表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/45

<二十五> 第二波来襲。決死の覚悟で戦う大和撫子たち!

 獅子奮闘する『大和』『神龍』以下第二艦隊が目指す沖縄近海に展開していた米軍を主力とする連合軍は、正規空母および軽空母合計二十二隻、戦艦二十隻、巡洋艦三十二隻、駆逐艦八十三隻、艦載機約一一〇〇機の史上最大規模の洋上戦力を持つ大艦隊で、それに加えて上陸軍総計約四十五万名と、それを支援する無数の護衛艦艇や揚陸艦、輸送船等がいた。

 その中、米航空母艦『エンタープライズ』から、第二波の攻撃隊が発進を始めていた。

 折りたたんだ主翼が広がり、エンジン音を轟かせてプロペラが回転を始めた。

 ずんぐりしたグラマン戦闘機、そして主役の爆撃機と雷撃機が巣から飛び立とうとする海鷲のように、待ち望んでいた。

 既に大空には飛び立った攻撃隊が各個編隊を組んで、海域を埋め尽くす無数の艦艇の上空を飛行していく。

 それらの編隊を見上げる金髪の長髪を靡かせたエンタープライズに、背後から一人の青年が呼びかけた。

 「ミス・エンター」

 「だからその呼び方はやめなさいッ!」

 激昂と共に振り返ったエンタープライズの視界に入った青年は、飛行服を身に纏い、カーキ色の飛行帽を被ったニコニコと笑顔を絶やさない青年だった。

 「ったく。あんたはこれから戦闘だっていうのに緊張感の欠片もないわね」

 「これが僕の取り得だしね〜」

 ニコニコと微笑む青年パイロット、アレックス・K・ヘンダーソンは急降下爆撃機SB2Cヘルダイバーのパイロットだ。これから発進する第二波攻撃隊のパイロットの一人だ。

 アレックスもこれから、第二波攻撃隊として、『大和』率いる第二艦隊の攻撃に向かうのだ。

 「あなたが『ヤマト』を沈めれば、私が沈めたことにもなるんだから。期待してるわよ」

 「そういうものなの?」

 アレックスが目を丸くして凝視し、エンタープライズは彼に凝視されて頬を赤く染める。

 「どしたの」

 「な、なんでもないッ!」

 赤くした顔を逸らすエンタープライズに、アレックスは首を傾げる。

 いつもは荒い言葉も吐くが、彼と一緒にいるときの彼女は、どこか女の子らしかった。

 普段の彼女も知っているアレックスにとって、こういうのは可愛いんだからいつもこうだといいのに、と内心思うのだった。

 「……なんか私にとってムカツクこと思ってない?」

 「そんなことないよ」

 にっこりと笑みを浮かべるアレックスに、エンタープライズはジッと疑いに目を細めるが、出撃開始のブザーが鳴り響いたのを聞いて、溜息を吐いた。

 「ほら……出撃よ。早く行きなさい」

 「そうだね、行ってくるよ」

 背を向けて走り去ろうとするアレックス。エンタープライズは黙って見送ろうとしていたが、思わず声を漏らしていた。

 「……ッ。 …ちょっと!」

 「……?」

 走り去ろうとしたアレックスが振り返る。

 エンタープライズは呼び止めたのはいいが、なにか言いかけて、顔を赤くして硬直していた。口が開くだけで、声は出なかった。

 「あ……えっと…その……ッ」

 「?」

 アレックスはますますクエスチョンマークを頭の上に浮かべ、首を傾げる。ジッとエンタープライズを見詰めるが、エンタープライズはさらに顔を赤くして動揺する。

 「こ、これ…ッ!」

 すかさずバッ!と軍服のポケットから出したモノを、エンタープライズはアレックスに向かって差し出した。アレックスが差し出されたそれを目を細めて見ると、それは小さな、十字架だった。

 紐に吊るされた十字架がキラリと輝きを放っていた。

 「なにそれ?」

 「いいから来なさいッ!」

 言われたとおりにアレックスは彼女の傍まで駆け戻った。彼女の前に立つと、赤くした顔を逸らしたまま、差し出した十字架を突き出すように、押し付けた。

 「これッ!」

 「…え? う、うん……」

 「あなたにあげるわ」

 「……え?」

 胸に押し付けられた十字架を受け止めたアレックスはぽかんと目を丸くする。エンタープライズは顔を赤く染めて逸らしたままだった。

 「お守りにしなさい。ありがたく思ってよね」

 今まで数多の戦場に、彼女のもとから飛び立ったが、今までお守りなんてもらったことはなかった。いつも自分に毒を吐いたり蔑んだりしても、最後は笑って出撃を送ってくれて、彼女は本当はとても優しいことを知っている。

 いつも敵のことに関しては荒々しい言葉を吐いても、本当は可愛い一人の女の子。

 しかしそれを表に出すことはなかった。

 だが、今までに一度もなかったことが目の前に起こっている。

 アレックスは一瞬現実を理解できなかったが、やがて思考が追いついて、いつものような笑みを浮かべた。

 「ありがとう、ミス・エンター」

 その途端、エンタープライズは顔を真っ赤に染め、「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 「か、勘違いしないでよね…ッ! ……その、今回はなんだかあげたくなっただけよ! うん、そうよ! 特に深い意味はないわッ!」

