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<二十九> アメリカ空母と戦艦の艦魂たち。空母と戦艦の対立

今回はアメリカ艦魂たちの物語です。米機動部隊の艦載機部隊が戦艦『大和』『神龍』以下第一遊撃部隊を攻撃した一方、沖縄海域の米艦隊も戦いに身を励んでいました。そして日本だけではない、アメリカにもある空母と戦艦の不仲関係。

この量を書いていれば時間も掛かるわな〜…と書き終わって思いつつ、更新が遅い理由がもう一つ、今更見つかった気がします。(汗

米戦艦の新キャラも登場です。どうぞご覧くださいませ。

 沖縄海域を囲んだ米英連合大艦隊は、米高速空母機動部隊と戦艦部隊を含めた精鋭の大艦隊だった。『アイスバーグ作戦』と称した沖縄上陸作戦を海上から支援し、そして接近する『大和』以下第一遊撃部隊を迎え撃ち、これを撃破した。

 その中の歴戦の精鋭部隊である、第58任務機動部隊は、マーク・ミッチャー少将を司令官として、空母九隻、戦艦六隻、その他の支援艦艇(大型巡洋艦『アラスカ』、『グアム』と多数の駆逐艦)が主軸だった。一方、戦艦部隊では第54艦砲射撃・援護部隊として司令官デイヨー海軍少将、旗艦『テネシー』をはじめとした 戦艦一〇隻、重巡洋艦九隻、軽巡洋艦四隻、駆逐艦三十三隻、掃海艦一隻。W・H・P・ブランディー司令官の護衛空母艦隊を含めた第52上陸作戦支援部隊。司令長官のサー・H・B・ローリングス英海軍中将が指揮するRN(英王室海軍の略)の英国空母艦隊の姿もあった。

 サンゴ礁の広がる美しい蒼い海面を埋め尽くす艦隊では、祝杯があげられていた。沖縄に向かっていた日本艦隊の大半を撃破し、かの有名な戦艦『大和』を沈めたのだから、当然だった。艦隊のそれぞれの艦艇では兵員たちがパーティのような騒ぎで祝杯に酔っていた。

 それは艦艇の魂である、艦魂たちも同じだった。

 攻撃隊だった艦載機部隊から『大和』撃沈の報を受け、急遽祝杯が用意されたのだ。その俊足の早さに、まだ艦載機部隊が帰還していないくらいだった。

 旗艦空母『バンカーヒル』で、戦艦『大和』撃沈に貢献した航空母艦の艦魂たちが集い、焼きたてのパンやアップルパイを振る舞い、ワインを開け、祝杯をあげていた。

 「よくやってくれたわね! 遂に憎きジャップの戦艦『ヤマト』を沈めたわ。これはイエローモンキーどもの士気を一気に堕落させるチャンスよ。このまま押し進めば、我が栄光なる合衆国の勝利は間違いなくパーフェクトッ! まだオキナワ作戦は終わってないけど祝杯よ!みんな、じゃんじゃん飲みなさい」

 エンタープライズの祝杯をあげる言葉に、アメリカの艦魂たちは大いに盛り上がった。歓声をあげ、皆がそれぞれ焼きたてのパンなどを口にし、開けたワインの中身を飲んでいた。

 「エンター、凄く嬉しそうだね」

 ばくばくとアップルパイを頬張るイントレピッドが言うと、隣でグラスを口に運んでいたバンカー・ヒルが、グラスを放し、眼鏡をくいっとあげてから口を開いた。

 「世界一を自称していた日本の『ヤマト』を誰よりも沈めたがってましたからね……よっぽど嬉しいんでしょう」

 そう言って再びワインが揺れるグラスを口に運んだ。

 イントレピッドは口もとをもぐもぐと頬張りながらも言葉を紡いだ。

 「でもさ〜ヒルちゃん。実際に『ヤマト』のとどめをさしたのはヨークの艦載機だから、ヨークじゃない?」

 「私はあなたに三つほど言いたいことがありますお姉ちゃん。まず一つ目、実際に誰が沈めようとエンターさんにとってはそれはあまり関係ないんでしょう。やはり戦争というのは結果が全てということがわかっているようです。 二つ目、食べながら喋るのはみっともないのでやめてください。 そして三つ目、私をそんな呼び方で呼ばないでください。なんかそれ気持ち悪いです…」

 「にゃはは☆」

 アップルパイまみれにした口から八重歯を覗かせて笑うイントレピッド。

 「でも…」

 バンカー・ヒルは祝杯があげられている片隅に視線を向けた。そこには佇むように目立たない場所に、今回の主役であるはずのヨークタウンがひっそりといた。

 祝杯ムードに盛り上がっている中、ヨークタウンだけが意気消沈していた。暗い表情で顔を俯け、目の前に広げられたご馳走にも手をつけない。艦魂たちの中で一番背が低いマスコット的存在である少女の、その光景はとても弱々しく見えた。

 「なんであんな端っこにいるの?」

 イントレピッドがバンカー・ヒルの視線を追って、ヨークタウンを見つけて問うた。

 「…ヨークは元々戦争を嫌う平和主義者だから……。やっぱり、自分の戦いで敵を殺してしまったこと、そして私たちのほうも死者が出てる……。心に重いものが掛かっているのかもしれない…」

 外見的にもまだ幼い少女は、争いごとは嫌いだった。戦うために生まれた空母ではあるが、その艦魂は普通の女の子と変わらない。敵を殺してしまった、そして味方にも戦死者が出てしまったという事実に、心を痛め、罪悪感を背負っているようだった。

 戦争だから仕方ない。誰しも戦争では十字架を背負うことになる。だが、まだ小さい少女である心優しいヨークタウンの両肩はそれを背負うには狭すぎるのだ。

 そんなヨークタウンに、赤毛の長身女性がそっと落ち込む肩に手を乗せた。

 ヨークタウンはゆっくりと暗くて哀しみにふけた表情を赤毛の女性に向けた。

 紅髪紅眼の彼女は、エセックス姉妹の長女、エセックス級航空母艦『エセックス』艦魂―――エセックス。姉妹たちの頼れる姉であり、母のような存在でもある。落ち込んでいる妹を放っておけない優しいお姉さんといったタイプだった。

