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<十> それぞれの想いを超えて

 雪風の妹、磯風・浜風と出会い、孤立空間内で悲惨な目に合った夜、先日にあった姉妹騒動の仲直りパーティが、開かれる―――予定だった。

 厨房でご馳走を作ろうと意気込んでいた三笠のもとに、神龍と矢矧が報告にやって来た。

 「中止っ?!」

 三笠は聞かされたことに驚きの声をあげた。

 「どうして!?」

 三笠が問うと、矢矧はすこし戸惑うような表情を見せ、神龍は暗い表情で俯いていた。

 「…榛名参謀のご希望です」

 騒動の中心人物の一人、姉妹のうちの姉である、榛名。

 「榛名が…?確かにあいつは渋々だったけど、了承してくれたじゃないか」

 「榛名参謀が申し上げますことには、『先日本土に大規模な敵の空襲があり、我が国は大損害を被ったというのに呑気に宴会などやってられるか』とのことです…」

 「…なに言ってるんだよ。確かにこの間、東京や大阪が大空襲にあったけどさ。それは関係ないだろ?あんなことがあって、俺も何かお詫びをしたいと思ってたのに…」

 「…仕方ありませんよ」

 「神龍?」

 俯いていた神龍は暗い顔をすこしだけ上げて、三笠に言った。

 「祖国がこんな時期だというのに、そんなことをしている暇ないですから…」

 神龍の本心でない偽りの言葉を訊いて、三笠は身体の底から熱い感情が沸きあがっていることを実感した。

 「そんなの関係ないだろっ! あれは俺の責任でもあるんだ。それに神龍、榛名ともう一度仲良くなって、さらに強い絆が結ばれたんじゃなかったのかよっ!」

 「…でも、本当に仕方ありませんから。榛名姉さんの言いたいことはわかります。榛名姉さんも、きっとやりたかったと思います…。私は、三笠二曹のその気持ちだけで十分ですから」

 神龍が微笑む。しかしその微笑みにいつもの明るさは微塵も見られなかった。

 「………」

 「三笠二曹殿、どうかわかってくださいませんか」

 矢矧が無表情に鋭さをこめて強く三笠に申し上げる。矢矧の瞳は三笠をジッと見詰めていた。

 突き刺すような矢矧の視線に数秒、三笠は溜息を吐いて頭を掻いた。

 「…せっかくご馳走の食材を用意したっていうのにな」

 「すみません…」

 神龍がシュンとなってまた顔を俯かせる。

 「気にするな。俺が勝手に言って始めたことだしな」

 「…本当にすみません」

 「神龍が謝ることじゃないだろ。ま、確かにこんな情勢下に宴会なんてやってられる場合じゃないか…」

 そういえば大和もこの機に謝りたいとか言ってたな…と三笠は思い出し、考え込むように顎に手をやってう〜むと唸り始めた。何か考え始めた三笠に、神龍は首を傾げ、矢矧はジッと見詰めたまま。

