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<三十五> 世界の秘密を知る傍観者。そして終戦……

お久しぶりです。五日ほど全然小説製作に手を掛けられなかった伊東椋です。現実世界で色々と事情があって中々自分の作品に手を掛けることが出来ませんでした。更新が遅れてしまってすみませんでした。

遂に終戦となります。そして今回は架空戦記どころか戦記とはかけ離れたファンタジーというかオカルトというか?……まぁ良かったらご覧ください。



 一人で泣いている彼がいた。


 ―――あらあら、かわいそうに……―――


 これが男泣きというものだろうか。今までに飽きるほど、命あるときも命なきときも見たことがあったが、やはり見ていて良い気分ではない。


 ―――辛いよね、辛いよね。あなたも、そしてそばにいる、彼女も……―――


 哀しみに暮れる二人を見詰める『それ』は、静かに木の枝から舞う枯葉のように身を翻した。

 

 ―――見てられないわ―――


 意味のない、煌きもない、漆黒の瞳が二人を映し、その下にある口もとは微笑んでいる。

 

 ―――なによ、いいじゃない。気まぐれよ気まぐれ。なんだかさ、似てない?あの二人―――

 

 そばにいるもうひとつの『それ』を一瞥し、言葉を投げる。その言葉を受け止めたのかそれとも素通りしたのかわからない反応を、もうひとつの『それ』は示す。


 ―――相変わらずあなたも無愛想ね。すこしはあの二人を見て何か感じないの?―――


 ………。

 無言の返事が届く。


 ―――…もういいわ。さて、ならいいわよね?こんなことするなんて、随分と久しぶりになるけど―――


 『それ』は『少女』となって具現化する。


 ―――あくまで奇跡を起こすのは、あっちによるけどね―――


 先ほどの微笑みとは違う、口端を吊り上げて『少女』は笑った。

 そして、消えた。



          

                     ●



 昭和二十年四月八日、護衛戦艦『神龍』は沖縄海域七十キロ離れた地点にて米戦艦部隊と接触、突撃を敢行した。

 随伴艦隊は佐世保に帰還し、『神龍』という一隻の大型戦艦は単艦で米戦艦部隊に突撃した。初弾が米戦艦部隊に随伴していた駆逐艦と巡洋艦に大打撃を与えた。

 一時間の死闘の末、満身創痍に挑んだ『神龍』は米戦艦二隻を撃沈するも、自身も一斉砲撃を受け、計それぞれ十数発の砲撃と雷撃を受け、機関室が浸水、航行不能に陥った。

 砲撃戦を主軸とした艦隊戦であったため、対空戦闘とは違って兵員たちは艦内に待機していたので、結果大半の兵員が艦内に閉じ込められた。米戦艦部隊が救助した兵員は約一名のみだった。

 『神龍』の最期は壮絶なものだった。一点に搾られた集中的な砲撃を受け、見るも無残に傷つき海面に佇んでいた『神龍』は誘爆した気化爆弾によってその身を一瞬にして轟沈させた。日本海軍が託した大艦巨砲主義復活は『神龍』という壮絶なる最期によって幕を下ろしたのだった。

 一人の日本将兵捕虜を同行した米戦艦部隊は沖縄への友軍合流のための帰路途中、米戦艦部隊は台風と遭遇し、相次ぐ故障や浸水という難に合うも、なんとか機動部隊のもとに戻ることが出来た。

 しかし機動部隊も台風の被害を受け、傷ついた艦艇が目立ち、彼らを失望させた。

 だが作戦自体は順調に進行し、遂に歴史に残る日本本土決戦の一つといえる沖縄地上戦は五十万の民間人を巻き込み、十万の将兵が身を投じた死闘は、米軍側にも多大な損害を出して、二ヶ月にも及んだ戦いは米軍の沖縄占領によって終わりを告げた。