 「ヨーク…無理はしないほうがいいわよ…? ベッドで休んだら……?」

 「…ううん。大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 ヨークタウンはふるふると首を横に振ってから、にっこりと無垢な笑顔を見せた。そんな笑顔にエセックスはほっとする。

 「…大丈夫。お姉ちゃんが付いてるから、辛いと思ったらいつでもお姉ちゃんのところに来なさいね……。遠慮はいらないから…」

 ヨークタウンの背後からそっと抱き締めるエセックスの温もりを、ヨークタウンは肌で感じ取り、その表情も頬を火照りながら、安らかなものになった。

 瞳を閉じて、そっと自分を抱き締めてくれる姉の手に触れた。

 「ありがとう…お姉ちゃん……」

 そんな温かい二人の姉妹の光景を、遠目で二人の妹たちが見詰めていた。

 「さすがエセックスお姉ちゃん……泣ける…」

 「ミ〜トゥ〜」 

 バンカー・ヒルとイントレピッドという二人の妹は肩を並べてジ〜ンと感慨に耽っていたのだった。

 そして同じく、エンタープライズもワインを口に運びながら、チラリとヨークタウンたちの光景を見て、その口もとを微かに微笑ませていた。

 視線を外し、祝杯に盛り上がる会議室の中を見渡し、エンタープライズはあることに気付いた。

 「……ホーネットは?」

 その問いかけに、近くで焼きたてのパンに手を伸ばしていた、くるくるとした巻き毛を下げた茶髪の少女、インディペンデンス級航空母艦三番艦『ベロー・ウッド』の艦魂、ベロー・ウッドが答えた。

 「自室から出てきません…」

 「そうか…」

 エンタープライズの瞳は悲しげに揺れた。

 ホーネットはこの祝杯に最初から参加していなかった。それ以前に、沖縄特攻に向かっていた『ヤマト』以下の日本艦隊への攻撃作戦を終了してから、彼女は自室に引きこもってしまった。

 理由はある。何故なら、彼が帰ってくることが無かったからだ……。

 『ホーネット』から発艦した攻撃隊の内、未帰還機の雷撃機があった。それはホーネットとも親しかったパイロット、ケイ・ルーカチス少尉の搭乗していたアヴェンジャーだった。僚機の証言もあり、彼は撃墜され、戦死したということがはっきりとわかった。

 それを聞いた途端、ホーネットは崩れるように倒れこみ、同伴していた巡洋艦や駆逐艦の艦魂たちが慌てて倒れこんだ彼女をベッドに運んだのだ。そして後からそれを知ったエンタープライズが急ぎ駆けつけたが、彼女の部屋に入ることは出来なかった。

 「………」

 ホーネットも、ヨークタウンと同じ平和主義者だった。大勢の命が失う戦争を嫌い、辛い気持ちを抱えながらも幾度も戦死したケイをはじめとしたパイロットたちを戦場に飛ばしていった。いつも神への祈りを欠かさず、パイロットたち―――ケイの生還を願っていたのだ。

 しかしそれを、憎き敵が壊してしまった。親友の想い人を殺し、親友をここまで苦しめた敵を思うと、エンタープライズは歯を噛み締めた。

 ガタンッと椅子から立ち上がると、金髪を靡かせ、エンタープライズはそのまま扉へと歩き去ろうとした。

 「どこに行くんですか?」

 パンを頬張りながら訊ねるベロー・ウッドに、エンタープライズは見向きもせず、答えもせずに大股で部屋を出て行った。

 

 第一戦隊に所属する空母『ホーネット』の廊下に、光とともにエンタープライズが舞い降りた。

 金色に輝く長髪を揺らし、蒼い瞳に強い光を宿して、彼女は目標の部屋へと大股で歩き出した。

 途中、先ほどの艦魂たちが祝杯をあげていた会議室と同じように、祝杯に盛り上がっている兵員たちの騒ぎ声が聞こえたが、無視して歩き続けた。

 作戦中だが、やはり『ヤマト』を沈めたことは米海軍の艦隊にとっては大きなものだった。すぐにでも祝杯をあげるものなのだ。なんと言ったって、我が軍のアイオワ級戦艦をも超す世界一の主砲を持つ巨人艦を我が軍の手で葬り去ったのだから。名誉と思う者も少なくないだろう。エンタープライズ自身、念願の『ヤマト』撃沈に、久しぶりにテンションが上がったくらいだった。

 そして親友の部屋の前に立つ自分がいた。

 目の前の鉄の扉に、コンコン、とノックする。

 しかし反応はない。

 エンタープライズは溜息を吐いた。

 「ホーネット。皆、祝杯をあげてるわ。あなたも来なければ主役が揃わないじゃないの」

 返事はない。中から物音一つさえしない。

 エンタープライズは肩をすくめてから、ドアノブに手を掛けた。

 握ってみると、鍵が掛かっていないことが明白だった。

 「…入るわよ?」

 握ったドアノブを捻り、エンタープライズはゆっくりと扉を開けた。中は薄暗かった。エンタープライズは中に歩を進めると、闇に慣れた蒼い瞳が、毛布に被って身を縮ませる彼女の姿を見つけた。

 「………」

 ベッドから剥ぎ取った毛布で身体を覆い、まるで幽霊のように毛布にくるまったまま座り込んでいた。毛布の間から、親友の茶色の長髪が見える。そんな親友にエンタープライズは歩み寄った。

