BBAB①
「お笑い事務所の人ですか?」
ログインするなり初めて会った記念すべきプレイヤーさんに智志はそう言われた。
「違います」
懇切丁寧に否定する。
「すみません、ギルド事務所に行きたいんですが」
「中に人いますよ」
「運営の人ですか?ちょっと聞きたいことが」
「オフィシャルではありません、非公認でもありません」
物珍しいのか、つい目を止めてしまうのか、智志の周りにはいつの間にか人だかりが出来ていた。
妹とログインタイミングを合わせておけばよかったと、激しく後悔する智志。
それもそのはず、初期ログインポイントとして設定された場所なのだからプレイヤーが多くて当たり前だった。
「やっぱりログインしてたんだね」
この騒ぎの原因を作った妹が近づいてきた。
何はともあれ二人になった途端に、周囲のプレイヤー達は去っていった。
「操作とか分からないことある?」
「今のところは大丈夫だ」
「じゃあ、ちょっと離れたところでみんなを待とうか」
智志達はログインポイントである噴水広場から少し離れた場所に移動した。
プレイヤーの衣装は学校の制服をアレンジしたようなものでチームごとに異なっているらしく、集団ごとに色とデザインが違っていた。
商店らしき建物の前に置かれたベンチに腰をおろし仲間を待つ。
所在なく視線を彷徨わせながら、作りこまれたゲーム世界を観察する。
噴水広場の周りには、現実世界ではあり得ないほどの大きさの建物が屹立していた。
雲にまで達する長さの直立したピサの斜塔。東京ドームみたいな建物の他にピラミッドや闘技場、古いヨーロッパの城塞的なものまであった。
「想像してたよりもだいぶすごいな」
感嘆の言葉を智志は口にする。
「イベントが終わったあと一般プレイヤーにも開放されるんだって。事前登録も始まっているらしいよ」
「それはすごいな。……ちなみに聞くけど、今はライブ配信されていないよな?」
「する場合はアナウンスがあるみたい。興味がある人向けの紹介用としてらしいけど」
その言葉に智志は胸を撫でおろした。
あとで配信予定時間をチェックしておかなければ。
「揃ったらどうするんだ?」
「一つくらいはダンジョンに行って来ようって話になってるよ」
「装備は?」
「武器とか防具は好きなだけ配給センターで借りられるみたい」
「レベル上げとか必要ないのか?」
「必要ないみたい。みんな時間がない人達用にそうなってるみたい、あとクエストもないよ。一般向けに開放されるものは用意されているって話だけど」
アイドルとは言え、メジャーデビューを目指して磨きをかけている人達が参加するのだから、時間のかかるコンテンツは極力抑えられているのだろうと智志は理解した。
「面白いといいね」
ふふっと笑いながら奏が言った。
妹のキャラ名は苗字を抜いただけだった。おそらく弥生さんもそうなのだろう。
キャラの外観は現実世界に近づけているらしく髪形などもそのままだった。
キャラクターメイク設定がないのもそのためなのだろう。
ある意味ここはアイドル達が自分をアピールする場でもある。
全く違うものにしてしまえば、印象に残る可能性も薄れてしまう。
メンバーを待つ間、智志は奏と一緒に操作方法を確認した。
チャットの仕方やシステムメニューの出し方や使い方、スキルは武器が装備されてはじめて使用可能になるので、それだけは後回しにした。
「おまたせしました」
夢中になっていたせいか、智志たちは遅れてログインしてきたメンバーに見つけられることになった。
遥を先頭に三人が後に続いて来た。
「これでようやく始められますね」
遥に向かって奏が言った。
待ちわびた瞬間の嬉しさからか、子供のようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「イベント開始まで一ヶ月ほどです。今日は練習場所の確認を兼ねながら、時間の許す限り試してみてはと思うのですが」
思慮深げな腕組みをしつつ弥生が言った。
アニメキャラのようにデフォルメが施されたキャラクター外観のため、慣れるのに時間がかかりそうだった。
設定でキャラ名を常に頭上に表示させることが出来るのだが、プラカード並みに字が大きかったため邪魔だった。智志以外のメンバーも非表示にしているらしい。
「さてどこから行く?」
花音が準備体操みたいな動きを始めた。
仮想世界なのだから必要ではなさそうだが、脳波制御の確認をしているように見えた。
「塔がギミックダンジョン、お城がサバイバルダンジョンらしいの。他はまだ未開放ということなの」
ログイン前に運営からの最新メールを確認してきたという詩織の話だった。
「じゃあ先に装備を揃えに行こうか」
智志の提案に皆が頷いた。
脳波を感知しているのか顔の表情をトレースしているのかは分からなかったが、キャラクターの表情が皆ころころと変わった。
共通して笑顔を浮かべていたのは、ようやくスタートラインに立てたという実感が込み上げているからなのだろう。
この時ばかりは智志も、参加してよかったと素直に思っていた。