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<十五> 呉大空襲。日本残存艦艇襲撃さるッ!

前回まで葛城と良い雰囲気でした(葛城ルート?)が、今回はやっと戦争小説らしい部分です。<十五>まで進んで初めて戦闘ってどれだけグダグダなんでしょうね。一応戦争小説でもあるのに…。学校もあるので週末ごろ更新かなと思っていましたが、今回は意外と書くのが楽しくて進み、週末になる前に更新できました。どうかご覧ください。

 日本に残された有数の軍港、呉には日本最後の艦隊が係留していた。

 戦況は悪化の一途を辿り、先日に硫黄島が米軍に占領され、敵は台湾、そして沖縄へと進撃を続ける様子を見せ付けていた。しかし呉軍港に係留する艦隊はこれといった作戦も用務も与えられず、じっと静かに錨を下ろしていた。

 敵が進撃を続け、刻々と日本本土に迫っているというのに、こんなところでじっとしていて良いのだろうか。

 最古参の戦姫である榛名は、昨日から感じる潮風の冷たさに眉間に皺を寄せていた。

 首に巻いたスカーフがパタパタと揺れる。

 榛名は煮え切らない思いを抱きつつも、『榛名』甲板上を歩いていた。

 第二砲塔に行ってみると、そこには予想通りの青年がいた。

 「なにをしている、少尉」

 「あ、榛名か」

 榛名の声に振り返った青年は立ち上がり、首に巻いたタオルで頬を拭った。

 「また砲塔の点検か?」

 「ちょっと気になるところがあってさ。それを確かめてみただけ」

 「貴様の気になるところはどれだけあるんだ」

 「はは…」

 苦笑いする青年は、戦艦『榛名』の砲術士、二ノ宮朱雀砲術少尉である。三笠と同じ艦魂が見える人間で、榛名や伊勢、日向という日本艦魂の中で最古参の三人組とよく接している。

 二ノ宮は骨の髄まで染めた大艦巨砲主義を象徴する『榛名』の主砲、第二砲塔を担当していた。彼が担当する砲塔は、どの砲塔より丁寧に点検され、完備されていた。

 榛名は溜息混じりで口を開く。

 「…貴様は心配性だ。毎回毎回いじられ覗かされる身にもなれ。一応私の身の一部でもあるんだぞ?」

 「だってさ…。万が一っていうことも…」

 「それが心配性だと言うのだ」

 「でも点検して損なことはないだろ? もし欠陥や不備があったら直せるし。いつでも自慢の主砲は使えるようにしなくちゃ」

 「それはそうだが…」

 榛名は戦前から日本を護る古き戦艦の艦魂として、根っからの大艦巨砲主義である。時代は既に航空機と航空母艦が主役になろうが、榛名は昔からの考えや主張を一歩も譲らなかった。今まで信じて戦い抜いてきたのだ。飛行機など、榛名にとっては虫のような存在だった。

 「実際に『陸奥』が砲塔爆発で沈んだし……『日向』だって二度も砲塔の爆発事故があったじゃないか。『榛名』にも同じことが起こらないって保障はどこにもないんだ」

 この事に触れるといつも同じ返答が返ってくる。要は、彼に何を言おうが無駄なのだ。

 榛名は溜息を吐いた。

 「…ま、慎重であることも大事だしな…。好きにしろ」

 「そうさせてもらうよ」

 二ノ宮は優しい微笑みを浮かべ、それを見た榛名は「ふんっ」と鼻息を鳴らした。その頬がどこか朱色に染まっているような気がしたのは気のせいだろうか。

 「それに…」

 「?」

 「今日はなんだか、主砲が疼く…」

 「は? …それは、僕があれこれと触りまくってるから?」

 「…何だかいやらしいな。 よくわからんが…変な気持ちだ。こんな気持ちは、久しぶりだな」

 「その気持ちってどんな時に感じるものなんだ?」

 「…そうだな。考えると、…捷号作戦のときと同じ感覚だな…」

 捷号作戦とは、フィリピンでの日米決戦の中で激戦となったレイテ沖海戦の日本側の作戦名である。この日米の決戦によって、日本軍は大敗北を決し、『武蔵』をはじめとした戦艦など多数が沈み、連合艦隊が事実上壊滅した作戦である。榛名も参加し、奮闘したが、結果は哀しくも敗北の二文字だった。そして歴戦の戦士としての榛名が持つ感覚が、久方ぶりに変な感覚を訴えていた。