 そして彼女のそばに立った。毛布に包まれている彼女を見下ろし、しかし掛ける言葉はない。そのままジッと彼女を見詰め、黙っていた。

 微かに毛布が動き、ボソリと彼女が呟いたように聞こえた。

 何しに来たの、と言ったような気がした。

 エンタープライズはようやく口を開くことにした。

 「…随分と落ち込んでいるようね」

 「………」

 「辛いのはわかるけど、こんな暗いところに閉じこもってたらもっと辛くなるわよ…?」

 「…エンター」

 毛布に身を包めたまま、目の前にいる親友、ホーネットが見向きもせずに口を開いた。

 「…なんで、ケイは死んじゃったんだろ?」

 エンタープライズは、戸惑うことなく、答えを口にした。

 「…それが戦争だからよ、ホーネット。いずれは戦いで誰かが死ぬ。ケイは運悪く、それに選ばれただけ」

 「…誰が選んだの? 悪魔…?それとも、神様・・・? 私、いつも神様にケイが生きて帰ってくることを祈ってたのに……届かなかったよ…」

 「…選ぶのは運命。悪魔でも、神でもない。悪魔はただ運命に従い地獄を見せるだけ。神もまた運命に伴い審判を下すだけ。 ……全てを決めるのは、悪魔でも神でもない。運命なのよ…」

 「…ケイは、死ぬ運命だったの……?」

 エンタープライズは答えられなかった。これを言うのは彼女にとって酷なものだ。

 その気配を感じ取り、ホーネットは呟くようにぼそぼそと言葉を紡いだ。

 「……なんで、合衆国に……ケイの大好きな故郷のトウモロコシ畑に帰る運命はなかったの…?そんなの……酷すぎるじゃない……ケイが、かわいそうじゃない……」

 やがて、毛布に包めたホーネットの身体は震えていた。そしてかみ殺したような嗚咽が微かに聞こえてきた。

 「………」

 エンタープライズは膝を折り、眼前に嗚咽をかみ殺して震える親友を見詰め、毛布に包まった親友の身体をそっと包み込むように抱き締めた。

 ハラリと、毛布が落ちた。ホーネットの涙を伝う肌が露になった。

 「…彼は合衆国のために勇敢に戦い、そして神のもとに召された……。これは名誉ある戦死よ、ホーネット…。 ……いえ、彼はあなたのために戦ったのよ」

 「…!」

 眼前と鼻先に、親友の真っ白な肌があった。真っ白な肌にくっきりと涙の跡が浮かび、純粋に透きとおった黄金の瞳は涙で揺れていた。見開いた瞳が、自分の蒼い瞳を映し出していた。

 親友の両頬に手を添え、こつん、とおでこを合わせた。

 「あなたが悲しんでばかりだと、彼も天国で良い気分にはならないわよ? ……これだけは忘れないで、ホーネット。あなたにとって彼ほどの大切な人がいなくなってしまって、私でさえ代わりは務めらないかもしれない…。 でもね、まだまだあなたの周りにはこんなにも大勢の仲間がいることを忘れないで。そしてその仲間たちはみんなあなたを心配してるわ。だから、すぐにとは言わない……。ゆっくりと、落ち着いてから、元気な姿で私たちの前に現れてね…」

 「エンター……」

 普段の獰猛な彼女とはかけ離れた、親友のホーネットだけが知っている彼女の本当の姿。いつも彼女は荒いところがあるけど、それは戦争だからだ。仲間に対しては、こんなにも優しい女の子。自分と変わらない、……いや、彼女は自分が目指したい目標とさえ言える。

 優しく微笑んでくれる蒼い瞳を宿す親友に、ホーネットは初めて、緑に涙を浮かばせながらも応えるように微笑んだ。

 「…ありがとう、エンター」

 「べ、別に…。お礼なんていらないわ」

 ホーネットが涙を浮かばせながらも微笑むと、それを見たエンタープライズは突然頬を真っ赤に染めてぷいっと顔を逸らした。そんな可愛らしい親友に、ホーネットはクスクスと笑った。

 その後、ホーネットを部屋に残して、エンタープライズは廊下に出た。扉を背中越しに閉じてから、ふぅ、と吐息を吐いた。

 なんとか気持ちを伝えてみたが、やはりまだホーネットの心の傷は簡単には癒えない。もうしばらくは一人にする必要があった。エンタープライズは踵を向けて、廊下を歩こうとした矢先に、立ちはだかる存在に出会った。

 目の前に現れた少女に、エンタープライズは不機嫌そうな表情になる。

 「……なに? なにか用?」

 エンタープライズはギロリと目の前に現れた少女を睨んだ。銀髪に大きな白いリボンを付けた長髪の少女が、エンタープライズの前に立ちはだかるように肘に手を添えて立っていた。エンタープライズのその瞳は明らかに憎悪と嫌悪に輝いていた。

 「…そんな風に睨まなくてもいいんじゃない?エンタープライズ殿?」

 「黙れッ! 貴様なんかに私の名を呼ばれたくないッ!気安く私の名を呼ぶなッ!」

 「あら…残念。生まれたときに初めて自分が貰えるものが名前だというのに…。 じゃあ真名まなではなく『ビッグE』とでも呼べばいいのかしら?」

 それはエンタープライズの愛称であった。しかしエンタープライズのギラリと輝く瞳は変わらない。

 「それ以前にその存在を私の前に晒さないでほしいわね、糞戦艦め」

 「相変わらず容赦ないねぇ……」

 少女は溜息を吐き、肩をすくめた。

 彼女はエンタープライズたちが所属する第58任務機動部隊の戦艦、アイオワ級戦艦二番艦『ニュージャージー』艦魂―――ニュージャージー。アメリカ最大の戦艦として君臨するアイオワ級戦艦の姉妹の一人だ。しかも戦時中に就役したためにアメリカにとっては最新鋭の戦艦だ。アメリカ最大の戦艦として、今は亡き日本の大和型をライバル視する声もあるが、今や『大和』が沈み、世界最大の現存する戦艦では、アイオワ級となっている。しかしそんなことはエンタープライズにとってはどうでも良かった。アイオワ姉妹の妹のほうであるニュージャージがここにいるが、後に姉のアイオワも沖縄作戦支援のために来る予定である。

