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<十六> 海と空の大反撃ッ!秘められた『神龍』の力

 三月十九日、第58任務機動部隊約三五〇機が呉軍港を空襲した。

 第一群空母『ホーネット』他空母から発艦した攻撃隊が呉軍港を空襲し、停泊する日本残存艦艇に襲い掛かった。

 米側の目的は工廠施設と軍港への攻撃だった。工廠施設も爆撃を受け、被害は大きくはないものの、発生した火災によって立ち上る黒煙が目立った。

 係留する艦艇に襲い掛かる米軍機。正に真珠湾の仇と取れる光景だった。

 出航した『大和』以外、残された係留する全艦艇も、その場から動けなくても襲い掛かる敵機に果敢に立ち向かった。

 その中には、米軍機にとっては未知の存在である『神龍』の存在も在った。

 『神龍』の主砲が唸りをあげながらゆっくりと動き出した。

 甲板にいた兵員たちが砲撃に備えて、艦内退去を始める。艦内に警報が鳴り響く中、兵員たちが急いで艦内へと雪崩こむように走りこんだ。

 その時、一瞬の光が生まれ、光の中から三笠が飛び出した。

 足で着地できず、そのまま甲板へと倒れこむ。

 艦内へと退去しようとした川原が三笠に気付いて驚愕の表情を浮かべて声をあげる。

 「三笠二曹っ?!いつお戻りで…!」

 「そんなことはいいっ!状況はっ?!」

 三笠はすぐさま立ち上がり、川原に詰め寄る。川原は切羽詰った顔で口を開く。

 「はいっ!呉軍港に敵機が来襲っ!『神龍』に砲撃用意が為され、総員艦内退去が発令されましたっ!」

 「『神龍』の主砲で砲撃するのかっ!?」

 海軍学校を卒業して初めて『神龍』に乗艦してから今に至るまで『神龍』の巨大な主砲に圧巻されるも、その主砲が砲弾を放つところなど見たことがなかった。それは艦長から全兵員が同じだった。世界一の戦艦『大和』より大きい『神龍』の主砲は、実験段階すら達していないのだ。

 「艦長はそう令を下しました。三笠二曹、早く艦内にっ!」

 「神龍…!」

 三笠は川原と共に艦内へと駆け込んだ。そして三笠はそのまま神龍の姿を捜し求めた。

 艦内を駆け抜け、神龍を捜す。その際、小さな窓から仰角を合わせた主砲の砲身が見えたため、停まって、空に見える敵機群に仰角を合わせる砲身を見詰めた。

 その直後、その砲身の砲口から、鼓膜を突き破るような大音響と共に振動が内臓にびりびりと伝わり通り抜け、黒煙を撒き散らしながら火を噴いた。

 『神龍』全体に、一瞬の大震災のような、凄まじい衝撃が走った。

 

 

 『神龍』艦橋で、吉野副長と参謀や士官たちが緊張の雰囲気に包まれる中。

 草津は威厳を含んだ声で、叫ぶように言った。

 「砲撃始めッ!!」

 「…ッ!」

 その瞬間、神龍は初めての感覚を実感した。

 艦橋をも揺らす地震と同時に、『神龍』の50口径主砲から業火の如く火が噴き上がった。



 ドゴゴオオオォォォォンッッ!!!

 その時、全兵員は信じられない光景を見た。

 砲撃を下令した草津も、緊張に見守っていた吉野や士官たちも、三笠も、神龍さえも、驚愕に我が眼を疑った。

 『神龍』の主砲から放たれた砲弾は、一直線に敵機群の真ん中に飛び込み、空中でその内なる力を解放した。

 長い閃光が敵機群を包み込み、遅れて衝撃的な爆発音が轟いた。

 光に包まれた敵機群は、一瞬にして消滅した。

 バシャバシャと、まるで小石が散らばるように、敵機の残骸が海面に落ちていった。

 燃える十字架となって海面に墜落するのではなく、残骸となって落ちていった。

 空中に、敵機の姿はなかった。

 それを目撃していた『神龍』全兵員たち、そして米軍機パイロットも非現実的なものを見たような気分に囚われた。

 沈黙した艦橋で、静寂を破ったのは、草津だった。

 「…これが、新三式弾の威力なのか…」

 草津は驚愕に目を見開くばかりだった。他の者もあまりの衝撃に声も出なかった。

 『大和』の必殺砲弾、三式弾に続く、『神龍』用に開発された新砲弾。仮名称、新三式弾の正体は、気化爆弾であった。

 従来型対空射撃よりも極めて効率的な対空射撃を行うために開発した対空用砲弾の一つである。この点は三式弾と同じだ。砲弾内部にはマグネシウムなどをベースにし、可燃性のゴムが入った焼夷弾子と非焼夷弾子が詰まっている三式弾とは違って、火薬を用いない砲弾としては、三式弾と呼ぶのは違う気もするが、まだ正式名称がない今、仮の通り名として『新三式弾』と呼んでいる。