 「(…そうだ)」

 三笠はあることを思いつき、不思議そうに見詰めてくる神龍と矢矧に気付く。

 「じゃあこれから食材を片付けるからさ。お前たちは帰っていいよ」

 「あ、じゃあ手伝いますよ」

 「いや、いい。俺が用意したものだし、気にするな」

 「そうですか…」

 神龍が残念そうにしていたが、やがて矢矧と共に烹炊所の厨房を後にした。一人残された三笠は食材の片付けに入りながら、考えた。

 「浮かない顔をしているな少年」

 三笠は声がしたほうに振り返ると、大きくて長いポニーテールを腰下まで伸ばした道着姿の女性、大和が入り口の開いた扉に背を預けて立っていた。

 「大和…」

 三笠は驚き、大和を見詰める。大和はふふっと微笑んで、歩み寄った。

 「なんでここに来てるんだ?」

 「いや、最近私の出番が少ないんじゃないかなーと思ってな…」

 「は?」

 「…いや、気にするな」

 大和はコホンと咳払いして、気を取り直した。

 「聞くところによると、宴会は中止だそうだな」

 「いつから聞いてたんだ…?」

 「さっき矢矧から聞いたんだよ…。隣にいた神龍は残念そうな顔をしていたがな」

 「そうか…」

 「まったく、榛名も素直になれば良いものを。本当は自分も嬉しいくせに…」

 「…仕方ないだろ。確かにこんな情勢下だしな…」

 「情勢なんて関係ないと言っていたのは貴様だろう」

 「…それも聞いたのか」

 三笠は見かけによらず結構な口達者である矢矧を思い浮かべる。大和は「まぁまぁ」と笑って三笠の肩を叩く。結構痛い。

 「…しかし、中止というのは残念だ。だが榛名も頑固者だしな…。同意してしまう神龍もやはり似た姉妹だな…」

 大和はう〜むと唸って腕を組む。

 「…じゃあやっぱり…中止……」

 「いや」

 大和はピシャリと言い放ち、三笠は驚きに目を見開くことになる。

 「私もあの一件について謝りたいことがある。あの騒動は司令長官である見逃した私の落ち度でもある。二人に、謝りたい」

 「…俺もだ」

 「うむ、お互いに意見が一致したな」

 大和は見てる者をドキリとさせるほどの眩しい笑顔を見せた。

 「では、やはり宴会はやるべきだな。あいつらの為にも、我々の為にも」

 「でも榛名は拒否してるんだろ…?」

 「心配はいらん」

 大和は首を横に振った。三笠は、大和が何を言い出すのかわからなくて、首を傾げた。

 「私を誰だと思っている? 世界一の超弩級不沈戦艦、かつて連合艦隊旗艦であり、今も彼女たちの司令である、戦艦『大和』の艦魂、大和だぞ」

 クールな容姿に眩しい笑顔を見せ、その口から紡がれた言葉に、三笠は驚愕し、苦笑いするしかなかった。



 その夜、外は夜闇に溶け込み、静まり返った護衛戦艦『神龍』艦内の廊下を、二人の女性―――和服を着た清楚可憐な女性と、手を握られた首のスカーフを揺らす女性―――が『神龍』の第三会議室に向かっていた。

 「伊勢、どこに連れていく気だ?」

 「いいから黙ってついて来なさい」

 手を握られて先導する伊勢に引かれるままの榛名がいくら問いかけても、伊勢は清楚な笑顔で簡単にかわしてしまう。既に気まずい『神龍』艦内に連れられて榛名は少々動揺していた。

 榛名は引かれるままに戸惑いがちに周りを窺っていた。ここでまだ気まずい状態である愛する妹に出会ったらと思うと、やはり動揺してしまうのだ。

 「例の件は中止になったんだろ?」

 「さぁね」

 「なに?」

 曖昧な答え方をする戦友に、榛名はすこしの苛立ちを覚えた。しかし振りほどくこともできない。ただ自分は戦友の手に握られて引かれるままになっていた。

 やがて頭の中で迷いを交差している内に、第三会議室の扉の前に到着した。先導していた伊勢はクルリと榛名に振り返り、にっこりとした優しい笑顔で、手で促した。

 「榛名、どうぞ」

 「…よくわからんのだが」

 促された伊勢の手をジッと見詰める。伊勢は優しい微笑みを浮かべる。

 「いいから、先に入ってみて」

 「…?」

 榛名は微笑む伊勢に見詰められるまま、扉の取っ手を握って、ぐっと押した。扉はいとも簡単に軽く開いたと思うと、突如、光が目を眩ませた。

 「うっ…」

 パァンッ!パァンッ!