 「どう?彼女は」

 彼女とは、ホーネットのことだろう。しかしエンタープライズは、親友のことを言われ、腹の底から煮えたぎるような感覚を覚えた。

 「貴様には関係ないわ」

 「…そう言うのなら仕方ないわね」

 敵対心剥き出しの瞳で睨み続けるエンタープライズに、ニュージャージーは溜息を吐いた。

 「同じ合衆国海軍軍人同士なのに、何故ここまであなたに嫌われなくちゃいけないの?」

 「…知ったことを聞くんじゃないわよ。戦艦はもう時代錯誤の兵器なの。今は私たち空母が主役の時代なのは、『ヤマト』が沈んだことでも明らかでしょ? それなのによくもまぁおめおめと私の前に現れてくれるわね」

 「関係ないでしょ? 敵を倒したのなら友軍として喜ばれるべきよ。実際私も祝杯に賛同してるわ。……でもね、やり方が気に入らない」

 言い放った瞬間、ニュージャージーの雰囲気が一変したのをエンタープライズはすぐに感じ取った。瞬く間にピリピリとした空気が二人を包んだ。

 「それをわざわざ言いに来たのかしら?」

 挑発するような口調で訊ねるエンタープライズ。しかし緊迫した空気の中でもニュージャージーの冷静さは変わらなかった。

 「…撃破した日本艦隊は、元々戦艦部隊が迎え撃つはずだったんじゃなかったの?それなのに何故我が機動部隊の艦載機が飛び立ったのよ。スプルーアンス司令長官の命令を無視してまで横取りした理由を聞きたいわ」

 それを聞いた瞬間、エンタープライズの瞳がギロリとニュージャージーを睨んだ。

 「人聞きの悪いわね。 敵は護衛機もないまま都合良く艦艇だけで来てくれたからね。戦艦で片付けるより艦載機で片付けたほうが早いじゃないの。わざわざ戦艦同士の艦隊決戦なんて時代遅れもいいところだわ。それに、ちゃんとそのスプルーアンス本人には、こちらで攻撃していいのかどうか聞いたはずだけど?そして返答を貰った上で攻撃を始めたはずよ」

 確かにエンタープライズの言っていることは間違いではなかった。機動部隊は命令は聞いていたが戦艦部隊より先に日本艦隊を発見し、攻撃するか否かをしっかりとレイモンドに問うたのだ。後になって今更、咎められることなどなにもない。

 「しかもあなたは機動部隊の戦艦でしょうが。なに?同じ戦艦として、戦艦部隊に同情してるの?…ふんッ」

 エンタープライズは鼻で吐き捨て、まるで突き殺せるような鋭い視線で睨みつけた。

 「……私はただ、ミッチャー司令官とあなたたちの傲慢さに呆れただけよ」

 「傲慢ッ?! 無礼者めッ! 戦艦の分際で生意気よッ!!」

 「それはちょっと酷いわね。 その戦艦の分際にあなたたち空母が護衛されてることを忘れちゃ困るわね。私たちがいなきゃ、あなたたち、カミカゼにやられちゃうわよ?」

 「もう我慢できないわッ!」

 遂に臨海間近が臨海に到達したエンタープライズは腰から拳銃を抜き出し、銃口をニュージャージーに構えた。

 「これまでの数々の暴言ッ!その生意気な口を塞がなければ今すぐ我が正義の鉄槌が貴様を討ち滅ぼすわよッ?!」

 エンタープライズはますます激昂に駆られていた。

 戦艦と空母が不仲関係というのは、何も日本だけではなかった。同等にアメリカでも同じで、世界中の艦魂たちの間でも、主義主張という人間と似た理由で戦艦と空母の仲は良いとは言えない。己の主砲のみを信じる大艦巨砲主義の戦艦、そして己の内に宿す雛たちを飛び立たせる航空主義の空母。そして現代は航空機と航空母艦が海軍兵力の主力と化している。戦艦と空母の不仲関係が高まっているのは当然であり、そして特にエンタープライズも戦艦を極端に嫌う一人だった。

 ニュージャージーはやれやれといった感じに溜息を吐いた。

 「正義という言葉はそう簡単に使うものではないわ。精鋭空母の一人ならば、もっと冷静になりなさい」

 「どこまで生意気な口を立てるか愚弄者が…ッ!未だに前時代的な考えに囚われる愚かな奴……あなたたち戦艦はジャップどもと同じよッ!これからは私たち航空母艦の時代ッ!余計な口出しや手出しは自重するべきなのよッ!」

 「…戦艦が全くの利用価値がない鉄屑に成り果てたわけではないわ。戦艦は必ず、これからも必要な兵術的価値が高い兵器として活用され続けることを信じてるわ」

 「あなた、今までの戦争をどんな目で見てきたのよ? これまでに空母がどれだけ戦艦を沈めてきたかわかってるの?世界最大の戦艦とされたヤマト型の『ムサシ』、そして『ヤマト』も地獄の底に葬り去ってやったッ! もはや空母、そして航空機に勝てる戦艦はないわ」

 「…あまりに勝ちすぎると目の前の事態に対して疎かになるのは本当みたいね」

 「どういうことかしら」

 「じゃあ聞くけど、『ヤマト』の他にもう一隻の問題の戦艦、『モンスター』は沈めたのかしら?」

 ニュージャージーが放った言葉に、エンタープライズは言葉を詰まらせた。

 エンタープライズは悔しそうに何か言い返そうとしても言葉が見つからず、ただニュージャージーを睨むしかできなかった。対してニュージャージーはずっと冷静に言葉を続けた。

