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<三十一> 護衛戦艦『神龍』vs米戦艦部隊。一騎当千の戦姫

 沖縄から約七〇kmの海域で、一隻の日本大型戦艦が単艦で米戦艦部隊と接触、突撃した。

 先手を切ったのは、日本側である突撃した戦艦、『神龍』だった。

 レーダーという新兵器によって敵索敵能力には日本を凌駕した能力を持ちながら、接近する『神龍』に気付かなかった、そして『神龍』の米軍側のレーダーとは違う原始的な肉眼による早期発見は、正に『神龍』にとっては幸運であり奇跡だった。

 何故米戦艦部隊がレーダーを持ちながら『神龍』に気付かず、先手を取られたのか、現代でも様々な諸説があるが、真相は謎である。

 しかも『神龍』が初弾から米戦艦部隊の艦艇に命中弾を与えた。駆逐艦二隻を大破、巡洋艦を一隻中破という損害を与えることが出来た。

 もし、このときが闇が支配する夜間であったなら、肉眼という原始的奇遇に恵まれた『神龍』が先手を取ることは出来ず、逆にレーダーを装備した米戦艦部隊が先に察知し、開戦状況は変わっていただろう。夜間戦闘なら日本側がかつて得意と言って誇っていたが、レーダーがある現在、それは敵側が上回ってしまっている。

 だが今は真昼間。快晴の天候に青空のもと、厚い雲が所々に確認されるも、お互いに姿はハッキリと見えた。陣形を組む米戦艦部隊に『神龍』は機関をフル稼働させて速度を上げ、それに合わせて徐々に仰角を調整していた。

 確認された敵戦艦は五隻。もっと多くの戦艦が沖縄にいるだろうが、今は目の前の敵を撃破するだけに集中する。周りを護衛するように駆逐艦と巡洋艦が見事な陣形を組んでいるが、構わずど真ん中に突撃するという勢いで白波を荒らした。目標は一隻でも多くの敵艦を沈め、主に敵戦艦と巨砲同士の砲撃戦で交えあい、己の砲撃で敵戦艦を沈めてこそ最大の栄光だ。

 「第一番砲塔から第三番砲塔まで発射準備完了ッ!」

 「よし、撃てッ!」

 着水した敵弾による水柱が立ち上る中、翔ける『神龍』は50口径の41センチ砲塔から黒煙を撒き散らしながら砲弾を放った。鼓膜を震わせる大音響がビリビリと響き、砲弾が蒼い大空を切り裂いた。

 


 初弾を譲ったという不覚を取られた米戦艦部隊は、冷静に単艦で挑む敵戦艦に立ち向かった。

 駆逐艦と巡洋艦を加えた強固な陣形を組むも、相手が敵潜水艦や敵航空機なら最大の防御として発揮されるだろうが、敵はたった一隻の大型艦だ。仰角に沿って上から飛んでくる砲弾に対しては意味がなかった。

 至近で着弾した砲弾によって生じた衝撃に、艦が揺さぶられた。まだ敵との距離は開いていることをわかっているレイモンドはふらついた部下たちに叱責した。

 「日本人は精度より面制圧を重視している。何故なら目の前の日本人は我々とは違って的確なレーダーもない上、単艦で突撃してくるからだ。そんな簡単に命中はしない!心配しなくてもいいッ!」

 レイモンドの怒鳴り声に、普段の温和な彼から発せられた大声は想像以上に部下たちに効果を与えた。叱責を受けた部下たちはすぐさま動き出し、伝声管を伝って報告が届いた。

 「我が艦に異常なしッ! 味方艦から発射反応ありッ!戦艦『テネシー』が砲撃を開始したようです!」

 デイヨー司令官アンド戦艦部隊旗艦『テネシー』が前に出て砲撃を始めたようだ。レイモンドは頷き、次に気になっていた状況を聞いた。

 「初弾から命中弾を受けた艦は?」

 「どれも大破、そして中破し、火災が発生して炎上中です。鎮火は無理だと判断され、総員退去が発令されました。戦闘不能です」

 「そうか…。彼女たちは……彼らは運が悪かった。まさか初弾が命中するなんて、敵側にとっては三つ転がしたサイコロの目が三つとも六が出たことに等しい。そして我々にとっては一の目が三つとも出たに等しいな。生存者の救助に全力を注げ」