 「…なにも、起こらなければ良いのだがな」

 呉軍港には、日本に残された最後の艦隊が停泊している。象徴といえる『大和』をはじめとした『榛名』などの最古参艦、一桁に過ぎない巡洋艦と、駆逐艦隊。そして日本の希望といえる護衛戦艦『神龍』。日本海軍の精鋭が揃った呉軍港を敵に襲われると思うと気が気でない。迎え撃てばの話はもちろんだが、こうして大人しく係留している身では、移動もできず敵機の美味しい獲物に成り果てる。停まっている艦を狙うなんて願っても無い目標だ。命中率も高い。このままでは真珠湾の二の舞になりかねない。

 深刻な表情を思いつめる榛名の肩を、二ノ宮がぽんと叩いた。

 「安心しろよ、榛名。もしお前が危ない目にあったら、僕が全力で護るからさ。僕はここの砲術士だよ?僕が撃つ砲弾で敵機を撃ち落してみせるさ」

 二ノ宮の純粋な笑顔に、榛名は一瞬驚いた表情で見詰めるも、フッと口もとを緩ませた。

 「何を言っている。実際に我が主砲を放つのは私だ。自分の身は自分で護るさ」

 「でも人間がいなきゃ艦は動かないし、砲撃もできないだろ?」

 「うっ…」

 「だからさ、信用しろよ。 僕は『榛名』の砲術士。いつも担当する砲塔を見てきた。だから大丈夫さ」

 「…そうだな」

 二ノ宮はうんうんと頷き、笑っている。榛名も「ふんっ」と鼻息を鳴らすも、その口もとは微かに微笑んでいた。

 こいつといると、深く考えたりすることもくだらなくなってくる。

 こいつと話していると、何故か心が安らぐのは何故だろうな。

 榛名はそんなことを自分は思っていることに気付き、はっとなって首を横に振った。

 「どうしたの?」

 「な、なんでもない…っ」

 「?」

 二ノ宮は榛名の奇怪な行動に首を傾げた。そして榛名の頬が朱色に染まっていることに更に首を傾げることになった。

 「…ところで、少尉」

 「うん?なに?」

 「最近日向と会ってないらしいが、どうした…?」

 「へ?」

 二ノ宮はぽかんとなり、榛名はチラリと砲塔の出入り口を一瞥した。サッと隠れた影が見えたような見えなかったような。

 「今まで毎日日向と会っていたではないか」

 「それは…、あいつがいつも僕に押しかけてくるんだよ。それでその度にあの我侭娘に振り回されてさ。いい加減僕も疲れたね…。会ってないのは、ちょっとその事について僕が言い返しただけであいつが勝手にどっか行っちゃって…それ以来だね」

 「そうか」

 榛名はまた背後を一瞥する。何やら不気味なオーラが靡いてきたような。

 「まぁあの我侭娘に振り回されないから、いいけどね。清々するよ」

 「我侭娘で悪かったわね…」

 「わっ! ひゅ、日向ッ!?」

 ゆらりと砲塔に入ってきた日向は長いツインテールを靡くオーラによって揺らしながら、ゆっくりと二ノ宮のもとに歩み寄っていた。

 「いつからいたんだよっ!?」

 「ずっといたわよ…それよりあんた、誰が誰を押しかけて振り回して、挙句に我侭ですって…?」

 「事実を言っただけだろっ!」

 「何よっ! あの時のアレは許さないわよっ!」

 「ただ僕に構うなって言っただけだろっ?なのにそれだけで僕に罵声を浴びせて蹴り飛ばしてから勝手に帰ったくせに!」

 「うるさい馬鹿っ!」

 「馬鹿とは何だっ! って、おい!榛名っ?!僕を置いてかないでよぉっ!」

 「私は邪魔なようだからな」

 「榛名ぁっ」

 「何よ馬鹿二ノ宮!榛名じゃなくて私のほうを見なさいっ!―――って、何を言わせるのぉぉっ!!」

 「自分で勝手に言っておいて何を…―――って、うぉぉいっ?!なにその手に持っている杖はっ!なんか虚○の魔法でも出せそうな杖ぇぇっっ!!」

 「この馬鹿犬ぅぅぅっっ!!」

 「ア――――――――ッ!!?」

 榛名が退避し、二ノ宮と日向の二人だけの砲塔の中で、日向が振り上げた杖から生まれた光が砲塔を包み込み、二ノ宮の願いも虚しく砲塔爆発が起こったのだった。

 

 

 「反省したか?二人とも」

 仁王立ちして腕を組む榛名の前で、所々が黒こげて正座する二ノ宮と日向を見下ろした。

 「「はい…」」

 小さい爆発が起こったが、『榛名』の砲塔はその程度の爆発で支障はなかった。しかしもし砲弾があって、それが誘爆を起こしていたら『陸奥』の二の舞になるかもしれなかった。

