<十三> 三笠がいない寂しさ。三笠がいる嬉しさ
三笠が『葛城』に短期間配属となって、翌日。
『神龍』の艦内に、光とともに大和が降り立った。
「し、神龍っ?!」
ぐったりとうな垂れてまったく動かない、まるで屍のような神龍の姿を見つけた大和は驚愕した。
「どうした、しっかりしろっ!」
神龍の華奢な身体を抱くと、力が抜けているように軽かった。口からなにかが出ているのは気のせいだろうか。衛生兵でも呼びたいくらいだった。
「あ……大和さん…」
今にも瞑ってしまいそうな細い目が心配そうに覗き込む大和の顔を映した。
「なにがあったんだ、おい!」
「大和さん…」
じわり、と神龍の目から涙が滲む。
「私…」
「神龍…」
「寂しくて死んじゃいますぅぅっっ!!」
いきなりウサギのようなことを叫びながら涙ぐんだ神龍が大和に抱きついた。嗚咽を漏らす神龍が落ち着くまでいつまでも大和は神龍の背を撫で続けた。
落ち着いた神龍は自分の醜態に顔を真っ赤に染めて正座していた。大和はそんな神龍を観賞して味わっている。
「(あぁ…可愛い……)」
「あのっ…大和さん、先ほどは失礼しました…」
「いいよいいよ。 良かったらいつでも私の胸を貸してやるさ」
大和は大きな豊胸を張って笑った。さっきまで涙を零していた神龍も今は落ち着いて、そして頬をまだ朱色に染めながらも微笑んでいた。
「…少年が居ないことは寂しいかもしれないが頑張れ。 寂しかったら私や榛名、他の艦魂たちも居るんだから、いつでも来るといい」
「…ありがとうございます」
神龍は三笠がいない寂しさを知られて恥ずかしさを感じつつも大和の優しさに素直に内心喜んでいた。やっぱり彼がいなくて寂しいけれど、目の前にいる仲間が、頼もしい大和がいてくれて心が安心する。
「ふむ。そうだな…」
大和は手を顎にやって考え込むような仕草をしてから、ぽん、と右の拳を左の掌に乗せた。
「囲碁でもやらないか」
「囲碁…ですか」
「ああ、どうだ?」
「はい。構いませんけど…」
「よし」
大和は頷き、片手を振りかざすと光が生まれ、碁盤と二色の碁石が出てきた。
「では、やろうか」
大和が艦魂の能力で発現した碁盤を置き、二色の碁石を選んで、二人の囲碁が始まった。
碁盤の盤上は二色の石が囲んだ領域の広さを争っていた。黒と白の碁石が所々にそれぞれ囲むように並び、碁盤を挟んで向かい合う神龍と大和は真剣な面持ちでそれぞれの色の石を盤上に慎重に乗せていく。
「む〜…」
大和が唸り、並べられた白石(神龍)をジッと見詰め、そして自分の黒石(大和)に視線を移す。そして盤上にまた、黒石を打った。
その直後、今度は神龍が肩を落とし、う〜と唸った。
「さすが大和さん…お強いです…」
「神龍も中々のものではないか」
「どうもです…」
神龍はう〜と唸りつつ、領域を広げるお互いの碁石を見詰める。そしてすっと指に挟めた石を、静かに盤上に置いた。対する大和は盤上の隅から三・三の位置(三々)に打ち込んだ。
盤面が複雑に変わっていく。黒白は互いに交わうように入れ混じった。
「ふふ…」
「はぅっ!?そこはっ…!」
「待ったはなしだ」
大和の置いた一石が勝敗を決した。その瞬間、神龍ががっくりと肩を落とした。
「参りました…」
「はは、私の勝ちだな。 それにしても久々にやって楽しかったぞ。しかし見てみると…」
大和は黒白が入れ混じった盤上を見詰める大和。一目の差だった。
「コミなしの一目の差か…。見事なものじゃないか、神龍。うまい具合に負けてくれたな」
