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<三十二> 終焉。一人の恋姫、大好きなあなたに……

タイトルから見て、最終回っぽい部分が見えますがまだ最終回ではないので誤解しないでくださいね〜(汗

大丈夫、か……。一応言ってみましたけど。

遂に米戦艦部隊との対決が今回で決着がつきます。残酷な運命が、神龍と三笠に訪れてしまいます。

どうか最後まで、たとえ苦しくても悲しくても、二人を見守ってあげてください。

 『神龍』は米戦艦部隊との距離を詰め、圧倒的劣勢の中で砲撃戦を交えた。

 戦艦『テネシー』が大破炎上し、その残骸と化した身を海面下に没して、残り火を残して沈没した。

 しかし他四隻の戦艦が、海に沈んでいった仲間の仇を討ち取ろうと怒り狂ったかのように、熾烈な砲撃を繰り返した。そして遂に、幸運に恵まれていた『神龍』の運が費えたように、直撃弾が命中した。第三砲塔が破壊され、『神龍』の象徴する巨砲は欠けてしまった。

 小規模の火災が発生しても、消火する兵員は誰一人現れず、白波を荒らすことは止めなかった。

 距離が詰めれば、お互いに命中率が高くなる。しかしそれは『神龍』が以前より攻撃を受けやすくなったという事実もあった。

 左舷側に『神龍』が確認できる感じで航行する米戦艦。巨大な細長い砲身を左いっぱいに旋回し、次弾が装鎮される。

 次弾が装鎮される間、他の艦が目標に向かって砲撃する。敵側にとっては止むことがない恐ろしい一方的な砲撃戦だった。

 迫り来る巨大戦艦の周りで無数の水柱が連続的に次々と立ち上り、いくつかが極至近弾、又は至近弾となって襲い掛かる。

 そしてまた、直撃弾が命中した。

 連続的に立ち上り、姿さえ隠す水柱の中、噴き上がった火柱を見た。

 どこに命中したかは、立ち上る白い水柱のせいで、見えるわけがなかった。


 

 艦橋に今までにない凄まじい衝撃が襲った。耐え切れずに倒れた参謀たちも少なくない。草津は机の角に捕まって必死に耐え抜いた。

 「本艦に直撃弾一!我が司令塔に直撃ッ!」

 「防御指揮所、破壊ッ!」

 『神龍』の艦橋である司令塔に敵弾が直撃したようだ。だから直接的に凄まじい衝撃が襲ってきたのだろう。司令塔の上にある艦橋は無事だが、下にある防御指揮所に命中したらしく、防御指揮所に大穴が開いた。

 徹底的に防御に徹した頑丈な司令塔は、折れ曲がることもなかったが、防御指揮所があった部分に大穴が開いていた。大穴の上にある艦橋は無事だが、防御指揮所の者たちは全滅しただろう。

 「……吉野副長以下全員戦死です」

 自分のそばで支えてくれた、フィリピンの海に投げ出されて生き抜いたと言っていた副長は、防御指揮所に下りていた。あの純朴な顔も二度と見ることはできない。草津はただ「そうか…」と目を伏せただけだった。

 「副長たちはよくやってくれた。彼らのためにも我々は最後まで戦うぞ。次弾装鎮準備急げッ!」

 草津は実感した。

 自分たちは本当に、今正に、死のうとしているのだ。

 突然の副長の死。そして今度は誰が死ぬかわからない。司令塔に直撃した敵弾を思い、いつここにもまともに敵弾が命中するかわからない。

 大穴が開くも、頑丈な司令塔の威厳さは健在だった。明らかに深い傷を一つ一つ刻んでいく『神龍』は、突貫するかの如く、菊水の紋章を煌かせていた。



 「がふッ!ごほ……ッ」

 血のかたまりを吐き出し、神龍はガクリと膝を折った。

 三笠は神龍の肩を触れた。その時、すこし冷たくなっている彼女の肌を感じて、ゾクリと悪寒が走った。さらさらと綺麗に流れていた黒い長髪は血でべとべとになり、着ている黒い第一種軍装も布地が破け、真っ赤な肌を露出させている。さっきの直撃弾によって、神龍の身体に大穴が開いたかのように珠のような肌が裂け、鮮血が迸った直後だった。そのため、神龍は既にその身を血で染めている。