 砲口から放たれて空中で爆発し、通常の砲弾より長い時間の間に爆風を放ち、敵機を最後まで焼き尽くす。通常の三式弾より遥かに対空射撃には効率的で、正に大艦巨砲主義復活を唱えるのに相応しい新兵器であり、それを放つことが出来る『神龍』はその象徴として君臨することが出来る。

 敵機群を一撃で消滅させた戦艦の艦魂である神龍も驚きを隠せなかった。

 「…これが、護衛戦艦『神龍』の真の力…。これは…勝てるぞっ!」

 一人の士官が歓喜を震わせた声で叫ぶと、沈滞していた者たちは次々と歓喜の声をあげていった。やがて艦内は歓声で沸き起こった。

 「さすが『神龍』!さすが帝国海軍! 『神龍』といい、新三式弾といい、素晴らしい!」

 「やっぱり我が日本海軍が世界一だっ!」

 「これで敵機をばったばったと撃ち落せるぞ!」

 歓声が沸き起こるが、草津は全員に叫んだ。

 「まだ戦闘は続いているっ! まだ敵が我々を攻撃しているときになにを言っているっ!油断するなっ!!」

 草津の怒号に、一同はぴたりと沈黙した。

 神龍も、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、感情がよくわからなかった。初めての実戦ということもあり、そして発揮させた自分の力。敵を葬り去ったが、結果として敵の命を奪ったことにもなる。様々な感情が交叉し、複雑な気分だった。

 と、その時。神龍はある気配を感じ取って、ピクリと反応した。

 「三笠、二曹……」

 彼が帰ってきたことを感じ取っていた。

 それを知ると、神龍は神速の速さで艦橋を飛び出した。

 神龍は、彼の姿へと求めた。


 

 「What?! なんだ今の砲撃はッ!」

 無線機から仲間の声を聞いたTBFアヴェンジャーのパイロット、ケイ・ルーカチス少尉は目の前の光景に息を呑んだ。

 眼前に見えていた味方群が、知らされていない未知の艦から放たれた一発の砲撃によって、長い爆風の光に包まれて、本当の意味で消滅したのだ。

 「ヘイ、ケイ! あれは『ヤマト』か!?」

 後方に座席する仲間に問われ、ケイは即座に首を横に振って叫んだ。

 「『ヤマト』じゃないッ! 未確認の戦艦だ!何なんだあの戦艦はッ?!」

 ケイも意味がわからなかった。

 我々が警戒すべき敵艦は、戦艦『大和』のみ。しかし偵察隊が攻撃前にこの地域の偵察写真を撮り、米軍が未だに捉えていない未確認の戦艦が一隻、確認された。しかし正体は不明だった。未知の艦として、しかし『大和』ほど注目はされなかった。

 しかしその未知の艦が、脅威的な猛威を我が軍に振るった。

 あの戦艦は、これまでの戦艦とは違うような気がした。

 嫌な寒気が背筋を伝った。

 「…Shit!」

 ケイは操縦提を握り締め、押し込んだ。

 アヴェンジャーは降下し、『神龍』へと接近した。眼前に見える未知の艦を睨み、降下して機首を上げ、海面の上を滑るように飛行する。

 「ケイ?!」

 「そんな何発も連続で撃てないッ!だから今接近してもあのクレイジーな砲撃は来ないッ!雷撃するぞ!」

 「OK!」

 後方に座する仲間は計測器を計り、魚雷の射程を確認する。ケイはそのまま操縦提を握り締めて低空飛行を保って海面上を飛行した。

 

 

 「敵機来襲ッ!」

 見張り員が叫ぶ。更に、「アヴェンジャー雷撃機一!右舷三時方向から接近ッ!」と伝えられ、兵員たちは急いで対空配置に就いた。

 一発の砲撃を放ってから次の砲撃までは時間がかかるため、連続で発射するのは無理だ。しかも向かい来る敵は一機。使えるとしても、新型気化爆弾兵器を使うまでもない。

 「敵、魚雷発射ッ! 真っ直ぐ突っ込んでくるッ!」

 海面には白い雷跡が見えた。一機の敵機は魚雷を放つと機首を上げて上昇した。魚雷が一直線に『神龍』の右舷真ん中に突っ込もうと迫り来る。係留している『神龍』が回避運動を取れるわけもなかった。

 「魚雷が…ッ!」

 三笠は頭から血が引けるのを感じた。

 魚雷が迫り来る恐怖ではない。

 もし、あの魚雷が命中したら彼女は…?

