりと何を言っているのか、他の艦魂たちは苦笑したが榛名は構わずに無視した。

 「それも良いが、神龍にふさわしいかどうかを確かめばならない。それに見合った試練を考えてほしい」

 「…失礼しますが榛名参謀。参謀長にふさわしいというのは、どういった感じなのですか?そこのところがよくわかりません」

 その場にいる艦魂たちは頷いた。榛名をそれを見て肩を落とし、溜息混じりに言った。

 「言葉通りの意味だ。神龍にふさわしいかふさわしくないか、それだけだ」

 「榛名参謀がお決めになるのですか?」

 「もちろんだ」

 「…基準は?」

 「私がふさわしいと思えばふさわしい。ふさわしくないと思えばふさわしくない」

 おいおい…という声が聞こえてきそうな雰囲気が漂う。

 補佐を務める伊勢は微笑み、日向は半ば呆れているような顔だった。

 やっぱり、間違いない。

 ただの、妹を心配する姉の心配性というだけであり、自分たちはそれに巻き込まれているだけだ。

 しかし反論はできない。一番上の階級と役職を持つ大和は面白そうにしてるし、他の戦艦である伊勢と日向もどうでもいいといったような感じである。そして矢矧と雪風をはじめとした駆逐艦たちは立場上逆らえるわけがない。

 「では、他に異論がなければ本作戦を決行することにする。名づけて『三笠二曹潜入調査試練大作戦』だっ!」

 榛名のその言葉で、会議は幕を閉めた。

 結局、心配性の姉に巻き込まれることになった艦魂たち。

 「(笑うな笑うな………)」

 そしてその作戦のネーミングセンスに艦魂たちは笑いを堪えるのに精一杯だった。

 


 早速、本作戦は実行された。

 護衛戦艦『神龍』艦内に、二人の少女が光とともに現れ降り立った。

 一人は短い髪を無理矢理縛って丸いポニーテールで眼鏡をかけた無表情少女、もう一人はふわふわな髪を揺らした童顔の少女。

 二人の少女は、矢矧と雪風だった。

 『神龍』艦内に瞬間移動してきた二人の任務は、目標への偵察であった。

 「なんで私たちがこんなことを…」

 雪風が愚痴をこぼし、矢矧は相変わらずの無表情で言う。

 「仕方ない。任務だからな…。 それより榛名参謀から、神龍参謀長には絶対に知られずに厳重に注意せよとのお達しだ」

 「はいはい…了解しましたよ」

 雪風は溜息を吐き、二人は慎重に目標の捜索を開始した。

 

 

 戦艦『榛名』。

 『榛名』の主砲の上に仁王立ちで立って腕組みする榛名の姿があった。その目は護衛戦艦『神龍』を射抜いていた。

 首に巻いたスカーフが風に吹かれて揺れていた。その背後から一人の女性が声をかけた。

 「榛名」

 聞きなれた声。振り向けば、戦艦『伊勢』の艦魂、伊勢が長い黒髪を靡かせていた。清楚可憐な着物の長い裾も揺れていた。

 榛名は神龍と同じ軍服を着込んでいる(というか艦魂の中では軍服を着るほうが多い)が、伊勢は清楚可憐な雰囲気を漂わせる和風な着物だった。榛名から見ればなんとも動きにくいもので、戦闘に全然不慣れな着物としてあまり好まない。しかし戦闘以外であればその着物の美しさは認めざるをえない。しかもただでさえ美人といえる伊勢が似合いすぎるほどに着込んでいる。

 「なに、伊勢」

 扶桑ふそう型に引き続き建造された二番目の超弩級戦艦、伊勢型一番艦『伊勢』の艦魂、伊勢。金剛型戦艦である榛名と同じ、帝国海軍戦艦の中で最古参である。数十年の長い付き合いがある。ちなみに伊勢の妹が、伊勢型二番艦『日向』の艦魂、日向である。当初は扶桑型戦艦(扶桑、山城)の三番、四番艦として予定されていた。しかし、予算の関係で予定していた三番艦の起工が遅れ、しかも扶桑型に欠陥が見つかったため再設計された。こうして扶桑型とは別の新たな伊勢型戦艦として生まれた。

