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夜は痛い

「ただで手に入るもんじゃねえんだぞ!」

 パパがぶつ。これで七度目。痛いのはいやだ。

ごめんなさいは十を超えた。

 調子がいいときには女は顔が大事だと言うのに、怒ったときには容赦なくぶってくる。また顔に傷がついてお客さんが離れたら困るのはパパなのに。だけどそんなことを口にしようものならば、外を引きずり回されてもっと痛い目にあうのが目に見えている。

 八度目。痛いのはいやだ。ぶたれるたびに頭が真っ白になってなにも考えられなくなってしまう。その点では仕事と同じだけれども、誰にもいいことがないという点がまったく違う。九度目。痛いのはいやだ。やめてよパパ……。

 だけどもちろん、花を台無しにしてしまう原因を作った生意気なわたしが悪いのだ。

 ごめんなさい。

 聞き入れてくれるまで口にするしかない。小突き回されようとも、いまのわたしはここ以外で生きていけない。痛いのはいやだ。

 まぶたにも一撃が飛んでくる。右目みたく腫れた痕が残らないといいけれど――

「理由も言えねえのか! 俺に面倒ばっかかけやがって」

 もしも早駆けの五円を渡せば、パパはすぐにでもぶつのを止めてくれるだろう。それどころかわたしを抱きしめて大喜びするに違いない。

 だけど、渡さなかった。どうしてだろう。痛いのはいやなのに。

 考えようとしてみても、ぶたれるたびに考えが細切れになって飛び散ってしまい、うまくまとまりがつかない。手足の力どころか、考えようとする力さえも消えていく。

「ち……、誰が育ててやってると思ってんだ」

 とても長い時間のあと、やっと手を緩めてくれた。

 おそらく実際にはそれほど多くぶたれているわけではないのだろうし、パパも手加減をして叩いているのだとは思う。でもわたしが受ける痛いという実感は、数や威力に関係なく喉からごめんなさいを引きずり出す。行為そのものへの反応といえるのかもしれない。仕事と同じだ。

 震える声は自分でも不快に感じてしまうほどに甲高い。

 耳障りで恥ずかしい声を出さないといけない原因を生んだのはだれ?

「明日はそのへんの草でもちぎって置いておけ」

 パパはわたしに休みを許さない。五円を渡してもそれは変わらないだろう。

 五円を渡したと仮定して、わたしが花を売っている間にパパはどう過ごすだろうか。きっと上手く使われないと断言できる。飲むか打つかで消えてしまう。たまに当たって増えるかもしれないけれど、消える日が延びただけの話。

 渡さなかったのは、有効に使われないのが見えているからだ。

 浪費しかしないパパには大金を渡せない。わたしだって有効な使い道を思いついていないけれど、少なくとも良い方法を思いつくまで貯めておくことはできる。


 家の裏手に回って、生えている雑草を引き抜く。雑草は煤煙にさらされても平気だ。すぐに枯れてしまう花よりずっと強い。

 だけど誰からも求められてはいない。みんなやっぱりきれいな花が欲しい。枯れてしまったばまた新しい花を買えばいい。目も向けられない草と、すぐに取り替えられてしまう花。どちらが幸せなのか、わたしにはわからなかった。

 稼ぎが悪くてどうしても食べられないときや、気だるくて買い物に行けないときには、雑草や苔を煮たり蒸したりして食べる。でもそれは本当に最後の手だ。

 たいていはそうなる前に、パパがどこかで食料を仕入れてくるか、パパに連れられて行ったお店で物々交換してもらう。……物々交換じゃないか、『花』で食べ物を買っているのだから。

「すまんな」家に戻って明日の用意をしていると、ふいにパパが後ろから抱きしめてきた。

「大事な(つら)ぁぶっちまった」

 回された手が頬にそっと触れた。鈍い痛みが走る。「う」と吐息がかすかに漏れて、思わず顔をゆがめてしまう。パパが後ろにいてよかった。もし見られていたら、『なんだその顔は。俺のせいだと言いたいのか』なんて言いだして、また怒らせてしまうところだった。

 頬と鼻柱がひりひり痛む。たぶん明日には(あざ)になっているだろう。

「いい子でいてくれよ……」

 わたしの苦悶の吐息を甘い()き声だととったみたいだ。手を荒々しく伸ばしてくる。

 でも、パパじゃ仕事にならない。

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