 二人は榛名の前でちょこんと正座し、日向のツインテールが乱れているほどにボロボロの状態だった。

 榛名は溜息をつく。

 「…日向。我が日本帝国海軍の古参でありながらこの座間はなんだ」

 「…ごめんなさい」

 「ここは『榛名』だ。貴様らが好き勝手暴れたら被害が及ぶのは私だ。自重してくれ」

 「「すみませんでした…」」

 「…ここまで共に生き抜き、日本を護る同志じゃないか。ならば行き違いがあって当然だと思う。だがな…その行き違いも、多種多様ある。貴様らの行き違いは何だ?くだらんことで何をやっている。恥を知れ、恥を」

 さらに榛名はくどくどと説教を放つ。正座する二人はだんだん縮こまっていくように見えた。

 榛名は、目の前で正座して肩を落とす古き戦友を見た。

 伊勢と同じ、長い付き合いだから知っている。

 こいつは、不器用なだけなのだ…。

 隣で正座する青年のところに来るためにわざわざ自分の艦から『榛名』まで訪れ、度々彼に少々の振り回しを含めた接し方を迫る。素直になれない自分で彼と過ごす時間を作る。そしてちょっとのことで、更に自分の不器用さが表れてしまうのだ。

 不器用で素直じゃない戦友を一瞥し、榛名は溜息を吐いて肩を微かにすくめた。

 まぁ、自分も人のことが言えないが…。

 「二人で、そこで反省していろ」

 榛名はそう言って自分はその場から離れて、二人だけをその場に残すことにした。榛名は去る間際に背後で正座する二人を一瞥してから、二人のもとから消え去った。

 残された正座する二人。

 つかの間の沈黙が続いたが、二ノ宮と日向は互いに視線をチラリと見合い、目が合って、すぐに逸らした。二ノ宮は溜息混じりで、日向は「ふんっ」と鼻息を鳴らして。

 「………」

 二ノ宮はまた、チラリとそっぽを向く日向のほうを見た。

 日向は機嫌が悪そうに向こうを向いているが、その瞳はどこか悲しげだった。

 二ノ宮はその瞳を見て、小さな溜息をついた。

 「…日向」

 「…何よ」

 「悪かったよ」

 「………」

 日向は二ノ宮のほうを見た。二ノ宮も日向のほうを見ていた。再び視線が合って、日向は恥ずかしそうに口をへの文字に紡いで視線を逸らすが、再び視線を戻すと、二ノ宮はじっと日向を見詰めたままだった。日向の頬がみるみる朱色に染まっていく。

 「お前のこと何もわかってなかったのかもな。ごめん…」

 「…私のほうこそ」

 日向はキッと二ノ宮に睨むように視線を向けた。

 「私のほうこそ、悪かったわよっ!」

 他人に謝る態度ではない強気の言葉だった。しかしそこが彼女らしさだった。

 「…やっぱまだ怒ってる?」

 「怒ってなんかないっ!」

 「そ、そうか…?」

 「そうっ!」

 日向は「ふんっ」とそっぽを向く。二ノ宮はちょっと困った表情をするも、やがて苦笑するように小さく溜息をついた。微笑を含めた溜息だ。

 日向は「な、何よっ…」と、頬を赤らめながら言うが、そんな日向が可愛らしくて、また微笑んだ。

 「――――また来いよ」

 「えっ…?」

 「今までみたいに、これからも来ても構わないよ」

 「…ッ!」

 「榛名も許してくれるだろ。 ま、お前が来て僕も楽しいと思う時間があるからな…」

 「な、何言ってるのよ…。 ふ、ふんっ。しょうがないわね…」

 「いっ?!」

 日向はグイッと二ノ宮の首元を掴んで引っ張り、鼻先と眼前にまで引き寄せて、輝くような満面な笑顔で言った。

 「これからも相手してやるわ、馬鹿二ノ宮ッ!」

 「…わかったよ、我侭娘」

 「なんですってぇっ?」

 「うわっ!やめろって…!」

 日向が二ノ宮に飛びつくが、日向は太陽のような輝く笑顔で、二ノ宮も笑っていた。そんな二人を、榛名が遠くから、微かに口もとを緩ませながら見詰めていた。



 米軍は日本に残っている 『Imperial Fleet (帝国艦隊)』の『 King (戦艦大和)』などの残存艦艇殲滅に綿密な作戦を立てた。

 昭和二十年(1945年)三月に入って戦艦『大和』の偵察を行った第58任務機動部隊に所属していた戦術偵察機とグアムに配置された米陸軍所属のB-29と第311偵察航空団第3写真偵察戦隊のF-13写真偵察機が、呉軍港に停泊する日本残存艦隊の状況を偵察し、上空写真を撮った。