「う〜…それは褒めてるんですか…」
「もちろんだ。 この一目の敗北は上手な敗北だ。そう、これでいい…」
大和はうんうんと頷き、神龍は喜べない気分を味わう。ふと気がつくと、大和が思いふけっているような表情になり、呟いた。
「そう…これから大事なのは、どうやってうまく敗けるか…」
「大和さん…?」
「いや…」
大和は細い目で首を振った。
「どうだ、すこしは紛れたか?」
いきなり大和が問いかけ、神龍は不意をつかれてえ?となる。そして気付き、恥ずかしさに頬を朱色に染めながらもコクリと頷いた。
「はいっ…お気を遣わせていただいてすみません…」
「なにを謝っている。 まぁ良かったよ。しかしまさか…」
「………」
「少年が『葛城』に行くなんてな…。 きっと少年のことだ。葛城とも仲良くやっているだろう」
「………」
神龍が暗い表情からすこしムッとした表情になって、それを見た大和はつい頬を緩ませて目の前の神龍を愛おしく感じていた。
「あぁ…可愛いぞこいつぅ…」
「や、大和さんっ?!」
大和が柔らかい豊胸に神龍の顔を埋めて抱きしめる。胸の中でもがく神龍を制するようにしっかりと抱きしめて神龍に頬ずりをしている。その目はトロンとしていて頬を朱色に染めてすこしだけヨダレが垂れていた。
「あぁ〜もう〜可愛い奴め〜」
「もががっ……」
神龍を抱きしめる手がやがてススス…と徐々に移動し、やがて神龍の丸い柔肌に………
「あぁっっ!! お尻は駄目ですぅぅっ!!」
さすがに神龍は危ない域まで達そうとする大和のセクハラに耐え切れなくなり本気で抵抗する。やっとの思いで大和のもとから脱することができた神龍は神速の勢いで距離を取って後ろに退避し、壁に背を預けて涙目で潤む瞳で大和を警戒する。そんな神龍を見て大和はまたデレッとした表情になる。
「はっはっはっ」
「笑い事じゃないです〜っ!」
大和は胸を張って笑い、神龍はうぅ〜と唸りながら涙で潤む瞳を指で拭った。そして大和に襲われて涙目になっていた神龍もいつの間にかその頬を緩ませて、笑っていた。「もうっ…」と言いながらもくすくすと笑っていた。
そんな神龍を見て、大和は安堵の表情で微笑んだ。
神龍は自分では気付いていないが、今までの寂しさもどこへやら、すっかり元気を取り戻して笑っていた。それを知って大和も安堵したように微笑んでいた。
神龍は、この時は寂しさという感情も消えていた。
そして傍にいてくれる大和と、いつまでも彼といるときとは違う別の種類の温かいときを過ごしていた。
『神龍』の烹炊所に居たときとは大して変わらず、いつもどおりに兵員たちの朝食を作り、それを訓練を控えた兵員たちが食べる。兵員たちは三笠の作った美味しい朝食によって訓練のための力を蓄えていた。兵員たちの間では、最近の飯は本当に美味い、という話がよく聞くようになって、三笠もそれを知って嬉しく思っていた。
そして、自分の中で訓練や作業に従事する兵員たちの三笠が作った料理を食べたときに見せる明るさと、それを嬉しく思う三笠の笑顔と従事する姿に、葛城も嬉しさに浸って微笑んでいた。
三笠は朝食を作り終え、自室に戻った。
自室に入ると、ベッドに座る葛城の姿があった。
「…おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
当たり前だけど相変わらずの軍服に、長すぎる黒髪が綺麗に流れて広がり、凛々しい顔が緩んで微笑ましい笑顔を向けていた。三笠は待ってくれる彼女を知って心がジンと来るのを感じた。
