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<二十四> 第一波来襲。最後の撫子たちの決戦

遂に日本海軍最後の戦い、坊ノ岬沖海戦が始まります。彼女たちの決死の戦いぶりをどうか見届けてください。

 一〇〇〇時ごろ、沖縄の東に位置していた八隻の米空母から数波にわたる約四〇〇機の攻撃隊が発進した。その他の支援艦艇も航空攻撃が失敗に終わった場合に備えて日本艦隊阻止のため集結した。日本艦隊には直掩機がなく、沖縄から二時間かけて到着した米軍の攻撃隊は『大和』『神龍』以下第二艦隊の対空攻撃の射程外で、組織だった攻撃をおこなうために日本艦隊を取り囲んだうえ、一挙に日本艦隊に襲い掛かった。

 『大和』『神龍』以下第二艦隊は、迫り来る敵機の大編隊を補足した。

 

 一二三二時、防空指揮所から見張り員の声が響いた。

 「グラマン二機、左二五度、高角八度、距離四○○○!」

 最初に確認されたのは、敵戦闘機二機。

 「五機……、十機……、三十機、いえ、百機以上です!」

 「敵雷撃機、アヴェンジャー確認!突っ込んでくる!」

 報告は続き、やがて空には無数の黒い点が見えた。それは徐々に飛行機の形を成していく。

 ゴゥンゴゥン……という、敵機の轟音が大空に轟いた。

 同じく防空指揮所で敵大編隊が見える空を睨んでいた有賀が、伝声管に向かって叫んだ。

 「主砲三式弾、撃ち方始めッ!」

 『大和』の砲身が迫り来る敵機の大編隊に唸りをあげながら仰角を合わせる。伊藤は冷静に、艦橋にいる各長たちは始まろうとする決戦の第一発が放たれるのを今か今かと待つ。

 九門の巨砲が唸りをあげて砲口から巨大な黒煙と火炎が噴き出し、ビリビリと空間を揺らす振動が生じる。放たれた巨大な火の玉が敵編隊に向かって一直線に翔け、三式弾の内なる力が解放される。無数の焼夷粒子を撒き散らし、星のマークを宿した敵機が火の玉になって海に落ちていった。

 この瞬間、日本海軍最後の決戦が、火蓋を切った。


 『大和』の主砲砲撃が先陣を切って、『神龍』をはじめとした第二艦隊の各艦も対空戦闘を開始した。

 対空兵装を施した威力が開花された。無数の鉄の雨が襲い掛かる敵機に降りかかり、敵機はその雨の中を掻い潜りながら突っ込んでくる。日本側の対空射撃が何機も撃ち落しても、その数は圧倒的で、撃墜された味方の横を通った敵機が無数に群がるように襲い掛かった。

 あっという間に主砲射程範囲内に入った敵機が『大和』に殺到し、『大和』のハリネズミのように施された対空兵装が火を噴き始めた。

 鼓膜を破るような鋭い射撃音が連続で響き渡り、敵機の炸裂音、爆発音、兵員たちの悲鳴に近い叫び声に、一帯は様々な音に紡がれた大音響に包まれた。

 敵機が殺到する『大和』。

 世界最大最強超弩級不沈戦艦の艦魂、大和が飛び交う敵機を睨んだ。

 その手には愛用の日本刀を握っている。

 大和は、艦橋にいる伊藤、そして有賀の操艦技術を信じて、弾が飛び交う中で正座していた。

 空を埋め尽くすような無数の敵機を見て、大和は口端を吊り上げた。

 「超弩級不沈戦艦の私に対してこんなにも大多数の戦力で来るとは…。私の最後にふさわしい戦いだ」

 大和はスッと立ち上がり、白刃を煌かせた。

 「―――参るッ!」

 大和は一歩、足を前に踏みしめた。


 

 圧倒的な数で『大和』に殺到する敵機だが、他の艦艇も忘れてはいない。『モンスター』と称された『大和』並の大型艦である『神龍』にも殺到し、周りの護衛艦である『矢矧』や『雪風』などの駆逐艦にも襲い掛かった。

 「対空戦闘始めッ!」

 鼓膜を破るような機銃の鋭い射撃音と高角砲の鈍い砲撃が響きわたる。『神龍』のハリネズミのように施された機銃が火を噴く。機銃手たちが必死に仰角と高角を合わせて装填した弾を撃ち込んでいた。指示を出す班長の叫ぶ声も聞こえた。