 昭和二十年(1945年)三月十七日、米機動部隊所属の偵察機は西日本と広島県呉港の戦術的写真偵察を行った。それに基づき、昭和二十年三月十九日未明、米第58任務機動部隊は、空母四隻を一機動群として四機動群合計十六隻が北緯31度30分から北緯32度30分。東経133度から134度で艦載機の出撃を計画した。

 沖縄上陸作戦の一環として、基地航空隊及び残存艦艇撃滅を任務とした作戦だったが、前日の三月十八日、既に米機動部隊は南西九州・四国航空基地攻撃を行った。

 その際、エンタープライズは念願の日本本土攻撃は叶うものの、日本残存艦艇への攻撃を叶うことは出来なかった。エンタープライズの役目は艦載機を発進させて基地航空隊を撃滅することだった。

 エンタープライズは不満を漏らしたものの、代わりを務めるホーネットが宥め、第58任務部隊はそれぞれの攻撃目標に向かうために分かれた。

 機動部隊主力の位置は室戸岬南85Kmという高知市からでも125Km地点。呉方面攻撃隊は361機の艦載機を発艦、実攻撃機数355機を出撃することになった。攻撃目標は、岩国飛行場、広島飛行場、松山飛行場、西条飛行場、呉在泊艦艇及び呉工廠だった。

 『フランクリン』などの第2群空母四隻の艦載機は神戸港攻撃に向かった。

 既にここは敵本土の目と鼻の先。

 遠くを眺めれば敵本土の陸地が見えた。日本列島で言うと、四国の陸地である。

 甲板上で白い海軍士官服を身に締め、茶色の長髪を揺らした黄金の瞳を双眼に宿した『ホーネット』艦魂のホーネットは、攻撃目標の敵本土を見詰めていた。

 その表情は、普段の彼女とは違った雰囲気をかもし出していた。数々の支援活動と硫黄島上陸支援に続いた休む暇も与えない慌しい作戦だったが、既に彼女の引き締めた表情に疲れなどという感情は見えない。

 自分は作戦の中心となる主力航空母艦の一隻だ。作戦が発動されれば、軍人らしく任務を遂行するために全力で注ぐ。戦争は好まない平和主義者ではあるが、自分も誇り高い合衆国軍人。任務であればただ国のためにそれをこなすだけだ。

 「ホーネット」

 呉方面攻撃隊の雷撃機TBFアヴェンジャーのパイロット、ケイ・ルーカチス少尉がホーネットの傍に駆け寄った。飛行服を身に纏い、ソバカスが目立つ顔は飛行帽に締められている。

 「いよいよだな」

 「そうですね…」

 ケイは攻撃隊として『ホーネット』から発艦し、呉残存艦艇撃滅が任務になっている。係留する艦艇に魚雷を放ち、攻撃する。

 ケイを見詰めるホーネットの黄金の瞳はどこか哀しげに揺れていた。心配そうな表情でケイを見詰め、ぎゅっと胸の前で手を握り締めた。

 「気をつけてくださいね…」

 日本本土への空襲。攻撃を仕掛ける側も危険なのは承知だった。しかも本土目前まで迫っている空母だって危険に晒される。敵航空隊が襲撃してくる可能性も十分あるのだ。これはリスクも伴う大きな作戦だった。

 先代の『ホーネット』も東京初空襲の際に危険を承知で日本本土近海まで接近したことがあるが、今回は本当に日本本土目前にまで迫っている。

 「ホーネットも気をつけろよ。敵が来襲してくるかもしれない」

 「私は大丈夫ですよ。ケイこそ、神のご加護を…」

 「…行ってくる。 安心しろ、俺は必ず生きて帰る。今までもそうだったじゃないか」

 「そうですね。 待ってますよ」

 いつか二人は微笑んでいた。やがて、パイロットたちが自分たちの搭乗する機体のコクピットへと乗り込んでいく。

 「じゃあ、行ってくるよ」

 走り去ろうとするケイに、ホーネットが微笑んで敬礼する。

 「―――Good Luck.」

 「Good Luck!」

 ケイも笑顔で、親指をぐっと立てて背を向けて走り去った。やがて『ホーネット』の甲板上はエンジンを始動させた艦載機の轟音で揺れていた。

 

 第一群空母『ホーネット』VBF-17(艦上戦爆)飛行隊 F6F戦闘機二十機はAM0600、発艦した。この岩国・松山飛行場攻撃任務隊が柱島泊地西方海域で戦艦『大和』を発見した。