 「『モンスター』に関しては、あなたも知っているでしょう? ―――彼女は、クレで我がほうの艦載機を一度に九機撃墜……そして先の攻撃でも数十機が撃墜された…あなたが言うたった一隻の戦艦が、こんなにも航空機に対して戦果をあげてるのよ?」

 「くっ……」

 呉大空襲で確認されたばかりの謎の大型戦艦。『大和』と同じ極秘兵器であったためか、その存在は米軍さえ大したことを知ることはできなかった。脅威的な対空能力を持ち、一度の対空射撃で攻撃隊の艦上機を多数撃墜している。この脅威から、米軍は彼女を『モンスター』と呼称した。

 航空機と航空母艦が海軍兵力の主役という現時代的考えを覆すような存在。それが『モンスター』だった。前時代的と考えられていた戦艦が、現時代的と考える航空機を多数葬り去っているのだ。

 「…私、思うのよ」

 「…何がよ」

 ニュージャージーはギロリと輝くエンタープライズの瞳から視線を外し、くうを見詰めた。

 「いつか戦艦も航空機も関係ない。全ての兵器が平等になる時代がいつか来るんじゃないかってね。航空機が戦艦を撃沈できるように、戦艦も簡単に航空機を撃ち落せるような、そんな平等な時代……」

 ニュージャージーの言葉に、エンタープライズはただ静かにそれを聴いていた。しかしニュージャージーと視線が合うと、やはり煮えたぎるような熱い感情が再びこみ上げてきた。やはり彼女を好きにはなれないと直感した。

 拳銃を構えたままの姿勢のエンタープライズが、その指を引き金に触れたとき―――

 「何をしているのッ!」

 聞き慣れた声に、エンタープライズは振り返り、ニュージャージーも視線を追った。

 そこには、壁に手を掛けながら歩くホーネットの姿があった。

 どうやら二人の騒ぎによって部屋を出てきたらしい。

 「エンター…」

 「ホーネット!」

 エンタープライズは拳銃を艦魂の能力で消してから、フラリと倒れそうになったホーネットのもとに駆け寄った。自分の身体を支えてくれた親友にホーネットは少々苦し紛れな表情でも「ありがとう…」と礼を述べた。

 「ホーネット殿、お身体の調子は如何ですか?」

 ニュージャージーの掛けた言葉に、ホーネットを支えるエンタープライズがギロリとニュージャージーを睨んだ。ホーネットはそんな親友を宥め、応えるように微笑んだ。

 「…ええ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね、ニュージャージー」

 「いえ、大丈夫であるなら何よりです」

 この女は自分の好みで敬語を使う相手と使わない相手を決めている、気に入らない奴だ、とエンタープライズは心の内で罵っていた。

 「…あら?」

 ホーネットの視線を追って、エンタープライズも、新たな登場人物を見つけ、ホーネットに聞こえない程度に舌打ちした。ニュージャージーも背後に現れたものに気付いて振り返る。

 ニュージャージーの背後から、一人の少女が現れた。三人の視線を浴びることになった(一人は恐ろしい視線で)少女は、ビクリと震え、慌てて敬礼した。

 ポニーテールを結んだ髪留めの鈴がチリン、と鳴る。

 鈴を鳴らした髪留めで金髪のポニーテールを生やした少女は、デイヨー戦艦部隊第三戦隊所属・戦艦部隊旗艦テネシー級戦艦『テネシー』艦魂―――テネシーだった。

 エンタープライズとニュージャージーが持ち出していた話題の戦艦部隊の旗艦の登場に、エンタープライズは不機嫌そうに眉をひそめた。

 「デイヨーの戦艦部隊旗艦が何の用かしら」

 エンタープライズの素っ気無い突き放したような言葉に、テネシーはビクリと震える。

 ニュージャージーが溜息を小さく吐き、テネシーに向き直って一度謝ってから口を開いた。

 「ごめんなさいね、気にしないで。定時連絡の報告に来たのよね?」

 同じ戦艦の艦魂に促され、ほっとするテネシー。

 「は、はいっ。 え、と……我が第54艦砲射撃援護部隊は、第五艦隊司令長官レイモンド・A・スプルーアンス海軍大将の命を受け、一時的にオキナワ本島海域を離れ、スプルーアンス艦隊と共に北進します。つきましてはこの報告について……」

 最後まで言い終わらないうちに、ホーネットを支えたエンタープライズが激昂を放った。

 「待てッ!戦艦どもはどこに行くつもりよ?今はオキナワ占領への支援に向けて作戦中なのよッ!?」

 エンタープライズの激昂にテネシーは再びギクリと震える。テネシーはアメリカ戦艦の中で最古参の戦艦であるが、その艦魂はまだ年端もいかないような幼い外見で、そして外見同様に臆病な小さい少女だった。エンタープライズはそんなテネシーが気に入らなかった。戦艦であるというだけでなく、いつもビクビクしていて見ていてイライラする。こんな情けない奴は戦場にはいらないと思っているくらいだった。

 「わ、我が部隊はオキナワとキュウシュウの間の海域に北進し、日本の残存艦隊迎撃に向かう予定です…。万一に備え、日本の残存部隊がなおオキナワに向かうのであれば、それを迎撃するために待ち伏せします…」

 「馬鹿じゃないの? 『ヤマト』は沈んだのよッ!いくら低脳なジャップとはいえ、主力艦を失えば諦めて大人しく祖国に帰還するんでしょう。私たちのレーダーも日本艦隊を確認してない。だからそんなことしたって無駄よ」

 「…と言われましてもスプルーアンス司令官の命令ですので……」

 「そんなに私たち空母に『ヤマト』を沈めた名誉を奪われたことを根に持ってるわけ? …はっ。なんて連中なのかしら。合衆国海軍の戦艦部隊も堕ちたものね」

 数々の暴言に、さすがのテネシーもムッとした。積み重なる侮辱。いくらビクついているテネシーといえど、気に障る発言をぶつけられれば怒る。やがてエンタープライズとテネシーの間にぷつぷつと怒りの炎が沸き出し、二人の視線がぶつかり合って火花を散らしていた。