「…待ってたのか?」
三笠の問いに、葛城は無言でコクリと頷いた。
「そっか」
「…菊也に会いたかったから」
「え?」
「なんでもない…」
頬を朱色に染めながら顔を逸らす葛城。三笠はクエスチョンマークを浮かばせながらも深い追求はしなかった。そして思い出すようにして持っていた袋包みを差し出した。
「そうだ葛城。 食うか?」
「それは…?」
「おすそ分けだ」
三笠はニッと笑い、紫色の袋包みを解いた。そしてはだけた布から見せたのは二つの白米の握り飯だった。
「ちょうどお腹が空いていた。…食べる」
「よし」
艦魂は艦の魂という神秘的存在であるため、食べたり飲んだりはできるが人間のように空腹になって食べ物を摂取しなくても生きていけるのだが、葛城は彼の優しさを受け取るために人間のように振舞った。
三笠が烹炊所から戻ったときに握り飯などを持ってくるなんて、神龍以来だった。しかし三笠はそのことに気付いていなかった。
三笠は葛城の隣に座り、一つの握り飯を葛城に手渡した。葛城はそっと大事そうに握り飯を両手で受け取り、手に持ってじっと握り飯を見詰めた。
「二つ持ってきたけど、二つとも食うか?」
「…一つで十分。…いえ、一人ではなく二人で…あなたと食べたい。…それは、あなたに」
「あ、ああ。 じゃあ俺も食べるかな」
「いただきます」
「召し上がれ」
葛城は小さな口で両手で持った握り飯を食べる。スローモーションといえるほどにゆっくりと口を動かし、噛み締める米を舌で味わっていた。
三笠もそんな葛城を横目で一瞥してから、握り飯を頬張る。
「美味しいです…」
「それは良かった」
「こんな美味しいお握りは、生まれて初めて…」
「大袈裟だな」
「…大袈裟じゃない。 これは本当に美味しい。握った菊也の想いが強く篭っている」
「そう言ってもらえると嬉しいぞ。 ありがとな」
三笠は優しく微笑んで葛城の頭を撫でた。葛城も三笠の大きくて温かい手に触れて嬉しそうに微笑んだ。
やがて三笠がぺろりと握り飯を平らげると、ふと横を見ると葛城はまだ握り飯を半分も食べ終えていなかった。黙々とちびちびと少しずつ米を噛み締めていた。
「しかし見ていると葛城はゆっくり味わって食べてくれているな」
葛城は食べるのをピタリと止めて、ゆっくりとその凛々しい視線を三笠に向けた。
「…人というのは嬉しいことや楽しいことをつい貪ってしまう。それではすぐになくなってしまう。 だから…、―――嬉しいことは少しずつ味わっていかないといけない」
「…そうだな」
葛城はコクリと頷き、再び握り飯を食べることを再開する。葛城は言ったとおりにゆっくりと味わっていた。なるべく全てなくなってしまうのを遅くするために…ゆっくりとこの気持ちを味わうために…。
三笠はいつまでも、ゆっくりと味わう葛城が完食するまでずっと待ち続けていた。
その日の午後、呉に停泊する艦魂たちは戦艦『大和』の第二会議室に集まり、会議を始めていた。
会議の議題は、最近陥落した硫黄島をはじめとした現情勢について。
約一ヶ月続いた硫黄島の戦いも遂に三月十五日、米軍の完全占領発表によって陥落した。日本国民に知れるのは三月二十一日の大本営発表によるものになるのだが、既に軍の中では硫黄島陥落は知られており、艦魂たちの間でも軍上層部の参謀や艦長たちが話していた内容を小耳に挟んで知ることになった。
いつもどおり、司令長官の地位にある大和が指揮を執り、会議は白熱しつつ進んでいた。
「硫黄島も遂に陥落…か」