 この『大和』を発見した二十機は、AM0705、伊予灘で『紫電改』に猛撃され、六機撃墜、一機不時着水、一機着艦後廃棄された。撃墜された六名は行方不明となった。

 ホーネットはこのことに悲しんだが、『ホーネット』や他空母からは攻撃隊がエンジンに唸りを上げて、今正に星条旗のもとからずんぐりした荒鷲が飛び立とうとしていた。

 

 

 『葛城』での短期配属を終えて、三笠は内火艇が吊るされる艦尾にいた。そこでは三笠と葛城、天城、龍鳳の空母艦魂三人組が三笠の別れを惜しんでいた。

 「じゃあ、世話になったな」

 「こっちこそ楽しかったよ〜。久しぶりに人間と話せて面白かったよぉ〜」

 「またいつでも遊びに来てくださいね」

 天城と龍鳳が返し、三笠も頷く。

 「ああ。またここに来るのは難しいけど、また必ず来るよ。その時はもしかしたら戦争が終わった後かもな…」

 「この戦争が終わった頃にはお互い生きてるかわからないけどねぇ〜」

 「そうですね」

 「………」

 三人の真ん中で、葛城はただ黙ったままだった。視線を下げ、どこか寂しそうな瞳だった。そんな彼女に、三笠はなるべく優しく声をかける。

 「葛城」

 葛城はピクリと反応して視線を上げた。

 「今までありがとうな。今日まで楽しかったよ」

 「菊也…」

 「泳ぎも教えてくれたことも、俺は忘れない。葛城と過ごした日々、お前たちと過ごした時間、一生忘れないよ」

 「…菊也、本当に帰るの…?」

 「…ああ。 俺は元々『神龍』の乗員だ。だから『神龍』にいなくちゃいけない。神龍も寂しがってるだろうしな…」

 三笠の言葉に、葛城はピクリと反応した。その瞳はどこか哀しげに耽っていた。

 シュンとなる葛城に、三笠は優しく頭に手をぽんと乗せた。

 驚いた葛城が目の前で優しい微笑みを見せてくれる三笠を見る。

 「また会えるさ。 また、会いにくるからな。今度は神龍やみんなと来たいな。戦艦や空母の艦魂も含めて、みんなで騒いだりな」

 「…それは、夢」

 「え?」

 「この戦争でいつ誰が死ぬかわからない…。唯でさえ戦艦と空母は戦闘以外では不仲なのに、しかも戦争の真っ只中に交わるなんて、無理…。たとえこの戦争が終わったとしても、我々が生きている保障はどこにもない…。 だから、夢―――」

 「じゃあ、生きよう」

 「…?」

 「夢だとか言う前に、生き抜けばいいんだよ。戦争があっても、戦争が終わっても、生きていれば出来ることなんだ。―――だから、生きろ。俺も生きる。神龍たちも生きてみせる」

 「………」

 葛城は三笠の真剣な瞳を見詰めていたが、無言でコクリと頷いた。

 「…また、会える?」

 「ああ、会える。お互いに生き抜けば、必ず会える」

 「じゃあ、約束…」

 「約束?」

 「生きる約束…」

 葛城は小指を立てた。昔からある約束事に、三笠も自分の小指を立て、二人の小指は触れ合った。

 「ああ、約束だ」

 「………」

 三笠とどこか恥ずかしそうに頬を朱色に染めながらも微笑む葛城の小指が絡み、天城と龍鳳も微笑ましくその光景を見守っていた。

 そして、三笠は三人と別れ、三笠が乗った内火艇は降ろされて海面へと着水した。そしてエンジンを轟かせながら、ゆっくりと『葛城』から離れていった。



 高知沖の『ホーネット』から、攻撃隊が発艦した。飛行甲板を蹴って次々と跳躍する攻撃機に、甲板にいる者たちは手を振ったり敬礼したりと、様々に見送った。

 ホーネットも、攻撃目標の見える陸地から吹き渡る潮風に茶色の長髪を靡かせながら、飛び去る攻撃隊に、静かに敬礼した。



 三笠を乗せた内火艇は白波を立てながら呉へと向かう。三笠は数日間会えなかった神龍が待つ呉のほうを見続け、自然と口元を緩ませていた。

 「二曹がいない間の飯は味気なかったですよ」

 舵を握る水兵が声を漏らし、三笠は笑う。

 「そんなことはないだろ。『神龍』にある食料は『大和』並に豪華なはずだぞ?」

 「いえいえ、食材の問題ではなく、やはり作り手の味ですよ」

 「言うねぇ」

 うるさいエンジン音と水しぶきの音に負けない声で、二人は言い合い、そして笑う。

 ―――と、その時。内火艇のエンジン音に紛れて、唸りを上げる轟音が頭上から聞こえてくるような気がした。

 ふと、三笠が振り返って空を見上げると、轟音の正体がそこにあった。

 『葛城』からそんなに離れてない距離で見上げた空には、数十機の飛行機が編隊を組んで飛行していた。

 呆気に取られた三笠だったが、編隊が向かうさきは自分たちと同じ呉方面だった。味方航空隊の演習だとは思わなかった。こんなに大規模に飛行して訓練する航空隊なんて、今の日本にはそんな余裕などなかった。