 必死になる彼女を見て、アレックスはますます微笑んだ。

 手首に紐を巻きつけて、十字架を手に持つ。

 「大事にするよ」

 「……ふんッ」

 轟音を轟かす攻撃隊から、アレックスに向かって呼びかける声が聞こえた。そろそろ発進しないといけない。

 「じゃ、そろそろ行かなきゃ」

 「……必ず、生きて帰ってきなさいよ」

 「大丈夫だって。今までもそうだったし、それにお守りもあるからね」

 そう言ってアレックスは手に持った光に反射して輝く十字架を見せつけた。エンタープライズはそれを見て「早く行きなさいッ!」と顔を赤くして怒鳴り散らすが、アレックスは笑顔で応えて、彼女のもとから愛機に向かって走り去った。

 遠ざかる彼の背を見詰め、エンタープライズは小さく溜息をついた。

 今回は、いつもと違った自分。

 なんだかよくわからないけど、今回の攻撃は油断できないと思った。

 初めて彼が心配だと感じて、お守りを渡した。

 同時に、素直になってみた。

 いつも戦友たちに言われていたことを実践してみたが、やはり自分には似合わないと思った。思い返すだけで恥ずかしさがこみ上げてくる。

 「……馬鹿」

 南の潮風が彼女の口から漏れた言葉を乗せた。その意思は、彼に向けられたものか、自分に向けたものか、それは漏らした彼女にしかわからない。

 『エンタープライズ』の飛行甲板を蹴って、次々と海鷲たちが透きとおるような南海の海面を滑るようにして飛び立っていった。

 編隊を組むため、旋回すると、横目に飛行甲板でこちらを仰ぐ彼女の姿を見つけた。こちらを見続ける彼女に向かって、アレックスはいつもの笑顔を向け、手を振った。その時、彼女は顔を赤らめてそっぽを向いたが、そんなところも可愛らしいと思うアレックスだった。

 そんな彼女を見てから、機体を翻して編隊の中に入る。その途中、アレックスは、ふいに自分の笑顔をいつもヘラヘラしてると言って怒っていた彼女は、いつの間にか咎めなくなったな、と気付くのだった。

 そして同じ頃、何十機も飛び立つ高速空母機動部隊の中、『ホーネット』も『エンタープライズ』と同じその一隻だった。

 第二波攻撃隊発進の命を受けた雷撃機TBFアヴェンジャーが、今か今かと待ちきれないように轟音と飛行甲板を揺らして轟かせていた。これまでに数々の日米決戦の空と海を翔け、ソロモンやマリアナなどの激戦の空を戦い、数多の日本軍艦を海の底に沈めていった『復讐者』を意味する悪魔が、凶暴な獣の如くエンジン音を唸らせていた。

 それぞれの愛機に、米兵パイロットたちが走っていく。その中には、ケイ・ルーカチス少尉とホーネットもいた。

 パイロットたちが走っていく中、ケイだけがまだ愛機の傍まで行かずに、ホーネットと向き合っていた。

 「じゃあ、行ってくる」

 「はい。お気をつけて……」

 ホーネットの澄んだような瞳に、映るケイは頷いて微笑んだ。

 「神は必ず我々を悪の手から守ってくださる。心配するな」

 「そうですね、神のご加護が私たちにあらんことを祈ります」

 ホーネットは祈るように手を組んで、目を瞑った。キリスト信者のようにお祈りするホーネットを、ケイは子供のような笑顔を輝かせた。

 「祖国からこんな遠い南の島まで来てしまった。こんなところで俺は死なない。必ず一緒に地球の裏側で我々を待っている合衆国に帰ろう、ホーネット」

 「もちろんです」

 ケイの子供のような笑みに、ホーネットは頬を朱色に染めるが、構わなかった。

 「……もし、祖国に帰れたら」

 ケイはふと、細い目で透きとおるような南海の蒼い海を、水平線の先にある郷里を想って、呟くように言った。

 「故郷のトウモロコシを、ホーネットに食べさせてやる」

 ホーネットのほうを見詰め、そう断言したケイの真剣な瞳を見て、ホーネットは驚いたように目を大きく見開いたが、やがて嬉しそうに輝くような笑顔を見せた。

 「親父たちの畑のトウモロコシは別嬪だぞ? 信用していい。オクラホマ……いや、米全土の一番のトウモロコシさ」

 「それは、楽しみです」

 「ああ。だから楽しみにしとけ」

 整備兵たちが準備完了を告げ、それぞれの機体から離れていった。それを確認して、ケイも踵を返し、後ろに立つホーネットに向かって親指をグッと立てた。

 「じゃ、いつものように……」

 「…はい」

 二人は出撃前の、いつものあいさつを交わした。

 「Good Luck」

 「Good Luck!」

 ケイは最後までホーネットに笑顔を向けながら、唸りをあげる愛機に乗り込んだ。

 既に後部座席に搭乗している仲間に相槌を打ってから、自らも操縦席にどっかりと座り込んだ。キャノピーが閉まり、プロペラが回転して更に機体から震えるような唸りをあげた。

 今正に、ここまで突撃せんとする無謀な日本海軍最後の艦隊を撃滅するために、荒々しい鷲たちは唸りをあげる。響くような唸りと振動に、ホーネットは突然、嫌な感覚を覚えた。