白熱する会議の中で、大和が呟いた。榛名の怒号のような声によってその言葉はどの艦魂たちにも届いていなかった。
「硫黄島が米軍に占領された以上、サイパンと同じようにまた本土爆撃の為の基地が作られて本土が攻撃されるっ! これ以上鬼畜米英の進攻を許していいのかっ!?」
榛名がばん!と机を叩き、怒号を吐きかける勢いで怒鳴る。対して冷静な日向が溜息を吐きつつ答える。
「…いいわけないでしょう。 でも、硫黄島もよく持ちこたえたと思うわよ…。硫黄島の守備隊の人たちは本当によく戦ってくれたわ…」
日向の発言に、周りの艦魂たちも同意するように頷く。
「私だって硫黄島で祖国の為に戦い散った英霊たちには感謝する。 今までよくやってくれたと労いたいくらいだ。しかし……英霊たちは日本を護るために死ぬまで戦ってくれたというのに…敵に島を奪われて……悔しくてたまらない」
榛名の怒声から変わった哀しそうな力ない声にも、艦魂たちは同意するように悲しい表情になった。中には声を殺して涙する者もいた。
「泣くな」
声を殺して涙した者に言い、大和は一同に向き直る。
「敵がたとえ我が日本本土に攻めてこようが、我々が決死の覚悟で護り抜くだけだ。 我々はそのために存在する。この国を護るため、我々も死ぬまで戦うだけだ」
その場にいる艦魂たちは一斉に頷いた。その表情は強く引き締められ、涙していた者も泣くのをやめて同じく表情を引き締めていた。
「我々の精神主義はまだ存命だ。 国を護る意志という精神主義は大事であり、忘れてはならない。 そして、精神主義も大事だが、戦略的冷静分析、戦術、技術力も大事だ。それも忘れないでほしい。ただ精神だけで突っ走るのではなく、全てを含めてよく考えて行動すれば、きっと、いや…必ず道は開かれる。この国の、そして日本民族の未来への道を…」
大和の言葉に、艦魂たちは頷く。榛名も顔を引き締めるようにして頷いた。
人間の精神こそがものごとを決する第一の要因であるとする考え方である日本軍特有の精神主義。甚だしい場合には、物理的要因をまるで無視しさえする。その甚だしいほうの精神主義を持った結果として日本は勝敗の運命を決定付けた日米決戦であるマリアナ沖海戦で物理的要因を重視するアメリカのハイテク技術の前で大敗北を決した。非科学的で正確な情報を無視する精神主義は明治頃からの日本人が持つ精神の特徴であり、科学が進む昭和の現代では戦争の敗北要因ともなり、批判される精神と成り果てることになる。しかし大和が唱える『精神主義』は、己の中身のみを信じて外は無視するだけの元来の精神主義とは違う、『己の信じる道を往き、どんな情報も受け止め、前に進む』、大和流精神主義である。
「しかし……」
大和の言葉に頷いていた榛名だったが、再び眉間に皺を寄せて苦虫を噛み潰したような顔になる。
「いつから我々は…進撃する側からされる側になったのか…あのときの……栄光に輝いていた大日本帝国は、帝国海軍は………どこにいったんだ…」
再び場の空気は重くなった。榛名は歯を噛み締めるように、他の艦魂たちも同じ気持ちだった。大和の気持ちも、榛名の気持ちも、皆同じだった。
それから、以後の戦況について会議が続けられ、特に司令長官の大和を始めとした戦艦参謀たちの白熱ぶりが目立った。戦艦艦魂以外で本当の意味で会議に参加しているのは、参謀たちの側近である矢矧と、駆逐艦下士官代表の雪風くらいだった。
艦魂たちの会議は大和が一旦終了を告げ、戦艦艦魂だけが会議室に残った。引き揚げていく艦魂たちの中には不満な声を漏らす者もいた。