 なんといっても機体が日本機ではなかった。ずんぐりした黒紫色の機体。そして艦攻や天山とは違う、すこし太ったようなグレー色の攻撃機。胴体には日の丸ではなく、星の印。

 ―――明らかに、米軍機だった。

 「敵―――ッ!?」

 突然、内火艇に向かって海面すれすれの低空飛行で急接近する戦闘機が見えた。一機。真っ直ぐに内火艇へと近づいてくることに、三笠は背筋が冷たくなるのを感じた。

 「六時方向ッ!敵機ッ!!」

 三笠が叫んだ直後、強烈な轟音と炸裂音が鼓膜に響いてきた。

 「避けろッ!!」

 操舵する水兵は青ざめた顔で舵を切るが、―――間に合わなかった。

 低空飛行で接近した敵戦闘機のブローニング機銃が火を吹き、凄まじい連続射撃の弾幕が襲い掛かった。

 ―――ダダダダダダダダッ!!!!

 鼓膜を突き破らんばかりの射撃音が間近を響き渡り、続いて庇う身の頭上を炸裂音が通り過ぎた。顔を上げれば、頭上を通り過ぎた戦闘機がそのまま旋回しようと飛行していた。

 その間に三笠は身を起こし、舵を握る水兵の背に飛び出した。

 「おいッ!また来るぞッ!早く逃げ―――」

 言いかけて、停止した。叩いた肩がぐらりと傾き、水兵の身体は横に倒れた。頭から血が吹き零れ、絶命していた。敵機の機銃射撃が頭部に命中したことを物語っていた。

 さっきまで笑っていた自分より若い少年の遺体が目の前に転がった。三笠は一瞬思考が停止して硬直したが、旋回して接近する敵戦闘機の炸裂音と轟音によって我に返った。

 「くそっ!」

 三笠は水兵の血で赤く染まった舵を握り締めるが、敵戦闘機の胴体を見て、気付いた。

 一発の爆弾が、翼の下にあった。

 「―――――ッ!!」

 敵機は機銃掃射しない。しかしそのまま真上を通り過ぎようと接近する。想定すると、ちょうど爆弾を投下するのには絶好な位置を飛行している。

 炸裂音が鼓膜に響いたと同時に、黒い物体が機体から放たれた。その瞬間、世界がスローモーションに感じたが、すぐに時間の流れが戻り、三笠は咄嗟に海面へと飛び出していた。

 その直後、内火艇は粉砕し、大きな水柱が立ち上った。

 「―――――――」

 耳にはごぼごぼという不協和音。空気が肺から抜け、泡となって口から放たれていく。視界は水に包まれた世界。身体が重い。思うように動けない。

 三笠の周りに内火艇の破片が沈んでいくが、三笠は必死に足掻こうとするも、体内から空気がなくなったため、苦しくもがいた。

 身体から力が抜けていく。

 ああ、ここまでか…。と、内心思った。

 光が揺れる水面。揺れる光の中から、動く影を見つけた。

 「―――――」

 水面の揺れる光から現れたのは、

 ―――人魚。

 人魚は白い手を三笠に差し伸べた。

 三笠は重いはずの腕を、伸ばした。

 ちょっと伸ばそうと思っただけで、その手は簡単に人魚の白い手に握られた。

 人魚は微笑み、口を微かに動かした。

 ―――『死なないで』

 どこかで聞いたような言葉を再び聞いた気がした。

 人魚に引かれて、光が揺れる水面に近づく。そして揺れる光を突き破るようにして―――

 「ぷはぁっ!!」

 海面から顔を出した三笠は、新鮮な空気を求めた。

 海面に浮かびながら空気を肺に満たしていく。

 ようやく周りに構えるほどの余裕を取り戻した三笠は、傍で三笠の身体に身を寄せる人魚に気付いた。

 「か、葛城…ッ」

 人魚は、葛城だった。珠のような白い肌に水滴が通り、その白い手はしっかりと三笠の手を握り続け、柔らかい身を寄せていた。葛城は三笠の瞳を見詰めると、ほっと胸を撫で下ろすように安堵の雰囲気を出した。