 「なっ!?」

 次の瞬間、風船が割れたような軽い音が数度鳴った。と、同時に小さな紙ふぶきが舞い、ヒラヒラと紙が榛名の頭上や辺り一面に舞い落ちる。薄暗い廊下とは違って会議室の中は光に満たされて明るかった。眼前に広がる光景には、呉にいる日本の最後の艦隊といえる全艦魂たちが集まっていた。

 「なっ…」

 榛名は驚きと何が起こったのか思考が一時的に止まって口を開けた。艦魂たちが笑顔で、わぁ〜と、声を上げながら拍手する。驚きに打ちのめされる榛名の背後で伊勢がくすくすと笑っていた。

 「これは一体…」

 「驚いたか、榛名」

 「や、大和長官っ?!」

 艦魂たちの間から、背が高いスラリとしたスタイルを道着で締めた、ポニーテールを揺らしたクールな大和が現れた。大和はクールに微笑み、立ち尽くす榛名に歩み寄った。

 「これは…今日のアレは中止になったはず…!」

 「ああ、私の司令長官としての権限を行使して強行させてもらった」

 「ななっ…!!」

 榛名は驚きと、そして呆れに目を見開いた。大和はそんな榛名を見て、「あぁ…可愛い…」と呟いて榛名を自分の豊富な胸に抱き寄せた。大和の柔らかい胸の中で榛名が窒息しそうという勢いでもがく。

 「〜〜〜〜っ!!―――ぷはっ!や、大和長官…っ!?」

 「すまないな。しかしどうしてもやりたかったんだ」

 「………」

 「榛名、謝らせてくれ」

 榛名はえ?と思う前に、大和が腰を折り曲げ、頭を下げた。その光景に、周りの艦魂たちは驚愕し、目の前に立つ榛名も自分の眼前に見える光景に己の目を疑った。

 「貴様と神龍については、私にも責任がある。本当にすまなかった、榛名…」

 「や、大和長官…っ? そんなっ…!大和長官は関係ありません!どうか頭をお上げください…」

 「いや、あの最初の会議のとき、私は事態を予想できず見逃してしまった。あの時、貴様を止めておけば事態は起きなかったかもしれない。許してくれ」

 「…大和長官、これは私たち姉妹の問題でした……」

 榛名は膝を折り曲げ、肩膝を床に付いて身を前に押して、頭を下げた。

 「私のほうこそ、あんな騒動を起こしてしまい申訳ありませんでした。 二度とあんなことが起こらないことを誓います。どうか頭をお上げください。長官が謝罪することなど一つもありません…!」

 「榛名…」

 「これは私たち姉妹の問題。ですが、もう大丈夫です…。長官、お気遣いありがとうございます」

 「………」

 大和は無言で頷き、頭を上げて姿勢を戻した。そして榛名にも頭を上げるよう促し、榛名も戸惑いがちに頭を上げた。

 「では、宴会を行わせてもらう。これは、我々が再び、強く手を握り合うことを約束するためのものでもある。この宴会には色々な意味を含めるものとして、行わせてもらった」

 「…はっ」

 艦魂たちの拍手喝采が包み込んだ。大和は微笑し、榛名はもう一度大和に一礼する。後ろで伊勢が微笑みながら拍手している。

 「それでは、宴会のもう一つの主役をご披露しよう」

 「…?」

 大和が手で合図すると、艦魂たちの間から、おずおずと現れた神龍の姿があった。榛名は愛する妹の存在を確認し、一瞬硬直し動揺が心の底から沸き起こったが、抑制することに努めた。

 エプロン姿の神龍は頬を朱色に染めて、おずおずとした落ち着かない態度だった。そして両手には、白いケーキが、広い皿の上にあった。

 「…あの、榛名姉さん…」

 戸惑いながらも神龍が言葉を紡ぐ。榛名は堂々と神龍の前に立ち、頷いた。

 「…なんだ」

 出来るだけ優しく言うように努めた。

 神龍は一度顔を俯け、そしてまたチラリと、上目遣いで榛名の瞳を見詰めてくる。榛名は目の前の妹が愛おしく見えた。榛名は冷静に、ずっと待った。 

 やがて神龍が両手に持つ皿に乗ったケーキを、ゆっくりと榛名に差し出した。

 「これ…」

 生クリームの白いケーキ。こんな真っ白な甘そうなケーキを見るのはしばらくぶりだった。戦前の、数年…十年ぶりくらいだろうか。とても懐かしい感じがした。砂糖などは配給の制限で国民はもちろん人の手に渡ることが少なくなった。なのに目の前にあるケーキはたっぷりの生クリームが注がれていて、食欲を誘った。生唾が喉を通る。しかしバレないようにする。榛名は至って冷静に、問う。