 「今は戦闘中です。それより敵に集中的に火力を……」

 「敵とはまだ距離が開いている。救助は駆逐艦だけで充分。我ら戦艦は敵艦への攻撃を続行せよ」

 「ラジャー」

 「我が『ニューメキシコ』も『テネシー』に続いて砲撃を開始する。全艦にも伝えろ」

 レイモンドの冷静に発した言葉に、そばに立っていたニューメキシコもぺろりと舌で口もとを舐めまわした。

 「キミには期待している。頑張れよ」

 「お任せください、閣下。ご期待に応えられるよう全力を注ぎます」

 ニューメキシコは強い意志を込めて、はっきりと答えた。その橙色の瞳は情熱の炎に燃えている。

 敵はたった一隻。簡単にほふってくれる。そう意気込んだ。

 そして、なんといったって戦艦同士の対決だ。戦艦として、これは最大の名誉であり、夢だった。航空機と航空母艦が主役の時代に、艦隊決戦が出来るなんて、これ以上の喜びはなかった。

 体中が武者震いで震え、鳥肌が立つ。おそらくここにいる全戦艦の艦魂も同じだろう。

 そして、敵も――――


 神龍は両肘に手を添えて、ぎゅっと自分の身体を抱き締めていた。

 触れる肌は鳥肌が立ち、小刻みに震えている。これは恐怖か、それとも武者震いというものだろうか。よくわからないが、確かに身体が異様に暑くなって震えているのがわかった。

 これが戦艦同士の艦隊決戦。実際には、こちらは単艦なので、艦隊決戦といえるのかは怪しいが、航空機と航空母艦が我がもの顔で海を支配する時代、時代錯誤的な巨砲同士の砲撃戦が目の前で展開されているのだ。

 自分が生まれた頃には既に戦艦同士の砲撃戦は滅多にないに等しかった。三十年も以上前の日露戦争で帝政ロシアのバルチック艦隊を艦隊戦で撃破した日本海軍の栄光から始まり、そして今、最後の閉めを、自分が行おうとしている。

 始まりは勝利に満ちた栄光だったが、終わりはどうやら本当の終末のようだが。

 大艦巨砲主義の終止符。

 それがもうすぐ実行されるのだろう。

 いや、もうされているのだ。

 もうすぐ、彼女の手によって大艦巨砲主義は、その長かった歴史に終止符を打つ―――― 


 「神龍、どこにいく気だ!」

 長い黒髪を翻した神龍の右腕を掴んだ。走り出そうとしていた神龍を三笠は止めた。

 「外に出て、この眼でしっかりと敵を捉えます!それなら、命中率はマシになります!」

 「馬鹿ッ!主砲を撃ちまくってるんだぞ?!外に出れば吹き飛ばされるぞ!」

 吹き飛ばされるどころではない。戦艦の巨砲から放たれる砲撃は想像を絶する衝撃波を生み出し、近くに人間がいればその身体を凄まじい重圧が襲い掛かり、内臓は破裂し、身体はぐちゃぐちゃになる。砲撃戦の最中に外を出るなんて自殺行為に等しかった。

 「この戦艦が私自身ですッ!ですからどこにいようと変わりありません!」

 「だけど……ッ!」

 それもそうだ。わかっていた。この艦自体が彼女自身なのだから、彼女がこの艦のどこにいようが変わらない。

 三笠は意を決して、言い放った。

 「なら俺も行くぞッ!」

 三笠の強い意志がこもったような叫び声に、神龍は目を丸くした。

 真剣な瞳を向ける三笠に、神龍は表情を一変させて叱責した。

 「なに言ってるんですかッ! 三笠二曹は生身の人間ですよ? 外に出れば三笠二曹が危険ですッ!」

 「俺は神龍のそばにずっといるって決めたんだッ!!」

 三笠が叫ぶようにそう言い放った瞬間、神龍の細い腕が三笠の手にぎゅっと強く掴まれた。

 「神龍が行くというなら、俺も行く…ッ!たとえ死ぬとしてもだッ!」

 「三笠二曹……」

 三笠の真剣な瞳を見詰め、神龍は彼の瞳の奥に強い想いを見た。それは本当に真剣で、そして掴まれてる手は決して離れない。ずっとそばにいてくれるという意思表示。強く掴まれる彼の強さを感じて、神龍は温かい気持ちに触れた。