 昭和二十年(1945年)四月六日から六月二十二日の間に実施された海軍の『天一号作戦』『菊水作戦』、陸軍の『航空総攻撃』では、『大和』『神龍』以下第二艦隊を含めた第一遊撃部隊が特攻出撃した日である四月六〜七日は、出撃した特攻機が約三五〇機と、全特攻機出撃の四分の一を占めることになった。

 『大和』『神龍』以下第二艦隊をはじめとして、三五〇機の特攻機も特攻にその命の花を咲かせ、見事に散らしたのだった。

 沖縄戦の日本軍は、航空機約一九〇〇機(海軍一〇〇〇機、陸軍九〇〇機)とその搭乗員約三〇〇〇名(海軍二〇〇〇名、陸軍一〇〇〇名)を特攻作戦に出動させている。

 そして沖縄特攻の戦果は、艦船の撃沈二十七隻,損傷一六四隻。特攻と水平攻撃、友軍による誤射、座礁など全ての原因を含めてしまえば、沖縄戦での米艦艇の撃沈は三十二隻、損傷は三六八隻。米海軍の人的損失損害は、沖縄方面の全作戦を含めて死者は五〇〇〇名近く、負傷者四八〇〇名を越えている。

 沖縄守備隊司令官である牛島満うしじまみつる中将は決別電文を送信した六月十九日に「各部隊は各地における生存者中の上級者これを指揮し、最後まで敢闘し、悠久の大儀に生くべし」と命令を出し、二十三日未明、長勇ちょういさむ参謀長と共に摩文仁まぶにの丘で自決した。この命令は残存部隊に徹底抗戦を命じてたものである。実際、宮古島・石垣島・西表島守備隊は、敗戦まで戦い続けることになる道を進むことになってしまった。

 

 正に特攻の総力をつぎ込んだ沖縄戦は、一部の抵抗するゲリラ戦を除いて、特攻で散った数え切れない命を引き換えにしても沖縄を護ることは出来なかった。沖縄は米軍に占領され、本土決戦の最前線基地と化してしまう。そしてその根は戦後も居続けることになる。

 沖縄県民五十万と将兵十万人は、『大和』『神龍』以下第二艦隊を含めた第一遊撃部隊を待っていたが、最後まで彼女たちが救いに来てくれることはなかった。

 こうして、大東亜戦争最大最悪の地上戦は膨大な犠牲を払って、終わったのだった。

 それは神龍、そして大和たちの戦いが完全に終わったことも告げていた。

 沖縄の戦いは、彼彼女たちが身を投じた特攻は、終わった―――


 


                    ●


 海上特攻作戦・損害結果

 

 戦艦『大和』沈没 戦死者二七四〇名 生存者二七六名、うち負傷者一一七名

 軽巡洋艦『矢矧』沈没 戦死者四四六名 生存者五〇三名(第二水雷戦隊司令官古村啓蔵少将、艦長原為一大佐を含む)、うち負傷者一三三名

 駆逐艦『雪風』被害なし 戦死者三名 負傷者十五名

 駆逐艦『磯風』大破・処分 戦死者二〇名 負傷者五四名

 駆逐艦『浜風』沈没 戦死者一〇〇名 負傷者四十五名

 駆逐艦『冬月』小破 戦死者一二名 負傷者一二名

 駆逐艦『涼月』大破 戦死者五七名 負傷者三四名

 駆逐艦『朝霜』沈没 戦死者三二六名(全員戦死)

 駆逐艦『初霜』被害なし 戦死者〇名 負傷者二名

 駆逐艦『霞』大破・処分 戦死者一七名 生存者二八五名うち負傷者四七名


 ・

 ・

 ・

 ・

 

 護衛戦艦『神龍』沈没 戦死者二三五二名(全員戦死) 生存者〇名

 


 ちなみに、『神龍』のみ第一遊撃部隊の損害結果とは別の欄にて表示されている。


 命令中止を無視し、突撃を続行した『神龍』は後に米機動部隊もしくは米戦艦部隊と接触し、一切不通であることから、沈没したと思われる。全員戦死と断定。尚、艦長以下乗組員全員の昇進はなし。『神龍』のみ、当初から第一遊撃部隊に含まれて居ない風に装い、密かに載せよ。