 そんな機銃に向かって、飛び交う弾の下を防弾ヘルメットを被った三笠が弾薬が入った木箱を押して駆けていた。

 弾薬を運んで走る間、響き渡る射撃音がいつ自分の身体に撃ち込まれるのか恐ろしさが沸いたが、夢中だった。途中、血に塗れた兵員が担架で運ばれていくのが目に入った。

 「弾ッ!弾はどこだぁッ!!」

 叫ぶ機銃手を見つけ、三笠が弾薬を押して滑り込んだ。

 「おいッ!待たせたな、弾だぞッ!」

 三笠が運んできた弾薬を急いで機銃手たちが三連装機銃に装填した。そして再び機銃掃射を開始した。空間を切り裂いて放たれた弾薬が真っ直ぐに敵機に襲い掛かる。

 三笠は弾薬を手渡しながら、放たれる弾薬が敵機に撃ち込まれる光景を見た。

 一機が機体に穴を開けて煙を噴いた。三笠たちの頭上を通り過ぎ、そのまま海へと墜落した。

 途端、上空から敵の急降下爆撃機が機体を翻して真っ先に急降下してきた。

 防空指揮所の見張り員が叫んだ。

 「敵機、急降下ッ!」

 それを聞いた草津が伝声管に唾を飛ばす勢いで叫んだ。

 「面舵いっぱぁぁぁいッ!!」

 すぐに舵が右に切って、『神龍』の巨体が白波を立てて右に滑るように動いた。急降下し、機首をあげて回避する敵機から投下された爆弾は『神龍』の左舷側、揺れる海面に吸い込まれるように落ちていった。直後、数十メートルの水柱が立ち上り、『神龍』に海水の雨が被さった。

 「くっ!」

 視界を覆うような白い海水が上空から降り注ぎ、その一瞬、射撃がピタリとやんでしまった。

 目を開いた瞬間、水びたしになった甲板の上空を、敵機が真っ直ぐに突っ込んでくるのが見えた。

 「しま――ッ?!」

 次の瞬間、ずんぐりした敵機が機銃掃射を怯んだ自分たちに向けて浴びせた。容赦なく放たれた機銃が機銃手たちの身体を貫いた。

 機銃手たちの悲鳴が響き渡り、一帯は一瞬で血の海になった。身体を伏せた三笠は顔を上げ、その惨状に愕然とした。目の前に血の海に溺れた死体が転がっていた。

 すぐさまそこに衛生兵が駆け込むが、明らかに撃たれた全員が絶命していた。彼らの辺りには血と肉片が無造作に飛び散り、生き残った機銃手たちが機銃に駆け寄った。

 三笠は我に返り、すぐに切り替えて惨状に背を向けて走った。愕然としている暇なんてない。急いで次の弾薬を運ばなければならない。

 三笠は火花を散らす敵弾の中を走っていた。

 

 一方、『大和』も殺到する敵機の機銃掃射、爆撃、雷撃を受け、避けながら奮闘していた。

 『大和』の周りには絶えることのない水柱が次々と立ち上り、『大和』の巨艦を揺らしていた。

 防空指揮所で巧みに操艦を披露する有賀の指示に、『大和』は数々の攻撃を避けていた。

 「右舷魚雷接近ッ!」

 「取り舵いっぱぁぁぁいッ!」

 白い雷跡を引いて接近する魚雷を、『大和』の巨艦が外見に寄らない動きで、唸りをあげながら横に滑り込んだ。魚雷は『大和』を素通りした。

 伊藤は、大和も、有賀の操艦技術を信頼していた。彼のおかげで、『大和』は数知れぬ敵の攻撃を見事に避けていた。巨艦である『大和』を操るなんて困難な筈なのに、さすがと言った感じだった。

 無数の敵機が殺到しているのに、恐ろしさを感じないのはそのおかげでもあった。

 しかし、大和はただ無念な思いがあった。

 こんな圧倒的不利の中ではなく、もっと良い条件のもとで存分に腕を振るいたかった。それは伊藤や各長たち、そして他の艦も同じ気持ちだろう。自分自身も、これまでに激戦を経験してきた。今は目の前の戦いに集中し、自分を指揮する伊藤たちを信じるしかなかった。

 