 「……わかりました。三笠二曹、私のそばにいてください」

 神龍の微笑んだ優しい表情を見て、三笠は晴れた表情になった。

 「もちろんだ、神龍」

 「…私も、三笠二曹とずっと一緒にいたいですから……」

 三笠は手に温かい感触を感じた。見ると、神龍の小さな手がぎゅっと三笠の手を包んでいた。

 「行きましょう、三笠二曹」

 「―――ああ」

 神龍は三笠の意外と大きい手を握って、ぎゅっと摘んだ。

 そして二人は、光に包まれてその場から消えた。



 一秒後には二人は爆音と轟音で奏でる騒々しい空間の中に放り出されていた。

 神龍はすぐさまに三笠と手を握り合ったまま、艦魂としての能力を開花した。

 生まれた光が瞬時に二人を優しく包み込むと、それは覆いかぶさる海水から、敵弾の破片から、爆風から、その光は二人を護ってくれる。

 淡い光の中に包まれた二人は、ふわりと砲身を空に向けている主砲の上に降り立った。主砲が発射されようと、その衝撃波と爆風から、二人は光に護られていた。

 三笠は驚いた雰囲気を見せていたが、やがて口もとに笑みを浮かべ、ぎゅっと神龍と手を握り合った。そして隣にいる神龍とともに、二人は目の前に見える敵戦艦群を強い眼光で見据えたのだった。

 


 「砲術長、目標は前方に見える敵戦艦五隻いずれかのみに対して行え。いいか、周りの巡洋艦や駆逐艦は気にするな。我々の目標はあくまで敵戦艦である!」

 草津は戦艦同士の艦隊戦を望んだ。駆逐艦や巡洋艦など、戦艦の一撃で簡単に沈む相手を優先して叩くべきかもしれないが、それより戦艦同士で戦うことに意義があるのだ。もはや戦果などを言っている域では、当の過ぎに終わっているのだ。元々、我々は最初から死ぬために出撃したのだ。沖縄を救うべく、そしてそれが自分たちの死に繋がることになるが、沖縄までたどり着くことは駆逐艦隊も撤退した今、もはや不可能。作戦も正式に中止になっている。これは、今行われているこの戦争は、自分たちのただ孤独な一騎当千の戦いなのだ。

 本来なら勝利を得られる一パーセントでも増やせるなら、まずは敵の戦力を奪うことが先決だろう。

 「防空指揮所より報告ッ! 右舷前方から魚雷接近ッ!」

 敵駆逐艦から放たれた魚雷だった。六本の白い雷跡が尾を引いて、荒れる白波に引き寄せられるように近づいてくる。

 「取り舵いっぱぁぁぁいッ!」

 『神龍』は機関全速で更に取り舵を切るという外見に似合わない無茶な動きを見せるが、そんな彼女に更なる脅威が容赦なく襲い掛かった。

 ズドドォォォォンッ!!

 取り舵を切った直後、左舷で敵艦からの砲撃、至近弾を受けた。至近弾の破片が『神龍』に襲い掛かり、衝撃で『神龍』の艦体がわずかに傾いた。

 次々と襲い掛かる攻撃に、草津は舌打ちした。

 こちらは一隻だけ。狙う目標はただ一隻であるこちらにしぼられる。よって集中的に攻撃を浴びるのは当然だった。今考えれば、単艦で敵艦隊に突っ込むなんて本当に外道すぎた。しかし今更そんなことを思っても仕方ない。ただ前進あるのみである。

 「ひるむなッ!何十発の魚雷や砲撃を受けようが簡単に『神龍』は沈まんッ!フィリピンの海では多くの日本戦艦が圧倒的な数の敵艦隊に突撃し、その責務を全うしたのだ。我々は彼ら、そして彼女たちの後に続けッ!」

 もはやそこにいる戦う戦士たちは、ただの軍人ではない。

 後にアメリカ側が、どれだけの攻撃を与えてもその中から突っ込んでくる勇ましさから、彼らを『狂戦士バーサーカー』と呼んだほどだった。

 戦艦の巨砲から放たれた砲弾が『神龍』の至近に襲い掛かった。連続的に生じた水柱に姿を隠され、そして顔を出す『神龍』は、度重なる砲撃と魚雷を受けるたびに傷つきながらも、果敢に突っ込んできたのだった。

 


 戦艦『テネシー』は日本軍の真珠湾攻撃を受けてから、姉妹艦の『カリフォルニア』とともに、第一次世界大戦型だった旧式の自らの身体に徹底的な近代化改修を受け、サウスダコタ級に準じた性能、外観を持った。しかしそれは、装甲、速力、主砲を除いた部分であり、戦艦としてはそれらの部分を強化させたかったのが本音である。