 ゆっくりとした足取りで、伊勢は付き合いの長い彼女の傍へと歩み寄った。

 「神龍が心配?」

 突然、そんなことを聞いてきた戦友に目を見開く。伊勢はにっこりと優しく微笑んでいた。

 「榛名は優しいお姉さんね」

 「う、うるさい…」

 榛名は伊勢に赤くなった顔を見せまいとぷいっと逸らした。何もかも見透かしてるような伊勢は可愛らしい彼女を見て微笑んだ。

 「でも三笠さまって、どんなかたなんでしょうね…」

 「軟弱な奴であれば神龍と接することは許さない。ひ弱な男に神龍は任せられん」

 明らかに、彼氏ができた妹のことを心配する姉の言葉である。伊勢はそう思ってくすくすと笑った。榛名はそれを見て顔を真っ赤にして怒鳴る。

 「な、なにを笑っているっ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る榛名を見て、伊勢は着物の裾を口もとにつけてさらにくすくすと笑う。

 「でも榛名。大和長官や矢矧の話を聞く限り、特に直接会っている大和長官から聞いても、全然悪い人には思えないわよ?」

 「私は自分の目で見なければ納得しない主義だ」

 「だったら何で矢矧と雪風に行かせたの? あなた自身が見に行けば良かったのに」

 うっ、と唸った榛名だったが、すぐに言葉を返してきた。

 「…まずは作戦の前段階として部下を偵察に行かせるのが常識だろうっ」

 「何を大げさな。 本当は神龍が認めている彼のことを見たくないんでしょ?」

 「ぐっ…」

 「神龍と三笠さまというかたが仲良くしてるところを、見たくないんでしょう?」

 「………」

 榛名は黙った。伊勢は図星を突いたことを悟った。

 伊勢はふぅと溜息をついた。

 「でも… 金剛さんたちがいなくなってから榛名がこんなに妹想いに戻ってくれたのは喜ばしいことだけどね」

 「………」

 「でも程々にしなさいよ?神龍だって子供じゃないんだから」

 「生まれてまだ一年くらいだぞ?三十年生きている私たちにとっては全然子供だ。これで子供と言えないのか」

 「大和長官だって生まれて三年半も経ってないわよ」

 「………」

 ことごとく反論を伊勢に潰されている。榛名、伊勢は同じ時期に竣工されている。そして共に三十年間、日本を見守ってきた戦艦だ。平和な戦前も知っている。そんな最古参艦である彼女たちにとって神龍や大和もまだまだ子供のようなものだった。しかし艦魂の姿を見ればわかるようにまんま赤ん坊というわけではない。既に大人へとなろうとしている少女の姿だ。自分で考えて判断できる。他人に面倒かけられ世話される子供ではないのだ。

 そして戦艦は己の力でその先の道を進まねばならない。

 それは最古参である榛名だって知っているつもりだった。

 しかし、姉としてやめるわけにはいかなかった。

 死んでしまった本当の姉妹たちにしてあげられなかったことを、せめて自分を悲しみと絶望から救ってくれた神龍のために、してあげたい。大切にしたい。

 そんな想いが、今の彼女を動かしていた。

 「まぁ、止めはしないわ。でもちゃんと見てあげて考えてあげるのよ?じゃないと、神龍に嫌われちゃうわよ?」

 「えっ!?」

 驚愕し、榛名は勢いよく伊勢に振り返った。しかし伊勢は既にその場にいなかった。

 風によってスカーフが揺れる中、榛名はただ一人呆然となって立っていた。


 

 「あっ! 目標肉眼で目視!」

 雪風がそう伝えると、二人は一斉に曲がり角の影に隠れた。そして恐る恐る顔を覗かせる。

 見たさきには、捜し求めていた目標がいた。

 「こちらス○−ク。目標を確認した。こちらス○−ク、応答してくれ」

 「なにやってるんですか矢矧さん…」

 「…別に」

 ぽっと頬に朱色を灯した矢矧と雪風は気を取り直して目標を目視する。

 二人の視線の先には、長い黒髪を揺らして歩いている神龍の姿だった。

 二人は驚いた。

 「はぁ…」

 「ほぉ…」

 感嘆の声をあげた。

 神龍の通り過ぎた横顔が、とても幸せそうな笑顔だったからだ。

 二人は急いで後を追う。気付かれずに、慎重に神龍の背中を見つける。

 「参謀長のあんな嬉しそうな顔、見たことありませんよ…」

 「同感だ…」

 その時、矢矧はあることに気がついた。

 「どうしました?」

 「…参謀長、やけに跳ねてないか?」

 「えっ? …あ」

 確かによく見ると、神龍の腰まで伸びた長い黒髪が異様に揺れている。もしかして、微妙だけどスキップしてる?