 ぽたぽたと滴る血は止まらない。三笠は今までに見たことがなかった彼女の痛々しさを見て目を背けたい衝動に駆られたが、必死にそれを抑えていた。優しく彼女の身体を支えるように手を添えた。

 三笠が言いかける前に、神龍が口を開いた。

 「大丈夫です……ッ だいじょうぶ……ですから…」

 神龍は血まみれになった表情を微笑ませている。三笠はそれを見て、目を伏せた後、神龍の肩に手を添えて抱き寄せた。

 神龍が三笠の胸の中に抱かれるようになって、神龍の赤い血がべっとりと三笠の衣服に附着する。

 「三笠二曹……」

 「………」

 三笠は優しく、きゅっと神龍を自分の胸の中に抱き寄せた。

 「三笠二曹、これだと戦えませんよ……」

 神龍がクスリと微笑みながら照れくさそうに言う。

 「お前は、しっかりと見ているだけでいいんだ。だから、別にこうしていてもいいだろ?」

 ガコン、と砲身の仰角が再び修正された。

 神龍は三笠の顔を見上げ、見詰めた後、ゆっくりと仰角を修正した砲身の先を見詰めた。そこには戦艦をはじめとした大艦隊があった。

 神龍の真摯で純粋な漆黒の瞳が戦艦群を見据えた。鋭利な刃のように鋭い瞳でもなく、ただ純粋な丸くて黒い瞳。

 漆黒の中に敵戦艦を映し続ける神龍から、一発の矢が放たれた。

 ズドドォォォォォォンッッ!!!

 地震に似た衝撃を走らせ、脳を揺さぶるような大音響があたり一面に轟いた。砲口から放たれた火の玉がヒューンという不気味な音を響かせてから、次の瞬間には、火山の噴火に似た大音響が海原に轟き、火山の噴火が眼前に見えた。

 「前方敵戦艦一、直撃弾命中確認ッ!大破炎上ッ!」

 その時、「おおっ」という歓声が沸いた。

 再び、こちらの一発が見事に敵のど真ん中に直撃、大破炎上という確たる戦果をあげた。これで、その戦艦も少なくとも戦闘不能、もしくは沈没確定だろう。

 やはり艦隊決戦は、体中に流れる血を燃えたぎらすような感覚を与えてくれる。海軍軍人として、船乗りとしての身分には、最高の瞬間だった。やはり、戦艦同士の戦闘は、航空機にない、今は絶滅してしまっている感慨が、そこにあった。

 


 直撃弾が命中し、大破炎上する敵戦艦をその漆黒の瞳に見据えた神龍は、ふと力尽きたかのように、ガクリと身体を折り曲げた。

 「お、おい…ッ!」

 抱き寄せる三笠が倒れそうになった神龍を支える。崩れる彼女の身体を受け止めた瞬間、三笠は強烈な違和感を感じた。

 「(こんなに軽かったか……?)」

 三笠は言い様のない恐怖を味わった。

 支える彼女の身体が異常に軽かった。まるで、彼女の命が抜けていっているかのようで―――

 三笠は頭を振り払うように首を振った。

 「神龍! しっかりしろッ! 神龍ッ!」

 今まで呼びかけに応えてくれていた神龍は、応えてくれない。

 そう思ったと同時に、『神龍』に異変が生じた。

 ゴウゴウとうるさいほどに唸る機関室。熱い蒸気が吹きだし、室内は蒸し風呂状態だった。動き回る機関兵は必死にバルブを回し、火傷をしながらも、暑い中懸命に彼らの戦いを行っていた。

 「木島ぁ!そこのバルブ閉めろッ!」

 プシュウウと白い蒸気を噴出している機器に、急いで特別年少兵の一人である木島が飛び込んだ。暴れるように唸る主機の調整に手を放せない山城は、急かすように彼に叫んだ。

 歯を食いしばりながら、まだ満十七、十八にも満たない少年は、固いバルブを必死に回した。やがて噴出していた白い蒸気は勢いを衰えた。

 「山城二曹ッ!主機がイカれちまいます!!」

 山城とともに巨艦の心臓部である巨大な主機に奮闘していた機関兵が悲鳴に近い声で叫ぶ。

 「なんとしてでも持たせろッ!まだ戦闘は続いているんだ!」

 山城はうるさく唸る機関室の音に負けない大声で叫んだ。

 そもそもこんな巨大な戦艦が機関全速で、速い速度で突っ込むなんて似合わない。似合う以前に無茶なのだ。速力はもはや三十ノットを超え、速力は増している。その度に機関室の様々な機器が暴れだしている。