 『大和』『神龍』といった大型艦には確かに敵機は殺到していたが、その点も大型艦であるからか簡単には沈まず、被害も『大和』は目立っていたが、『神龍』は意外と軽かった。しかしそんな大型艦の周りを護衛する小さい駆逐艦などには、大型艦が耐えれる数発の爆弾や魚雷でも簡単に大損害を被るのだ。

 駆逐艦『涼月』は敵が殺到する『大和』の方向からやって来た敵機に向けて対空射撃を降り注いだ。

 秋の月のような澄み切った瞳を持つ艦魂、涼月は奮闘する愛する妹、『冬月』を一瞥してから、迫り来る敵機を睨んだ。

 手を振りかざし、『涼月』の火が吹いた対空射撃が敵機を貫く。分離した主翼がくるくると舞って海面へと落ちていく。しかし味方が撃墜されても敵機は躊躇なく突っ込んでくる。そんな敵機にゾクリと背筋に悪寒を感じたが、すぐに頭を振った。

 「怖がってる場合じゃないのよ…!私には…護らなければいけないものがあるんだからッ!」

 涼月は接近する二機の敵機を睨み、対空射撃を浴びせた。火の玉となって放たれた弾が一機の敵機を撃ち落した。

 しかし撃ち漏らした敵機はそのまま『涼月』の頭上を通り越して、涼月は飛び去っていく敵機の方向を見て、愕然とした。

 その先には、愛する妹、冬月が…!

 「…駄目……。行かせないッ!」

 涼月は背を向けて妹のほうへと向かう敵機に手を振りかざした。同時に砲塔の仰角がその敵機に合わせられた。

 「もうこれ以上、大切な姉妹を失いたくない…ッ!」

 涼月はこれまでに大勢の姉妹を失い、最後に自分と冬月、そして内地にいる姉妹たちの思いを込めて、澄み切った瞳が強い光を宿した。

 『涼月』の艦尾部分の砲塔が艦を揺さぶると同時に爆煙と火を噴いて、『冬月』に接近していた敵機を見事に撃ち落した。

 「やったッ!」

 ヒュッ―――

 不気味なくうを裂く音を、涼月は聞いた。

 「…え?」

 涼月の表情が一瞬、凍りついた。

 ズドォォォォンッ!!

 次の瞬間、直撃弾が『涼月』の艦橋近くに命中、炸裂し、巨大な振動が艦を揺さぶった。

 「…ぐがぁッ?!」

 涼月の身体から一瞬で真っ赤な鮮血が迸り、涼月は血の海に染まった壁に叩きつけられた。

 『涼月』に直撃弾一発が命中し、火災が発生した。凄まじい爆発音に、冬月は血相を変えてたった一人の姉を見詰めた。

 「お姉ちゃんッ!」

 冬月はその信じられない光景を見てショックを受けて愕然とした。炎と黒煙に包まれる姉、『涼月』の艦体は半分をもぎ取られ、操艦不能に陥っている様だった。

 「お姉ちゃん…ッ!お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃんッ!!」

 冬月は泣き叫ぶように姉の名を呼んだ。しかしそれは敵機の炸裂音と轟音に掻き消され、姉の返事など聞こえるわけがなかった。



 大型艦とは違って沈みやすい駆逐艦の悲劇は続いた。

 陽炎型三姉妹の一人、『浜風』に敵機の投下した爆弾が命中した。敵機の攻撃に弱い脆弱な艦体を持つ駆逐艦にとって、まともに炸裂した爆弾は致命的だった。『浜風』はもうもうたる黒煙に包まれ、火災が発生していた。

 白波を荒々しくたてて、艦はまともに操艦できず、速度を一気に落としていった。

 「痛い……痛いよぉ……」

 輪のように囲む炎の中心で、小柄な少女、血の海に溺れる浜風が顔を歪ませて倒れていた。

 いつもは元気にはねているツインテールが黒く汚れ、乱れ、浜風は体中を真っ赤とはいえない、もはや黒い血に溺れていた。

 「痛いよぉ……お姉ちゃん……雪風お姉ちゃん……磯風お姉ちゃん……ぐすッ」

 外見が小学生ほどの小さな少女が血に塗れ苦しんでいる光景は死ぬほどに痛々しい光景だった。

 「うえぇぇ……死にたく、ないよぉ……ッ」

 まだ幼い浜風にとって、この激痛と苦しさ、そして悲しさは、数倍にもなって重く圧し掛かり、苦しめる。その小さくて幼い命は、死にたくないと願う彼女に対して残酷にも消えようとしていた。