 【GF司令長官命令】



 こうして、『神龍』とその乗組員たちは英霊としてひっそりと靖国神社に祀られるも、その内容は『大和』以上に秘匿された。『大和』の生存者は終戦まで隔離同然にされ、終戦後に『大和』の存在が語り継がれていくことになるが、『神龍』は生存者もいないうえ、戦後も『神龍』の存在が明らかになるのは随分と先になることになった。

 ただ、彼彼女たちは当時の日本人と同様に、祖国を、大切な人を護りたいために戦っていたのに、彼らは、彼女は、長い一時の闇に葬られることになった……。





                    ●


 薄暗い医務室、三笠は布団の中で目を覚ました。

 その目元は隈ができていて、一晩中泣き明かしたのが明白だった。涙が枯れるまで泣き続け、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 上半身だけを起こして、虚空の瞳でくうを見詰める。

 視線だけあたりを見回しても、やはり彼女の姿はどこにもなかった。

 改めてそれを知ると、散々泣いて枯れたと思っていたばかりの瞳の奥底から再び熱いものがこみ上げてくるものを感じた。

 瞳にこみ上げてきた涙が溜まり、再び声を押し殺す。布団の生地を握り締め、顔を伏せる。

 誰もいないのだが、誰にも見せないかのように顔を伏せて、嗚咽を漏らす。

 「神、龍……」

 布団の生地にぽたぽたと雫が落ちて滲ませる。

 その時、ふいに視界の端で人影を見つけた。勢いよく視線を移し、それを見詰める。

 闇の中、慣れた目がうっすらと見据えたのは、壁に寄りかかって腕を組む少女だった。眼鏡の奥にある瞳が綺麗に闇の中で猫のように異色の光を輝かせている。

 「………」

 それが艦魂だとわかるのはそんなに時間を要しなかった。

 眉を微かにひそめ、音を鳴らして歩み寄る彼女を、ただ三笠は黙って見詰めることしかできなかった。

 「………」

 「………」

 奇妙な静寂が包み込む。上半身だけ起こす三笠と、ジッと凝視する彼女は、しばらく見詰めあいを続けた――いや、一方的に彼女のほうは睨みつけているといるという表現が正しいだろう。