 一瞥する馬力計も悲鳴のように叫んでいる。機関室はもはや別の戦場だった。

 その時、嫌なものを、山城は見た。

 海水ポンプが震えだし、微かに生じたひび割れから海水が零れだしていた。

 「まずいッ!」

 山城は走り出した。同じく主機を前にしていた機関兵がなにか叫んでいたが、唸る機関音に掻き消されてしまう。山城が走り出したその時、決定的な悲劇が彼らに襲い掛かろうとしていた。

 「右舷前方から魚雷接近ッ!」

 「取り舵いっぱぁぁぁいッ!」

 無理だった。

 取り舵を号令しても、艦はピクリとも左に生じない。

 全速力で突撃しているのだ。すぐに舵を切ることなんてこの巨艦には不可能だった。

 そして敵駆逐艦から放たれたと思われる魚雷、計九本が連続的に『神龍』の喫水線以下に炸裂した。水柱が一度の九本も立ち上り、『神龍』は左に大きく傾いた。

 「がああああぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 「神龍ッ!!」

 今までに聞いたことがない絶叫が三笠の耳に響き渡った。

 一度の九本もの魚雷が『神龍』の唯一の防御壁が弱い喫水線以下に命中し、その衝撃で、艦底の機関室は直接的被害を受けることになった。

 海水ポンプが破裂するだけに留まらず、鉄壁が砕け、海水が浸水を始めてきた。機関兵たちは悲鳴をあげるが、容赦なく彼らを飲み込もうと海水が流れ込んできた。

 「あぐぁッ?!」

 山城は海水に飲み込まれ、そのまま二度と姿を現すことはなかった。

 一人の機関兵が伝声管に向かって必死に状況を報告した。

 「機関室浸水ッ!!」

 最悪の報告が、艦橋を一瞬で冷やした。

 すぐさま参謀の一人が伝声管に更なる追求を叫ぶが、機関室からの応答は途絶えた。

 機関室が浸水、それは艦が沈む第一段階を示す―――

 機関室は艦の心臓部である。機関室に大量の海水が浸水すれば、中に居る人間はおそらく生きてはいられない。機関員は最悪全滅し、機関室は海水で満たされ、航行不能となってしまう。それは先の海戦で、沈んでいった『大和』をはじめとした各艦艇で既に起こっている。

 遂に無茶を通り越した全速力での航行は、徐々にその力を失われつつあった。

 機関室が浸水し、速度は一気に低下した。先の勢いはどこへやらと言うふうに、その猛々しさは微塵の欠片も残さないかのように、勢いを衰えていった。

 速度を落とし、もとの鈍足に戻った『神龍』に敵の容赦ない追い討ちがかける。

 直撃弾を受け、黒煙をあげる戦艦が、残された力を振り絞るように砲弾を放った。それは『神龍』の近距離で水柱を上げ、鋭利な破片が『神龍』を襲った。

 残りの三隻の戦艦も、一斉砲撃を開始した。落雷のような衝撃が轟き、無数の火山弾が『神龍』に降り注いだ。ヒューンという寒気がする音の後、一斉に連続的な大音響とともに『神龍』に覆いかぶさるように襲い掛かった。

 ズドドドドドドドッッッ!!!

 おそらくこんな無数の砲撃を浴びた戦艦は、『神龍』が初めで最後だろう。

 文字通りの雨のように、鉄の雨が『神龍』に降り注いだ。

 無数の水柱が『神龍』を隠し、そして次々と噴き上がる火柱が『神龍』の存在を示した。

 『神龍』に多数の直撃弾、無数の極至近弾が浴びせられた。

 無数の立ち上った水柱が晴れ、姿を見せた『神龍』の身体は、正に蜂の巣に成り果てたかのように、穴だらけだった。そして代わりに黒煙が立ち上っていた。

 艦橋の中も無茶苦茶なものだった。

 ガラスは全て割れて飛び散り、機器も全てが破壊されている。参謀や士官たちが倒れ、飛び散ったガラスが刺さって流血する者、爆風でなぎ倒された者、大音響で鼓膜を破られた者、それぞれだった。