 「良かった…菊也…」

 「葛城…どうして…」

 「…敵機が来襲してきて、菊也が心配だったから。…良かった、間に合って」

 葛城は本当に安堵したような表情だった。と、同時に力が抜けるように葛城の身体が沈みかけた。三笠が慌てて葛城の身体を支える。

 「お、おいッ… ――――ッ?!」

 葛城の周りの水面が赤く濁っていた。それを見たとき三笠は背筋が冷たくなるのを感じた。支えるために葛城の背に回した手が、べっとりと生ぬるい感触に触れていることに気付いた。

 「か、葛城ッ!!」

 「―――ッ」

 葛城は肩から背を通じて深い傷を負っていた。そこから出血する赤い血が、水面を濁していたのである。

 敵機が来襲―――という言葉を思い出し、三笠は海面に浮かびながら背後を振り返った。

 島の方向から、『葛城』が係留している方向から黒煙が昇っていた。

 「…不覚。 突如、敵爆撃機の投下された爆弾が一発、飛行甲板に命中した…。 ―――あぐッ?!」

 葛城の白い背の肌から鮮血が迸った。その直後、三笠の耳に届く爆発音。黒煙がまた一つ、昇っていた。

 『葛城』に再び爆弾が命中。『葛城』は敵の空襲を受けていた。

 「葛城ッ!!」

 三笠は必死に葛城の名を叫ぶが、葛城は苦痛に歪ませた表情をゆっくりと微笑ませた。

 「だ、だいじょう…ぶ。これくらい平気…。 …それより、呉が危ない…」

 「なにっ?!」

 「上空を多数の敵攻撃機が呉方面に通り過ぎていった……おそらく、敵の攻撃目標は我々、日本残存艦隊に対する撃滅……」

 「もういい、喋るな…」

 葛城は水面を血で濁しながら荒く呼吸をする。三笠はどうすればいいかと思案に暮れるが、どうしようもできなかった。こんな自分が情けなくてたまらなかった。

 思いつめる三笠の頬に、葛城の手が触れた。三笠は葛城の瞳を見た。

 「…呉に、行って…。 彼女たちが、危ない…」

 「葛城…ッ」

 「…転送、する…」

 艦魂は自らの持つ特殊能力で自分や他人を別の所に瞬間移動させることができる。しかし距離が離れている場合は出来なかったり難しい。しかも今の葛城は負傷しているため、艦魂の力を振り絞る結果になる。

 「お前ッ…傷が…!」

 「私は、大丈夫…。菊也、行って…」

 「葛城…ッ!」

 「菊也、生きて…」

 その直後、三笠は眩い光に包まれた。三笠は叫ぼうと手を伸ばすが、葛城の微笑みを最後に、視界は光とともに閉ざされた。

 


 呉軍港は、敵の盲爆に晒されていた。

 全艦艇には、既に敵攻撃隊来襲を察知した中部軍司令部からの報告を受けていたので、敵機来襲に対しては立ち向かえるように全兵員が覚悟していた。

 停泊していた『大和』は既に出航し、徳山沖に向かう途中で敵機と交戦を開始した。

 敵機が押し寄せるように次々と『大和』に襲い掛かる。これまでに対空武装を施してきた『大和』はその高角砲や機銃の火を吹かせた。山のように巨大な日本の象徴といえる戦艦は、白波を立てながらその身の至るところから火を吹き、果敢に交戦しながら航海していた。

 『大和』の主砲、45口径46cm3連装砲の上に腰から日本刀を抜いた大和が勇ましく立っていた。

 クールな表情はさらに冷静さを極め、鋭い目つきが飛び回る敵機を捉えていた。

 「―――!」

 研ぎ澄まされた感覚が接近する攻撃機を察知する。大和はすぐさま日本刀の刃先を敵攻撃機に向けた。

 「撃てッ!!」

 その瞬間、『大和』の高角砲から放たれた一発が、見事に攻撃機の右翼を粉砕した。攻撃機はコントロールを失い、紅蓮の火の粉を散らして黒煙の尾を引きながら海面へと墜落した。

 一機を撃ち落し、しかしすぐにまた別の敵機を感知して、鋭い視線を素早く移す。急降下する敵爆撃機を見捉え、日本刀を振り上げる。

 そしてまた一機、黒煙を吹き上げて墜落する。

 『大和』の周りに水柱が立ち上り、数発の爆弾が『大和』に命中し、兵員たちが吹き飛ばされようが、『大和』の被害は軽微で、勇敢に戦い続けた。

 「くっ…! 私は愛する日本が作り出した世界一の戦艦だ…。簡単にやられるかぁぁっ!!」

 急接近した敵戦闘機が機銃手たちを機銃掃射で撃ち殺していく。『大和』の甲板は兵員の血で染まるが、大和は愚かにも主砲の上を通り過ぎる敵機に向かって、日本刀を振り上げた。