 「そんなに嬉しいんでしょうか…」

 「三笠二曹と会うことがあそこまで幸福をもたらすのか…」

 二人は顔を見合わせ、もう一度スキップしている神龍を見た。

 二人は気付かれないように、神龍の背を追った。



 神龍は上機嫌だった。

 三笠に会うこともいつもの通りに嬉しいが、なにより今日は違う。

 三笠がお詫びとして持ってくるであろう豪華なご飯を持ってきてくれることにだ。

 先日、神龍は作業を中断させ、手伝ってくれた矢矧も休ませて、自分は気分転換に外に出た。お気に入りの主砲の上に上がって風でも浴びようかと思っていたのだ。もしかしたら三笠がいるのかもしれないとも思っていた。そして行ってみれば案の定、三笠がいた。しかしそこには三笠だけではなかった。その隣には見知らない人物もいた。見れば三笠と同い年くらいの少年だった。しかしそんなことより、その少年が手に持っていた握り飯を見て神龍は驚愕した。ちょうど最後の一口が放り込まれていた。それは、三笠が自分に持ってきてくれたであろう握り飯だとすぐにわかった。それを別の人に食べられていた。それを知ると怒りが込みあがり、「三笠二曹っ!」と叫んで大股で近づくと、振り返った三笠が神龍の存在に気付いた。「げっ!」と漏らした三笠を隣にいた少年は不思議そうな顔をしていた。(神龍が見えないから当然である)

 しかし構わず驚く三笠の首根っこを掴み、引き寄せた。その場にいた神龍が見えない少年にとっては奇怪な光景だったであろう。少年が呆然と見送る中、三笠は艦内へ引きずられた。

 そして問いただした。「あのおにぎりは私のですか?」と問うと、三笠は目を逸らして「あー…」と声を漏らすだけ。「私へのおにぎりですよねっ?!」と勢いに乗ると、三笠は蒸し暑い烹炊所にいるような汗水を垂らして「はいそうですごめんなさいっ!」と白状した。

 …というわけで、神龍への握り飯を他人にあげたとして、三笠はお詫びにもっと良いものを今日持ってくるという約束をしたのだ。

 ちょっと悪かったかなと思った神龍だったが、美味しいものを食べられるならいいかと思考を変えてスキップするほどに浮かれていた。

 その後ろを、追跡している二つの影を、神龍は知らない。

 

 上甲板に出ると、先日に続いた曇り空が空を覆いつくしていた。

 こういうジメジメした天気は好きではないが、今日は許しておこう。

 鼻歌で海ゆかばを奏でるほどの神龍は、ふわっと柔らかく主砲の上へと飛んだ。

 降り立つと、そこには主砲に座った三笠の背が見えた。

 その背に声をかける。

 「三笠二曹」

 その背が振り返り、三笠がにっこりと微笑んで迎えた。

 「よぉ、神龍」

 その笑顔にどきっとした神龍だったが、それを隠すように訊ねた。

 「も、持ってきましたか?」

 「ああ、お詫びだ」

 三笠が両手で掲げたのは、鍋だった。神龍はそれを見て「おおっ」と感嘆の声をあげた。

 「わ〜、なにが入ってるんですか?」

 「滅茶苦茶旨いぞ。まぁ食ってみろ」

 「はい!もちろんですっ」

 三笠はくく、と笑った。神龍の無邪気な笑顔が可愛らしいと思ったからだ。こんなに喜んでくれるなら、食べさせたときはどれだけ喜んでくれるのだろうか。その無邪気な笑顔をもっと明るく見せてくれるのだろうか。自分がつくったものを食べさせて美味しいと言ってくれるのは嬉しいが、神龍の食べる前からこの笑顔と、もちろん食べてくれたときの無邪気な笑顔も嬉しい。

 自分がつくったものを食べる兵員たちの笑顔を見るのも嬉しいが、神龍の喜ぶ笑顔のほうが、もっと嬉しかった。

 だから、これはお詫びだけど嬉しい。神龍の笑顔を見ているとこっちも嬉しいのだ。

 「それ、中になにが入ってるんですか?とってもいい香りがしますっ!」

 わくわくした声で、神龍が聞いてきた。

 「おお、これはな…」

 

 

 