「…なんだか私たちって居ても意味ないよね」
「仕方ないよ。 正確には参謀(戦艦)たちしか会議に参加してないからね…。私たちが出る幕はないのよ」
「最初の頃は戦艦だけじゃなくてもっと色々な艦魂が参加していたよね…」
「そうだね…。 特に、ミッドウェーの頃までは空母の艦魂たちもここにいたのにねぇ」
微かな空気の流れに届いた声に、雪風はどこか哀しそうな表情になり、矢矧は眼鏡の奥でただ無表情なだけだった。
戦艦だけが残った会議室で、改めて会議が開かれた。
今度は机上に広大な太平洋を表した海図を広げ、図上演習が行われた。
硫黄島を攻略した米軍の予想進路を綿密に測定し、戦況がどう進んでいくのかを冷静に分析していく。硫黄島を攻略した米軍の次の目標は、おそらく日本が唱える絶対国防圏の内に入る千島・小笠原・沖縄を攻めると推測される。既に硫黄島を始め小笠原諸島は米軍が進攻中であり、千島列島も危ない。そして特に有力なのが、やはり沖縄だった。
もしかしたらサイパンを始めとしてもっと日本に近い硫黄島を占領した米軍はより一層本土に対して攻撃をし易くなった。今まで攻撃していなかった呉や他軍港や都市を直接攻撃してくる手も十分に考えられた。
「…おそらく硫黄島を攻略した敵は、次は沖縄を目標に進攻してくると考えられる…」
海図に両手を置いた大和は静かに言った。机上に広げた海図を囲むように立つ戦艦の艦魂たち、神龍・榛名・伊勢・日向たちは同意するようにそれぞれの仕草で表した。
図上演習の結果、沖縄を進攻する敵は相当の数を持って上陸・攻撃を仕掛けてくるに違いない。硫黄島海域を埋め尽くした大艦隊のように、沖縄を大艦隊が包囲する。そして沖縄は硫黄島とは違って大勢の民間人が住んでいる。護るべき日本国民が、五十万人居るのだ。おそらく竹槍で本土決戦思考を持つ日本は沖縄県民までも戦闘に参加させるだろう。それはあってはならない。
やはり、自分たちが敵艦隊撃滅のために沖縄に出撃するのは必至だろう…。
大和たちは冷静に分析した。
「………」
しかし図上演習をしてみると更に辛いことがわかってくる。沖縄を進撃する敵の大艦隊に対して、我が軍は全兵力を持って出撃するだろうが、それでも勝ち目は正直見えるわけがなかった。呉にいる戦艦を主力として他巡洋艦や駆逐艦を編成した艦隊で向かっても、劣勢を強いられるのは避けられない。
最悪の場合、…いや、相当高い確率で、駒は全て倒されてしまうという結論に至る。
途中、榛名が架空の図上演習ならではの無茶(沈没したはずの艦艇を敵の命中率を変更したことによって生き返らせたり確率が低い我が主砲弾が敵艦を轟沈させたり)をして一時混乱したが、なんとか取り治め、冷静に最後まで分析することが出来た。
図上演習を終え、大和と神龍たちは消沈したような空気に包まれていた。
「我々の死に場所は、おそらく沖縄…だろうな」
「………」
「どこが死に場所だろうが、敵と戦い死ぬならそこが己の死に場所だ」
「…そうね」
「…今までもそうでしたね」
大和・神龍・榛名・日向・伊勢がそれぞれ口にする。そしてまた沈黙が舞い降りる。
そんな静寂を最初に打ち破ったのは、榛名だった。
「…神龍」
突然名を呼ばれた神龍はビクリと肩を震わせ、慌てて聞き返した。
「は、はいっ」
「これはこの図上演習とは聊か関係ないが…」
「…?」
「最近落ち込んでいるようだな」
「えっ…!?」
神龍は大和に振り向き、しかし大和も目を見開いた状態で首を横に振った。榛名はそんな二人を見て溜息を吐いた。