 そんな広がる惨劇の中で、一人の眼帯を付けた男がゆっくりと這うように立ち上がった。

 軍服が飛び散ったガラスや破片にズタズタに引き裂かれ、所々から赤い血が流れている。落ちた軍帽を拾って被りなおし、黒煙がのぼる前方を睨んだ。

 「……さすが『神龍』だ…。これだけの史上空前といえる一斉砲火を浴びても轟沈に至らないとは……」

 艦長に着任する際に、艦の説明にあった防御性の重視を聞いていたことを思い出し、草津は口もとを緩んだ。

 速度はもはや一桁にも満たない。動いているのか停まっているのかも微妙だ。しかしそれでもこのフネは、浮かび続けている……。

 草津は背後でかかとを踏み鳴らす音を聞いた。振り返ると、草津の次に立ち上がった砲術長が今にも倒れそうな両足を見事に揃え、直立不動で敬礼していた。

 「艦長、第一砲塔も第二砲塔も無事です。全砲門は既に発射準備完了。いつでも撃てます。どうか砲撃許可を頂戴したく思います。これだけの砲撃を浴びてもなお主砲は無事でした。これはもしかしたら最後の奇跡かもしれません。最後の敵さんに一発かましてやりましょう」

 「…そうだな。その通りだ、砲術長。よし」

 草津はニッと微笑んだ。砲術長も笑った。

 はじめから覚悟は決めていた。恐れることはなにもない。ただ最後までやり遂げるのみ。

 どうせここで終わるのなら、最後の最後まで、武士の意地を敵に見せつけてやる。

 「全砲門砲撃開始。アメ公の数だけの戦艦など、火葬してやれッ!」

 草津の命令に、『神龍』の主砲が、まるで苦し紛れのように唸りをあげながら砲身を上げた。

 黒煙から頭を出した砲身が仰角を合わせ、その砲門から最後の砲弾が放たれた。


 

 意気込みはあった。彼らは本当に奮闘した。

 しかし同時に無力でもあった。

 最後の抵抗のように、黒煙を漏らす『神龍』の全砲門から発射された砲弾が真っ直ぐに戦艦一隻に直撃した。それは既に一発目を浴びた戦艦だった。よって、それはとどめに直結した。

 全砲門の砲撃を一度に浴びた米戦艦『アイダホ』は、老巧化した身体に想像していなかった数の砲弾を受けて大破炎上した。沖縄で多数の特攻機を撃墜した功績を持つ米戦艦は戦後日本の降伏調印式典に参加し、七個の従軍星章を受章した戦艦として退役する未来があったが、それは無残にも途絶えてしまった。

 ニューメキシコの妹として、三番艦である彼女は、その約三十年の長い生涯を日本の領海内で終えることとなった。

 結果、『アイダホ』は沈没し、『神龍』は二隻の米戦艦を屠ったことになったが、それもここまでになった。

 全砲門発射を終えた『神龍』に、米戦艦三隻の一斉砲撃が浴びせられた。再び無数の火山弾が『神龍』に降り注いだ。

 艦橋に直撃弾が命中し、艦橋に大穴が開いた。装備されていたレーダーは粉々になって虚空に消え散った。

 左舷側に大きく傾いた『神龍』はもはや米戦艦部隊に突撃するに至らず、その身を海水に浸からせ始めていた。

 総員退去は発令されない。何故なら司令塔が破壊されたからだ。

 しかし艦内に待機していた乗員たちは知っていた。もう、戦える力など残っていないことを。

 外に出て海に飛び込む者は僅かしかいない。ほとんどが総員退去が発令されない限り、艦と運命を共にすることを選んでいた。

 最後まで真の意味で戦っていた砲術員たちも、覚悟を決め、それぞれの方法で主砲内で自決した。

 『神龍』はもはや戦闘能力を失い、護衛戦艦としての定義が消えようとしていた。

 


