アーミーウルフ
幸いなことに、危険な生物に出会うようなこともなく、俺とアッシュさんは無事目的地へとたどり着いた。
結局、寝るときと食事をとるとき以外はほぼノンストップで走り続けたんだよなぁ。冗談かなと思ってたのに、ガチだったよ。
かなり地味だけどやっぱりチートだ。
全く疲れを感じなかったのみならず、靴擦れや筋肉痛といったものさえ発生しなかったのだから。
痛みに関しては、俺がどのくらいで発生するかというものをろくに理解していないから感じなかったんだと思う。
つまり元々どんだけインドア派だったのか、というのが透けて見えるわけだが、役に立ってるのだからいいよね。
ただアッシュさんに告げたところ、これはこれで別の問題があるらしく、その分筋肉が強くなったりしないらしい。
剣を振ったりすれば技術的なものは身に着くだろうが、どんだけ筋トレしても筋肉はつかないんだとか。
逆に言えばどんだけさぼっても劣化しないらしいので、それならいいかと思っている。
肉体的な変化は皆無って、ある程度育った後ならメリットの方が大きいしね。生まれたばっかとかなら詰むけど。
どんだけ暴飲暴食して怠惰に過ごしても太らないという、世界中の女性に恨まれそうな体質(という表現でいいのか?)になっていたわけだ。
「えーと、レム鉱石ってここらで取れるらしいけど……アッシュさん、詳しい場所とか分かる?」
目の前に広がっているのは茶色の風景。
右を見ても左を見ても茶色い壁が視界に入ってくる。ここらの起伏はかなり激しくて、現在地点は谷のようになっていた。
印象としてはグランドキャニオンっぽい。行ったことはないけど、多分そんな感じだ。
「壁になってる部分の下の方を適当に掘ってたら出てくる、ってくらいしか知らないんだよな。まぁレム鉱石の外見は分かってるわけだし、手分けして適当に掘ってみるか」
「それしかないか。了解。じゃあ俺、そこら辺掘ってみるよ」
「おう、じゃあ俺はこっちの方を掘ることにする」
アッシュさんにつるはしと小型ハンマーを渡し、自分の担当する場所へと移動する。
つるはしを持って、言われた通り壁の下らへんに向かって一振り。
ここら辺の土は脆いのか、かなりあっさりとつるはしの先端が壁に入り込んだ。
俺の力でもなんとかなるか。
壁からつるはしを抜き去り、少し位置をずらして再度振る。
土の欠片を周辺に飛ばしながら繰り返すこと十数回。
亀裂でも入っていたのか、元々そういう土質なのか、壁の一部が分厚いかさぶたのように剥がれ、ずん、と音を立てて地面に落ちた。
「うぉっ! けほっごほっ!」
まき散らされた土埃にむせながら、顔の前で手を振って少しでも土埃を散らしていく。
「おーい、大丈夫か?」
「けほっ! あー、うん。大丈夫、ちょっと驚いただけ」
「そうか――って、もう見つけたのか。早いな」
「え?」
思わず表面に出てきた壁面を見る。
するとそこでは、先ほどまで見えていなかった青色がいくつか茶色に混ざっていた。
確かレム鉱石って、鮮やかな青色が特徴なんだっけ?
おお……マジか。
一発目で大当たり?
どんだけ運がいいんだ。まさかそっち方面のチートもいつの間にか手に入れていた!?
「お、こっちもあった。どうもここら、適当に掘るだけで手に入るっぽいな」
あ、はい。そうですか。そうですよね。
掘る場所の条件さえ合ってれば簡単に手に入るものだったわけだ。
運なんかほとんど関係ないのだろう。
そういやアリスからの手紙も、大体の場所しか書いてなかったしな。この状況を見越してたってことか。
「もうちょっと掘ればって……望、こっちに来い」
「え? あ、うん」
理由は分からないが、手招きするアッシュさんのすぐ傍に移動する。
マジメな顔してるし、何か変なものでも見つけたんだろうか。
「グルルルル……」
そんな俺の疑問は、あっという間に解決される。
壁が落ちた音に誘われたのか、五匹の茶色い狼が唸り声をあげながらゆっくりとこちらに歩いて来ていたのだ。
「チッ……アーミーウルフか。悪いが望、こいつらは殺すぞ。精神に影響を与える魔法にはかなりの耐性があって、今までの方法じゃ追い払うことができないからな」
うわ、マジか。
アッシュさんがそう言うってことは、それ以外の方法がないんだろうけど……マジかぁ。覚悟決めるしかないのか。
アーミーウルフたちはこちらの隙を探っているのか、10m程度の距離まで近づいて動きを止めている。
俺はつるはしをそっと地面に置くと、代わりに木剣を両手で握りしめてゆっくりと構えた。
アッシュさんはと言えば、どうもつるはしをそのまま武器にすることにしたらしい。片手でつるはしを握りながら、強い視線をアーミーウルフに向けている。