 「神龍―――――ッ!!」

 気がつくと、三笠は彼女の名を叫んでいた。

 そして、三笠の叫び声に、彼女の声が返ってきたのを聞いた。

 「三笠二曹ッ!!」

 見返すと、廊下の向こうから神龍が駆けてくるのが見えた。三笠も足で地を蹴って神龍のもとに駆け出した。

 機銃射撃や高角砲が接近する魚雷を迎撃しようとするが、水柱が立ち上るばかりで雷跡は伸びて近づくばかりだった。

 「総員衝撃に備えぇぇぇッッ!!」

 艦内に伝声管を伝って声が響き、その瞬間、神龍が三笠の胸に飛び込み、三笠が神龍の背に手を回して受け止めた。

 そして、艦に衝撃が走った。

 ズズゥゥゥゥン―――――ッ!

 魚雷一発が、『神龍』の右舷に命中した。

 「ひぐぅっ!?」

 同時に神龍の横腹から鮮血が迸った。

 苦痛に歪む表情で身体を崩す神龍を、三笠は支える。

 神龍は三笠の胸の中で、痛さに耐えるように荒く息を吐いた。

 「はぁ…はぁ…はぁ…」

 神龍の横腹からじわりと赤い血で滲む。三笠は同じ状態になった葛城のことを思い出し、上着を脱いだ。

 「神龍ッ!」

 脱いだ上着を神龍の横腹に押し付ける。その瞬間に神龍が痛みにビクリと震えたが、三笠は上着を神龍の横腹に巻きつける。

 「三笠二曹…」

 「じっとしてろ」

 神龍は腹部を上着で巻きつけられ、横腹からは上着を赤い血で滲ませていた。

 三笠は神龍を見詰める。

 本体の艦が傷つけば、その魂の化身である艦魂も傷つき、苦痛になるのは当然だった。しかも人間で、少女の姿をしている。それは何倍にも痛々しい姿だった。少女が傷つく姿ほど痛々しいものはない。

 「大丈夫か…?」

 「は、はい…大丈夫です……ッ!」

 痛みで表情を歪ませる神龍に、三笠は苦い表情になる。

 「…くそ。魚雷が右舷に命中したんだ。神龍、肩を貸す」

 「い、いいですよ…三笠二曹…。これくらい…うっ…!」

 「無理するなって! ほら…」

 三笠は神龍に肩を貸して、立ち上がる。神龍は苦痛に表情を歪ませるが、歩くことは出来た。三笠が支えながら、二人は医務室へと向かった。

 

 「損害はッ?」

 草津が問いかけると、一人の参謀が答えた。

 「はっ。 艦体右舷に魚雷一発が命中した模様。右舷区画一部が浸水しましたが、防水扉を閉め、左舷区画を注水。もちろん沈む心配などありません」

 「人的被害もないな?」

 「はい。死者も負傷者もおりません」

 「………」

 いや、負傷者は一人いる。

 彼女だ…。

 敵の攻撃を許してしまい、損傷を受けたことに草津は申し訳ない気分に浸った。艦長である自分が護ると言ったのに彼女を傷つけてしまった。

 今ここにはいないが、おそらく彼のところに行っているのだろう。

 ならば、心配することはない…。

 「これ以上敵の攻撃を許すな。対空警戒を厳と為せ。近寄る敵機は撃ち落せ」

 「はっ!」

 

 医務室には、軍医大尉がいた。三笠は神龍と共に医務室へと入った。

 「どうした」

 「負傷者です。包帯をもらいます」

 「なにっ、負傷者だと?どこにいる」

 「………」

 三笠は無言で包帯を手に取り、神龍をベッドに座らせた。三笠は神龍の腹部を巻きつける上着を取り、傷を消毒してから包帯を巻きつけた。傷を消毒した際、神龍が「ひっ」と声を震わせたが、三笠は黙々と神龍の腹部に包帯を巻きつけた。