 「な、なかなかいい雰囲気ですね…」

 コクリ、と矢矧が頷く。

 三笠と神龍がいる主砲の第3砲塔を、第2砲塔から双眼鏡で覗く矢矧と雪風が匍匐ほふく前進の姿勢でいた。

 「うーん…あれが三笠二曹でしょうか?背を向けているので顔がよく見えません」

 第2砲塔から見ている光景なので、第3砲塔にいる二人を見ると、三笠が神龍のほうに背を向けている光景だった。なにやら話をしていて神龍がとても嬉しそうな満面な笑顔だった。

 「しかし参謀長、本当に嬉しそうですね…。そんなに彼と一緒にいて幸せなのでしょうか」

 「実は食べ物に惹かれて喜んでるだけだったりして」

 「はは、まさか」

 二人は笑うが、矢矧の推測は正しいといえるだろう。しかし二人は三笠と神龍が本当に恋人同士のように仲が良いと信じていた。

 



 大きな鍋の蓋を開けると、もわっとした蒸気と一緒に、香ばしい香りが広がった。

 「わぁっ」

 神龍は再び感嘆の声をあげた。

 蓋を開けて姿を見せたのは、カレーだった。海軍名物の美味しいカレー。起源はインドだが、帝国海軍が取り入れて独自にスパイスしてきた海軍伝統のカレーライスだ。兵員たちの大好物であり、本当に美味しい。

 カレーに目を惹かれているといつの間にか三笠が皿を取り出していた。

 お皿に白米を乗せて、カレーのルーをかけた。トロリとした滑らかな見かけと同時に香ばしい香りが広がった。これだけでもヨダレが出てきそうだった。

 目をきらきら輝かす神龍を一瞥すると、よそったカレーを神龍に渡す。

 「召し上がれ」

 「いただきますっ!」

 スプーンを手に取り、ぱくっと一口、口に運んだ。口の中に広がる香りと甘い味が舌を溶かすようだった。辛くない。甘かった。辛いのが苦手という初めて出会った頃を覚えていてくれた彼の思いを感じて、神龍は嬉しい気持ちに満たされた。美味しい、という幸福感だけではない別の幸福感も、お腹いっぱいにしてくれる。

 「どうだ?」

 「美味しいですっ!三笠二曹」

 「そう、良かった」

 三笠も笑顔になる。神龍はまた一口頬張ると、満面な笑みを浮かべた。

 そんな二人の光景は、とても幸せそうだった。



 「なんだかこっちまで幸せになりそうなくらいですね…」

 「参謀長…ちょっと羨ましいかもしれない」

 「言えてますね、矢矧さん」

 「でしょ…?」

 二人は双眼鏡でその光景を見続けていた。

 榛名が心配するほどでもない。あの二人はとても仲が良い。ふさわしいとかふさわしくないとかそんなの関係ない。あの二人の幸せそうな雰囲気が、そして強い絆が見える。それだけで十分じゃないか。あの二人に手を出すのはやめておいたほうがいい。