 「戦艦なんて空母と艦載機の前には無力。テネシー、あなたがそれを十二分にわかってるはずよ。あなた、パールハーバーで妹を殺されかけて、自分だって酷い目に合わされたでしょう?」

 「…ッ!」

 テネシーはじわりと肌から玉の雫を浮かべた。

 姉妹艦にあたるカリフォルニアは日本軍の真珠湾攻撃で大破着底し、テネシー自身も日本軍機の攻撃によって損傷を受けた。

 テネシーもまた、戦艦として、航空機の圧倒的戦力に屈した犠牲者。

 エンタープライズの言い放った言葉に、テネシーは奥歯をギリギリと噛み締めるほど、その身体から怒りのオーラを放出していった。

 険悪した雰囲気の二人の間を、ニュージャージーが仲介した。

 「まぁ待ちなさい。こんなところで喧嘩なんてするんじゃないわよ」

 「誰も喧嘩などしていないわよ」

 「…そうですよ」

 エンタープライズとテネシーのギロリとジトッとしたそれぞれの視線で見られ、ニュージャージーは肩をすくめた。

 「これ以上ここにいると不穏な空気で気持ちいい気分じゃないわね。私たち戦艦はこの辺で失礼するとしましょうか」

 そう言ってニュージャージーはまだムスッとしているテネシーの背を押して、二人でどこかに立ち去ってしまった。残されたエンタープライズは「ふんっ」と鼻を鳴らし、親友のホーネットを支えながらくるりと振り返った。

 「戦艦なんて……ッ」

 エンタープライズがボソリと呟いたのを、ホーネットは聞こえていたが何も言わなかった。


 

 戦艦『テネシー』の主砲の上に座り込み、潮風にポニーテールを揺らしながらテネシーは沖縄の美しい海を見詰めていた。

 無数の艦艇や輸送船団が埋め尽くしているため、サンゴ礁の海面の全容を見渡すことはできない。しかし鉄と鉄の垣間見える海面がとても儚く見えた。

 そんな彼女のそばには、アメリカ最大の巨砲を持つアイオワ級二番艦のニュージャージーが立っていた。

 下にある小さい頭を見下げ、ニュージャージーは言った。

 「さっきのことは気にしないでいいから、テネシー。彼女はちょっと不器用なだけなのよ」

 「…エンタープライズさんは、何故あそこまで戦艦を嫌うんでしょうか」

 「彼女は骨の髄まで戦うことに執念を燃やす軍人だから、戦闘に関しては不利なことは容赦なく斬りおとし、そして有利なことには積極的に突き出すタイプだからね…。ああ見えても威張ってるわけじゃないわ。彼女だって祖国のために考えてるのよ」

 「………」

 テネシーはそれでも気分を晴らすわけにはいかなかった。まだ蒼い瞳を持つ彼女に対して不快感と怒りが湧き出していた。

 自分のことはともかく、妹のことまで侮辱されたようで、許しがたい行為だと感じられずにはいられなかった。

 だけど、やっぱり出来れば仲直りしたいとも思っている。

 彼女にもわかってほしかった。

 私たちだって、愛する合衆国のために星条旗の下で戦っていることを。

 テネシーは溜息を吐き、ふと、海と同じように蒼い空を仰いだ。

 ―――その時。美しい海面を埋め尽くす艦隊中に騒々しい警報が鳴り響いた。

 テネシーは何事かと思い、あたりを見回した。

 そばにいたニュージャージーも同じように状況を確認する。

 空母や戦艦、関係なく艦隊全体が慌しくなる。やがて大空に対空砲の花が咲き始め、ニュージャージーは花が咲く空を仰いで直感した。

 「敵襲ッ!!」

 ニュージャージーは舌打ちすると、一瞬で光のうちに消えて自艦に戻っていった。残されたテネシーは呆然と立ち尽くして空を仰いでいた。

 ……いや、正確には空ではない。もっと低かった。

 空と海面の狭間、海面すれすれで対空砲の花が次々と咲き誇る。騒々しい爆音と轟音が鳴り響き、テネシーは吹き上がる対空砲が炸裂する花火の中で一つの十字架の影を見つけた。

 それは海面上空を低空で飛行する日の丸を宿した機体を流した飛行機だった。一目で日本軍機とわかる。嵐のような対空砲の中を潜り抜けるように、海面すれすれを真っ直ぐに飛行していた。

 機体の下には黒い物体が―――二五〇キロ爆弾が搭載されてるのが確認できる。しかしそれは爆撃機ではなく、戦闘機。爆装戦闘機だった。対空砲の爆裂と飛行の炸裂音が入れ混じって水平線を駆け巡るように轟き、それが特攻機だということを思い知らされた。

 アメリカ人が恐れる『カミカゼ』に乗った特攻機は対空砲の嵐を潜り抜けようとするも、咲き誇る花の数は尋常ではない。容赦ない火の矢に、遂に貫かれ、機体から紅蓮の炎と黒いマントを噴出して靡かせながら、蒼い海へとその機体を滑るように突っ込んでいった。直後に水柱が立ち上り、遅れて爆発音が響き渡った。

 「………ッ」

 テネシーは一瞬恐怖に駆られたが、我に返ってふるふると雑念を追い払うように頭を振った。そして頬を叩き、真剣な表情に一変させた。

 自分は戦艦として、空母の護衛を全うするだけ。空母に向かう敵機は撃ち落すのみ!

 たとえそれが自ら命を投げ出すカミカゼであっても!