 「…これは?」

 「…ケーキ。榛名姉さんにどうかなって思って……。頑張って作ってみました…」

 「………」

 「あのね…」

 目の前に見せ付けられる真っ白なケーキと、頬を朱色に染めておどおどとする神龍の紡がれる言葉が届く。

 「伊勢さんから聞いたんです…。昔、まだ平和だった時代に……姉さんがケーキを初めて食べて、凄く幸せそうだったって……。だから、それを聞いて、私……三笠二曹から教えてもらったんだけど、一生懸命作ったんです……姉さんのために…」

 「…っ!」

 榛名は何か熱いものが、瞳の奥底からこみ上げてくるのを感じた。そして心の奥底からは温もりを感じた。目の前にいる神龍が愛おしくてたまらない。保っていた冷静が崩れそうで、足元がグラリと揺れそうだった。

 そんな榛名の後ろで、伊勢が優しい眼差しでその光景を見守っていた。

 「材料を集めるのは凄く苦労したぜ…」

 神龍たちを囲む艦魂たちの背の向こう側に、厨房に背を預ける三笠が苦笑混じりに呟いた。その声は、艦魂たちや神龍には、届いていない。

 「一生懸命作ったのに……これが中止になるって聞いたときは凄く心配だったんです…諦めてしまうところだったけど、大和さんがこうして行わせてくれました……ありがとうございます…そして、榛名姉さん、このケーキ、食べてみてください…」

 「………」

 神龍は頭を下げたまま、ケーキを前に差し出した。榛名の胸の前にケーキが差し出され、榛名はしばらくケーキを見下ろした。神龍の顔は見えない。しかし目を瞑ってぷるぷると震えているのがわかる。榛名は、初めてくすりと、微笑んだ。そんな一瞬の可愛らしい女の子の笑顔のような仕草に、周りにいた艦魂たちは一瞬驚いてざわめいたが、優しい笑顔で、榛名は差し出されたケーキを、受け取った。

 神龍の手から、榛名の手にケーキが移され、顔を上げた神龍は驚きと喜びを含ませた満面な笑顔を振りまき、艦魂たちもおおおおっと叫んで、拍手喝采になった。神龍は瞳に涙を浮かばせながらも輝くような笑顔で笑っていて、榛名も優しい微笑みで神龍を見詰め、大和もお姉さんらしい微笑で拍手し、伊勢も優しく微笑んでその光景を見守っていた。

 三笠も安堵の吐息をついて、エプロンの紐を解いた。

 「よしっ!今日は久々に飲むぞっ!みんな、大いに飲め!食え!そして盛り上がれっ!」

 「おおおおおっ!!」

 大和が瓶を片手に持って掲げて叫ぶと、その場にいた艦魂たちも会議室を揺らすほどに叫びの声をあげた。


 宴会は大いに盛り上がり、榛名は神龍から貰ったケーキを分けて、みんなに配っていた。神龍の作ったケーキに、全員が甘さから懐かしさを味わいながら、その場は幸せな雰囲気に包まれた。浜風が口の周りにべったりと生クリームをつけてはしゃぎ、雪風が怒ってそれを止め、みんなが笑う。そんな中でも磯風はケーキを黙々と食べながら本を読んでいて、行儀が悪いということで読んでいた本を日向に取り上げられ、伊勢が日向を宥めて本を磯風に返し、磯風は返された本を懐にしまい込んで黙々とケーキを食べ、伊勢に偉い偉いと褒められていた。神龍は榛名とともに幸せそうにケーキを頬張り、三笠が近寄ろうとするが、榛名に睨まれて中々近寄れなかった。まだ榛名は三笠を認めていない様子に一同が笑い、孤独になった三笠を大和が引き寄せて、三笠は襲い掛かる大和の毒牙に逃れようと必死になり、また笑いが沸き起こった。そしてこの宴会の色々な意味を含めた部分の中に、「三笠が新たに仲間に加わった祝い」も含めていることを大和が発言し、更に榛名に睨まれた三笠が縮こまり、他の艦魂たちが興味心身に三笠に話し掛け、宴会は大いに騒ぎあった。