 戦艦の命中率は一般常識で言うなら低い。しかしレーダーの開発によって、その常識は看破され、アメリカ側の主砲は命中率を一気に上げたのだ。

 大艦巨砲主義である日本を上回った命中率を持った米戦艦であったが、当初の『神龍』の初弾から三隻の軍艦に命中させた砲撃は、アメリカ側にとっては驚愕するべきものだった。偶然であろう、と最初は思っていたが、しかし彼女がこちらに接近するたびにこちらの砲撃よりむしろ、目の前の『モンスター』のほうが命中率を上回っているのではないか。彼女の周りにせいぜい至近弾によって水柱がのぼる程度で、中々直撃弾が与えられない。

 一隻に対して、圧倒的数で一斉に攻撃を仕掛けると、逆に難しい事実がそこにあった。

 お互いの仲間同士の砲撃がそれらを邪魔しあい、中々直撃を与えられない。彼女を轟沈させるなど、難しかった。

 逆に向こうは恐れを知らずに真っ直ぐ突っ込んでくる。しかもこれだけの数がいても、狙いは明らかに戦艦としか決めていない。彼女は、彼らの砲撃は戦艦しか狙っていないのだ。

 迫り来る黒い城。どれだけ攻撃を浴びせても構わずに突っ込んでくる。それは恐ろしい光景であった。

 何故自分たちより彼らの命中率のほうが上回っているのか。

 見るからに防御を重視した重そうな大型戦艦だ。それを機関全速で無理をして走らせているのだ。その上に走りながら砲撃している。それは艦に大きな負担をかけることになる。それでは命中率が更に悪くなるだろう。

 それを草津は全門発射ではなく、一門ずつを用いた交互一斉砲撃を行うことに決めた。

 これによって主砲の安定度が増し、命中率がグンと上がったのだ。手数が減るが、射撃速度も上がった。

 50口系の41センチ砲がもったいぶるように、全門ではなく、一門ずつその火の矢を放った。そしてそれが接近するたびに姿が大きくなっていく敵戦艦に遂に命中した。

 一発の直撃弾が先頭にいた一隻の戦艦の第一砲塔あたりに直撃した。火柱が火山のように吹き上がり、溶岩に酷似した炎が艦首を溶かすように覆った。

 「敵戦艦一、直撃弾命中確認ッ! 敵戦艦の火災が確認されます」

 その瞬間、艦橋にいた全員が歓声をあげた。しかし一人だけが冷静を保っていた。

 「火災を目標に続けて第二射発射!まずは一隻目をしとめろッ!」

 その直後、二発目の爆音が響きわたり、艦橋に衝撃が走った。

 「第二射、発射確認ッ!」

 燃え盛る炎があったからか、二発目は容易に命中した。さらに溶岩のように火柱が立ち上がり、遅れて鈍い轟音が響き渡った。

 視認できるのは、50口径41センチ砲の二射を浴びて炎上する一隻の戦艦だった―――



 その戦艦は、『テネシー』だった。

 戦艦部隊旗艦として筆頭した『テネシー』だったが、相手が一隻だからという思い上がりが致命的になった。デイヨー司令官は後に生涯これを悔やむことになる。旗艦ならば先頭に出ずに援護される中で砲撃を行うべきだったが、どうやら相手が一隻だからということもあって急かせ過ぎたようだ。

 『テネシー』の第一砲塔は直撃弾を受けて被弾、完璧に粉砕されている。第一砲塔にいた砲術員は全員戦死。更に第二砲塔も第一砲塔の破壊によって被害を受けている。自慢の主砲は使い物にならなかった。

 そして防御壁が弱い艦首部分が炎に呑まれたおかげで、前進不能となり、戦闘は困難となった。運が悪かった。『テネシー』は鈍い唸りを唸らせながら、傾斜を五度左舷側に傾かせた。

 『テネシー』の破壊された主砲部分に、仰向けに転がった血だらけのテネシーがいた。

 髪留めが解けて、長い金髪が広がっている。テネシーの頭がゆっくりと動くたびに、転がった鈴がチリンと、弱々しく鳴った。

 第二砲塔の真上で屹立していたテネシーは、まともに目の前で直撃弾を浴びることになった。身体の一部である砲塔を破壊され、テネシーの身体から肉が裂けて鮮血が迸り、燃え上がる甲板に血だらけの身体を叩きつけられた。

 「がはッ!ごほッ!」

 仰向けに転がっていたテネシーは肘を付いてゆっくりと起き上がろうとする。口から血のかたまりを吐き出し、長い金髪から解けた髪留めが落ち、付いていた鈴が落ちた衝撃で鳴った。