 「…なにか言ってみなさいよ」

 英語が彼女の口から滑った。

 「英語がわからないかしら」

 普段の温厚な彼女とは違う、「ふんっ」と鼻息を鳴らすほどまで人が変わった彼女、この艦の艦魂であるニューメキシコは目の前にいる敵国の生存者を睨みつけた。

 「随分と悲しんでるわね。さっきまで泣いて泣いて……そして今も。男の人があんなに泣く姿なんて初めて見たわ。やっぱり日本人はひ弱で弱虫なのね」

 「………」

 三笠はただ目の前で毒を吐き続ける彼女を虚空の瞳で見詰めることしかしなかった。

 「…ムカツクわ、その黒い瞳が。無機質な瞳が。あなたたちの瞳ってみんな生きている感じがしない。まるで死んでいるよう。正に今のあなたがそうよ」

 「………」

 確かに三笠の瞳からは生気さえ感じられないみたいだった。虚空な瞳はニューメキシコの顔を映しているが、本当に意思があって彼女を見ているのか甚だ疑問だった。

 そんな瞳を見て、ニューメキシコはギリッと歯軋りを立てた。

 「……いい気味だわ。私だってね、つい最近までは散々泣いたのよ…。何故かわかる?あなたたちが、あの戦艦がテネシーや私の妹を殺したからよッ!」

 カッと目を見開き、叫ぶように言い放ったニューメキシコにも、三笠はぴくりとも反応を示さない。

 「……なにか言いなさいよ」

 ニューメキシコは眼鏡の奥にある憎しみを宿した瞳で三笠を睨む。しかし瞳に映る三笠の瞳は虚空で、彼女を見ていなかった。

 「―――ッ」

 ニューメキシコは何を話しても無駄な目の前の日本人の胸倉を掴み、揺さぶった。

 「返してよッ! 返して……ッ! 妹を……ッ テネシーも……ッ 二人を返してよぉぉッッ……!!」

 その瞳は悲しみに揺れ、ぼろぼろと涙の雫をこぼしていた。揺さぶられる三笠はガクガクと揺れるだけ。その揺すられる力もだんだんと弱くなっていく。

 この思いをぶつけたかった。たった一人になった敵に、誰でもいいから、この思いをぶつけてやりたかった。だが、この悲しみだけは取れなかった。

 嗚咽を漏らしながら三笠に手を掛ける彼女を、もう一人の人物がゆっくりと引き離した。

 振り返ると、そこには優しい瞳を宿した尊敬に値する司令官がいた。

 「閣下……」

 「やめるんだ。彼にぶつけても意味はない」

 レイモンドは首を横に振った。彼女の肩にそっと手を乗せ、その手から温かさが伝わり、そしてその口調もとても優しげで温もりがあった。その温もりは悲しみに凍てつく彼女の心にジンと染みたが、それでも涙は枯れることはない。

 「放してください……ッ 私は……私は……」

 「落ち着くんだ」

 ニューメキシコとはまったく反対の冷静とした口調が彼女を宥める。二人の瞳がじっと絡まった後、ニューメキシコはようやく三笠から手を放した。

 「閣下…ッ!」

 三笠から離れた途端、ニューメキシコはレイモンドの胸に飛び込んだ。胸の中で泣きじゃくる彼女の頭をそっと撫でた。

 「辛いのはわかる。 …しかしこれが戦争だ。戦争というものはなんと悲壮なものだろうな。勝ち負けもない。双方失うものが多すぎる……。そう…」

 レイモンドは三笠に視線を移す。

 「彼もまた大切なものを失い続けたんだ。君も知っているだろう。あの戦艦が単艦で我々に突撃してくる前に、『ヤマト』をはじめとした多くの艦艇が海の底に散った戦いがあったことを……。そして、あの戦艦も、助けることが出来なかった彼らも、我々の手によって命を落とした。彼も、君と同じように悲しみという気持ちを背負っているんだよ」