 そんな幸せな宴会が、楽しいひと時が続く中、騒がしい夜が過ぎていった。



 騒ぎに騒いだ宴会が終わった夜、大和は一人、自室(艦魂長官室)にいた。

 椅子に腰を下ろし、宴会から持ってきた(さかずきを揺らしていた。ゆらゆらと揺れる液体を虚空な瞳で見詰めていた。

 宴会のときは他の艦魂たちと共に騒ぎ、大いに笑い合い、お酒を飲まずにラムネを飲む神龍を愛でたりとしていた姿も豹変したように変わり、いつもクールな雰囲気も今は鬱に耽っているような雰囲気だった。

 大和はふと、杯を書類が山済みに整理されている机の上に置いて、一番上の引き出しを開けた。開けた引き出しから、一枚の写真を取り出した。

 「………」

 写真には、果てしなく続く水平線をバックにして写る、二人の姉妹。

 場所は『大和』の甲板。いつか撮った、トラック島(かつての日本海軍の前線基地)の写真。妹の肩を引き寄せて抱きついてクールな笑顔の姉と、姉に抱かれてはにかんでいる妹。

 大和と武蔵の、二人の姉妹写真だった。

 腰まで伸びたロングヘアー。道着姿の大和とは違って黒い軍服をきっちりと締めていて、クールな姉とは別に可愛らしいはにかんだ笑顔を振りまいている。幸せそうな姉妹の笑顔が写った写真だった。

 「…姉妹、か」

 呟き、目を細める。その細めた瞳は、どこか思い出した悲しげな瞳だった。

 お酒が入ったせいか、頬も赤かった。

 「………武蔵」

 大和は壁に貼られるカレンダーに視線を移す。昭和二十年三月。その二十九日は、武蔵の誕生日だと思い出す。ただ、それだけ。去年の今頃までなら、誕生日が三週間後であろうが、誕生日がある月に入れば、武蔵は誕生日を楽しみにしていたのを覚えている。そんな可愛い妹を愛でていた自分もいた。しかし今年は、彼女はいない。愛する我が妹は、今は深海で永遠の眠りにある…。

 『大和』の姉妹艦である『武蔵』は、昭和十九年(1944年)十月のレイテ沖海戦に、姉の『大和』と共に出陣し、十月二十四日、シブヤン海にて戦没した。

 あの時、自分を護るために敵の攻撃を逸らしてくれた妹は、その所為で敵の猛撃に襲われてその姿を海底深くに没した。愛でる自分に抱きつかれ襲われながらも笑顔を絶やさなかった素直で可愛かった妹。そのはにかむ笑顔は本当に平和を象徴するような温かいものだった。しかし、妹は、武蔵は姉より先に、この世を去ってしまった。

 武蔵が死に、金剛たちを失った榛名のように悲しみと絶望に暮れていた。しかし、周りにいてくれた神龍や、榛名や伊勢たちの艦魂たちが救ってくれた。

 自分は、彼女たちをまとめる司令長官の地位にある。国に託された世界一の不沈戦艦として、いつまでも悲しみを引きずったりしないで、前に進まなければならない。それを、彼女たちが教えてくれた。

