中二の遺物
夕食後、自分の部屋に戻った智志は、父親から受け取ったゲームデバイスの箱を開けていた。
土曜の午後、わずか数時間で自分を取り巻く日常が大きく変化したことに思考が追い付いてなかったが、これ以上は何を考えても無駄と判断した智志は、ひとまず自分が関わることになった世界がどんなものかを知ることにした。
午後九時にゲーム世界で待ち合わせをすることにした、と妹の奏から聞いていたので、先にログインして準備を整えておきたかった。
ゲーム機本体をネットワークケーブルに接続し、デバイスと電源ケーブルを本体に繋げる。
ゲームデバイスは自転車用のヘルメットに似ており、前方にスライド式のVRモニタ、左右頭頂部には可動型のヘッドホンがついていた。右側の聴音部にはマイクが付属しており引き出すことが出来た。
初期設定用に一般的なゲームパッドもついていたが、説明書を見る限りそれがなくても設定が可能だった。
ゲームにログインするには専用のIDが必要だったが、妹が教えてくれた。
戸惑うことがひとつだけ。
既に参加登録が済んでいるため、キャラクターの名前も申請済みということだったが、これが大きな壁になっていた。
自作ゲームでの音楽担当として智志につけられた偽名に問題があるのである。
ほとんどのプレイヤーの名前は芸名であるため、一般的なオンラインゲームで用いられる名前が使用されることはほとんどないだろう、ゆえにその感覚でつけられたネームは目立つこと間違い無しだ。
例えばだ、学校で「にっかり太郎」なんて名前の人なんているはずがない。
「もっちりムチムチ」「サボッテール」「厨兄さん」などは即家に電話されるパターンだ。
そもそも出生届の段階で役所の人に却下される。
当て字を使ったものなら読みにくいだけで済むが、それでは済まされないもの。
ゲームでありながら、現実世界に根差し過ぎた部分。
黒猫執事、が智志のキャラ名だ。
奏と弥生の中二思考時代の共同生産物だけに質が悪い。
イベントだけで済むならまだ我慢が出来る、が、これはネット配信前提のオンラインゲームなのだ。
本人バレする確率は高いはずはないだろうが、スマホ一台で世界とつながる今日この頃、どこで情報が漏れてしまうかはわからない。
智志の高校は進学校だけに思慮分別に秀でた生徒が多い、だが所詮は未成年。
青春真っ盛り、今頃中二病の輩もいるわけだし、同級生女子の一部には腐りかけの人もちらほらいるらしいし、同人活動が活発だからという理由で進学先を決めてしまうツワモノもいる。
今までゲームの音楽担当だった事実が明るみに出なかった奇跡が再び起こることを智志は祈った。
明日神社にお参りに行こう、と思わせるほどに。
余計な妄想をしながら準備を終えた智志は、数本のペットボトルを用意したのちにログインを開始した。