有能
孤児院の依頼をこなしてから二週間程度経った日の朝。
コツンという音で目が覚めた。
あー、朝か。
隣のベッドではアッシュがゆっくりと体を起こしている。
最近、部屋の中限定ではあるが、結構な頻度でアッシュちゃんはアッシュの姿をとっていた。
胸元の開いた服を着ているため、白い肌が朝日によって眩いくらいに照らされている。
朝っぱらから、目に毒だなあ。青少年の教育にはよろしくない光景ですよ。
俺はもう青少年って歳でもないだろうから、別にいいんだけど。
「んーっ!」
アッシュが伸びをすると、某箇所が強調されて、更に目に毒な度合が増した。
起き抜けに見る光景と考えると、ありがたいような勿体ないような感じだ。
贅沢かもしれないけど、寝起きって頭が回らないからね。
どうせならもっと頭がはっきり動いてるタイミングで見たい。
近いと緊張はするけど、綺麗なお姉さんは目の保養にもなるからなぁ。
コツンと再び音がした。
上半身を起き上がらせて音のした方を見ると、窓の外に一羽の鳩が。
……うん?
寝ぼけているのかと目をこするも、やはりそこには鳩がいた。
なんで鳩?
「もしかして、ぽっぽ君?」
アッシュの言葉に、思い出すのはアリスの使い魔。
確かに似てる。鳩の見分け方なんかは知らないけど。
その記憶にある外見と今目の前の存在を比較し、多分同じものだと判断する。
さて、これが仮にぽっぽ君であるとして……なんでこんなところに?
一瞬考えついたのは、アリスがこの近辺にいるということ。
しかし、首を振ってすぐにそれはなさそうだと切り捨てる。
俺のところに押しかけたりしない、という約束があるからな。
こっちも手紙をちゃんと送ったわけだし、それから場所を変えたりもしていない。
あっちが約束を破る理由はほぼないだろう。
他に約束を破る理由が出来た可能性がないとまでは言えないが、それよりは他の理由でぽっぽ君がここにいると考えた方が無難だ。
あ、というかそんなことより。
「アッシュ、ぽっぽ君に姿見られても平気なの……?」
下手したらここからアッシュの正体が夢魔であるとばれる可能性あるんじゃないか?
「そこは平気ね。使い魔って所有者の手足のように動くけど、自由意志みたいなのはないし、感覚共有みたいなのも、見た情報を伝えるとかも出来ないからね」
「そっか。じゃあいいんだけど」
使い魔の仕様上で無理なら、大丈夫だろう。
となると、気にするべきはやっぱりなんでここにいるのか、か?
ぽっぽ君が何かを伝えようとするかのように、コツン、と窓をくちばしで突っつく。
入れろって言いたいのかな?
ベッドから下りて窓の方に近づくと、ぽっぽ君が飛び上がって窓から少し離れた。
窓を開けたらぶつかる位置にいたから、位置調整を行ったんだろうが……やっぱり賢いな。
窓を一息に開けると、朝のさわやかな空気と一緒にぽっぽ君が部屋に入ってきた。
お?
ぽっぽ君の足には、金属製の筒が括りつけられていた。
もしかして、ガチの伝書鳩か?
ぽっぽ君に近づき、金属製の筒を足から外す。
その間、ぽっぽ君は一切逃げようとしなかった。自分の役割がしっかり分かってるんだな。
筒の中に入っていたのは、一枚の手紙。
案の定である。
手紙を広げて、中身に目を通す。
ふむ……。どうしよっかな。
結論を出さずに、そのまま手紙をアッシュへ。
アッシュが読んでいる間に、手紙に書かれている通り、ぽっぽ君に再度金属製の筒をつけて、窓の近くまで移動させる。
すると、ぽっぽ君も自分の仕事を理解しているため、窓から勢いよく飛び出して行った。
おー、速い速い。
「ん、なるほどね。望はどうしたい?」
「微妙だけど、まあ受けてもいいかなとは考えてるよ。アッシュは?」
どんどんと小さくなっていくぽっぽ君を眺めながら、アッシュに答える。
書かれていた内容は、簡単に言えば仕事の依頼だった。一応前回の手紙の返事も混ざってたけど、それはあってないような中身だし。返事はまた書く必要あるけど。
依頼の方は指名依頼ではないものの、早く達成されると助かるため、俺たちが受けてくれないか、といった内容。
仕事の内容もとある鉱石の採集なので、俺らの方針でも受けることは可能だ。
手紙に書かれていた情報によると、たどり着くまでが少々面倒で、周囲に討伐対象となるような生物も出にくいらしい。
そういう面もあって俺たちに依頼の話を持ってきたんだろうな。
他の冒険者が受けてくれるのが、いつになるか分かったもんじゃないし。
「手間だけど、望が受けていいと思ったならいいんじゃない? 幸い、アリスはいない状況なわけだし」
だよなぁ。割とアリスがいないって点はデカい。
というか、その点がなかったら俺も受けようとは思わなかったわけだし。
「じゃあ、受けるとしようか。相変わらず報酬は高めだし」
「了解」
アッシュがアッシュちゃんになるのを尻目に、遠出する際に持っていく荷物を選別する。
今回の目的地はそれなりに遠いのだ。
大体片道で三日といったところ。往復で一週間は見積もった方がいいだろう。
途中に小さい村でもあったらそこで補充といった選択肢があるのだが、残念ながら今回はない。
そのため、食べ物や水でスペースを取られるので、持っていくものをいつもより絞る必要があった。
といっても、元々それほど不要なものは入れてないんだけどな。
減らすとしたら、予備の着替えとかになるか。服はかさばるし。
「望、こっちは準備出来たよ」
「こっちも終わった。じゃあ行こうか」
アッシュちゃんを促して、部屋から出る。
その直前、ふと窓の方に目をやるも、既にぽっぽ君の姿は見えなくなっていた。
そういや……どこを目的地にしてるかは手紙で書いたけど、どの宿にいるとかは書いてなかったよな?
え。ってことはぽっぽ君は自力でこの場所見つけたのか?
方法は分からないけど、それしかない、よな。
うわぁ……。
ぽっぽ君の有能さに驚くより先に、俺はちょっと引いていた。