 「…お姉ちゃん……」

 浜風は、大勢の姉妹、そして最後まで生き残った、傍にいた雪風たちを思い出した。姉たちに会いたい。その思いが心を満たしていた。

 視界がかすれ、だんだんと闇がおりてきた。そんな感覚に浜風は恐怖したが、身体も動かせず、流す涙も遂にこれ以上流れることはなかった。さっきまで泣き叫んでいた声も出なかった。

 「浜風ッ!浜風ッ!!」

 ピク、と浜風は反応した。最近会ったばかりなのに、何故か懐かしさを感じてしまう姉の声。

 ぼやける視界には、はっきりとふわふわした髪をした雪風と、いつもは本を読んでいる無愛想な磯風の、二人の顔があった。雪風は涙で顔をぐしゃぐしゃにして、いつも無愛想であるはずの磯風の表情でさえ歪んでいるようにも見える。

 浜風は、あは…と、力なく笑った。

 「お姉ちゃん……」

 「浜風ッ! しっかりしてッ!」

 雪風が泣き叫ぶように浜風に言い、磯風も無言で下唇を噛んで表情を歪ませていた。

 「お姉ちゃん…先にいく妹を許して……」

 浜風の言葉に、雪風はさらに喚く。

 「だ、駄目…ッ!いくなんて言わないでッ!死なないで、浜風ぇ……」

 雪風は流れる涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる顔を伏せた。小刻みに震え、磯風もその目を伏せていた。

 「戦闘中に……自艦を離れるなんていけないんだよ、お姉ちゃん…」

 「浜風を無視して戦えるわけないじゃないッ!」

 「でも…最期にお姉ちゃんたちに会えて……嬉しいなぁ……」

 語尾に近づくに連れて声が小さくなり、その瞳は光を失いかけていた。その事に雪風と磯風は気付き、咄嗟に叫んだ。

 「浜風ッ!駄目、目を閉じちゃ駄目…!」

 「お姉ちゃん…もうここは危ないから……早く逃げて…」

 「浜風を置いていけるわけないじゃないッ! 私の、大切な妹なのよッ?!」

 「お姉ちゃん…」

 「…浜風」

 いつも姉妹に対しても無口だった磯風が、はっきりとした声で言った。

 磯風は目の前の惨状に溺れて果てようとする浜風を見詰め、辛そうに下唇を噛んだ後、ゆっくりと敬礼した。

 「…心配、しないで」

 そう言って敬礼する磯風を見て、雪風は驚くように見詰め、浜風は血に汚れながらも微笑んだ。

 「なに言ってるの、磯風…。そんな、敬礼なんかしないでよ……まるで浜風が…」

 「姉さん」

 磯風の真剣な、しかし雪風と同じくらいに辛さと悲しさを含ませた声を、聞いた。

 「また、会える。だから、そんなに悲しまなくてもいい」

 「…また、会えるの?本当に…?」

 磯風は無言で頷く。雪風は涙で真っ赤に充血した瞳を磯風から浜風に向ける。浜風は微笑んで頷いていた。

 「うん…。また、会えるよ…」

 「浜風…」

 その時、艦が大きく揺さぶりだした。同時に浜風は咳き込み、大量の血の塊を吐き出した。雪風は目を見開き、また浜風の名を泣き叫んだ。どうやら艦内で誘爆を起こしたらしい。明らかに、艦としての生涯を終えようとしていた。

 小さな女の子が、血を吐きながらも、にっこりと姉たちに向かって微笑んでいる。

 「もう……いって……」

 いつも姉に甘えていた浜風。しかし最期のときの妹は、一切甘えを見せなかった。姉たちを心配させまいと、痛いはずなのに必死に微笑んでいた。これ以上妹を無理させてはいけない。せめて、安からに眠れるように、妹の望みどおりにしよう…。

 「…わかった。浜風……」

 雪風は立ち上がり、磯風と並んで、二人は見事な敬礼を見せる。

 自艦に戻るための瞬間移動をするため、磯風が背を向けて光に包まれて消え、遅れて雪風が光に包まれる。その直前、雪風が涙を縁に浮かばせながらも輝くような笑顔を浜風に向けた。