 神龍が見えない軍医からすると巻きついた包帯が宙に浮いているとしか見えない。その奇怪な光景に軍医は目を丸くした。

 「艦魂です」

 三笠が短く言い終え、軍医は「なにっ?」と怪訝な表情になったが、やがて理解した。艦魂という伝説は知っているが、実際にこんな光景を見ていると、納得せざるを得なかった。

 「…大丈夫か?」

 軍医が尋ねる。三笠は頷く。

 「はい。魚雷が一発当たっただけで簡単には沈みません」

 「そうだな」

 やがて軍医は椅子から立ち上がった。

 「私は外に出る。負傷者がいないか見回ってこなければ…。後は自由にいいぞ」

 「感謝します」

 軍医は宙に浮かぶ包帯を一瞥してから、医務室を出た。

 三笠は軍医の心遣いに内心感謝しつつ、吐息を吐いた。

 「大丈夫か、神龍」

 「さっき三笠二曹が軍医殿に大丈夫って言ったばかりじゃないですか」

 「そうだが…」

 「…はい。もう大丈夫です。まだ傷が痛みますが…三笠二曹の手当てのおかげです。ありがとうございます」

 神龍はさっきまで苦痛で歪ませていた表情を、微笑ませた。その微笑みは可愛らしく、温かくて、優しいものだった。

 久しぶりに見た神龍の微笑みに、三笠はようやく安堵した。

 「…大丈夫みたいだな」

 「………」

 「神龍…?」

 ぽん、と神龍が頭を三笠の固い胸板に埋めた。神龍の表情は見えない。

 「…ちょっとの間だけ、こうさせてください」

 「神龍…」

 神龍は三笠の胸に顔を埋める。三笠は神龍の頭を撫でた。

 「ああ」

 三笠は、神龍も、互いに温もりを感じ取っていた。すこしの間だけ離れ離れだった、温もり。ずっと寂しかった気持ちが溶けこみ、ずっと心配だった気持ちが溶け込み、二人は互いの温度を感じていた。



 敵攻撃隊が呉軍港に係留する艦艇に襲い掛かり、特に大型艦が狙われた。

 戦艦『榛名』も、その大型艦の一隻として敵機が殺到していた。

 長年日本を護り抜いてきた主砲の上で、スカーフを翻す榛名が日本刀を振りかざし、敵機に立ち向かっていた。

 「砲撃用意ッ!」

 砲撃用意の下令が下され、兵員たちは艦内に退避し、砲術士たちが担当する砲塔に駆け込んだ。その中には二ノ宮の姿もあった。

 「しっかり頼むぞ、少尉ッ!」

 主砲の上から駆けてくる二ノ宮に、榛名は叫んだ。二ノ宮は榛名の主砲の上を見上げて腕を上げた。

 「ああ!任せとけ!」

 二ノ宮はガッツポーズすると、第二砲塔に入っていった。

 榛名は敵機が飛び交う空を見上げると、主砲の砲身が動き出し、仰角を合わせた。

 仰角が飛び回る敵機に合わせ、その砲口から火を噴かんと待ち構える。

 「日本を長く護り続けた我が砲の威力を喰らえ…」

 榛名は日本刀の刃先をゆっくりと構えた。

 ガコン、と砲弾がセットされる。

 二ノ宮は叫んだ。

 「右左良しッ! 砲撃用意完了ッ!」

 それが伝声管を伝って艦橋に届く。そして返事が返ってきた。その言葉は榛名が叫ぶ言葉と同じだった。

 「撃てッ!!」

 榛名が日本刀の刃先を降下する敵機に真っ直ぐに向けた。

 同時に、『榛名』の主砲から地を震わす大音響と内臓を痺れさせる衝撃と同時に砲弾が放たれた。

 砲弾は空中で爆発し、数機の敵機が黒煙をあげて海に落ちていった。

 しかし他の敵機が『榛名』に爆弾を降り注ぐ。『榛名』の周りで水柱が立ち上り、至近弾が命中した。

 「うぐ…ッ!」

 榛名は腕から血が滲んだ傷を抑える。苦痛に一瞬歪ませるが、すぐに引き締め、日本刀を一閃、斬りこんだ。

 その時、通りかかった敵戦闘機が火の粉を噴き上げ、空中で爆発した。

 「どうだッ!私は、金剛型三番艦『榛名』艦魂、榛名ッ!いざ参るッ!!」

 榛名は主砲を蹴って、日光に反射して煌いた刃を振り上げ、跳躍した。


 