 戦艦『テネシー』の巨砲が唸りをあげながら仰角を合わせた。近くにいた他の戦艦たちも同様に自慢の主砲を唸らせた。

 艦載機部隊が『大和』とその護衛艦隊を攻撃している間、日本軍機はアメリカ軍艦艇への攻撃に向かったのだ。

 水上部隊を攻撃しても、空からの日本軍機部隊は自分たちがいるここ、沖縄海域で迎撃せねばならない。

 日本軍の特攻機は、鹿屋基地から出撃した神風特別攻撃部隊に所属する爆装零戦だった。

 大空から垂直に空気を切り裂きながら突っ込んでくる日本軍機もいた。不慣れな重い爆弾を抱えた零戦は、かつての無敵神話を微塵も感じさせなかった。伝説の幕開けは中国大陸で敵機全機撃墜・僚機被害なしの素晴らしい幕を上げ、そしてその伝説の幕閉めは、このような爆弾を搭載して敵艦に突っ込むような彼らが信じる神州の風と成り果てている。

 一機、また一機と、機動部隊の航空母艦たちを護衛するテネシーたち、戦艦が自慢の主砲を轟かせ、嵐のような対空射撃を浴びせ、敵機を破壊、又は撃墜していく。

 あまりの飛来する特攻機の数、そしてそれらのほとんどを破壊又は撃墜し、終わる果てが見えない対空射撃を延々と続ける。

 それが一瞬の隙が生じてしまった。

 一機の特攻機が対空射撃の防御をすり抜け、空母『ハンコック』に急接近した。隙を突かれ、気付いたときにはもう遅かった。鉄の嵐を潜り抜けた爆装零戦一機が、『ハンコック』の飛行甲板に直撃した。

 『ハンコック』が飛行甲板から火柱を立ち上らせた。

 それを見たとき、テネシーは硬直したが、すぐに次なる特攻機の飛来した炸裂音によって我に返って再び戦闘に戻った。これ以上、仲間を傷つけてはいけないと誓って。

 空母を護衛する戦艦として、テネシーをはじめとした戦艦は対空射撃に花を咲かせたのだった。

 やがて戦闘時が嘘だったような静寂が訪れた。

 異常な数で飛来してきた特攻機は遂に途絶え、被害を受けた空母『ハンコック』も火災を鎮火させていた。他の艦艇にも見られる被害はなかったようだ。

 突然の激しい戦闘にテネシーは疲労しきった顔を浮かべていた。

 「お疲れ様、テネシー」

 テネシーのもとにニュージャージーが光の中から降り立って駆け寄った。どうやら彼女も無事だったようだ。

 「うん。いきなり敵が来るなんて……大変だったね」

 「でも私たちは戦艦として護衛任務をやり遂げたわ。よくやったわね、テネシー」

 ニュージャージーはにっこりと優しい笑みを浮かべてテネシーの肩に手をぽんぽんと労を労うように叩いた。テネシーは照れるように頬を火照るも、一変してシュンとなった。

 「でも……」

 一度、特攻を許してしまった。それによって『ハンコック』が大した損害ではないが、被害を受けたのは変わりない。

 「あなただけが気にすることじゃないわ。ハンコックも無事だったし……。あれだけの数の敵に対してたったこれだけの被害で治めたのは、むしろよくやったわよ」

 「そ、そうでしょうか…」

 「そうよ」

 ニュージャージーは変わらずにっこりと優しい笑みを向けたまま、テネシーも顔を上げ、微笑んだ。

 「戦艦部隊はこれから移動するのよね。『ヤマト』を失った日本艦隊が来るかどうかはわからないけど……まぁ、頑張ってね。幸運を祈るわ」

 「ありがとうございます」

 「まぁ…あっちには『モンスター』とかいうバケモノがいるらしいから、油断はしないでね」

 「わかってますよ」

 テネシーはにっこりと微笑んで返すが、実はテネシーも不安だった。

 機動部隊から離れ、戦艦部隊だけが敵艦隊を想定して戦場に往く。もし出会えば、文字通りの戦艦対戦艦の艦隊決戦となるだろう。空母の艦載機ならともかく、戦艦同士の対決になれば、勝てるかどうかはわからない。

 「あまり心配することもないわ」

 不意に聞こえた声に、テネシーとニュージャージーは声の主に振り返り、二人とも驚きに目を見開いた。

 そこには海風に金髪の長髪を靡かせた双眼に蒼い瞳を宿した威厳ある女性、エンタープライズがいた。その後ろにはホーネットもいた。

 歩み寄ってくるエンタープライズに、テネシーは警戒したが、次に見せたエンタープライズの柔らかい表情に驚愕することになった。

 「たとえ『モンスター』と残存部隊が来ようと、こちらの戦艦は一〇隻。対する敵は来たとしても戦艦一隻に駆逐艦が数隻よ。貴様らでも簡単に赤子のように捻り潰せるでしょ」

 口もとを和らげ、以前の彼女とは全然違う雰囲気をかもし出していた。

 「…あなたたちの戦いは見せてもらったわ。あなたたちの……気持ちは伝わった」

 エンタープライズは途中で頬を微かに朱色に染め、恥ずかしそうに視線を逸らしたが、言葉の最後までテネシーたちには、はっきりと聞き届いていた。

 「…さっきは熱くなりすぎて悪かったわね」

 頬を朱色に染め、視線を逸らしてそう言ったエンタープライズに、テネシーは気持ちが晴れたような気がした。パァッと表情が明るくなり、にっこりと微笑んだ。

 「いえ。私こそ、先ほどは失礼しました!」

 テネシーは勢いよくペコリと頭を下げた。ポニーテールを縛った髪留めの鈴がチリン、と鳴った。

 そんな二人を、ホーネットは微笑ましく見詰め、ニュージャージーも両手を合わせて二人の間に入った。

 「良かった良かった!そうよ!テネシーたちなら心配いらないわ。ねっ、エンター!」

 「無礼極まりないあなたが第一に謝るべきだと思うけどね……。ていうか呼び方、以前より馴れ馴れしいわよッ?!」

 「いいじゃないの〜」

 以前までのピリピリとした雰囲気もどこへやら、ホーネットが見るその光景は、笑顔を輝かせた戦艦の艦魂二人に間に挟まれ、頬を朱色に染めて彼女たちの言葉に応える親友の姿があった。