「…貴様の心情など簡単に察することができる。 私は貴様の姉なのだからな」
伊勢がクスリと微笑む。戦友に対しても同じ言葉を使った榛名はそんな戦友に知らないフリをした。
「利根から聞いたのだが………あの人間が原因らしいな」
「違います姉さんっ! 三笠二曹は何も悪くないんですっ!」
「…しかも聞くところによると、奴は空母『葛城』に一時配属されたらしいな…」
「―――ッ!」
榛名の言葉に、神龍は息を呑み、大和は溜息を吐いて日向は目を見開き伊勢はちょっと驚いたように着物の長い袖で口もとを隠していた。
「え? そうなの神龍?」
日向の驚いたような声の問いに、神龍は戸惑いながらも頷いた。
「は、はい…」
「勝手に神龍から離れ……しかもよりによって『葛城』のところとは……あの人間め…」
榛名は怒りと憎しみを混めたように目を細め、歯を噛み締めた。強く握り締められた拳に、神龍はそっと温かい手で触れる。
「三笠二曹はご命令で行かれたんです……。 それに、配属といっても一時的にです。もうじき帰ってきます…。三笠二曹は何も悪いことなどしていません、榛名姉さん…」
神龍の訴えるような潤む瞳に、榛名は数秒見詰めた後、ちっと舌打ちした。
そして、戦艦だけの会議はそんな変な感じで幕を閉じた。
三笠はふと疑問に思った。
そういえば呉の艦魂たちはよく会議をするが、空母の艦魂が参加しているのは見たことがなかった。距離が離れているから瞬間移動でも出来ず参加できないという理由もあると思うが、会議の中で自分たち戦艦や巡洋艦・駆逐艦などは議題に出しても今の時代で重要のはずの空母の話は一切出さない。気が付いてみると不思議なものだった。そして葛城の不意に見せたあの表情。あの表情がずっと三笠の心に引っかかり続けていた。
「本人に聞いてみるかな…」
三笠は直結に聞くことを選択し、葛城のもとへと向かった。
自室に居なかったので、おそらく泳いでいるのかもしれない。三笠は外に出た。そして目の前に背の高い長すぎる髪を伸ばした少女を見つけ、声をかける。
「葛城………ッ?」
ゆっくりと振り返った少女は、葛城に似ていたが葛城ではなかった。葛城と同じ後姿をした長い黒髪を揺らして、見せた顔は葛城と同じだが異なる少女の顔。
三笠は呆気に取られ、少女は三笠をじっと見詰めるとにっこりと可愛らしく笑った。
「艦魂が見えるんですねっ」
「え…あっ……ああ…」
「あなたが妹が言っていた人間ですねぇ?」
「…妹? もしかしてあんた…」
「はいっ!」
少女はにっこりと微笑んで、首を微かに傾げて可愛らしく自己紹介を始めた。
「私は雲龍型航空母艦二番艦『天城』艦魂―――天城だよぉ。以後よろしくね〜」
間延びしたような声で自己紹介を終わらせた天城はぺこりと頭を下げて挨拶する。三笠もつられて頭を下げる。頭を下げた三笠を見て、天城はあははと笑った。
葛城と同じ背が高く地に着きそうなほどの長い黒髪であるが、違うのは前髪にピンクのリボンをしているところだった。そして着ている軍服の首元には小さなサクランボのようなものが吊らされていて、天城と名乗った少女が動く度に鈴のような音を微かに鳴らしながら揺れた。長すぎる黒髪の後姿のせいでよく見えなかったが、白いマントを羽織っていた。葛城とは違って随分とオシャレ(?)込んだ格好だった。
「俺は―――」
「知ってるよぉ〜。 最近一時的に『葛城』に配属された三笠二等兵曹さんでしょ〜?葛城からよく聞いてるよ〜」
「葛城から…?」