 大型艦である『日向』の傍にいた『利根』も、敵機の攻撃を受けた。

 一機の爆撃機が『日向』に向けて爆弾を投下し、日向の傍で大きな水柱が立ち上った。爆撃機は対空砲を通り抜け、『日向』の上空を通り過ぎるとそのまま『利根』に向けて機銃を射撃した。

 「くっ…!」

 敵機の機銃射撃によって辺りに弾幕が当たって火花を散らした。上空を敵機が鼓膜を震わせる炸裂音と共に通り過ぎると、利根のショートボブの髪が乱れた。

 目の前で血の海に倒れる少年といえる若い兵員が倒れ、それを見た利根は太い眉を吊り上げ、通り過ぎた敵機に振り返って睨んだ。

 「よくも…ッ!私の教え子たちを…ッ!!」

 撃たれて倒れたのは、最近乗艦したばかりの年少兵だった。しかも海軍兵学校生として練習艦である自分に乗艦してきた頃から顔を知っていた。彼は生徒だった頃から知っていた。

 倒れた年少兵の周りに、衛生兵と兵員たちが囲む。必死に彼の名を呼びかけているが、ピクリとも反応しなかった。二人の兵員が担架で運び出そうとするが、手遅れなのは明らかだった。

 「許さない…許さないッ!」

 利根はキッと太い眉を吊り上げて、顔を強く引き締めた。腰から軍刀を抜き、刃を煌かせて構えた。

 右肩からは赤い血が流れ、右腕を伝って指の先から血が滴っている。敵機の攻撃によって、『利根』は既に損傷を受けていた。

 利根は軍刀の刃を眼前に構え、目を閉じる。

 「(筑摩……見守ってて…!)」

 共に戦い壮絶な戦死を遂げた妹を思い、カッと目を見開く。

 今は海軍兵学校練習艦としてこの呉軍港に錨を下ろしているが、かつては妹の『筑摩』と共に歴戦を戦い抜いてきた戦姫だ。こんなところで簡単にやられる自分ではない。

 「はぁっ!」

 前方から飛んできた二機の敵機に軍刀を振りかざすが、『利根』の対空射撃は命中しなかった。敵機は炸裂音を響かせながら利根の頭上を飛び去った。

 いや、ただ飛び去っただけではなかった。

 『利根』は真っ赤な炎と黒煙を吹き上がらせた。

 ドォォォォォォンッ!!

 「ぐはっ…!?」

 利根の左足から鮮血が迸った。『利根』の艦体からも黒煙が立ち上った。

 利根は左足から血を散らしながら、膝を付いた。

 「くっ…まだまだ…ッ!」

 利根は軍刀を握り締め、キッと目の前に見える大空を飛び交う敵機を睨む。敵機は嘲笑うかのように飛び回り、旋回する。そしてこちらに急降下を仕掛けてきた。

 急降下する敵機は機銃射撃し、再び絶え間ない射撃音が続いた。敵機の炸裂音と轟音、爆発音という騒動によって右往左往する鳩の群れが視界に入った。その鳩の群れまでもが敵機の機銃射撃を浴びてしまう。そしてその中の一羽が、群れの中から急降下した。

 「あ…」

 羽ばたきもしない一羽はそのまま海へと落ちていった。利根はそれを見たとき、歯を噛み締めた。鉄の味がした。

 と、その時。急降下した敵機は方向を転換した。その直後、空に花火が咲いた。

 そしてズドォォン!という全身の内臓と骨を揺らすほどの衝撃が襲い掛かった。

 咄嗟に視線を移すと、斜め上空で万雷のような巨大な炸裂が起き、再び身体が揺さぶられた。目を眩ませるような閃光、巨大な火の塊と白煙。それを中心に細い縮れた線状の白煙を引きながら放射状に拡散する無数の弾子。炸裂の規模、形状からそれが戦艦『伊勢』『日向』の36cm主砲による三式弾の斉射だということが、すぐにわかった。

 それは三式弾の爆発だったのだ。

 敵機は放たれた三式弾に気付いてギリギリのところで回避したが、三式弾の解放された火の塊と白煙は上空に散乱したままだった。

 「参謀殿…ッ」

 利根は左舷に見える『日向』、そして前方に見える『伊勢』を交互に見詰める。両艦の主砲の上に彼女達が立っているのが見えた。

 

 伊勢型戦艦姉妹艦の『伊勢』と『日向』の36cm主砲が同時に火を噴いたのだった。さすが姉妹のような息が合った砲撃は、凄まじい威力を開花させた。しかし敵機を落とすことはできなかった。