 一瞬、脳裏を横切るような嫌な感覚。それは、嫌な予感というものだろうか。

 無意識に、閉じられたコクピットの中でゴーグルをかけた彼を見る。ゴーグルをかけ、カーキ色の飛行帽に包まれた肌の露出は少なく、素顔はほとんど見えないが、そこには確かに彼の姿があった。その光景を目に焼き付けようと食い入るように見詰めた。

 やがて、彼が乗る機体が唸りを一層あげながら動き出し、ゆっくりと前進していった。

 『ホーネット』の飛行甲板から次々と飛び立つ鷲たちに続いて、彼という鷲が、同じように足で甲板を蹴って、ぶわっと浮くように飛び立った。

 発艦する艦載機の突風に飛ばされまいと頭に被る軍帽を抑える。茶色の長髪が靡き、澄んだ瞳が遠ざかる鷲をずっと見詰め続けていた。

 

 


 目標地点である沖縄海域の米空母から発進した米大編隊が『大和』『神龍』以下第二艦隊に襲来してから、第一波が去り、第二波が来襲するまでのつかの間の間、もうもうたる黒煙を靡かせる『大和』のところに、大和を心配した神龍がやって来た。

 神龍が『大和』に降り立ったとき、眼前の光景に神龍は愕然とした。

 降り立って最初に見たものは、ペンキを壁にぶちまかれたように真っ赤な血が鉄の壁と甲板に広がり、そこらじゅうは人間の飛び散った血と肉片が無造作に転がり、拡散していた。機銃や爆発で飛び散った人間の指や足などの肉片が散乱し、まだ運ばれていない死体が放置されている。衛生兵たちがそれらの倒れた者たちを確認し、生きている者や死んでいる者を、担架で運んでいく。機銃手たちは再び来るであろう敵機の襲来を予期して急いで弾薬を持ち運び、整備する。敵の第一波が去り、つかの間の戦闘終了でも、変わらない慌しさがあった。

 すぐに敵の第二波が来るだろう。その間に、神龍はどうしても大和に会いたかった。

 本当なら、ここにいる艦魂、みんなに会いたい。

 重傷を負った、矢矧や涼月のもとに行ってあげたい。

 浜風を失ってしまった雪風と磯風たちのもとにも。

 そして朝霜を失った悲しみの上で必死に戦った初霜や霞のところにも。

 全員のところに行ってあげたい。

 しかし時間はそんなに残されていない。だから傍にいる、護衛対象の大和のもとへ、神龍は急いだ。眼前に広がる惨状の中を辛い思いを背負いながらも駆け抜ける。

 気配を感じ取り、神龍は世界に誇る『大和』の巨大な砲塔に背を預けている大和を見つけた。

 「大和さんッ!」

 駆けてくる神龍に気付いて、大和は神龍のほうを見る。その表情はいつものクールな表情だが、頬が黒く汚れ、左腕や身体の所々に包帯などが巻かれ、痛々しい姿だった。

 「だ、大丈夫ですかッ!?」

 「神龍か…。 無事だったようだな」

 自分と違って大した負傷が見られない神龍を見詰め、大和は安心したようにクールな表情の中、笑みを浮かべた。

 しかし神龍は大和の負傷した身体中の痛々しい部分を見て、心配するように動揺を見せる。

 「落ち着け、神龍」

 「で、でも…ッ!」

 「この程度、心配無用だ。しかし……たった短い時間でこんな負傷を負うとは…私も無様だな」

 フッと鼻で笑って自虐する大和に、神龍はぶんぶんと首を横に振る。

 「悪いのは私です…! 大和さんを護る任務も負っているのに…。私は大和さんを護れずに、こんな怪我をさせてしまった……。本当に、ごめんなさいッ!」

 思い切り頭を下げる神龍を、大和は目を丸くしてから、微笑んで神龍の肩をぽんぽんと叩いた。

 「なにを謝っている、貴様が何も思うことはない。これは私自身の不覚だよ」

 「ですが…」

 「私を護るより、自分自身を護るため、一機でも多くの敵を撃ち落すのに専念しろ。なっ」

 大和はニッと笑みを見せる。

 「いえ。 私は……大和さんと違って敵を倒すのが本来の目的ではありませんから」

 目を伏せた神龍が口を開き、続ける。大和の表情から笑みが消え、真剣な面持ちで神龍の言葉を聴いていた。

 「私は護衛戦艦です。護るもの、……いえ、護りたいものを護るために私は戦うんです。大和さんを護りたくて、みんなを護りたくて、日本を護りたくて、ここにいるんです」

 上げた表情にある瞳は強く、神龍の心の真剣さが窺えた。大和はジッと神龍の強い光が宿った瞳を見詰めた後、肩をすくめた。

 「……まったく、仕方のない奴だな」

 ポニーテールを揺らし、神龍の前に立つ大和。

 「だが神龍、私だってただ敵を倒すために戦っているわけではないぞ。 私も、護国戦艦だ。私だけではない。ここにいる全員がそうだ」

 「……そうですよね」

 神龍は強い光の瞳を宿した真剣な表情を和らげ、ほくそ笑んだ。

 「でも今度こそ、私は大和さんを護ってみせますから」

 「ああ。君の秘められた力に、援護を期待しているぞ」

 「はいッ」

 二人は互いに笑顔を向け合った。

 さっきまで生きるか死ぬかというほどの、実際に仲間が傷つき失った激戦を繰り広げた後で、これからも激しさを増すであろう待ち受ける戦いがあるのに、そこには互いに信頼を寄せ合う二人の戦友の姿があった。