「うんっ。 あの子、貴方と出会ってから随分と明るくなっちゃって、貴方には姉として感謝してるんですよ〜。礼を言わせてください〜」
「いや…俺は何もしてないよ…」
三笠は微笑みながらも、天城はいえいえと首を横に振る。
「これも三笠二曹さんのおかげですよ〜。 まぁあの子は普段からそのままでも可愛いんですけど、姉である私に対しても全然無愛想でしてね〜。唯でさえ戦艦たちと空母は不仲だって言うのに葛城は更に無愛想だから特に〜」
「え? 戦艦と空母が不仲…?」
「あれ? 知らなかったんですか〜」
天城はすこし驚いたように見せたが、すぐに柔らかい笑顔に戻った。
「現在の戦艦たちと…特に戦艦と空母はあまり戦闘以外に関してはお互いに接しないんですよ〜。ミッドウェー海戦の頃まではそんなことなかったんですけどね〜」
「…そうだったのか」
ならば、空母の艦魂に今まで見なかったのも聞かなかったのも納得できる。しかし何故戦艦と空母は不仲なのだろうか…?今の時代は航空機と航空母艦の時代だ。主役を奪われた戦艦にとっては悔やむかもしれない。例えば人間に置き換えるならば、元々主役だった者が自分が主役と信じていたのにいきなり主役を奪われれば気分も良いわけがない。だが、それは仕方のないことだった。それに空母の護衛には戦艦も付き物だ。戦闘以外では接しないというが、人間の姿をしている艦魂が存在するなら、プライベートでも、戦闘で共に行動することになる仲間と接して理解しあった方が良い。
「何で、戦艦と空母は不仲なんだ?」
天城は苦笑しながらも答えた。
「根本的に違うんですよ。 戦艦は基本的に自らの主砲を活かした大艦巨砲主義なのですが、空母は航空機を活かした戦闘を主体とする航空主義です。そこが一番の違いですね」
確かに戦艦は航空機不要・己の巨砲だけを信じるという信念を持つのは理解できる。そして空母にも同じようなことが言える。航空機を乗せて発艦させる空母は己の巨砲も持たず航空機に全てを託す。ならば空母は航空主義なのはもちろん納得できる。しかしその違いが決定付けているのだ。この点は人間と全く同じだと三笠は思った。
「だから最近空母以外で話した相手がいなかったな〜…。 昔はそんなことなかったんだけどね〜」
「そうか…」
大艦巨砲主義の戦艦。
航空主義の空母。
根本に持つ互いの主義主張が違うと対立するのは、人間と同じだった。
しかし戦況が悪化している今、空母は必然であることは三笠は十分理解していたし、そして戦艦と空母の連携も大切だとも信じている。両者が一つになれば、道は開かれると三笠は感じた。
なんとかできないものかと、呻る三笠だったが…
「菊也」
「ぬおっ!?」
突然目の前に現れた葛城に、三笠は驚いて後ろに倒れそうになった。
葛城はさっきまで泳いでいたのか、濡れた髪から水滴が滴っていた。撥ねた髪から海水が散る。そして今回は全裸ではなく、ちゃんとズボンを履き、上半身は小山に膨らむサラシを巻いていた。どうやらこの姿で泳いだらしい。
それに気付いた姉である天城はニヤニヤと笑った。
「あれぇ〜? いつもみたいに全裸じゃないんだねぇ〜」
「………」
「着てたら泳ぐの大変だったでしょ〜?」
「………」
「かつらちゃ〜ん? ―――って、きゃあああぁぁっ!?」
突然、カカカッ!と三本の包丁が天城の足元に突き刺さった。葛城はクロスの構えをした両手に持った無数の包丁を構え、ギラリと輝く瞳で天城を睨んだ。
「…殺す」
「ちょっ…! 実の姉に包丁を向ける妹がいますぁぁっ!?」
「姉者…潔く我が刃の生贄として屍に成り果てよ」