 自分の血で染めた鈴をゆっくりと摘み上げてから、フラフラした足取りで立ち上がる。

 しかし自分の命が消え往こうとしているのは明白だった。

 艦は傾斜の傾きを止めず、大穴が開き、主砲を失った艦首部分が燃え盛る炎に包まれるまま、海水が徐々に浸かり始めた。もはや真っ直ぐ立つこともできなかった。

 総員艦内退去が出され、乗員たちは急いで傾く戦艦から海に身を投げ出した。

 海に身を投げ出していく乗員たちの光景を見詰めながら、テネシーは一筋の涙を流した。

 「……私、死んじゃうのかな…」

 まだ死にたくないと思った。せっかく不仲関係といわれた空母の、エンタープライズと仲直りしたのだ。これからも彼女ともっと一緒にいたかった。ニュージャージーや、他の艦魂たちともっと過ごしたかった。

 だが、その願いはもう叶わない。

 幼い外見のテネシーは、その幼すぎる外見通りに痛々しく嗚咽を漏らした。しかし彼女自身の艦体は、近代化改修をしたとはいえ、既に老巧化した身体であり、老兵と成り果てていたのだった。

 二発の直撃弾を受けた『テネシー』は傾斜を傾け、大破炎上した。

 第二次世界大戦の戦功により海軍部隊章および一〇個の従軍星章を受章したとして戦後退役するはずだった戦艦は、初めて日本の領海内でその身を海底深くに没することになった。

 


 「敵戦艦、大傾斜しつつあり。大破炎上中!沈没目前です!」

 「続いて二番砲撃を開始!更に敵戦艦一隻に至近弾ッ!」

 奇跡の連続。

 そんな雰囲気が『神龍』を包んでいた。

 しかし草津は決して気を許さない。今のところこちらに最大の幸運が続いているが、本来なら既に撃沈されてもおかしくないのだ。今か、それとも数秒後か、数分後か、敵艦の巨砲が放った一撃がいつ命中するかわからない状況である。

 ここで集中力を切らすのは得策ではない。とりあえず一隻の戦艦を葬ったが、まだ敵戦艦は四隻もいる。そして巡洋艦や駆逐艦もいることを忘れてはならない。

 晴れていた空は、いつの間にか厚い雲に覆われ始めていた。南海の天気は変わりやすい。もうすぐ雨が降りそうだった。

 しかし雨が降ろうが、戦闘は変わったりはしない。もし相手が航空機だったら、雨で引き返すだろう。しかしこれは戦艦同士の対決だ。

 続いていた奇跡も、これからも続く保証はない。

 奇跡は、起こりすぎると逆に怖い。

 一気に運を使い果たしている気がして、仕方がなかった。

 最初は幸運でも、後に不運が来るのは、自然だった。

 傾斜を傾けて海水に浸かり、沈没間近の、もはや残骸といえる戦艦の横を別の戦艦が通り過ぎた。距離は一万を切った。

 その瞬間、奇跡は途絶えた。

 沈んでいく味方の仇を取ろうと怒り狂ったかのように、その戦艦から一撃の報いが発射されたのである。

 さらに燃え盛る残骸からヌッと大きな影が生まれた。散った味方の残骸の炎に身を隠していた戦艦は、巨砲を真っ直ぐにこちらに向けて、憎しみを込めた一撃を放ってきた。

 「敵戦艦から発射確認! 距離一万、もう一つは一万二〇〇〇からッ!」

 そして続けて三発目の発射が確認された。

 それは別の戦艦による砲撃だった。『神龍』の交互一斉砲撃のように、敵戦艦も順番を決めたかのように、交互に撃ち始めたのだ。

 そして、巨大なおもりが一斉に落ちてきたかのような衝撃が『神龍』に襲い掛かった。今までに聞いたこともない大音響が鼓膜を突き破る勢いで木霊し、九つの水柱が高々と立ち上ったのだ。