 武蔵の仇を討つためにも、強く生き抜き、そして戦わねばならない。

 「…何故、だろうな」

 大和は写真を見詰め、そっとその豊かな双方の胸に当てた。

 「何故、今になって思い出すんだろうな…」

 今日の宴会で、あの神龍と榛名の二人の姿を見て、今はいない妹を思い出していた。

 目は、俯いたために前髪に隠れて見えない。

 「………」

 しばらく大和はそのまま、温もりを感じる思い出深い写真を胸に当てたままの状態で、いつまでもそうしていた…。



 戦艦『榛名』の防空指揮所で、首に巻いたスカーフを風に揺らした榛名がいた。

 榛名は上に広がる星が輝く夜空を見上げている。

 「榛名」

 ビクッと肩を震わせ驚く榛名が振り返った先には、和服を身に纏った清楚可憐な女性、伊勢がいた。

 いつもいつも突然自分の後ろに登場する古き戦友を、いつものように溜息交じりで迎える。

 「…いつも突然すぎるぞ」

 伊勢はくすくすと微笑んだ。

 「榛名も簡単に背後を取られすぎよ」

 「…うるさいな。別にどこかの殺し屋でもないだろう」

 「なんの話なのかしら」

 「…気にするな。ただの戯言だ」

 榛名は頬を朱色に染めて、誤魔化すように夜空を見上げた。そんな戦友を見透かすように伊勢がクスリと微笑み、隣で一緒になって夜闇に無数に輝く星空を仰いだ。

 無数に瞬く輝く星。夜空を埋め尽くすようにきらきらと輝いている。こんな無数の星を見ていると、そんな星々が、天に昇っていった数知れぬ魂と思えてしまう。この戦争は、あまりにも命を失いすぎている。戦争というものはそういうものだが、この戦争はとても大きい。世界中で戦争が起こっている。六年ほど前から勃発した第二次世界大戦と呼ばれる戦争。そして日本は、支那事変から数えると、今年で十五年戦争をしていることになる。陸軍は大陸で戦い、海軍は太平洋で果敢に戦っている。そして敵味方双方とも数知れぬ大勢の命を失っている。

 そんな失った命が、無数の魂が、星となって夜空に無数にあると伊勢は感じた。

 そう思うと、この星空が無慈悲に思える。

 そして、真の美しさとも見て取れる。

 あの無数の星が、散った命であるならば、それは死を超えた真の美しさ。

 死を超えた美しさを具現化したものもあるのだが……それが、日本独特の最後に追い詰められた最終的手段、特攻である。

 今までもこれからも、そして今も、この海のどこかで若い命が特攻によって命を散らしているのかもしれない。まるで舞い散る桜のように。

 「…貴様はいつも深く考えすぎなのだ、伊勢」

 「…!」

 伊勢が目を見開いて星空を仰ぐ榛名に振り向く。榛名は星空から視線を伊勢に移して、フッと笑った。

 「貴様の考えていることなどお見通しだ。長い付き合いだからな…」

 「………」

 「貴様は無駄に何か深いところまで考えているときは、表情に出ているのだ。見ればすぐにわかる」

 伊勢はクスリと微笑んだ。

 「それはお恥ずかしい…。以後気をつけるわね」

 「別にどうでも良いがな…」

 榛名も微笑を浮かべ、再び星空を仰いだ。伊勢も息をついて、榛名に続いて星空を仰ぐ。今度は何も考えず、純粋にこの星空の観賞を楽しもうと決め込んだ。

 「…綺麗ね」

 「………」

 榛名は答えず、伊勢もそのまま瞬く星空を見詰める。青白い月光を照らす月が雲から姿を見せて一層夜空に神秘性を増した。

 ふと、榛名が呟くようにボソリと言った。

 「…ありがとう、伊勢」

 「え?」

 伊勢は隣で空を仰ぐ―――頬を朱色に染めながら―――古き戦友を見詰める。榛名は伊勢を見向きもせず、ただ星空を見詰めるまま。伊勢はそんな戦友を見詰め、柔らかく微笑んだ。

 長い付き合いを持つ、お互いを深く理解し合っている二人の戦友は、夜空を仰ぎ続けていた。


 

そろそろ学生の身分として必然的に迫り来る期末テストというものが近づいています。

なのでこのように、これからも更新が難しくなると思います。何度も言いますけど学生って辛いですね…。書きたい!読みたい!と思ってもテストがある…神様はなんて残酷なんだろう……と言ってみる。

テストが終われば待っているのは夏休みなんですけどね。それまで色々と頑張れたらいいんですけどね。

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