 しかしこれは敵機を撃ち落すというより、心理的効果を狙ったようなものだった。低空を飛行する敵機には直接的効果はないが、先ほどの狙われて危ないところで三式弾の威力を目の前にした敵機には、心理的衝撃が濃厚に残ったに違いない。未だにあの砲撃は網膜に焼き付いている。あんな砲撃を目の前にしたら、敵のパイロットも心底恐怖するに違いない。少なくとも心理的に効果はあるだろう。

 対空三式弾発砲を行った主砲の上に仁王立ちする日向は、ツインテールを揺らして上空を見上げた。

 「惜しいわね…。やっぱり落とせれば落としたかったけど…やっぱり難しいわね」

 日向は悔しそうに眉間に皺を寄せた。左腕には自分で発現した包帯が巻き付いていた。敵の攻撃を受けて負傷したのだ。

 「利根、大丈夫?」

 日向は艦魂の能力の一つであるテレパシーで利根に訊ねた。

 「は、はい…。助かりました、日向参謀殿…」

 「礼はいいわ。あと、私だけではなく、伊勢姉さんもよ」

 「はい」

 「気を抜かないで。私や伊勢姉さんもそうだけど、あなたも今まで熾烈な戦闘を生き抜いてきた大和撫子よ。いいわね」

 「はっ!」

 「伊勢姉さん?そっちは大丈夫?」

 日向の脳内に、伊勢の言葉も返ってくる。

 「ええ。私は呉鎮守府第1予備艦(浮き砲台)である前に一隻の超弩級戦艦なんですからね」

 「姉さん、今は『大和』のほうが日本の超弩級戦艦よ」

 「そうね…。でも超弩級戦艦と呼ばれた頃とは変わりないわよ?」

 「…うん。なら、思う存分戦えるわね」

 「私たち、榛名もそうだけど…引退にはまだ早いところを見せ付けちゃいましょう。それくらいの勢いで行くわよ?」

 「りょーかい」

 日向は微笑み、しかし強い目で飛び交う敵機を捉える。

 そして右手を振り上げた。

 「そこよッ!撃てッ!」

 その瞬間、兵員たちが撃つ対空射撃が、通りかかった敵機から火を噴かせた。

 空を覆う爆煙の中を敵機のもぎ取られた主翼が板切れのようにくるくる回りながら落ちていった。

 しかし日向は微笑みながらも苦く歯を噛み締めた。いくら撃ち落し、そして対空射撃を浴びせても、敵機は果敢な攻撃を繰り返し、危険を冒してまでの超低空まで突っ込んでくる。

 そして黒い紫色の機体のキャノピーの中でパイロットはカーキ色の衣服に同色の頭巾のような飛行帽にゴーグルも付けない素顔を、中にはサングラスの顔を地上に向けて飛び去って行く。

 「舐めんじゃないわよ…鬼め…」

 日向は敵機を睨みつける。敵機が飛んでいく際、キャノピーから見える一人一人の敵パイロットの顔を見た。中にはゴーグルを付けない素顔もあるため、その度に日向は「本当に鬼のように赤くて長い鼻と肌をしているわね…」と呟いた。

 耳には対空機銃の猛射が聞こえるが、射手が本番に不慣れでうろたえているのか曳光弾道を見ていると後方に外れっぱなしで敵機に中々当たらない。「前を狙え!もっと前だ!」「狙えーッ!狙って撃てーッ!」という機銃の射撃を指揮する班長の叫び声も聞こえた。

 日向は中々当たらない、そして堂々と素顔を見せつけながら飛び交う敵機を睨み、苛立ちながらも果敢に立ち向かっていた。

 艦首右斜め、二時の方向に見える『榛名』に視線を移した。『榛名』にも敵機が殺到し、果敢に戦う様子が見られた。

 日向は『榛名』を見詰め、古き戦友と、彼のことを想った…。

 「榛名……二ノ……ッ!?」

 その時、突如降り注いだ至近弾を受け、凄まじい衝撃と大音響と共に『日向』の高い司令塔の倍を越す高さの巨大な水柱がどーっと立ち上った。



 同じ頃、室戸岬のおよそ80キロ沖。

 ここに呉軍港を空襲する米機動部隊の一部である空母『フランクリン』を含めた第2群空母四隻がいた。

 この空母四隻の艦載機は呉軍港及び神戸を空襲していた。

 そして日本本土、四国に最も接近していた艦隊であった。

 松山海軍航空基地に展開していた原田実海軍大佐が司令の第三四三海軍航空隊、指揮下の局地戦闘機『紫電改』約六十機(三個飛行隊の可動機全機)が松山周辺上空で『ホーネット』のF6Fヘルキャット戦闘機を迎撃したように、日本側の航空隊も全力で本土を護ろうと迎撃に向かった。