 「はあぁっ!!」

 大和の斬りかかった日本刀が一閃、敵戦闘機を切り伏せた。敵戦闘機は『大和』の主砲の上を通り過ぎた際に撃破され、粉々となって海に墜落した。

 しかしまた四方八方から敵機が襲い掛かる。兵員たちは襲い掛かる敵機に果敢に立ち向かうが、大和は呻るざをえなかった。

 「数が多すぎる…ッ!」

 大和は残してきた艦艇たちがいる呉のほうを見た。神龍は、みんなは無事だろうか。それが心配で気が気でならなかったが、戦艦である自分が気を崩せば、勇敢に戦う兵員たちの士気と命にも関わる。こんなところで気を許すわけにはいかなかった。

 ただ襲い掛かる敵機に立ち向かうしかなかった。



 天気は晴朗で東の空に雲間の太陽が輝き、海面には小波もなく穏やかであったが、まさに嵐の前の静かさを予感した。

 呉軍港の艦艇、呉工廠は空襲を受け、炎上や黒煙をあげるところもあった。

 敵爆撃機は呉工廠を爆撃、そして攻撃隊も係留する日本艦艇に容赦なく襲い掛かった。

 「対空戦闘ッ! 砲撃用意ッ!」

 『神龍』艦橋で敵機の成り行きを見守っていた草津は、敵機が降下してきた頃合を見て令を下した。信号兵のラッパが拡声器を伝って艦内に響き渡り、兵員たちは艦内を走り回った。 

 「敵機来襲ッ!」

 見張り員の叫び声が響く。敵攻撃隊は編隊を保って降下し、魚雷を放って攻撃を開始した。

 魚雷が命中して水柱が立ち上る駆逐艦が見え、見張り員はその旨も報告する。兵員たちは対空戦闘を用意し、それぞれの配置に着いた。

 「砲撃準備ッ!主砲上げろッ! ―――ッ?」

 草津は慌しい艦橋を見渡したとき、緊張を高める士官たちの中に紛れて、怯える小さな気配を感じ取った。

 それは、この戦艦―――護衛戦艦―――の艦魂、神龍の気配だった。

 草津は神龍の姿が見えない。声や気配がわかる程度だった。しかしそれでも神龍が震えていることは十分にわかった。

 草津の視線に気付いた神龍はぎゅっと拳を握り締めて声を震わせるように口を開いた。

 「す、すみません…ッ! 私……」

 「―――何も言わなくていい。初めての実戦というのは、誰しもそれと同じ気持ちになる」

 「し、しかし…ッ!私は…戦艦……護るためにここに在る…のに」

 草津は可哀想でたまらない少女の気配を見詰める。彼女は実戦経験がない軍人だけではない。―――…一人の少女でもあるのだ。

 こんな女の子が、戦う運命にある戦艦の艦魂であるがために、こんな苦しくて恐い思いをしなければいけなくなっているのだ。

 「安心しろ、お前は艦長の私が護る」

 「草津艦長…」

 「砲撃手に伝えろ。 あれを使う」

 草津の言葉を聞いた副長の吉野は驚いたように目を見開いた。

 「あれ、ですか…?しかしあれはまだ実験すらしておりませんが…ッ」

 「今使わないでいつ使うんだ。ちょうどいい。試す機会だ」

 「わかりました」

 副長や各士官に指示する草津の姿を見て、神龍は胸が痛くなるのを感じた。

 彼らがこんなにも頑張って戦おうとしているのに、自分は何を怯えているのだろう…。

 情けない気持ちを振り払い、自分も戦おうと決意する。

 しかしそれでも、神龍は心にぽっかり空いている穴に内心で叫んだ。

 「(三笠二曹…ッ!)」

 彼に会いたい。彼と一緒にいたい。彼と一緒に戦いたい。

 そんな思いを、神龍は強く願っていた。

 『大和』より大きい50口径主砲がゆっくりと仰角を合わせて敵機群に砲口を向けた。

 その瞬間、『神龍』の兵員誰もが緊張で包まれた。

 「砲撃始めッ!!」

 『神龍』の主砲が、艦と海をも揺らす衝撃を轟かせながらも鼓膜を突き破らんばかりの大絶叫で火を噴いた。

 

呉大空襲は次回に続きます。

沖縄特攻の前触れとなる呉大空襲。架空戦艦である神龍の戦い…。未熟者ですが頑張って書く思いですのでよろしくお願いします。

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