昼間の飲み会
一部が見えていたレム鉱石を掘って条件に合致したものを集めた後、俺とアッシュさんはさっさと帰ることにした。
掘るのに一日という予測を立てていたため水の量にはかなり余裕があり、一番危険な荒野の水場で補給する必要もなかったため、特に問題も起きることなく無事帝都に帰還。
帝都に入る前に姿を変えたアッシュちゃんと、あっさりと依頼の報酬を受け取った。
これでレム鉱石はトラモントの方へと運ばれていき、アリスとイリスの手元にたどり着くことになるだろう。
一週間程度かかる予定だった仕事が、四日と少しで達成だ。美味しいなんてものじゃない。
とはいえ、今後こういうやり方で時間短縮をすることは滅多にないだろう。
あまりの仕事の早さに、受付のお姉さんが不思議そうにしていたからだ。
アッシュちゃんが良い感じに誤魔化してくれたから問題なかったが、今後も似たようなことをやると怪しまれかねない。
正体ばれたら出て行く必要があるしな。上手いことやらないと。
受け取った報酬を手に、俺とアッシュちゃんは飲み屋っぽいお店へとやって来た。
この前ホルンさんに教えて貰ったお店の内の一つだ。
確か焼き鳥が旨いんだったかな。
こっちに来てから焼き鳥は食べたことがないから楽しみだよ。
「お、ノゾムにアッシュじゃねぇか。おーい、こっちに来いよ!」
店に入ると、急に声をかけられた。
そこにいたのはホルンさんにメイヴォスさん、オーリオさんの「三本の矢」パーティの面々だ。
ホルンさんに教えて貰ったお店だから偶然会っても不思議じゃないが、想像していなかったのでちょっとビックリ。
シオン君の依頼を受けて以来だから、結構久々だなぁ。
「どうも、お久しぶりです」
素直に近くに行って挨拶する俺に、ホルンさんが酒に酔っているのか、赤くなった髭面で笑みを返す。
「おう。あの依頼ちゃんとやってくれたんだってな。助かったよ」
「いえ、そういう約束でしたしね」
「そりゃそうだが、ありゃ割に合わない仕事だったからな。久々に会ったことだし、個人的な追加報酬ということでここは奢ってやるよ。ほら、そこ座れ」
「あー……ごちそうになります」
ちょっとだけどうすべきか悩むも、奢ってもらえるなら断る理由もないかと結論づけ、言われた通りにアッシュちゃんと座ると、ホルンさんがタイミングよくやってきた店員に焼き鳥などの料理と酒を適当に見繕って頼んだ。
ちなみに焼き鳥は塩だけで、タレはないようだ。塩も好きだけどちょっと残念。
しかし、既にテーブルの上は酒が入っていたと思しき空のジョッキがかなりあるんだが、ドワーフがいるとはいえ、どんだけ飲むんだろうか。
「ははは、巻き込んで悪いね。ホルンはちょっと憂さ晴らししたいみたいでさ」
オーリオさんの言葉に首を傾げる。
「あれ、大半をメイヴォスさんが飲むんじゃないんですか? それに憂さ晴らしってどういうことでしょう?」
「飲んでるの半分はメイヴォスだけど、半分はホルンだよ。ちょっと依頼が上手くいかなくてね」
依頼失敗のやけ酒ってことか。
「へえ。ちなみにどんな依頼だったんです?」
「ここから近いある村で、やけに調子が悪い人が増えてさ。その原因調査と解決だったんだ」
「つまり、その原因が分からなかったってことですかね」
俺の予想は外れていたらしい。オーリオさんが首をあっさりと横に振る。
「原因は分かったけど、解決ができなかったんだ。いや、ある意味もう解決はしてるんだけど、いつ再発してもおかしくない状態になっちゃってね」
ほうほう。
「何かの病気だったとか、そういうことですか?」
「それだったら対処もしやすかったんだけどね……」
うん?
言いづらいことなのか、オーリオさんがちょいちょいと手招きしている。
運ばれてきた酒の内、甘めのものを口にしながら近くに行くと、オーリオさんは小声で耳打ちをしてきた。
「その原因が、淫魔だったんだよ」
ぶっ!?
想像だにしていなかったセリフに、思わず酒を噴き出してしまった。
幸いそれによる被害はなかったものの、俺は別の嫌な予感を胸にアッシュちゃんをちらりと見る。
ああ……。
ダメだ。聞こえてなかったら嬉しいなと思ったけど、魔王の耳は高性能らしい。完全に目が据わってる。
やばい、これどうしよう。
オーリオさんに悪気が全くなかったのは明らかだ。この地雷を知ってるのはこの場では俺だけ。つまり、フォローは俺にしかできない。
「あー……そうだ! アッシュちゃん、そろそろアレを取りにいかないとまずいよね!?」
アレって何かは俺も知らない。適当なことを言っているだけだ。
我ながら無茶振りもいいところだが、アッシュちゃんが察してくれてこの場を離れてくれるかどうかが鍵となる。
これがフォローになっているかどうかは知らない。
そんな咄嗟に名案を思い付けるような、素晴らしい頭なんて持ってないんですよ。
「ん……ああ。そうだね。じゃあ僕は取りにいってくるから、望はここで食べておいて。それほど時間はかからないだろうし。それと、後で聞かせてね」
だがさすがはアッシュちゃんと言うべきか、あっさりと真意を見抜いて乗ってきてくれた。
最後の一言は抑揚もなくて微妙に怖かったけど、後で俺から伝える際に淫魔という言葉を夢魔に変えればいい。
「女の子に行かせて自分だけ動かないのは、ちょっと感心しないよ?」
少し責めるようにオーリオさんが言う。
どう答えるべきか悩み、とりあえずどうとでも解釈できるような表現で返す。
「アッシュちゃんじゃないとダメなものでして」
「ああー、もしかしてアレか。じゃあ仕方ないね」
「それより、お話の続きを聞かせて貰っていいですか?」
「いいよ。とはいえ、そんな大層なものじゃないんだけどね。数日調べて体調不良の原因は淫魔がいろいろと吸ってたから、というのまでは分かったんだけど、退治する準備をしてる間にその原因がどっかに逃げちゃったんだよね。足取りも掴めず、依頼は失敗ってわけじゃないけど、胸を張って完了とも言えないような、そんな宙ぶらりんの状態になっちゃったってわけ」
なるほど。それでやけ酒になった、と。
「お前らなーに話してばっかいるんだ! 俺の奢りなんだぞ! ほれ、飲め飲め!」
「他人の金で飲む酒は旨いぞ! 飲まないと損だ!」
やけにテンションの高いホルンさんとメイヴォスさんを見て、つい苦笑をしてしまう。
とりあえず、奢ってもらった分くらいは潰されない程度に付き合いますかね。