 そう、戦争なんて最高上院の戦争屋しか得をしない。

 我々軍人は国のために戦うが、やはり得るものはなにもないのだ。

 国と国との戦いに個人の関係は無くなり、自分とセイイチのように、親友同士で戦うことにもなってしまう。

 ここにあるのは正に、大切なものを失った同じ気持ちを持つ双方の立場。

 これを乗り越えられるのは、それぞれによる。

 レイモンドは泣きじゃくる彼女をそっと招き、三笠を残してその場を後にした。

 一人残された三笠は、ただ空を見詰めるばかりだった。



 ピチャン……


 油の匂い……。

 体中は黒い重油にまみれ、南海であるが冷たい海水が身体の芯を冷やしていた。鼻には海水と身体にまみれる重油の匂いがつく。

 そして今、自分はある艦内にいるようだった。病院特有の薬の匂いが満たす部屋だが、未だに油の匂いが鼻をついている気がした。

 その瞳に光は弱々しく、虚空と同然だった。何も見ず、何も感じられない。絶望の底に落ちていくような感覚。

 そんな感覚を刺激するかのように波紋が浮かび上がった。

 耳に聞こえた声が、波紋となって自分の中に駆け巡る。

 その波長が、波紋をつくりだした。

 「哀れね……」

 波紋は虚空だった三笠の瞳に光を宿した。三笠は意識を取り戻したかのようにハッとなって、ゆっくりと顔を上げた。

 目の前に、暗闇から浮かびあがるように、白い服を着た少女が現れた。

 長い黒髪を流し、白い服の裾がふわりと舞った。

 ゆっくりと少女の白い足が地につくと、ひとつの波紋が浮かび上がったように見えた。

 少女は黒髪の間から、吸い込まれるような漆黒の瞳を見せた。

 「生きた者と死んだ者の境はこれほどまでに深いのは時代問わず変わらないものなのね」

 少女はクスクスと笑いながらそう言った。

 三笠は思考が追いつかないといった顔で少女を見詰めた。

 少女を見たとき、まるで心臓が波打つように鼓動を打った。ドクドクと鼓動が早くなる。

 「あなた、怖いのね?わかるわ。瞳が怯えてる」

 少女が一歩歩むごとに、ひとつの波紋が浮かぶ。

 神秘的、幻想的といえる光景が一歩ずつ三笠に近づく。

 「彼女を失ったことが怖いのね」

 「――ッ!」

 ドクン、と鼓動が高鳴った。

 「そんなに怖がらないで」

 少女は首を傾げて笑う。微笑み、という優しいものではない。いやらしい笑みでもない。ただ笑うように笑う。

 「あなたは私を知らないかもしれないけど、私はあなたを知っている。だってあなたたちを最初から見ていたもの」

 少女の言葉に、三笠はぴくりと眉を吊り上げた。

 ……不思議だ。恐怖は感じないが、目の前にいる女の子は全てを知っているような気がしてならなかった。

 これは夢か?

 そう思ったが、三笠はその場の状況の追求に欲した。

 三笠はようやく口を開いた。

 「……君は、誰だ…?」

 「そうね、名前か……。なんだか懐かしいわね」

 少女は思い出に耽るような表情を浮かばせてから一変して、ニコリと笑った。そして手を自分の胸に当てた。

 「私は―――棗玖深なつめぐみって呼ばれてるわ。それが私の名前。で、こっちが棗劫火なつめごうか

 「こっち?」

 その時、暗闇の中からもう一人の人影がユラリと姿を見せた。黒いスーツに身を包み、少女の倍以上の背の高さだった。腰下までさがった銀髪がバサリと垂れている。長すぎる前髪が片目を隠している。片方の視界だけで物を見ているような瞳は茜色に輝き、少女とは相対して全然まともな人間のように見えない。人間は人間だが、普通の姿の少女と比べると奇怪な姿である。民族も性別さえわからない。

 棗玖深と名乗った少女はああ、と付け足すように言う。

 「この子は気にしないで。いつも無口で無愛想だから」

 「………」

 名前はわかったが、そもそも目の前にいる二人が突然こんなところに現れるなんて全然似つかわしくない。米軍の関係者なのだろうか?しかし少女は見るからに日本人だし(もう一人は民族さえわからないが)、何より日本名を名乗っている。それが本名かさえ保証はないが…。

 「それで……君たちは何者なんだ」

 「さっきとは別人のように口が達者になったわね。 …まぁいいわ。そうじゃないと困るしね」

 「………」

 茜色の瞳がジッと三笠を見詰める。まるで三笠の心の内まで見透かすような不気味と思わせるほどの瞳だった。三笠はなるべくそっちのほうは構わないよう努め、話が出来そうな少女に視線を向けた。