 無数の黒煙をあげ、大傾斜し始めた敵艦を見る。攻撃を中断し、先行きを見守った。

 「攻撃中止。全艦、そのまま待機」

 レイモンドは命令し、全艦は攻撃を中止した。黙って前方で風前の灯となっている巨人艦を見詰める。

 異様な雰囲気が艦橋を包み、奇妙な静寂が続いた。

 その静寂を破るように、艦魂のニューメキシコが怒りに身を震わせて叫んだ。

 「今すぐ敵にとどめをさすのよッ!早く!早くとどめをッ!!」

 普段は眼鏡を掛けた温厚の書記官といえる彼女は、普段の彼女からは考えられないほど怒りを表して興奮していた。理由は明白、戦友だったテネシーに続いて、姉妹艦だったアイダホが沈んだからだ。

 「落ち着け」

 レイモンドの冷静に通った声が、彼女を振り向かせた。

 「閣下!何をしているのですかッ!早く攻撃を命令してくださいッ!」

 「敵はすでに戦闘能力を失っている。これ以上攻撃する必要もない」

 「敵はまだ生きていますッ!とどめをさすべきですッ!」

 妹を殺された彼女の怒りは、彼女のほんの部分しか知らないレイモンドの言葉が通じるわけがない。

 「攻撃許可をくださいッ!命令をッ!閣下!!」

 「落ち着くんだッ!」

 レイモンドは彼女の細い腕を掴んだ。その直後、ニューメキシコは腕を振り払うように抵抗する。

 「放してくださいッ!」

 「……味方が二隻も、特に妹が死んだことは悲しいだろう。だが冷静になれ。これが戦争だ」

 「でも……でもッ!」

 いつしか、ニューメキシコの瞳から涙が溢れていた。眼鏡の奥からぽろぽろと涙がこぼれ、やがて彼女は泣き崩れた。

 レイモンドは膝を折り、ニューメキシコの肩に手を置いた。

 「…犠牲になった彼彼女たちは本当に勇敢だった。国のために忠義を尽くし、我々よりも英雄だった。彼彼女の冥福を祈ろうではないか」

 「う、うう……ッ!」

 ぽたぽたとこぼれる涙が床に落ちる。レイモンドはただ、彼女の肩を優しく叩くしかできなかった。

 やがてレイモンドは立ち上がり、その場にいる参謀たちに命じた。

 「電報を打ってくれ」

 レイモンドの言葉に、参謀たちがすこし驚いたふうを見せた。一人の参謀が訊ねる。

 「司令部にですか?暗号で打ちましょうか、それとも平文でも?」

 「いや、沖縄にいるミッチャーたちでも司令部でもない。ただ、前方に向けて打て」

 「は?」

 参謀たちは意味がわからなかった。レイモンドは構わずに続けた。

 「なにをしている。早く打たんか」

 「その…失礼ですが閣下。宛てはいかがいたしましょう?」

 レイモンドは眉をしかめて、不機嫌そうな表情になったが、すぐに答えるように口を開いた。

 「宛て、前方に見える敵戦艦。今から電報の内容を言う」

 参謀たちが驚愕の表情を浮かべ、泣いていたニューメキシコも顔を上げて彼を見た。彼女が見たレイモンドの表情は、真剣に本気だった。

 「貴艦ノ勇戦ニ敬意ノ意絶エズ、とな」

 