 「……またね」

 『さよなら』は言わない。『またね』。また会えるお別れを言った。

 浜風が見た雪風の笑顔は、変わらない優しい姉の笑顔だった。ふわふわした姉の髪を見詰め、雪風も浜風のもとから去っていった。

 二人の姉が去り、浜風は一人で仰向けになって天上を見詰めていると、直後、彼女にとどめの一撃が容赦なく襲い掛かった。

 浜風は痛みに歪んでいたときとは嘘のように、安からな表情で瞳を閉じた。

 航行不能に陥った『浜風』にとどめの魚雷が命中した。艦体中央部に魚雷が命中した『浜風』は轟音と共に真っ二つに折れて、艦首と艦尾を天空に上げながら轟沈した。

 

 

 ○○五○時、嵐のような敵機の第一波の攻撃が去った。『大和』はその巨艦から砲煙をのぼらせ、『神龍』は大した被害は見られなかった。

 嘘のような静けさが戻り、艦隊はほっと一息ついた。

 しかしその時、再び見張り員が伝声管に向かって声を掛けた。

 「後部に敵急降下爆撃機二機、接近!」

 敵が去って一息ついた隙を突かれた。不意打ちであったため、回避しようとしたが遅かった。二機の急降下爆撃機は爆弾を投下し、『大和』の後部に命中した。爆発音が轟き、艦を揺さぶった。

 「……ッ!」

 大和はピクリと苦悶に歪ませたが、その表情はすぐに引き締められた。しかし伝えられた被害報告に愕然とした。

 「後部副砲射撃指揮所全滅ッ!」

 艦尾の副砲指揮所は壊滅し、艦尾は火災に包まれた。直ちに消化作業に入るが、大和は悔しさに歯を噛み締めていた。

 第一艦橋でも敵機の機銃掃射を浴びて三名の見張り員が死亡した。

 伊藤は森下参謀長に言った。

 「他の艦の状況を調べろ」 

 「はっ」

 森下参謀長が、近くにいた参謀に命令し、通信兵のもとに走っていった。

 知らされた他の艦の被害状況で、後方の『神龍』は目立った被害は見られていないが、他の巡洋艦と駆逐艦の被害は大きかった。

 『矢矧』は機関部に魚雷を受けて機関部員が全滅し、航行不能になっていた。また、駆逐艦『涼月』が大破。『浜風』が沈没した。

 「たった二十分間の第一波攻撃で……」

 大和は拳を握り締めた。

 攻撃を受けた第二艦隊の各々の艦艇は、死傷者の運搬や破損兵器の処理が開始された。



 神龍は普段はお気に入りの場所とされている主砲の上から、火薬の匂いが漂う風に浴びて長い黒髪を揺らしていた。

 主砲に登った三笠は、その背を見つけ、重い気持ちながら歩み寄った。三笠も艦隊の被害状況は聞いていた。だから気持ちは重いに決まっていた。

 声をかけようとしたとき、神龍が振り返った。

 「三笠二曹……」

 「神龍…」

 神龍も身体の至る部分に切り傷などを負っているが、大した損害はなかったため、全然無事だった。大型艦であった故に殺到する敵機の標的になったにも関わらずにここまでの被害の軽さは、幸運と呼べた。しかし他の艦は、艦隊自体の被害は大きかった。

 神龍の瞳は悲しみにも苦しみにも取れる瞳を揺らしていた。二人の間に無言と重苦しい空気が包んだが、三笠は神龍に歩み寄り、声をかけようとした。

 だがまたしても神龍が先手を取った。

 神龍は三笠の胸に顔を埋め、三笠の背に手を回して抱き締めた。三笠は驚きに目を見開き、顔を埋める神龍にそっと訊ねた。

 「神龍……?」

 「…これが、戦争なんですね」

 神龍のその言葉は、間違えようのない事実。そして現実。正に自分たちは戦争というものをやったのだ。いや、それはまだ現在進行形だ。自分たちは今、戦争をやっている。そしてそれは、敵の第二波が来ることによって再び戦うことになる。

 少女の言葉で紡がれたそれは、とても重かった。

 見ることが出来る『大和』もその巨艦から黒煙を靡かせ、『涼月』は大破、『浜風』は戦没…。『矢矧』も被雷して航行不能に陥り、速度を落としていた。

 他の艦も健在だが被害を見せている艦もある。既に敵の第一波の攻撃で艦隊はボロボロだった。

 三笠は震える神龍の背に手を回し、そっと抱き締めた。ちょっとの力で折れてしまいそうなか細い身体。こんな華奢でひ弱な身体を持つ少女たちが、あんな戦争の中で戦い、傷ついていくのだ。それはとても苦しいものがあった。