 「質問に答えてくれないか」

 「……あなたにとって理解できない答えもあるけどそれでもいい?」

 三笠は無言で頷くと、少女は緊張の欠片もない軽い乗りで口を開いた。

 「そうねぇ」

 ん〜、と指を口の下に当てて歳相応の女の子のような仕草を見せる。

 「何者って言われても、私たちでさえ理解できないかも」

 「……は?」

 「あは、面白い顔」

 三笠の呆気に取られた表情を見て少女は歳相応の女の子のようにけらけらと笑った。

 「…まじめに答えてくれないか」

 「まじめよ」

 「じゃあもうひとつ質問。……これは夢か?」

 今度は少女がぽかんとなる。しかしそれも一瞬で次の瞬間には腹をおさえるように笑い出した。

 「あははははっ。 その質問こそまじめか疑わしいわよ〜っ」

 「俺は真剣だ」

 「わかってるわよ。そうねぇ……じゃあ」

 少女はくるりと回ってから、両手を後ろに組んでにたりといやらしい笑みを浮かべた。

 「幽霊とでも思ってよ」

 「………………は?」

 三笠はまたしても呆気に取られた顔をになる。

 そしてまた少女が腹をおさえて笑い出す。その隣で無言で立ち尽くす表情を一変も変えないのが約一名。

 「……幽霊、ね。そうか、幽霊か」

 「あら、特に驚いてないのね」

 「似たようなやつらといたもんでね…」

 「ふぅん。ま、知ってるけどね」

 「……本当に君は全部知ってるのか?」

 少女はふふ、と嫌味的に笑みを浮かべてから、三笠の目の前から視界の横に歩いていった。

 「言ったでしょ?私は最初からずっとあなたたちを見てきたんだから」

 「……本当に、何者なんだ?」

 「それはもう答えたでしょ」

 「じゃあどこまで……知ってるんだ?」

 「………」

 少女は三笠のそばまで歩み寄ると、そこで立ち止まった。そしてジッと三笠の瞳を覗き込むように見詰める。

 三笠もまるで少女の漆黒の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

 「天蓋の瑞まで」

 その途端、三笠の意識は少女の漆黒の瞳に吸い込まれていった。

 「―――ッ!?」

 駆け巡る時空。浮かぶあがる波紋。

 今までの刻まれた記憶が流れ込む。

 神速に流れていく光景には神龍や大和、榛名たちなど、今までの見てきた、過ごしてきた艦魂たちとの記憶が輪廻のように駆け巡った。

 そしてそれは波紋となって浮かび、浮かんでは消えて、それを繰り返した。

 中央に生まれた眩しい光が、少女の形を作り出した。

 「これが私の知っている全て――――」

 少女の周りを三笠と艦魂たちが過ごした日常風景が輪廻となって回り、やがてそれが様々な輪廻の輪となる。三笠が見たことがない、三笠が知らない、別の人間や艦魂たちが笑い合っている、様々な姿を映し出されている映像も輪廻の輪となって彼女の周りを回っていた。

 人間と艦魂たちの繋がりを映し出す輪廻の輪が少女を中心として回る。

 「――――また会いましょう、彼女たちの魂に恵まれた人の子よ」

 輪廻の輪が少女を包み込み、白い世界が全てを支配した。

 「―――ッ!」

 気がつくと、陽光が射しこんでいた。

 温かい南海の太陽の光が丸い窓から白い布団に煌いていた。三笠は起き上がり、丸い窓から射しこむ朝の陽光を見る。

 あれは、夢だったのだろうか……。

 三笠は胸のうちに残る違和感を抱きながら、陽光の射線を見ていた。

 外は、嵐が去った後の青空が艦隊の上空に広がっていた。


 ―――まだ、奇跡を起こす時期ではない―――


 ―――機会はまた今度ね―――


 そんな少女の声を、どこからか三笠は聞いたような気がした。


                     ●






 ―――月日が流れ……


 昭和二十年八月十五日。

 この日、長かった三年八ヶ月も続いた戦争は日本の敗戦として終戦となった。

 戦争に疲れきった日本全国に天皇によるラジオからの玉音放送が流れ、国民は涙し、ある者は泣き、ある者は安堵し、ある者は怒りに震え、ある者は喜び、それぞれの感覚として日本国民たちは戦争の終わりを感じ取ったのだった。

 戦争は、終わった。

 特攻によって自ら数多くの命を散らした戦争は遂に終わりを告げた。

 日本全国で本土決戦に備え、浮き砲台と化していた戦艦や空母、他艦艇たちもそれぞれの港で終戦を迎えた。

 日本最大の軍港都市、呉にも日本の敗戦として告げられた終戦が、艦魂たちにもやって来た。

 しかし、これまでに三度の空襲を受けた呉には、日本海軍が誇った戦艦と空母の姿は僅か一部を除いて見られることはなかった。榛名も、伊勢も、日向も、天城も、多くの戦艦と空母の艦魂たちは、神龍と大和たちの仲間たちは、いなかった……。