 レイモンドの言葉が、歴史に残る名言となった瞬間。その頃、正に虫の息と化している日本の護衛戦艦『神龍』は停止し、誰が見ても沈むのは時間の問題といえていた。

 「あぐ……ッ あ、ああ……」

 砲弾を放つことはもうない主砲の上で、もはや血の海に溺れた一人の少女が呻いていた。

 そんな彼女を、一人の青年が抱き締めている。

 ガクガクと震える神龍をぎゅっと抱き締める三笠。長い黒髪が乱れ、軍服のほとんどが破れてしまい、その身が露になっているが、それは赤黒い血で染まり、痛々しい。

 珠のように綺麗だったはずの肌は裂けて血で赤く染まり、さらさらと流れていた長い黒髪も乱れている。柔らかい桃色の唇からは血が流れ、もとの彼女の面影はなかった。

 見ていて……生きているのが不思議なくらいだった。

 三笠は何も喋らない。何も発しない。ただ顔を伏せ、ただただ虫の息となっている少女を抱き締めてあげるだけ。

 「三笠、二曹……私……」

 「………」

 「私……もう、……だめ……みたい、です…」

 紡がれた神龍の言葉に、三笠は涙が溢れた瞳をカッと開き、叫んだ。

 「喋るな神龍ッ!そんなことを言うなッ!!」

 三笠は涙を流し、小刻みに震えている。そんな彼の顔を見詰める神龍の瞳からも涙がこぼれていた。

 「私、は……ま、…も……」

 「神、龍…?」

 「私は……護れたんでしょうか……」

 小さく口を開きながら、言葉を紡ぐ。

 「護りたいものを、護れたんでしょうか……」

 「神龍……」

 神龍は虚空を見詰める。

 三笠はそんな神龍の漆黒の瞳を見詰める。

 三笠は一度眼を伏せてから、また神龍の瞳を見て、口を開いた。

 「神龍は、よくやったよ…」

 それしか、言えなかった。

 三笠の言葉を聞いて、神龍がゆっくりと三笠を見た。

 そして、微笑んだ。

 「…私、夢を見たような気がします」

 神龍が語り始める。

 「遠い遠い……過去か未来かわからないですけど……少なくともこの時代ではない……その場所で……私は…三笠二曹といたような……いえ、三笠二曹にとてもよく似た人と一緒にいたことを思い出した気がします……」

 「神龍…?」

 三笠は神龍の言っていることは半分も理解できなかったが、静かにそれを聞き続けた。

 「そして私は……その彼が、大好きだったんです……とても、とても…」

 自分の中で、なにかが起こり始める。

 「私……といいますか……これも、私にとてもよく似たヒトなんですけど……」

 彼女は、その言葉を紡ぐ。

 「優しくて、かっこよくて、いつもそばにいてくれて、ちょっと離れちゃうととても寂しくて……でも、彼は必ず戻ってきてくれて…また一緒にいてくれて……私は彼のことが本当に大好きだったんです」