 「榛名参謀が心配するほどでもないな」

 「そうですね。では、偵察任務を終了して帰投しますか?」

 「そうだな…。 ――――っ?」

 矢矧がなにかに気付き、双眼鏡の向きを変えた。驚いた雪風は矢矧に訊ねる。

 「どうしました?」

 「あれ… 榛名参謀?」

 「えっ?」

 雪風も双眼鏡で覗いてみる。そして目に入ったのが、射撃指揮所で首に巻いたスカーフを揺らした榛名の姿だった。

 「は、榛名参謀っ?!何故あんなところに…」

 再び双眼鏡を覗く。しかしそこには既に榛名の姿はなかった。




 「おいひいでふ〜」

 もぐもぐと美味しそうに噛み締める神龍。三笠は「そうか」と頷いて、ただ見詰めるだけだった。

 神龍が本当に美味しそうに食べている。次々とカレーを口に運んでいる。

 「あまり慌てて食うなよ。まだあるんだから」

 「大丈…… 痛ッ?!!」

 どうやら舌を噛んだらしい。言わんこっちゃない。

 「だから言っただろう」

 「ひぃ〜…」

 涙目になる神龍。三笠は肩をすくめて神龍の傍に詰め寄った。

 「ほら、舌出してみろ」

 「あふ〜…」

 神龍がぺろっと舌を出す。噛んだ跡がくっきりと残っていて血が赤く滲んでいた。ああ、こりゃ痛そうだ…。口内炎になったら凄くしみるな…。

 「そんなこと言わないでくだはい〜…」

 「わかったから泣くな。どれ…」

 舌を出した神龍に三笠が詰め寄る。その時、神龍は一瞬どきっとして頬を朱色に染めたが、それは乱入者によってすぐに壊された。

 「なにをやっているっ!!」

 そんな怒号が、響き渡った。

 えっ?と思っているうちに、二人に突風が襲い掛かった。凄まじい風が二人を襲う。正確には三笠の身体に強い衝撃が襲い掛かり、三笠は耐え切れずに吹き飛ばされた。

 「うわっ…?!」

 ドカッ!!

 「ぐっ…!」

 三笠は危うく主砲から落ちそうになったがそれは耐え抜いた。しかし衝撃を受けた胸が苦しくて、咳き込む。

 「げほげほっ…! なんだ?!」

 突風が吹き荒れた中心に、一人の女性が立っていた。首に巻いたスカーフが吹き残る風によってぱたぱたと揺れている。鋭い目が三笠を射抜いていた。

 その傍で呆然と尻餅をついた神龍が、その女性を見上げて声をあげた。

 「榛名姉さんっ?!」

 「はっ!?」

 三笠は神龍が口にした名前に驚き、神龍を一瞥した後、目の前に経つ女性を見た。

 突風だと思っていたのは彼女が凄まじい勢いで三笠と神龍の間に突撃し、三笠を蹴り飛ばしたからだ。揺れていたスカーフが垂れ、彼女の鋭い眼光が呆然と見上げる三笠を射抜いていた。

 「貴様…」

 睨みだけで人を殺せそうなほどに鋭い眼光で三笠を射抜いたまま、榛名は一歩、三笠に歩み寄った。凄まじい怒りのオーラが窺える。その黒い目は怒りの炎で真っ赤に見えた。

 「神龍に…なにをしようとした…。けしからんぞ……」

 「はぁ? いや、なにも…」

 「とぼけるな痴れ者がぁっ!!」

 榛名は日本刀を抜いた。構えた日本刀の刃が不気味にきらりと輝いていた。それを見て三笠は血の気が引くのを感じた。

 「待てっ!早まるなっ!」

 この言葉を前にも言ったことがあるような…。

 「あの純粋な可愛い我が妹を、神龍と! キ…キス…あまつさえ、ディープ……〜〜〜〜っ!!」

 榛名は顔を真っ赤に染めた。怒りとは別の、恥ずかしさによってである。

 「はぁ???」

 三笠は意味がわからなかった。

 実は榛名は、神龍が舌を噛んで三笠に傷を診てもらっていたのを知らない。まぁそんな光景を見れば誤解するかもしれない。妹を心配する姉ならばなおさらだ。部下を二人偵察に行かせておいてやはり心配になって自分のこの目で確かめたくて結局ここに来た。そしてその光景を目のあたりにした榛名は、二人がキス(大人のキス)しようとしたと勘違いしたのだ。そして湧き上がった怒りの炎に任せて突撃した。

 その怒りは加熱を増していた。

 「覚悟はいいか、人間風情がっ…!」

 「ちょ…待っ…!とりあえず落ち着けっ!」

 「問答無用っ!!」

 榛名が振り上げた日本刀で三笠の首を跳ねようとした直前。


 「榛名姉さんっ!!」


 愛しい、本当の妹ではないが、心配でしょうがない可愛い妹の声が、背後から響いた。

 榛名は振り返り、驚いたがその表情を見せなかった。至って怒りを表したままの表情を維持する。

 そこには、自分と同じように震える神龍が、立っていた。

 「榛名姉さん… これはどういうことですか…」

 声も怒りで震えていた。しかし榛名はその怒りの声にもびくともしない平然とした声で返した。

 「貴様にはまだ早すぎる。 故に私が止めに入り、こうしてこの痴れ者に私が指導してやる」

 「…榛名姉さん、自分がなにをしたかわかっていますか…?」

 「なに…?」

 神龍の視線を追うと、そこにはひっくり返った鍋とぶち撒かれたカレーがあった。三笠がつくってくれてさっきまで神龍が美味しく食べてたものだ。しかし勘違いした榛名は知らない。