 各々の艦体からはもうもうたる煙が立ち上り、損害が見られる中でも、そこにいる艦魂たちは兵員たちと同じ思い、必死に戦い、その場を生きているのだ。

 「ところで……」

 大和はふと、ある人物を思い浮かべた。

 「少年はどうだ?」

 大和の問いに、神龍は三笠のことだとすぐに気付いて、答える。

 「はい。 三笠二曹もご無事ですよ」

 にっこりと微笑んで彼のことを言う神龍を、大和は見詰める。

 「そうか」

 「三笠二曹も立派に戦っています。 私も、頑張らなくちゃ……!」

 ぐっと胸の前で両手の拳を握る神龍を、大和は微笑ましくなる。

 「そうかそうか。 ……なぁ、神龍」

 「はい、なんでしょう?」

 胸の前で両手に拳を握ったまま、神龍はくりっとした瞳で大和を見上げる。そんな神龍の仕草に大和は胸をときめかせるが、笑みを浮かべて口を開いた。

 「少年に自分の心を知ってもらわないのか?」

 「……え?」

 大和の言葉に、神龍は胸の前で拳を握り締めたままの体勢でぽかんとなる。

 「いや、本当は気付いているのだろう? 自分の心に」

 「………」

 二人の間に沈黙が舞い降りた。

 「……そんなの、そんな暇、ないじゃないですか……」

 「しかし……」

 「今は私たち、戦争してるんですよ?そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか…」

 「………」

 一度俯いて、そして顔を上げた神龍は微笑んでいたが、その微笑みは引きつっていた。無理しているような、すこし嘘の微笑み。

 大和はそんな神龍を、無言でジッと見詰めたまま。

 二人の間に重苦しい沈黙が降り、大和が何か言いかけようとしたとき、突如、対空ラッパが鳴り響いた。

 対空ラッパが鳴り、大和と神龍は蒼い空を仰ぐ。

 兵員たちが急いでそれぞれの配置に走り、見張り員たちの報告の声が伝声管を伝って艦内中に響き渡る。

 艦隊は一気に慌しくなった。

 対空ラッパが鳴り響く中、大和は神龍を見た。

 神龍は背を向けて、光に包まれて自艦に戻ろうとしていた。

 「では、大和さん。頑張りましょう……」

 「……神龍。一つ言っておく」

 神龍が光と共に消える前に、大和は言い放つ。

 「後になっては後悔してしまう。だから、後悔はするなよ」

 一瞬、背を向けていた神龍が大和のほうを見たようだったが、神龍の姿は光と共に大和のもとから消え去った。

 大和は小さく溜息のような吐息を吐いてから、気を引き締めて、腰の軍刀を抜いた。

 現れた白刃がギラリと輝きを放つ。

 「私も、人のことは言えない身だがな……」

 地を蹴り、主砲の上までひとッ飛びする。

 世界に誇れる46センチ主砲の上に、大和は着地する。そして大空を仰いだ。

 蒼い空には、轟音と轟かせながら敵機の大編隊が見えていた。

 敵は一〇〇機以上の第二波だった。



 ゴゴゴゴゴゴ……と大空を雷鳴のように轟かせる敵の大編隊を見上げ、短い髪を無理矢理のように縛った丸いポニーテールをした、血で赤く滲ませた包帯を体中に巻いた痛々しい姿の矢矧はあまり変化のない表情の内に苦笑を表していた。

 眼鏡はヒビが入っているが辛うじてまだ掛けられた。ピシリとミミズが這ったような線を引いた眼鏡のレンズの奥にある瞳は未だに強い光を宿していた。

 「…敵が来た。 そろそろあなたたちも自艦に戻ったほうがいい」

 矢矧は横目で、雪風と磯風、そして初霜と霞という現第二水雷戦隊残存艦艇全てが集っている光景を見詰め、言った。

 「矢矧さん、ご無事で……」

 雪風が中学生のようなその童顔に歳相応の悲しそうな表情を浮かばせる。重傷を負った矢矧を本当に心配しているようだった。

 矢矧の姿は自分の力で発現した包帯が巻かれ、その包帯に赤い血が滲んでいて、それが体中の至る部分に見られていて痛々しかった。軍服も所々が破けて切り傷だらけの肌が露になっている。『矢矧』自身、敵機の魚雷攻撃を受けて機関部が全滅、航行不能に陥り、艦隊の中で速度を落としていた。もう戦う力もあるのか疑わしいような状態だった。

 しかし彼女の瞳に宿る強い光は、まだ戦う意識を表していた。

 それより…と、矢矧は思った。それはついさっき、自分が重傷を負った敵の第一波で、一人の妹を失った雪風と磯風のことである。

 残された数少ない陽炎型姉妹で、またしても一人、姉妹を失った。浜風の死は二人には想像以上に重く圧し掛かっているだろう。なのに彼女たちは自分をこんなにも心配してくれていた。彼女たちも、精神も肉体もボロボロのはずなのに……。