 前日の十八日、空母十二隻を基幹とするマーク・ミッチャー中将率いる第58機動部隊艦上機約一四〇〇機が、九州・四国・和歌山の各地域を空襲。これに対して日本軍は宇垣纏海軍中将率いる第五航空艦隊部隊が反撃した。神風特別攻撃隊を含めた日本軍機は、空母『イントレピッド』、『ヨークタウン』、『エンタープライズ』を攻撃した(三隻とも小破)。(しかし日本軍は、特攻機六十九機を含む攻撃部隊全一九三機のうち、約八割である一六一機を失い、このほか五〇機が地上で損傷を受けた。さらにアメリカ軍機を迎撃した零戦も四七機の損害を出した。米軍機の損害は二九機撃墜、二機損傷にとどまった)

 そして今日も、日本の航空隊が、『フランクリン』他空母の第二群に迫った。

 「敵機来襲ッ!対空戦闘用意ッ!」

 「総員戦闘配置に就けッ!」

 警報のブザーがけたましく鳴り響き、兵員たちがそれぞれの配置に就く。

 空母『フランクリン』は緊張に包まれていた。

 『フランクリン』の甲板上で飛び立った艦載機の帰りを待っていたフランクリンは、緊張を秘めて顔を引き締めていた。

 銀色の長髪が妙に冷たい潮風によって靡いた。お昼だというのにこの冷たさは、嫌な感じにさせた。

 姉であるヨークタウンたちが前日の攻撃で敵の反撃を受けて、小破ではあるが損傷を受けたことは知っていた。フランクリンは姉たちの代わりに日本軍を打ち負かすことを決意していた。そして同時に自分にも同じことが起きるということを覚悟していた。

 最も日本本土に接近していた自分たちは、やはり敵の反撃を受けることになる。レーダーが迫り来る敵機群を捉え、迎撃体勢に入った。

 艦載機の殆どが空襲に向かったので、対空砲で迎撃するしかなかった。

 フランクリンは、空の向こうに見える黒い点を見つけた。

 「…来ましたね」

 敵国の日本人と同じ黒い瞳で遠くに見える敵機群を捉える。

 「来い、ジャップッ!」

 フランクリンが叫び、腰の拳銃を抜いた。と、同時に日本軍機の轟音と炸裂音が響き渡り、対空砲の雨が降り注ぎ始めた。

 あっという間に騒がしくなった海域。対空砲の中を日本軍機が荒鷲の如く襲い掛かってきた。

 事前にレーダーで捉えて万全の迎撃体制を取って、これだけの対空砲なら普通は撤退してもいいくらいだ。しかしそれは人命を尊重する米軍なら、の話だ。

 しかし相手は日本人。同じ白人のドイツ人ならまだマシだったろう。しかし相手は、国を護るためなら己の命も惜しいとは思わない民族なのである。

 そしてそれはフランクリンも全アメリカ艦魂とアメリカ人が恐れる、カミカゼだ。

 「――――ひっ!?」

 フランクリンは、背筋が冷たくなるのを感じた。

 対空砲を浴び、火の十字架となった日本軍機が、真っ直ぐにこちらに向かってきたのだ。

 フランクリンは他のアメリカ人と同じ、カミカゼを極端に恐れていた。

 ただ死ぬということだけでも恐ろしいことなのに、自ら死にに行くなんて理解できなかったからだ。自らの命も顧みず突っ込むなんて、想像できなかった。

 しかしそれが今、目の前にある。現実に。

 しかもそれが自分に襲い掛かっているということに、強烈な恐怖が襲い掛かった。

 「嫌……来ないで…ッ」

 フランクリンの両足がガクガクと震える。

 フランクリンは眼前に見える日本軍機に向かって拳銃を構える。

 引き金を引き、何発かが空回りするが、数発が日本軍機に当たった。と、同時に対空砲が日本軍機に命中した。日本軍機は紅蓮の炎と黒煙のマントを靡きながらも飛んできた。

 見ると、炎がコクピットを包み込もうとしていた。中にはパイロットがいるだろう。灼熱の中で操縦提を握り締め、それでも突っ込む日本人の姿を想像して、身体が恐怖で震え上がった。

