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依頼①

「す、ぶふっ」


「こっ、くくくわっ」


「ぶっ、ぷぷぷ」


「ちょっ、ぐっぐふっ」


 ドアの隙間から堪えきれない笑い声の断片がほとばしる。


「ごめんお兄ちゃん、ドアがちょっと開いてたみたい。……くふっ」


 この時ばかりはさすがの智志も妹をちょっとだけ恨んだ。


 脳内頭上からは大量のメテオが降り注いでいた智志は、喉奥で叫びながら脇汗がどっと噴出するのを肌身で感じていた。


「ど、どうど」


 智志の滑舌が崩壊した。


「「「「お邪魔します」」」」


 あえて智志の方を見ずに顔を赤く染めた五人の女子が部屋の中に入って来た。

 いずれも漏れることなく肩を激しく小刻みに揺らしながら、唇の色が変色しそうなまでに噛みしめている。


 妹の奏はあくまで平静を装いながら、クッションを皆に手渡していた。

 フローリングの上にカーペットが敷いてあるのだが、直に座るのは少し辛い。

 

 八畳間とは言え、計六人となるとさすがに手狭になった。

 机に椅子を押し込んだ智志はベッドの上に正座をした。


 はたと智志がその状況に気が付いた頃にはすでに手遅れだった。


 これじゃまるで公開処刑じゃねーか!


 見下ろす五人と智志が目を合わせた時、彼女達の心の防波堤は限界を迎えた。


「「「「「あははははハハハハハハハハハハハハハハハ」」」」」


 簡易的な防音効果が施していたにもかかわらず、智志の部屋が笑い声で揺れた。


「で、……話って何なのかな?」


 瞳を潤ませている五人の女子、妹の奏と岩崎弥生を除いた三人の顔に智志は見覚えがあった。


「あれ?どこかでお会いしましたっけ?」


 智志の前に並ぶ三人のうち、真ん中に座る女子が手を上げた。


「はじめまして、ご挨拶が遅れました私、ケルベリーズの来栖遥と申します」


 少し癖のある肩まで伸ばした黒髪と大きな瞳にエクボが印象的で、ベージュのワンピース姿は少し大人びて見えた。


「前にネット配信で、奏たちのゲームを紹介してくれた方たちですよね?」


「そうです!振付担当の香坂花音です!よろしく!」と遥の右隣の女子が言った。


 前髪をヘアバンドで止め、首にストール、トレーナーにショートパンツとニーソの組み合わせは活発そうだ。


「コスチューム担当、城戸詩織なの。よろしくなの」


 遥の左隣には、フード付きのパーカーにジーンズ姿の少し小柄な女の子。かなり物静な印象。


「ああ、みなさんアイドルで頑張っている人達じゃないですか………………って、えええええええ!?」




 妹の友達と聞いて、中学の同級生以外を即座に想像出来ようか?

 何故ここにいるのかがそもそもの謎だ。


 しかも彼女達は知名度はこれからだが、れっきとしたアイドルなのだ。

 もう、わけわかめ。


「実はお兄さんにお願いがあるんです」


 遥が一枚の紙を智志に手渡した。


 企画書らしく細かい文字の羅列が目に飛び込む。

 ガールズミッションというひと際大きな一行が特に目立った。


「私達を含めた、まだ知名度の低いアイドル達が参加するイベントがあるんです」


「イベント?じゃあスタッフの募集とかですか?」


 微笑みながら遥は首を横に振った。


「仮想世界、VRゲームってご存知ですよね?」


「もちろんVRゲームは知ってますけど」


「全国のアイドルがそのVRゲームでオンライン対戦をするんです。それがガールズミッションというイベントなんです」


 聞いたこともなかった。


 そもそもアイドルはメディアに露出することでその存在を世に知らしめ、歌や踊りといった特技で人々を魅了する人達ではないか。それが何の理由でオンラインゲームなんかで対戦をするのだろう?


「ニューロテクモはご存知ですよね?」


 遥たち三人の後ろで、奏の左隣に座る岩崎弥生が口を開いた。


「親父がお世話になってる、岩崎さんのお父さんの会社ですよね?」


 岩崎弥生は国内有数の医療機器メーカー・ニューロテクモの社長の娘である。

 言わば社長令嬢だ。

 上司の娘と部下の息子の関係からか、無意識のうちに智志は敬語になる。


「はい。本来は医療機器を作っているのですが、VRゲーム用のデバイスを開発することになりまして、その記念と宣伝を兼ねた形で、ガールズミッションという企画をゲーム会社の協力を得てたち上げることになりました」


「ゲームデバイスですか」


「手ではなく人の脳波を感知して自由に操作が可能となるものです。現在使用できるゲームソフトは限られていますが、ガールズミッションはそのテストゲームでもあり、一般の方々へデバイスを広く知ってもらうために開発されたVRMMOゲームなんです」


「なるほど」


「ガールズミッションは単なるイベントではありません。ネットを介して限りなく現実に近い形で一般の人達がアイドルとの距離を身近に感じられるようにするものでもあるんです。テレビやステージといったものを必要とせずに、仮想空間の中にコンサートホールを作るようなものです。わざわざ会場に足を運ぶこともなくライブを楽しむことが出来るようになるんです」


 弥生さんの事細かな説明で、イベントそのものの意図が理解できた。

 さすがは社長令嬢。


「イベントの優勝チームは、無条件でCDメジャーデビューが出来るほかに、ゲームデバイスのイメージキャラクターとしてCMの出演が決まっているんです」


 ほぼ無名のアイドル達にとっては間違いなく大きなチャンスだ。

 

「凄い話だなってことはわかったけど、何でそこに俺が関係あるわけ?」


 こんな企画自体、まだ世間には公表されていないはずだった。

 むしろ関係者でもない智志は、自分にこんな話をして大丈夫なのかとさえ思う。


「お兄さんにお話ししたのは、私達と一緒にイベントに参加してもらいたいからなんです」


 再び遥が発言。


「はっ?なんで俺?」


 ますますもって分からない。

 智志はごくありきたりな高校生であって、アイドルそのものとは全く無関係なのだ。


 確かに趣味で作曲をしたり妹のゲームを手伝ったりもしたが、プロというにはおこがましすぎる。


「イベントの参加条件として、六人のチームでの出場というものがあります」


 部屋を見回すと、ここには智志を含めてちょうど六人いる。


「チームのメンバーは、すべて同じ事務所に所属していないとダメなんです」


 ぎょっとした目で、智志は妹を見た。


「遥さん達のネットライブでゲームを紹介してもらったときに、事務所の社長さんと知り合ってマネージメントのお世話をしてもらう契約をしたんだ。アイドルじゃないけど、自分たちのゲームがマスコミで紹介されたときは色々相談出来るように」


 脳内ハンマーが智志の頭部を殴る。


「あれ?じゃ何か?俺の妹は幽霊芸能人ってわけか?」


「契約はね、弥生ちゃんと私だけじゃなくゲームを作ったメンバー全員になっているの」


 妹のテラバイト級発言に智志は言葉を失った。

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