 「ありがとう。あなたたちも、武運を祈る」

 矢矧は頷き、口もとに柔らかい微笑を浮かべる。

 「必ず、一緒に沖縄に行こう」

 「そ、そうですよ…! みんなで行くんですッ!」

 彼女たちの旗艦だった朝霜を失った初霜、そして艦自体が航行不能になり、足を引きずる霞もそれぞれの目標への執着と矢矧への思いを込めて言った。

 「……お姉ちゃんも、私も、頑張るよ…ッ」

 冬月がぐっと力を込めるように言う。そんな冬月の身体には、食い込んだように皮膚が裂けた部分が二箇所あり、痛々しい姿だった。『冬月』自体、敵のロケット弾二発を受けたのだ。しかし大した損害ではない。まだ戦える状態を見せ付けていた。艦が大破し、重傷を負った姉の涼月はここにはいなかった。他の艦に行く余裕はないほど重傷だった。

 彼女たちを見回し、矢矧は強く頷いた。

 「……もちろん。みんなで、必ず沖縄までたどり着く」

 一隻の巡洋艦、そして伴う抵抗能力が低い貧弱な駆逐艦たちが、一同が一つの思いになって頷き合った。

 そしてそれぞれの自艦に戻っていき、一人残された矢矧は、その瞳を白刃のように鋭く煌かせ、キッと空を睨んだ。

 「…来い、鬼畜米英。我々は貴様らに朽ち果てるほど脆弱ではない。……大和撫子として、大和魂、そして武士道を貴様らに見せ付けてやる」

 黒煙をもうもうと立ち上らせ、不協和音を奏でながら航行し、速度を落とす『矢矧』は、それでも迫り来る敵を威嚇するように、荒々しく白波をたてて一層唸りをあげた。

 

 

 「日本艦隊確認ッ! 全軍、突撃せよッ!」

 ブワワッと編隊を組んだ攻撃機が横に滑り込むように降下していく。真っ先に『大和』率いる第二艦隊に目掛けて突っ込んでいった。

 ケイ・ルーカチス少尉が操縦艇を押し込んだアヴェンジャーが、横目に見える僚機と共に横に滑り込むように高度を落としていった。

 目前には、世界最大の巨大さを誇る戦艦『大和』。そしてその後方には見慣れない……いや、呉で見た『モンスター』がいた。『モンスター』を見つけ、歯を噛み締める思いになる。

 「『モンスター』め…ッ!」

 しかし目標は『大和』だ。まだ米軍も存在が明らかになっていない『モンスター』は正体がわからないだけにどんな戦艦かわからない。だが、所詮戦艦は戦艦だ。第一優先は『大和』だ。攻撃隊は『大和』に殺到した。

 唸りをあげながら近づく大編隊を睨み、大和は軍刀を抜いて、白刃を向けた。

 『大和』の46センチ主砲が唸りをあげながら砲身の仰角が合わさった。

 「主砲三式弾砲撃始めッ!」

 「―――撃てッ!!」

 有賀の命令に呼応し、『大和』の主砲から鼓膜を突き破るような大絶叫と海をも揺らす大振動と同時に爆煙を撒き散らしながら三式弾が火の矢の如く放たれた。

 ズドオオオオオォォォォンッッ!!!

 砲弾が天空を切り裂くように敵の大編隊の真ん中で炸裂し、大きな花火が咲き誇った。花火が咲いたと同時に一度で多くの敵機が火の十字架となって落ちていった。

 「三……五……おお、結構落ちていきますな」 

 『大和』の艦橋で双眼鏡を覗いて誰かがそう呟いたのを伊藤は黙って聞いていた。三式弾は敵が集中的に集まっていれば確かに効果は増すが……

 「………ッ」

 今度は舌打ちが聞こえた。おそらく敵は編隊を解いて散開したのだろう。敵がバラバラになれば、三式弾の効力は落ちて意味がなくなる。そうなれば後は機銃、高角砲の出番だ。

 『大和』の頭上に達した爆撃機は次々と爆弾を投下していく。その度に有賀の巧みな操艦によって回避運動を続け、『大和』の周りに幾多の白い水柱がどーっと立ち上った。

 ハリネズミのように施された『大和』の機銃と高角砲が一斉に火を吹いて、近づく敵機を撃ち落していった。敵機も容赦なく果敢に突っ込んでくる。

 敵機は、最後の史上最大の戦艦を討ち取るべく、レイテ沖海戦で撃沈した『大和』の同型艦である『武蔵』との戦例を参考に全力を持って襲い掛かっていた。

 まず、急降下爆撃を行う爆撃機は、『大和』が打ち上げてくる対空砲火の脅威を削減するために対艦用の徹甲爆弾に加えて対地用の破片爆弾を併用していた。これを使って、『大和』の対空能力を徹底的に破壊するのだ。

 極めて強固な装甲防御力を持つ戦艦に対しては徹甲爆弾はその装甲を貫通する事ができず、加えて炸薬量も少ないので爆発による威力だけでは大きな損害を与える事ができない。ならば火薬量が多いため爆発威力だけは大きい対地用の破片爆弾で甲板上にある対空火砲や航開装備を破壊してしまおうと言う考えによるものだった。