 「三笠二曹が…つくってくれた…ものを……」

 神龍は震えていた。

 怒りが湧き上がる。身体の奥底から火山の溶岩のように熱い怒りが込みあがり、悲しみさえ感じる。

 本当の姉ではないが、自分を妹のように可愛がってくれた姉。喧嘩や行き違いは今までもちろんあった。しかしこんな湧き上がる感情は、生まれて初めてだった。

 ぼそりと、俯いた神龍から言葉が漏れた。

 「榛名姉さんなんか…」

 「?」

 聞こえないくらいの小さな声が、次は大きな声となって響いた。


 「榛名姉さんなんか、大嫌いっ!!」


 ピシリ、と榛名の中でなにかがヒビいた。

 声にならない吐息を漏らし、その場に立ち尽くす榛名。そんな榛名を残して、神龍は涙を零し、背を向けて走り去った。

 主砲の上から飛び降りると、そのまま消えていった。

 カシャーン。

 榛名の手から、日本刀が落ちる。榛名はその場で呆然と立ち尽くしていた。

 未だに尻餅をついた情けない姿を曝け出している三笠は状況が把握できずにただ立ち尽くす榛名を見ていた。

 「あちゃ〜… 参謀長、行っちゃいましたよ」

 「榛名参謀っ?!」

 ふわりと、矢矧と雪風が舞い降りた。三笠は現れたまた新たな二人の艦魂に驚くばかりだった。

 その場に残されたのは、事態を説明する矢矧・雪風と三笠、そして凍ったようにその場に固まって立ち尽くす榛名だけだった。

 


 

 

 <四> 妹の激怒と姉の痛感 【登場人物紹介】



 榛名はるな

 大日本帝国海軍金剛型三番艦『榛名』艦魂

 外見年齢 23歳

 身長 168cm

 体重 50k

 金剛型戦艦三番艦『榛名』の艦魂。高速戦艦。日本に残された数少ない戦艦の一つであり、最古参の艦の一人。伊勢・日向と同じ時期に生まれ、約三十年も帝国海軍の戦艦として日本のために戦ってきた。金剛たち姉妹を失い、悲しみと絶望に苦しんでいるときに神龍の世話係を任せられ、以後神龍を本当の妹のように可愛がる。妹想いの彼女だが、時々荒れる部分も見せる。神龍に衝撃的発言を受けて、大きなショックを受ける。



 伊勢いせ

 大日本帝国海軍伊勢型一番艦『伊勢』艦魂

 外見年齢 23歳

 身長 170cm

 体重 45k

 伊勢型戦艦一番艦『伊勢』の艦魂。『日向』とは実の姉妹にあたる。金剛型戦艦、『榛名』とは同じ時期に生まれ、三十年間日本のために戦い抜いた、最古参艦。常に和風な着物を着込んでいて清楚可憐な容姿をしている。穏やかな性格で、優しいお姉さん。榛名とは長い付き合いで、戦友でもある。



 日向ひゅうが

 大日本帝国海軍伊勢型二番艦『日向』艦魂

 外見年齢 20歳

 身長 163cm

 体重 43k

 伊勢型戦艦二番艦『日向』の艦魂。『伊勢』の姉妹艦。実の妹にあたる。今回は登場しただけで一言もセリフがないが、以後登場予定。姉の伊勢とともに日本の激動時代を生き抜いている。伊勢と共にレイテ沖海戦のエンガノ岬沖海戦では多数の敵機を弾幕射撃で撃墜している。榛名とも長い付き合い。姉の伊勢を尊敬している。



 雪風ゆきかぜ

 大日本帝国海軍陽炎型八番艦『雪風』艦魂

 外見年齢 16歳

 身長 158cm

 体重 40k

 陽炎型駆逐艦八番艦『雪風』の艦魂。駆逐艦艦魂の代表。語源である『雪風』とは、雪交じりの風を指し、古くは平安期の書物「蜻蛉日記」において用いられている。数々の戦闘に出陣しているにもかかわらずほとんど損害を受けずに帰ってくることにより「奇跡の艦」「栄光の艦」とも呼ばれるほど。しかしその反面、『雪風』が同航した戦艦や空母は大破・沈没してるにも関わらず『雪風』だけが無事であるため、一部からは「死神」と呼ばれてしまっている。実は本人は素振りを見せなくてもそのことに苦しんでいる。ふわふわした髪の毛が特徴的で、幼い童顔をしている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>歴史部門>「護衛戦艦『神龍』 〜護りたいものがそこにある〜」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