 頭の中で、光が瞬く。

 「彼は……私を…とてもよくしてくれて…ちょっと意地悪してくるときもあったけど…とても大切にしてくれたんです…そして、私も……」

 三笠は頭の中で、まるでカメラのフラッシュのように光が瞬き、そしてなにかが見えてくるのがわかった。

 「彼は私を護ってくれました……そして私は…彼には及ばないくらい本当に無力だったけど……私も、彼を護りたいと思った……」

 桜吹雪が見える。

 白色の桜吹雪が広がる中で、一人の少女と一人の青年が肩を並べて立っている。咲き誇る桜を見上げ、二人とも微笑んでいた。

 三笠は声が出なかった。ただ頭の中によみがえる情景に言葉が出ず、神龍の紡がれる言葉がそんな頭の中に見えてくる情景を補うように入っていく。

 「でも……私は……彼は……」

 一瞬、神龍は暗い表情になったが、三笠を見詰め、すぐに微笑んだ。

 「だけど、私には三笠二曹がいます。私は―――」

 頭の中によみがえる情景に映る彼女が自分に振り返り、微笑む笑顔が、目の前の神龍の微笑みと重なる。

 しかし頭の中の情景は消え、目の前の一人の少女だけの笑顔が、神龍の輝くようなきれいな微笑みがあった。

 「三笠二曹が、大好きです―――」

 それは、はっきりと通った声で、三笠に届いた。

 艦は傾斜を大きく傾こうとする。それでも主砲の上には、二人の男女が寄り添うようにそこにいた。

 「……さっきの続きか」

 「はい。さっきは、言えなかったですから……今、言いました…」

 クスリと微笑む神龍が、三笠はとても愛おしく見えた。

 そんな自分がいることが、三笠はずっと前から気付いていた。

 だから――――

 「…そうか。神龍は俺のことが好きか」

 「うっ……そんな言わないでください…恥ずかしいです……」

 頬を朱色に染める目の前の彼女が、もとの彼女だった。身体中が引き裂かれ、血だらけになっていても、彼女はとても可愛くて、美しかった。

 「俺だって恥ずかしいさ。でも……」

 三笠はいつもの優しい笑顔を神龍に見せた。

 「俺も神龍が好きだよ」

 その時、神龍の唇がふさがれた。

 二人の唇が重なり、柔らかい感触が二人の間に伝わった。

 唇が離され、お互いに近い距離で、二人は見詰め合った。三笠は頬を朱色に染めて瞳を潤ませる可愛らしい神龍の顔を見た。おそらく、自分も同じことになっているだろう。

 そんな神龍の瞳から、ぽろりと一筋の涙が頬を伝った。

 「あは…っ 初めて、です…」

 「…そうか」

 「……三笠二曹は、初めてじゃないんですか?」

 「うっ」

 三笠は息詰まる。

 呉にいた、あの時。空母の艦魂たちと過ごした日々を思い出す。あの溺れて助けられたとき、既にその時点で三笠の『初めて』は、為されていたのだ。

 そんな三笠を見て、神龍はクスリと笑った。

 「そうですか……三笠二曹は大人ですねぇ…」

 いつもの彼女なら怒ると思っていた三笠は驚いたが、その次にはシュンとなった。

 「すまん…」

 「何で謝るんですか…?三笠二曹はなにも悪くないじゃないですか……私は…三笠二曹に初めてを奪われて……嬉しいですよ…」

 「そ、そうか」 

 神龍の言葉を聴くと、なんだか恥ずかしかった。

 こんな至福のときが、幸せな時間が続けばいいと思っていた。

 しかし現実を忘れてはならない。今、ここにある現実は、刻一刻と二人を引き裂こうとしているのだ。

 ズズゥゥゥンッッ……!

 振動が艦全体に走った。それと同時に、神龍が咳き込むと血のかたまりを吐き出した。

 艦が沈むのは時間の問題だった。

 大きく傾き、海水が徐々に浸かり始めた。『神龍』は横に傾くという無残な姿を曝け出していた。

 大きく横に傾いた主砲の上、もとの主砲だったらいつもよじ登るところではあるが、今は横に傾いて今はそこが上となっている。

 そこに二人の少女と青年が寄り添うようにしていた。

 三笠は血の海に溺れる神龍を優しく抱き締め、その時を待っていた。

 「俺は、神龍と一緒にいるからな……」

 「三笠二曹……」

 三笠は、覚悟した。

 最期の瞬間まで、愛する彼女を、神龍とともにいることを選んだ。

 それが、いい。

 三笠はそう思った。

 しかし、神龍は三笠を反する反応を示した。

 「―――駄目です、三笠二曹。今すぐ、退艦してください…」

 「……え?」

 三笠は神龍の顔を覗き込んだ。その神龍の表情は真剣そのものだった。

 「三笠二曹は、生きてください。私はもう駄目です……三笠二曹だけでも、生きて、日本に……」

 三笠は身体の奥底から熱いものがこみ上げてくるものを感じた。

 「なに言ってるんだよッ!俺は……お前と一緒に最後までいるんだッ!」

 「駄目です……命を…大事にしてください……生きて…未来をその手で掴んでください…」

 神龍は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、言葉を紡いだ。

 「それが、私の願いですから……」

 「神、龍……」

 三笠は首を横に振り、震える声で言った。

 「…海に飛び込んだって……味方は一隻もいない…溺れ死ぬのは目に見えてるんだぞ…?」

 だから神龍のもとから離れない理由ではない。神龍が自分を生かそうとしてくれているが、それを諦めさせるためにはどんなことだって言う。だって、自分は彼女といつまでも一緒にいたいのだから……。

 「大丈夫です……きっと、敵のかたがたが助けてくれますよ…」

 「…捕虜になれっていうのか?あいつらが海に投げ出された敵である俺達を助けるとは思えない……助けられたとしても、捕虜にされて日本に帰れるかもわからない……生きて虜囚のはずかしめを受けずを知らないわけじゃないだろ…」

