フィールドウォーク
イベント用のガールズミッションは言わばベータ版のようなもので、本来はメインコンテンツとなるべきダンジョンが拠点都市近辺に集中して配置されており、一般向けに開放されるものとは異なっていた。
一般向けにはレベル上げや製作・採集といった通常のMMOでは馴染みのコンテンツが用意されている。
もちろん智志たちのベータ版にもフィールドマップは用意されているのだが、経験値やアイテムを得ることが出来ないため、ほぼ訪れる意味のない場所となっていた。
日曜の朝、いつもより早く起きた智志は、フィールドマップの散策に出かけた。
イベントが終われば、助っ人として参加している智志にはゲームをする意味がなくなってしまうからだ。
それまでの間に智志は、時間の許す限り用意されているフィールドを楽しみたいと思ったのだ。
もちろんただ散策するのが目的ではない。
VRMMOならではの独特な戦闘スタイルに慣れるためでもあった。
拠点都市からは東西南北に向かう道があり、それぞれ異なるエリアに進むことが出来た。
フィールドでは地図を見ることができたので、そこから向かう目的地を決めることにした。
拠点都市の東に位置する始まりの村。
通常であればそこから冒険がスタートする場所である。
最初に智志はその村へ向かうことにした。
『おっはよー!』
急に耳に飛び込んできた声に智志は、ビクッとなる。
『おはようございます』
『早いね~、もしかして興奮して昨日眠れなかったとか?』
午前六時という時間。日曜にしては早い方だろう。
町のなかでもプレイヤーらしき姿を智志は見ていなかった。
『ちょっと気になったことがあったもので』
『ほほうなるほど、実は私もね~なんか物足りないな~とか思ってたんだ。で、何?いま何してるの?』
朝からとは思えないほどのテンション。相手は花音だ。
やや低血圧気味の智志にとっては、辛さを感じるほどの甲高い声。
『散歩みたいなものかな』
『お~っ、じゃさあ、私も一緒に行っていいかな?今どの辺?』
『東に向かう門の所にいます』
『おっけ~、ギガマッハで向かうね~!』
拠点都市の中にはチーム専用の部室のような場所が用意されていた。
昨夜はそこでメンバー全員がログアウトをしていた。
花音が物足りないといった理由は、塔ダンジョンの一階に現れた大きなスライムを討伐した際のことだろう。ブヨブヨとした柔らかい巨体には、物理攻撃がほとんど意味をなさなかったからである。
魔法攻撃装備を用意していなかった花音だけが傍観者になっていた。
ほどなく花音は智志と合流した。
ボイスチャットのモードをチームから通常に切り替える。
「この先はそんなに手応えのあるモンスターがいないと思うけど、いいかな?」
「狩り出来れば何でもいいよ!」
散歩に出かける犬のような忙しなさを見せる花音。
よほど物足りなかったのだろう。
門を通り抜けた先は田園地帯らしく、石畳の道の両側には畑が広がっており、モンスターらしき大きな牛たちが、縦横無尽に駆け回りながら畑を荒らしていた。
「よし!ちょっと行ってくる!」
そのうちの一頭目がけて花音が駆け出した。
智志はゆっくりとその後に続く。
牛モンスターの攻撃はひどく単純で、頭突き以外の攻撃方法を見せなかった。
身軽にそれを躱しながら、花音は両手の短刀で攻撃を加えている。
「なにこれ?ちょー楽勝なんですけど!?」
ほんの数回の攻撃で牛の体力ゲージが見る見る減っていった。
「クエスト用みたいですね。決まった数を倒す用ですから、そんなもんじゃないのかな」
畑の端にはNPCらしき農夫が立っていた。
智志が話しかけるとクエスト内容を言い始めたのだが、牛からドロップするキーアイテムを集めろという内容のものだった。
イベント用のベータ版であるため、アイテムを落とすことはない。
智志たちにはクエストを完了することが出来なかった。
「あれ?なんかでかいのがいる!次はそいつにロックオン!」
畑のほぼ中央には、象並みの大きさをした牛が立っていた。
おそらくレアアイテムを落とすネームドと呼ばれるモンスターだろう。
恐れ知らずの花音は正面から攻撃を仕掛けはじめた。
「な~んだそんなに強くないなコイツも」
と花音が言った矢先に、牛はくるりと反転し後ろ足で花音を宙へと蹴り上げた。
「うぐぇ!」
数メートル飛ばされた花音は、背中から地面に落ちた。
「ハハハハハ」
思わず込み上げてきた笑いを智志は我慢出来なかった。
「笑うな!」
「ごめんごめん、ハハハ」
顔を真っ赤にした花音は立ち上がるなり再び牛に挑みかかると、同じ攻撃を二度も受けることなく見事に打ち倒した。
「よっしゃ、次行ったろ!」
智志たちは場所を移動して、次の獲物を探すことにした。