「アーミーウルフって、どのくらい強い?」
「単体でならランクE冒険者一人でもなんとかなる。ただ五匹となると……ランクCのパーティーくらいは欲しいな。俺が倒すだけなら余裕だが、多分こいつらは隙をついて望を狙うと思う。勿論フォローはするが、たまに抑えきれずにそっちに流れるかもしれん。覚悟はしといてくれ」
「うっへぇ……たまにってことは連携はないって思っていい?」
「ああ。そこは安心してくれていいぞ」
となると、ランクE冒険者が対応できる程度の攻撃がたまに来るってことだな。
震えそうになっている手で木剣を強く握りしめ、恐怖心を押し殺す。
大丈夫、守りだけに徹すればいいんだ。よく見て対処すればいい。時間を稼ぐくらいなら、多分ランクEの実力も要らないはず。であれば、俺でもできる。
自分に強く言い聞かせ、しっかりとアーミーウルフたちを見据えながらアッシュさんの後方まで移動する。戦いに巻き込まれたら俺は邪魔だろうから、少し離れるくらいの方がいいのだ。
「了解。できるだけ早く助けてね?」
「ああ。任せと……けっ!」
アッシュさんは答えるのと同時に、俺がさっき置いたつるはしを蹴り飛ばした。
投げる際はノーコンでも蹴った際にはそれなりのコントロールがあるらしく、つるはしは勢いよくアーミーウルフたちに飛んでいき、中央にいた一匹にぶつかる。
キャン、という声が響くと、それが引き金になったのか、左右二匹ずつに分かれてアーミーウルフが距離を詰めてきた。
対するアッシュさんは右側の二匹にはつるはしを振って牽制。
その間に飛び込んできた左側の二匹には綺麗に蹴りをお見舞いしている。
当たり所が良かったのか、骨が折れた音とともに二匹は壁に叩き付けられた。
これであっという間に二対一。別に俺の覚悟要らなかったんじゃ?
なんてことを考えたのが悪かったのか。
右側の二匹が左右に分かれ、壁際すれすれを俺に向かって突っ込んでくる。
「望、左の奴がそっちに流れる!」
あれを両方止めるのはさすがのアッシュさんでも物理的に無理だったらしい。
牙を見せながら突っ込んでくるアーミーウルフに抱く感想は、怖いの一言。
動きも速いし、正直勘弁して欲しい。
だがアッシュさんがああ言った以上、右の方は止めてくれるはず。
左の一匹だけに意識を絞り、集中。
アーミーウルフはアッシュさんの横を通り過ぎて、あっという間に距離が詰まる。
時間がないのはアーミーウルフも分かっていたのだろう。
数歩で届くようなところまで近づくと、俺の上半身に飛びかかってきた。
その狙いは多分首。短期決戦であれば、そこを狙わないはずがない。
案の定、大口を開けてアーミーウルフは俺の首を噛み千切らんとしてきた。
だが、狙いが分かっているなら受けやすい。構えていた木剣を、アーミーウルフの横っ面に叩き付ける。
「ふっ!」
衝撃で狙いがずれて、アーミーウルフは俺の左側を通過。
ただダメージはさほどなかったのか、綺麗に着地すると再度俺に飛びかからんと唸り声をあげる。
そこに飛んできたのは一本のつるはし。
それは回転しながらも狙いすましたかのように、アーミーウルフの胴に突き刺さり、それでも勢いは残っていたのかアーミーウルフごと後方の壁に激突する。
飛んできた方を見れば、アッシュさんが素手で残ったアーミーウルフにとどめを刺していた。
その足元には別のアーミーウルフもいる。
一瞬数が合わないことに混乱したが、よく見れば最初に蹴られたつるはしの近くにアーミーウルフがいなかったので、つるはしに当たったアーミーウルフがまだ生きていたのだろう。
ということは、これで終わり……かな?
蹴られた二匹は動いている様子もないし、アッシュさんの近くの二匹も同様。
俺を襲ったアーミーウルフは足がぴくぴく動いているが、虫の息なのは明らかだ。放っておいても問題ない。
俺たちを襲おうとしなきゃこうはならなかったろうに……。
「ふぅー……なんとかなったぁ」
「おう。お疲れ様、望。ランクEで対象になるやつくらいなら、一人で狩れるんじゃないか?」
明らかにお世辞を言ってくるアッシュさんに、苦笑しながら首を振る。
「自分の身が多少守れるってくらいだし、無理だよ。それにやっぱ気分がいいものじゃないし」
「そうか。じゃ、さっさとレム鉱石を回収して帰るか。ちなみにアーミーウルフの皮は一応売れるが、どうする?」
「……高いの?」
「いや、二束三文だな」
「じゃあ放っておこう。皮を剥ぐとか、ちょっと気分悪くなりそうだし」
できればそんな光景、見たくない。
アッシュさんは軽く頷くと、にやりと笑って俺の背中をバンバンと叩いた。
「じゃあ後はレム鉱石の回収だけだ。もうひと踏ん張りだし、頑張れよ」