 また、『大和』に随伴する非装甲の軽艦艇に対しては、対地用の破片爆弾でも直撃させれば充分に致命的な効果を与えられるとの読みもあったのだろう。

 「敵機、急降下…ッ!」

 若い見張り員が張りのある声で叫んだ。有賀は上空を仰いだ。

 太陽の光に隠れて、急降下爆撃機が迫ってくるのが見えた。

 「しまった! 面舵いっぱぁぁぁいッ!!」

 『大和』はすぐさま舵を切って避けようと試みたが、間に合わなかった。

 急降下によって投下された二発の爆弾が続けざまに『大和』に命中した。それは対地用の破片爆弾であり、それを含む爆撃の効果は大きく、被弾した『大和』左舷の対空砲火は著しく低下し、左舷への魚雷集中のきっかけとなった。

 「左舷魚雷接近ッ!」

 「面舵いっぱぁぁぁいッ! 急げぇぇッ!」

 雷撃機による雷撃は巨大な浮力と水中防御力を有する『大和』に効率よく打撃を与えるため、かなり深い深度を走行するように調整されていた。

 さすがの『大和』と言えども艦腹下方部にまで強固な防御構造は施しておらず、加えて水圧効果のため魚雷の爆圧が艦腹方向へ効率よく指向することもあり魚雷の命中は大きな破壊力を持っていた。

 三発の白い雷跡が迫り、二発は『大和』の艦尾の先を通過していった。しかし最後の一発が艦尾左舷に炸裂し、『大和』の巨艦が大きく揺れ動いた。

 「ぐっ……!」

 ガクッ、と大和は片膝を付いた。ポタポタッ、と赤い鮮血が滴り、その表情は苦悶に歪んだが、キッと前を見据えた。

 「この程度ではやられん……やられてたまるか…ッ」

 信念を全うするような武士、真の精神を持つ大和撫子の意地を見せる大和は身体中の裂けた口から赤い血を滴らせながらも、強固な二つの足で踏みしめ、威厳良くポニーテールを揺らした。

 先ほどの第一次攻撃隊第一波による攻撃で、『大和』の左舷側に位置していた駆逐艦『涼月』『霞』が大破、航行不能に陥ったため、『大和』の左舷側は敵の爆弾と魚雷、そして機銃掃射によって一掃され、『大和』の左舷側対空能力が著しく低下した。

 こうして左舷側の対空火力が低下し、加えて被雷の浸水により速力までが低下して回避能力すら低下し始めた『大和』に対して、米軍の第二次攻撃隊約一〇〇機以上……一五〇機は、より一層の苛烈で執拗な攻撃を『大和』と以下第二艦隊の第一遊撃部隊へ加えた。

 「左舷魚雷接近ッ!」

 見張り員が悲鳴に近い声で叫んだ。

 その直後、ずんぐりした敵戦闘機が防空指揮所に機銃掃射を浴びせた。また一人、見張り員は頭を貫かれ、即死した。頭を血まみれにした一人の見張り員が脱落するが、既に防空指揮所には敵の機銃掃射によって死に絶えた若い見張り員たちの死体があった。その中で、生き残っている見張り員が必死に状況を伝え、有賀が伝声管に叫ぶ。

 「面舵いっぱぁぁぁいッ! 急げぇぇぇッ!」

 しかし速度が低下しているため、思うように動いてくれない。ただでさえ巨艦を操るには重労働なのに、有賀の優秀な操艦を駆使しても、速度を低下させた巨艦には荷が重すぎた。

 『大和』に次々と三発の魚雷が命中した。三本の白い水柱がどーっと立ち上った。

 「あぐぁッ!!」

 大和の身体から肉片が裂けて鮮血が迸り、身体が甲板に叩きつけられた。甲板は大和の血で真っ赤に染まった。

 「ぐ……ッ」

 血の水溜りの中で、大和はゆっくりと起き上がった。

 口端からは赤い血が伝っていたが、軍服の裾でグイッと拭い取った。

 『大和』に三発の魚雷が命中したことによって、副舵が取舵のまま故障した。

 一分後、傾斜が十五度に傾いた。

 「機関室ッ! 右舷区画に注水急げッ!」

 艦橋が副長や参謀たちがせかしなく動き回り、騒がしい。その中で、伊藤は静かに、冷静に事を見守っていた。

 傾斜が十五度に傾いた『大和』だったが、右舷への緊急注水により傾斜は回復した。

 そして三発の魚雷命中によって故障した副舵は応急処置班の奮闘により約七分後に中央位置に固定する事に成功した。しかし副舵の効果が無くなったため『大和』の回避運動能力が低下し、そこを狙ったかのように爆弾三発が煙突両側の高角砲群へ次々と落下した。

 ズドドドォォォォンッ!!!

 爆発の大音響と共に振動が巨艦を揺さぶり、その場にいた兵員たちが肉片と化して飛び散り、または身体を爆風に投げ出される。

 大和も再び、身体からシャワーのように鮮血を吹き散らし、甲板に思い切り身体を叩きつけた。もはやこれまでに多くの爆弾と魚雷を受け続けてきた巨大戦艦の艦魂である大和の姿はバケツで被ったような真っ赤な血で染まり、変わり果てていた。

 「ごほ…ッ!ごほ…ッ!」

 真っ赤な吐血を吐き、荒い息遣いのまま、小刻みに震えながらも必死に立ち上がる。それは男より雄姿を見せ付ける撫子の姿だった。

 「まだ戦える……うッ…! ぐ、う、…ごほッ! がはッ!? ごほッ!!」

 大量に血の塊を吐き続ける大和は、不安に駆られ、顔を青く染めた。

 「まずい…ッ 海水を注水しすぎた…ッ!」

 相次ぐ魚雷の命中は艦底で浸水阻止作業に悪戦苦闘していた応急処置班に大損害を与え、『大和』の応急処置能力を大きく低下させてしまった。『大和』の体内を治療する者はいなくなり、『大和』は一方的に蝕まれ、傷つくばかりだった。