 「ねぇエンター」

 「その呼び方はやめなさい。…何よ」

 「もしかしてエンターってツンデレ?」

 「な…ッ! な、なな……なに言ってるのよこの糞戦艦がぁぁぁッッ!!」

 ニュージャージーに肩を抱かれ、微笑むテネシーに手を握られ、エンタープライズは顔を真っ赤にして怒ってはいるが、本当に怒っているわけではない。そんな戯れるような三人の姿。

 いつか、こんな風に不仲といわれる戦艦と空母の関係が改善されたらいいな、と思って、微笑ましくその光景を見詰めるホーネットだった。

 「…あなたもそう思いますよね、ケイ」

 三人には聞こえない風に、ホーネットは空を仰いで、彼に向かって呟くように言った。

 それに応えるように、海風が優しくホーネットの頭を撫でるように吹き渡った。

 ホーネットはクスリと微笑んだ。

 そんな親友を見て、エンタープライズも安堵の表情で微笑んだ。

 

 お互いの意志を認め合い、不仲関係といわれた戦艦と空母の艦魂が分かち合った瞬間だった。空母の艦魂たちとニュージャージーたちに見送られ、テネシーを旗艦とした戦艦部隊は日本残存部隊が来ることを想定して、沖縄海域を離れるように北進した。

 彼女たちが予想だにしないことがこれから起こるなど、彼女たちは信じられるわけがなかった。『神龍』という、たった一隻の護衛戦艦が自分たちの前で一騎当千を見せ付けるなんて、誰も予想することはできなかった。

 

 

 <二十九> アメリカ空母と戦艦の艦魂たち。空母と戦艦の対立  【登場人物紹介】


 

 エセックス

 米海軍エセックス級航空母艦一番艦『エセックス』艦魂

 外見年齢 23歳

 身長 164cm

 体重 52k

 アメリカ海軍のエセックス級航空母艦のネームシップを持つ航空母艦。数多いエセックス姉妹の長女。赤毛の長髪に紅い瞳を宿した不思議な雰囲気を漂わせた可憐な女性。全員が個性的な妹たちの姉として、世話の良いお姉さんを効率よくこなす。妹たちの尊敬の的であり、母のような大きい存在でもある。そんな彼女はこれまでに他の米空母同様に海軍兵力の主力として活躍し、フィリピンや台湾、沖縄で神風特別攻撃隊などの攻撃(一部は日本海軍機の通常攻撃)を受けながらも第二次世界大戦を生き抜いていく。彼女のその大らかで穏やかな優しい心には、妹たちの癒しにも適用する。



 ベロー・ウッド

 米海軍インディペンデンス級航空母艦三番艦『ベロー・ウッド』艦魂

 外見年齢 15歳

 身長 159cm

 体重 46k

 アメリカ海軍インディペンデンス級航空母艦の三番艦・三女。当初は巡洋艦『ニュー・ヘヴン』として建造が行われ、一九四二年二月十六日に艦種変更および改名が行われた。艦名の『ベロー・ウッド』は第一次世界大戦で海兵隊が激戦を繰り広げたフランスの地名である。米海軍の精鋭部隊である第58任務部隊に所属し、南太平洋や西太平洋などの戦場を駆け巡った空母。今回は目立たず、出番が極端に少なかったが実はマリアナ沖海戦で空母『飛鷹』を撃沈していて、数多の戦場を戦い抜いた歴戦の戦士でもある。そんな空母の艦魂である彼女は、エンタープライズを尊敬する艦魂の一人。パンが大好物で、パンを焼くのも趣味。艦名の地名があるフランスが好き(何故ならフランスパンやワインがあるから)。



 ニュージャージー

 米海軍アイオワ級戦艦二番艦『ニュージャージー』艦魂

 外見年齢 18歳

 身長 160cm

 体重 50k

 アメリカ海軍のアイオワ級二番艦。大和型の次に誇る世界最大の巨砲を持つアイオワ級の戦艦。姉は一番艦のアイオワ。姉より一足早く先に沖縄への支援作戦に参加している。初めはレイモンド・A・スプルーアンス提督率いる第五艦隊の旗艦として、最初の戦闘は僚艦と共にトラック島の日本艦隊に対する航空攻撃及び砲撃を行った。レイテ沖海戦では所属する機動部隊艦載機が戦艦『武蔵』を撃沈している。ハルゼー提督のもとで指揮を執られたりと、数多の戦場にも己の主砲を出してきた。彼女はエンタープライズが思うとおりに、好きなヒトと嫌いなヒトに分けて、それによって敬語を使っている。礼が足りないが、彼女なりに親しくしたいと思っている。同じ機動部隊のエンタープライズとは犬猿の仲(一方的にエンターが)だったが、今回で改善された様子。戦友のテネシーを武運を祈って見送った。



 テネシー

 米海軍テネシー級戦艦一番艦『テネシー』艦魂

 外見年齢 12〜13歳

 身長 142cm

 体重 37K

 アメリカ海軍のテネシー級戦艦のネームシップを持つ。第一次世界大戦直後に就役した戦艦であるため、最古参の戦艦といえる。しかし艦魂である外見は幼い少女そのもので、外見通りにすこし臆病でもある。しかし総合能力では他のアメリカ海軍戦艦と同様。日本軍機による真珠湾攻撃で損傷し、姉妹艦『カリフォルニア』も着底するほどの損害を受けた。のちに妹のカリフォルニアと共に徹底的な近代化改修を受け、装甲、速力、主砲を除いた部分で艦隊決戦に適した『サウスダコタ』に準じた性能、外観を持った戦艦。デイヨー戦艦部隊の旗艦として、日本残存艦隊迎撃のために一時的に沖縄本島を離れる。『神龍』と真正面で艦隊戦を踏み切ることになる。


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