 それが、理由ではない。

 彼女といたい。

 「そんなの……知ったことではないです……生きられるなら、生きたほうがいいじゃないですか」

 何故、自分を引き離そうとする。

 こんなにも、必死に自分は彼女と一緒にいようとしているのに。

 神龍はそんな三笠を見透かすように、言い続けた。

 「三笠二曹、生きてください。これが私の、大好きなあなたへ送る、最初で最後の願いです……」

 そう言って、涙が伝う三笠の頬に、神龍の手がそっと触れた。

 そして二人の唇が再び重なった。

 今度はさっきより長い時間。どれくらい経ったのかはわからない。

 二度の中で一番長かった接吻せっぷんを終え、二人の顔が離された。

 その時に見た神龍の表情は、緑に涙を浮かばせながらも、眩しいほどに微笑んでいた。

 そして三笠は浮遊感を感じた。

 三笠は淡い光に包まれ、ふわりと浮いていた。そしてその淡い光がすこしずつ、三笠の身体を包み込もうとしていた。

 それは神龍の艦魂としての力だと、三笠はすぐに気付いた。そして叫んだ。

 「神龍ッ!!」

 「三笠二曹……私のぶんまで、生きてくださいね…」

 「やめ…ッ やめてくれッ!神龍、俺は……!」

 神龍は瞳に涙を溜めながらも、必死にそれを抑え、最後の力を振り絞るように彼を見詰め続け、彼の存在を転移させようと試みる。

 「俺、は……」

 三笠は光に包まれながら、脳裏に再び光が瞬いたのを感じた。

 あの時、護れなかった。

 彼女を死なせてしまった。

 そんな、あるはずがない記憶がよみがえり、三笠は口を開いた。

 そして咄嗟に、三笠は神龍に向かって叫んだ。

 「今度こそお前を護るって決めたんだッ!!」

 三笠の叫び声に、神龍は一度驚いたふうを見せたが、ふっと微笑んだ。

 「三笠……、菊也さん。……本当に、あなたが大好きです」

 最後の神龍の言葉を聴いて、三笠は完全に光に包まれて、消えた。

 彼を飛ばした光の残りカスである粒子がひらひらと神龍の周りに舞い散った。

 「私……死んじゃうんですね…」

 彼が去り、一人だけになった神龍に、ぽつん、と雨粒が落ちた。

 ぽつぽつと降り始める雨。遂に覆い始めていた雨雲が、雨をもたらしてきたらしい。

 雨ではない、いくつもの雫が、神龍の瞳から落ちていく。

 初めて出会った、自分の存在を見てくれる彼。

 初めて出会ったときは、いきなり悪戯されて、でも優しくて、やっぱりかっこよくて、かわいくて、そんなヒトだったけど……

 私は彼のことが本当に大好きだった。

 彼と過ごした日々、他の艦魂たちと彼とともに過ごした時間、大変なときや悲しいとき、嬉しいことも色々とあったけど、みんなが楽しくて、幸せだった。

 彼と初めて出会った夜中の烹炊所、彼の握ったおにぎりを食べたこと、榛名と喧嘩したときや、伊勢と日向、大和、そして矢矧や雪風たちと過ごした時間、宴会、出撃、そして戦い……全てが走馬灯のように流れていく。死ぬときは走馬灯が流れるというが、本当らしいことに神龍はクスリと笑みを漏らした。

 そして、愛しい彼の優しい笑顔が最後に浮かんだ。

 そんな一番大切な彼に向かって、神龍は言いたいことを言う。

 自分の命が消え往くのを感じつつ、神龍は幸せで満面な表情を輝かせた。

 「―――大好きっ」

 その瞬間、世界最大、大日本帝国海軍が誇った大艦巨砲主義を託された特殊な戦艦である護衛戦艦は、その身から幾つもの火柱と黒煙を撒き散らしながら、今正に沈み往こうととしていた。

 「神龍ぅぅぅぅッッッ!!!」

 三笠は光とともに何処へと飛ばされ、気付いたときには身体に冷たい感触が包み込んでいた。


遂に、神龍はその生涯を終えていきます。書いているほうとしてもとても悲しいです…。ずっと書き続けてきましたが、やはり書いてると悲しいものですね。

途中、ちょっと意味不明な部分があったかもしれませんが、それは神龍の秘密として、次回明かそうと思います。私としての、他の先生がたとは違う艦魂としての秘密設定が同時に明かされます。…秘密設定っていうとなんだかあれですけど……。

まぁとにかく本当の最終回はもうちょっと後です。

この作品を書き終えたら、黒鉄大和先生みたいに外伝みたいな感じで神龍以外の艦魂の物語も書いてみたいと思ってるんですけど……。葛城とか榛名たちの話とか。……また真似てるようで悪い気がしますが。それらの艦魂たちの物語を書いたら、艦魂とは関係ない戦記又は架空戦記を書きたいと。そんな先の先まで考えちゃってますけど、まぁまずはこの作品を先に書き終えろ!という話ですけどね。

最後の最後までどうか、応援よろしくお願いします!

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