 代わりに湾内で無残な姿に成り果てた彼女たちの鉄の屍が無造作に佇んでいる。しかし、彼女の姿も見えない。声も聞こえない。あれだけ騒がしかった呉の港が、艦魂たちで賑わっていた呉の湾内も湾外も、不気味なほど静かな静寂が支配していた。その静寂の中、ただラジオから小さく紡がれる天皇の肉声……。

 そして、海鳥の声。

 吹き抜ける風は夏に吹く生温い風。しかしその風が肌に、特に頬のあたりが冷たく感じる。

 迷彩を施し、係留して浮き砲台と成り果てている少々傷を見せる空母『葛城』の甲板で、葛城が長い黒髪を靡かせながら、どこまでも透きとおるような蒼い大空を仰いでいた。

 彼女の周りには誰もいない。姉の天城さえいない。騒がしかった唯一の姉は、今はそばにいなかった。

 神龍たちが、もしかしたら彼もいるかもしれない大空を仰ぎ、彼女はぼそりと呟いた。

 「…菊也……」

 愛しい彼の名を、紡いだ。

 それは寂しくも、吹き抜ける風に乗って何処に飛ばされていく。

 頬に伝う涙が夏の海風に当たり、冷たい。

 下唇を噛んで、膝を折り、うな垂れる。ぽたぽたと雫が落ち、長い黒髪を垂らした葛城は嗚咽を漏らした。

 「菊也……ッ」

 もう一度彼の名を呼ぶ。嗚咽が漏れる中、何度も彼の名を呼ぶ。

 彼はきっと帰ってくれると、根拠のない願いを持つことしか、今の自分には出来なかった。

 仲間たちを失い、姉を失い、そして死んでいった彼女達が護ろうとした日本は戦争に負けた。それが悔しくて、悲しくてたまらない。

 彼女たちの死はなんだったのか、もう自分にはわからなくなった。

 もし彼がいなければ、自分はこのまま押しつぶされそうだった。

 だから彼の名を呼び続ける。

 嗚咽を漏らしながら。

 吹き抜ける夏の生暖かい海風が漂う中、孤独に残された空母の甲板で、葛城の嗚咽だけがいつまでも続いていた。




 ―――残酷。無残。酷。絶望。生きるのが嫌になるわね―――


 嗚咽を漏らす少女を見詰め、溜息を吐きながら言葉を紡ぐ。


 ―――彼女たちの存在自体が罪なのかしら―――


 ―――……いいえ―――


 ―――本当に罪深いのはなんなのでしょうね―――


 

 少女は長い黒髪を翻し、波紋を浮かばせながら消えていった。


 <三十五> 世界の秘密を知る傍観者。そして終戦……


 棗玖深なつめぐみ

 外見年齢 12〜13歳

 身長 150cm

 体重 ?

 三笠の前に現れた謎の少女。自分自身を幽霊のような存在だと自称する。三笠や神龍たちの紡がれる物語を最初から見ていた傍観者。艦魂と人間がつくりだす世界の秘密を知る存在。傍観から世界への介入を決意した。



 棗劫火なつめごうか

 外見年齢 20歳

 身長 173cm

 体重 ?

 少女より謎が深いが、存在理由は少女と同じ。長い銀髪に茜色の瞳が特徴。黒いスーツに身を包み、民族も性別さえ不明。少女曰く、無口で無愛想。常に少女の隣にいる。



 

 棗玖深という名にピンと来た者はいますでしょうか?実は第一話の冒頭をよく見ればわかると思います。戦争自体は終戦となっても神龍の話はもうちょっと続きます。

 今回登場した少女たちがこれからの奇跡の鍵となります。


 話は変わり、本作品の累計アクセス数が3万を超え、PVも1万です。これも訪れる読者様がたのおかげです。ありがとうございます!最後までどうぞお付き合いくださいませ。

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