 また、主要防御部以外へも大量の浸水が発生し、それらによる艦の傾斜を回復させるため仕方がなく無傷の右舷側船体内へも大量の注水が行われ、艦内は確実に海水に満たされていった。

 そして、船体内への浸水により送受信所までが全滅し、大和の通信手段は原始的な旗流信号と発光信号を残すのみとなってしまった。

 「注水しろッ!早く艦を戻せッ!」

 「機関室、応答ありませんッ! 通信機器が機能しませんッ!」

 「伝令行きますッ!」

 若い青年士官が急いで艦橋を出て行った。通信機器が機能しなくなれば、こんな広大な艦内を走り回ることになれば命令の伝達など、満足に機能するわけがなかった。

 


 機関室全滅によって航行不能に陥った『矢矧』は、既に戦う力が残されているのか疑わしくなっていた。『磯風』の前田実穂艦長が『矢矧』救助を命じて、『磯風』は『矢矧』に横付け作業を開始した。

 しかし、そんな『磯風』に容赦ない悪魔が手を掛けた。

 「大丈夫ですか」

 横付け作業を開始する『磯風』から、磯風が矢矧のもとに駆け寄った。お互い基本的に無表情を貫く同士だが、矢矧は磯風よりは表情を柔らかく出せる。しかしそんな矢矧の表情は苦悶に歪み、姿も痛々しいほどだった。

 「…感謝する、磯風」

 「礼には及びません。 共に、沖縄へと参りましょう…。 沖縄で待っている五十万人の日本国民と十万人の将兵を必ず我らの手で救いに参りましょう……」

 矢矧は血が滲んだ口もとを微かに微笑ませて頷いた。

 それが基本的に無表情であるが、唯一の柔らかい表情を出せる矢矧。そして今も、矢矧は無表情だった仮面からいつものように柔らかい表情を覗かせていたのだ。

 しかしそれが最後の生きた表情だった。

 「敵機来襲ッ!」

 見張り員の叫び声が聞こえ、矢矧と磯風はビクリと震えた。

 その直後、突如急速に接近した敵機から爆弾が『磯風』に投下された。不意打ちだった。航行不能の『矢矧』救助のため速度を落としたところで敵機の爆撃を受け、『磯風』は至近弾を受けた。

 ズドドォォンッ!!

 「がは…ッ?!」

 目の前で血を吐いて膝を付いた磯風に、矢矧は驚愕に目を見開いた。

 「磯風…ッ」

 矢矧は血まみれの下半身を引きずりながら、膝をついてうな垂れた磯風のもとに這いつくばった。

 「いそ、かぜ……」

 「……心配はない。至近弾を受けただけ…。目立った損傷は……」

 その時、磯風は大きく目を見開いた。

 ―――ドクンッ!

 胸が締め付けられるように苦しくなった。

 「―――ッ?!」

 そして身体を崩し、倒れこんだ磯風は、激しく咳き込み始めて、矢矧の目の前で血の塊を吐き出した。

 矢矧は愕然と血と共に咳き込む磯風を見詰めた。その姿は、自分と同じだった。

 『磯風』は敵機の至近弾を受け、それが不幸にも致命的となった。至近弾が『磯風』の機関室を破壊し、機関室に海水が浸水した。救助しようとした『矢矧』と同じ運命を『磯風』は辿ってしまった。

 『磯風』は至近弾を受け、機関室が浸水。『矢矧』と同じ、航行不能となった。



 ズドンッ!

 高角砲が火を吹き、一発が敵機をかすめた。敵機は煙を吹き、何処へと飛んでいく。

 「弾急げぇッ!」

 射手が黒く染めた頬を吊り上げ、口を大きく開けて叫んだ。砲弾を両手で抱えて運ぶ兵員たちは悲鳴を出しながらも、懸命に砲弾を抱えてくる。

 「右左良しッ! 撃ッ……!」

 その時、射手は爆煙と炎に頭を飲まれ、身体が吹っ飛んだ。同時に高角砲は内側から爆発し、中にいた兵員たちは爆発の灼熱に身を呑まれていった。

 『大和』中央部へ中型爆弾三発が命中、高角砲群が壊滅し、大火災が発生した。

 「班長ぉ…ッ! 班長ぉぉ……」

 壊滅した高角砲の瓦礫の中、体中を血で染め、一部が肉片と化している班長と呼ばれた中年の男が、泣き叫ぶ年少兵といえるほどの若い兵員の流れる涙を浴びていた。兵員の瞳からこぼれる涙が血の海に溺れる男の肌に玉となって落ちていく。