 「神龍、大丈夫か……?」

 三笠は訊ね、神龍はゆっくりと三笠から離れた。指で縁を拭ってから、コクリと頷いた。

 「はい…」

 やがて、敵の第二波の攻撃が来るだろう。そうなれば再び激しい戦闘が始まる。それまでの間の時間、二人は共に、二人だけの限りある時間を過ごす。

 「また敵が来て戦うことになるだろうけど……戦えるか?」

 こんなことは、訊きたくなかった。戦えるかどうかなんて、こんな少女に訊くなんてどれだけ残酷なのだろうか。

 しかし神龍は顔を引き締めて、言った。

 「はいッ」

 その表情は、ただの少女ではない。一人の帝国海軍軍人の顔だった。

 そうだ。自分と同じように、この目の前にいる少女も軍人なのだ。

 しかも作戦中に、今更余計な思いに耽っている場合ではない。

 彼女の為にも、その場をやり遂げられるような思いを、伝えよう。

 さっきまでのような弱い気持ちではなく、これからの強い気持ちを。

 「…俺も戦ってる。神龍も戦う。 …だからお互いに頑張ろう」

 「はいッ」

 神龍は微笑み、三笠もニッと白い歯を見せるように笑みを見せた。

 「そうです…。 私は、戦わなくちゃいけないんです。 弱いところを見せるわけにはいかないんです……」

 神龍は胸の前に手を添えて、瞳を閉じて言った。

 「私だけじゃない。三笠二曹も、みんなも、戦ってる。そして私は護衛戦艦。だから……」

 神龍は、目を開く。その瞳には、強い思いが宿っていた。

 「護りたいものを護るために最後まで戦います」

 それは、三笠と全く同じ気持ちだった。

 三笠は同意するように、深く頷いた。

 「ああ。最後まで、戦おう。神龍」

 二人が微笑んだとき、対空ラッパが鳴り響いた。三笠と神龍は視線を上げ、空を見る。

 兵員たちが駆け回り、それぞれの配置へと急ぐ靴音が響いた。

 敵第二波の来襲だった。

 神龍は主砲の上に留まり、三笠は補充兵として弾薬を運ぶため、艦内の弾薬庫へと向かう。

 「じゃあ、神龍。 …後でなッ」

 「三笠二曹もお気をつけて」

 「心配するな」

 三笠は親指を立ててニッと笑みを向けてから、主砲の上から降りていった。神龍は彼の姿が見えなくなると、表情を一変させてキッと敵が来るであろう空を見詰めた。

 一隻が沈没、一隻が大破、一隻が航行不能に陥り、傷ついた残された日本艦隊に容赦なく敵の大編隊が襲いかかろうとしていた。彼彼女たちの戦いは、まだまだ終わらないのだ…。

遂に第二艦隊の日本海軍最後の戦い、坊ノ岬沖海戦が始まりました。遂に物語りはクライマックス編に突入。米軍の大編隊と日本艦隊の激しい戦闘を書くのは正直難しいですが頑張ります。

今回の第一波攻撃で、矢矧が航行不能、涼月が大破という大損害を被り、浜風も戦死してしまいました…。

既にボロボロの艦隊ですが、容赦なく神龍たちに第二波が襲い掛かります。そして次回も、彼女たちが傷つき、失っていきます…。

日本海軍最後の決戦、多くが傷つき失ってしまうことになりますが、最後までどうか見届けてあげてください。

実は作者、今週の木曜日から学校です。夏休みがもう……。早いですね…。というか木曜日からって何故にそんな中途半端?とりあえず次の更新は学校もあることだからいつ頃更新できるか正直わかりません。早いかもしれないし、いつもどおりかもしれないし、遅いかもしれない。でも見捨てないでください!頑張って書き上げるつもりですからッ!

学校が始まったら色々と忙しくなります…。私の学校、海に結構関係が深い学校なのですが、夏休み明けは結構キツイです。年に一回の訓練とかあって…死ぬわ…。

そんなこんなで個人的な事情が大変そうになりますが、小説の更新影響には及ばないように気をつけますので何回も言うけど見捨てないでくださいね?

長々と失礼しました。

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