「そんなの断固お断り……きゃあああぁぁぁっっ!!」
カカカッ!と追い詰められた天城の動きを封じるように更に包丁が突き刺さった。動きを封じられて畏怖で泣き喚く天城にゆっくりと両手に無数に包丁を構えた葛城を、三笠はやっとの思いで気が付いて必死に葛城を宥めるように止めた。
「やりすぎだぞ、葛城」
「だって…。 …姉者が悪い」
「私のせい〜っ!? それといい加減その『姉者』って呼び方やめてくれる?せめてというかむしろお姉ちゃんって呼んでよぉ〜っ!」
「…断る。 姉者が嫌なら貴様を姉として見ない。貴様は誰だ?見知らぬ娘だな」
「この子は…」
艦魂の能力によって具現化されていた無数の包丁は消え、天城は解放された。そして天城は三笠の前に寄り、ぺこりと頭を下げた。胸に下げたサクランボの鈴がチリリンと透きとおるような音色で鳴る。
「助けていただき感謝します。 でも、あの子を止めるなんて只者じゃないね〜」
「どうだかな…。 あいつより面倒な奴がいるからな…」
「ところで」
「?」
天城はニヤリと悪そうな笑みでひそひそと訊ねた。
「葛城の裸、どうでした…?」
「はっ!?」
頬を真っ赤に染める三笠に、天城は悪戯っぽい笑顔で笑う。
「可愛かったでしょ〜? 今はまだまだだけどこれから成長するような白い肌だったでしょ〜。将来の期待溢れる身体だったでしょ〜」
「お、お前なぁ…っ!」
「あははー。 ――――ッ!?」
笑ったままピタリと硬直して汗を流す天城の背後から、異様なオーラであるダー○サイドが広がっているような気がした。天城は硬直した笑顔のまま振り返ると、両手の全ての指と指の間に挟めた無数の包丁を不気味に煌かせ、構えていた。
「姉者…」
「な、な〜に〜?(滝汗)」
「…死んでくれ」
「い、嫌ぁ〜……ごめんなさ―――ッ!!」
「あっ…」
出会ったときに三笠を捕らえたときと同じような神速の速さで葛城は天城に襲い掛かった。天城の悲鳴が響き渡り、三笠が慌てて仲裁に入り、『葛城』での騒ぎは絶えることはなかった。
<十三> 三笠がいない寂しさ。三笠がいる嬉しさ 【登場人物紹介】
天城
大日本帝国海軍雲龍型航空母艦二番艦『天城』艦魂
外見年齢 14〜15歳
身長 165cm
体重 43k
雲龍型航空母艦二番艦『天城』の艦魂。葛城の姉。その名を持つ艦としては二隻目。候補艦名として那須があったという。竣工時には日本海軍は壊滅的な状態に陥っており、燃料がなく、出撃機会のないまま呉港に対空砲台として停泊している。完成に至らず廃棄された赤城型航空母艦だった先代とは違って完成にまでは至るが、活躍は殆どなかった。
妹の葛城から「姉者」と呼ばれて頭を悩ませているが、姉であるにも関わらず妹の葛城には敵わない。立場がいつも逆転しているような場面を見せる。間延びしたような喋り方で幼い仕草を見せる。「ミッドウェーまでは〜」というセリフを言っていたが、天城自身ミッドウェー海戦後に起工され、竣工された頃はレイテ沖海戦前だった。「ミッドウェーまでは戦艦と空母はまだ互いに接していた」という話は先輩空母から聞いた話である。同じ空母以外の艦魂とは余り会話したことがない。三笠のことを言って無愛想な妹をからかうが、その度にいつも酷い目に合わされる。
学生としての身分に襲い掛かる期末テストがやっと終了し、そして夏休みがあと一週間です。大して変わるかどうかはわかりませんが、テストが終わって小説が書きやすくなり、しかし他のかたの小説は読みまくれます!どうか以後も宜しくお願いします。