 「……泣くな、男だろうが…。日本男児足る者……泣いてはいかんぞ……」

 「班長ッ! 今すぐ衛生兵を……」

 「…なぁ、上谷……。 俺、『大和』が出来たとき、日本はどの国にも絶対に負けないって……そう思えて…嬉しかったんだ……」

 「自分も同じです……班長……ッ」

 「でも……こうしてみると……さすがの飛行機の群れには……『大和』も勝てんなぁ…」

 「班長ッ! 『大和』はまだ戦えますッ!」

 「……もしかしたら、『大和』より……零戦を一〇〇〇機作ったほうが日本は勝てたかもなぁ…」

 「は、班長ぉ……ッ」

 年少兵は涙ぐみ、キッと上空を飛び交う敵機を睨んだ。

 上空には敵の爆撃機数十機が編隊を組んで、機体を翻して『大和』に一斉急降下を仕掛けようとしている場面だった。

 「『ヤマト』にとどめをさすぞッ!」

 隊長の声が無線から聞こえ、編隊を組んだ急降下爆撃機SB2Cヘルダイバーが一斉に機体を翻して傷だらけの『大和』に向かって降下した。

 次々と機体を翻す僚機を横に見詰め、アレックス・K・ヘンダーソン少尉も操縦提を引き、横に倒すようにして押し込み、機体を横に滑らせるようにして翻し、降下した。

 目の前には、彼女から貰った十字に輝く銀のお守りがチラリと揺れた。

 曲線を描くように降下する急降下爆撃機編隊は、一挙に『大和』にとどめの一斉爆撃を行おうとした。

 「くっ…!」

 裂けた軍服の袖から血が滲む部分を抑えながら、大和は頭上に集結した敵急降下爆撃機の大編隊を見上げた。

 もしあの数で一斉に急降下爆撃を受ければ、速度を落としている今、舵も満足に効かない中で投下された多数の爆弾を避けるのは困難であり、受ければ傷だらけの艦にとって、不沈艦といえど生命の安全には十分に脅かすものだった。

 「全軍、攻撃開始ッ!」

 隊長の太い叫び声が、無線を通じて全員の耳に響いた。

 世界がグルリと回転すると、そのまま頭を『大和』のほうに向けて、頭から下に落ちていく感覚を覚えた。一瞬の無重力を受け流し、降下する瞬間の中で機体を再びクルリと翻した。

 けたましい轟音と炸裂音を響かせながら、多数の爆撃機が急降下で水面下の『大和』に殺到した。

 アレックスは急接近する、もうもうと煙を吐き出す巨人艦を見詰め、不敵に笑った。

 「グッバイ、『ヤマト』ッ!」

 翼下に装着された投下爆弾を切り離そうとした、その直前だった。

 アレックスの視界は、見る間に白い光が包み込んだ。 

 目の前の僚機たちがあっという間に白い閃光の中に消えていくと、遅れて凄まじい衝撃波が急降下したアレックスたちを跳ね返し、吹き飛ばした。

 そして更に遅れて海底奥深くまで伝わるような大音響の爆発音が轟き、アレックスは一瞬気を失った。身体が、精神が、思考が、状況を理解するには連続的に起こりすぎた衝撃だった。

 


 数知れぬ攻撃を受けて傷だらけになって煙と火を吐き出す『大和』の上空にいた数十機の敵爆撃機は一瞬にして全機消失した。

 アレックスの機体は跳ね返されるも、無事に空を漂っていた。

 そして、目の前の現実が理解できなかった。

 『大和』に大多数の急降下爆撃による一斉爆撃を実行しようと機体を降下させた数十機の大編隊が突如降りかかった眩い閃光と爆裂によって跡形もなく消失したのだ。

 『大和』を救ったのは、『神龍』だった。

 「『モンスター』……ッ!」

 アレックスは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 とどめをさそうと来た敵大編隊を見事駆逐した50口径主砲の砲身が『大和』の上空に仰角を合わせていたのだ。『神龍』の新三式弾(気化爆弾)が敵を亡骸も許さずに葬り去った。『神龍』は『大和』を護り切ったのだ。

 「良かった……危なかった…」

 神龍はホッと胸を撫で下ろした。

 一挙に大半を失った爆撃機隊は一時混乱のために『大和』の上空をさまよっていたが、やがて隊長機が今の敵の攻撃によって撃墜され、さらに爆撃機の大半を失ったために作戦実行は難しいと判断して爆撃隊はアレックス機を含めて旋回し、引き返していった。

 一瞬にして大勢の僚機が撃墜され、その中に一人だけ生き残ったアレックスは、彼女から受け取った十字架を見た。

 「……これのおかげかな」

 十字架を眺め、彼女に感謝の言葉を内心呟いてから、同時に敵艦隊へのリベンジを果たすことを誓って、アレックスは機体を旋回させた。

 その後、敵の雷撃機は『大和』をはじめとした第一遊撃部隊への猛撃は止まらず、戦闘は続いた。『大和』を護衛した『神龍』にもようやく敵の矛先が向けられ、殺到した。水柱や爆風の中を掻い潜るように『神龍』はその勇ましい姿を晒し続けていた。

 沖縄への道は、まだ遠かった…。

全話のときに言いましたが、やっぱり学校が始まったおかげで更新が遅れてしまった……。物語りもクライマックスに突入したというのに最後のほうでこんな障害が……。

次回、遂に『大和』以下第一遊撃部隊の坊ノ岬沖海戦が終盤に入ります。今回で重傷を負い、そして遂に次回悲しくも多くの艦魂たちが散っていきます……。

彼女たちの護りたいものを護るための決死の戦い、最後までどうか見届けてあげてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>歴史部門>「護衛戦艦『神龍』 〜護りたいものがそこにある〜」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