 同時に一発の火柱が生じた。遂に直撃弾を受けたのだ。

 「本艦に直撃弾一を受ける! だ……」

 一瞬言葉を切った報告員は、ごくりと生唾を飲んでから、再開した。

 「第三番砲塔破壊……砲術員一人を残して戦死……」

 主砲の一つが破壊された。これは由々しき事態であり、悲劇の始まりだった。

 「火災発生。すぐに鎮火します!」

 「待てッ!兵員を外に出せば主砲が撃てなくなる!」

 「しかし……ッ!」

 「……火災は放置しろ。やむをえん。戦闘は続いているのだ。それくらいで本艦は沈んだりはしない」

 先ほどとは一変した雰囲気が艦橋を包んでいた。草津はそれらを見渡し、命令を言い続けた。

 「……攻撃を続けよ。第一番砲塔、第二番砲塔、砲撃準備!急げッ!」

 草津は思った。

 彼女は、無事だろうか。

 戦闘中でも、命令を下す草津は、その心中はずっと彼女のことばかり考えていた。



 後ろにそびえていた第三砲塔は残骸と成り果てていた。巨人の手のように真っ赤な炎が靡き、ジリジリとした肌を焼くような温度が伝わってくる。

 「うっ……」

 第三砲塔に受けた直撃弾によって第二砲塔の上でうつ伏せに倒れていた三笠はゆっくりと起き上がった。目立った外傷はなかったが、体中が普通に痛かった。

 三笠は燃え盛る背後を見返した。間近であんな爆発をまともに受ければ普通は吹き飛ばされて死んでいる。又は爆死だ。しかしこうして無事なのは彼女の護ってくれる優しい光のおかげである。

 三笠はハッとなってそばに手を握っているはずの彼女を見た。

 神龍はその身から赤い血を流し、倒れていた。しかしその手はしっかりと三笠の手と握り合ったままだった。

 「神龍ッ!!」

 彼女の華奢な身体から、軍服が破け、露になった肌が裂けて赤い血が流れていた。

 彼女自身が、負傷したのだ。第三砲塔が破壊され、艦魂である彼女の身もその痛々しい傷を表していた。

 三笠は神龍を抱き上げた。さらりと垂れた長い黒髪が揺れ、渇いた唇から血がこぼれていた。

 「神龍ッ! 神龍ッ!!」

 三笠は必死に彼女の名を叫んだ。

 その声に応えるように閉じた瞼がピクリと動き、そしてゆっくりと開かれた。

 「三笠、二曹……」

 開いた視界に最初に入ったのは、瞳の奥を揺らして安堵の表情をこぼした彼の顔だった。

 「神龍……」

 「三笠二曹……かはッ!こほッ!」

 神龍は口の中に溜まった血を吐き出した。口の中に鉄の味が回っているが、彼の顔を見ていると気にならなかった。

 「三笠二曹、ご無事でしたか…?」

 「ああ、大丈夫だ…ッ。お前のおかげだよ、神龍…。ありがとう…」

 「いえ……私は、三笠二曹とずっと一緒にいたかったですから…ッ。良かったです……」

 神龍は血で汚した表情でも、輝くような優しい微笑みを見せていた。三笠はそれを見て瞳の奥からこみ上げてくる熱いものを感じて、必死にそれを抑えた。

 その時、振動が走った。鈍い轟音を立てながら、砲身の仰角が修正され、下がった。

 次の砲撃だ。

 「まだ……戦えます」

 三笠に抱かれながら仰角を修正した砲身を見詰めた神龍は、強い眼差しのまま言った。

 その表情はただの歳相応の少女ではない、一人の武人だった。

 そっと三笠の胸に手を添えて、ゆっくりと三笠から離れると、神龍はゆっくりと立ち上がった。

 三笠も神龍を見上げてから、続いて立ち上がった。そして神龍の肩にそっと手を乗せた。

 「俺はここにいるぞ」

 耳越しに声を掛けると、神龍は気恥ずかしそうに頬を朱色に染めてチラリと見てきたが、すぐに前に振り直した。

 「……はいっ」

 残骸から燃え盛る炎を背にして、重なるように二人は立つ。

 一隻の巨艦は、彼女は白波を立てながら、火をその身から靡かせても突撃は止まらなかった。

やっと更新。言い訳を言えば、部活が忙しかったです。こうして小説書いてるくせに部活は運動系です。だって美術部とか文芸部とかなくて、文系極端に少ないですからねウチの学校……。別に体育系というわけでは決してないんですが。

部活から帰ってきてへとへとのまま書いていたので、本当にすこしずつ書いてました。

今回は米戦艦の一隻である、テネシーが脱落しました。神龍と対峙する五隻の戦艦は皆、史実に実在する戦艦ですが、ここからは架空戦記ですので史実に構わずにこれからも進行する予定です。……ってことは?

ともあれ遂に始まった最後の艦隊決戦。一対五<もっといるけど>という劣勢の中、最後の戦いに登場人物も作者も身を投じさせていただきます!

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