 「あ…ああ……ッ」

 この恐怖が、致命的になった。

 フランクリンは拳銃を落とした。その直後、炎に包まれた日本軍機が空母『フランクリン』に衝突した。

 『フランクリン』に凄まじい衝撃が走り、衝撃波と爆風がフランクリンを吹き飛ばした。フランクリンは爆風に身体を投げ出される中で、体中から鮮血が迸り、意識がプツンと途絶えた。

 最も日本本土に接近した第58任務機動部隊第二群に対して、日本軍は特攻隊を交えた出動可能な全航空兵力をもって激しく反撃した。室戸岬に最も近づいていた空母『フランクリン』と『ワスプ』は大破、『エセックス』は中破の損害を受けた。空母『フランクリン』では戦死者が八三二名にも及んだが、これはアメリカの軍艦一隻が被った最大の戦死者であった。『フランクリン』は懸命の応急処置により辛うじて沈没だけは免れたが、甚大な被害状況のため米本土に曳航され、終戦まで戦線を離脱することになった。他の空母二隻も、しばらく戦線を離脱した。

 これを、九州沖航空戦と呼ばれた戦闘の一つとされた。


 約一時間に三波に続く攻撃を受けたが、呉軍港に停泊する日本残存艦艇も大した損害は目立たず、被害は大きくても巡洋艦『大淀』などの中波くらいだった。殆どが小破に留まった。飛行場も攻撃対象とされたが、三五〇機の米軍機も日本の航空隊の大反撃にたじろったのか、米軍側にとっての戦果は上がらなかった。工廠関係は砲熕部砲身工場と造機部工場に命中弾があったが全体的に見れば工廠施設の被害は軽微であった。火災が発生したが、被害は小さかった。九州沖航空戦と呼ばれた日本軍航空隊の反撃は三四三航空隊を主に三月十八日から二十一日までの間に起こったが、その間に、十八日には神風特別攻撃隊を含めた日本軍機の攻撃で、空母『イントレピッド』、『ヨークタウン』、『エンタープライズ』が小破。更に十九日、双発爆撃機『銀河』の攻撃と神風特攻隊の攻撃で空母『フランクリン』、『ワスプ』が大破。『エセックス』が中破。護衛空母及び駆逐艦一隻に損傷を与えた。

 日本側の損害として、戦艦『大和』:軽微。『榛名』:小破。『日向』:小破。『神龍』:小破。航空母艦『天城』:小破。『葛城』:軽微。『鳳翔』:軽微。『海鷹』:軽微。『龍鳳』:小破。それ以外、川崎重工で建造中の『生駒』も小破。巡洋艦『利根』:小破。『大淀』:中破。潜水艦『呂六七』:小破。『伊四〇〇』:小破。

 このように、日本側の損害は軽く、米軍側の被害は大きく、静止目標という同じ条件での日本軍の真珠湾攻撃に比してこの呉軍港攻撃は決して大した戦果とは言えず、おかげで『真珠湾の仇』のこれから三回まで続くことになる一回目の今回は安上がりで済むことになった。しかし日本側も戦艦の巨砲まで派手に撃ちあげ、泰山鳴動した割に撃墜数は一桁に過ぎなかった。……と、戦史にはそう刻まれた。

 しかしある一隻の、米軍にとっては未確認だった戦艦の放った一撃が、実はそれ以上の戦果を日本側が上げていることに、帰還したケイ・ルーカチス少尉たちの証言によって後に明かされることになるのだった。

 未確認戦艦の一撃による撃墜数、九機。

 たった一撃で、亡骸も許さずに九機の米軍機を消滅させた。

 米軍はこの未確認戦艦の情報を収集すべく奔走することになり、米軍のブラックリストに載ることになった。そしてこの九機撃墜は、秘匿された。

 護衛戦艦『神龍』の存在が、初めて米軍に知らされた出来事となった。

金曜日に終業式を迎え、私にも夏休みです。

呉大空襲は、護衛戦艦『神龍』の秘められた力が解放され、そしてその存在も米軍に明かされるきっかけになりました。

そしてまた呉大空襲が終わって本番である沖縄特攻までの間にすこしばかりかどうかはまだわかりませんが、戦闘シーンがあまりない平和な日常が続くと思います。一応戦争小説なのにねぇ…。その代わり沖縄特攻の時期になったら思う存分盛大に書きたいと思ってますので、良かったらこんなグダグダな小説ですがついてきてくれたら嬉しいです。宜しくお願いします。

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