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疑惑

 アッシュちゃん……じゃなくて、今はアッシュか。

 アッシュの機嫌が悪い。

 原因はよく分からん。

 ミーちゃんを孤児院に連れて行ってから、何となくアッシュちゃんの口数が減っている気はしていた。

 冒険者ギルドで報酬を受け取ったときなども、ほぼ最低限の会話で済ませていたからな。

 依頼を軽く確認したがあまり良いのがなかったので引き上げることにし、宿に戻ったのが先ほどのこと。

 部屋に入ったところで、アッシュちゃんはアッシュへと姿を変えた。

 アッシュになった理由を聞いても答えてくれない。

 何かあったのかと尋ねても、何もないとそっけなく返される。

 機嫌、悪いよな……?

 勘違いではないと思う。

 アッシュにはからかわれるだけのことがほとんどであったため、その姿だけで考えると時間的にはあまり長い付き合いではない。

 アッシュになっている時間って、アッシュちゃんの十分の一以下だし。

 でも、アーシュライトという存在として考えるならば、結構長い付き合いなのだ。

 姿に精神が若干引っ張られるとはいえ、知識などは共有されているのだから、間違ってはいないはず。

 もっとも、その姿によって俺も態度を変えているし、同一人物であると認識しながら別人扱いしてるんだけどな。

 ともあれ、アーシュライトという存在と付き合いが長くなっているので、今の機嫌が悪いのはなんとなく分かる。

 それはいい。そういうときもあるだろう。問題は理由が分からないことだ。

 タイミングから察するに孤児院で何かがあったと見るべきだが、遊ぶ以外のことは何もしていないようなものだ。

 子供を一部押し付けた、みたいになったのが原因か?

 でも、子供たち相手に遊んでたときは、若干諦めているような雰囲気はあったものの、不機嫌ではなかった。

 子供たちに気付かれないよう、上手いこと隠していた可能性は否めないが、そうと断ずるにはどこか違和感がある。

 とはいえ、他にそれらしい原因も思いつかないんだよな。

 気付かない内に自分が何かやらかした、という可能性もなくはないだろう。

 もしそうなら謝るべきなんだろうが、原因が確定できてない状況で謝るのもおかしいし……。

 う~ん、どうしたもんかな。


「ねえ、望」


 考え込んでいたために自然と俯いていた顔を上げると、アッシュと視線が交わる。

 いつもであれば美人と目が合うと緊張するが、間にそれなりに距離があることと若干の慣れのため、ほとんど緊張はしないで済んでいた。

 原因を話してくれる気になったんだろうか。


「何?」

「望ってさ――」


 言うべきか言わざるべきか、そんな悩みを一瞬だけアッシュは顔に出すも、天秤は言う方に傾いたのだろう。

 意を決したかのように、ゆっくりと柔らかそうな唇が形を変える。


「ロリコンなの?」

「いや、ないから」


 中身を理解する前に、反射的に否定する。

 言い終わってから改めて問われた内容を脳内で確認し、返答に問題がないと理解すると不可解という感情を込めてアッシュを見た。


「なんでそういう疑問が出るかな」

「いやー、孤児院でずいぶんと楽しそうにしてたから、つい」


 つい、じゃねぇよ。

 アッシュがこちらを見る目は、どこか心配そうなものになっている。

 否定してるんだから素直に安心して欲しいんですけど……。

 もしかして、機嫌が悪かったんじゃなくて、不安に思っていただけなんだろうか。


「キスされたときも、嬉しそうに笑ってたし」

「そりゃあの流れで不機嫌な顔するわけないだろうに……」


 どっか対応ミスったか? いやいや、あれは満点の対応だろ。仮にもっかい同じ機会があったとしても、同じ対応するし。

 それほど嬉しくなかったとしても、子供にお礼って言われてるのに不機嫌な顔するとか、大人げないにもほどがある。

 悪意があったわけでもなし、自分の仕事の結果であれだけ素直に喜んでもらえたなら、こっちも嬉しくなる……よな?


「……本当に大丈夫なの?」

「え、俺ってそんなに信用無い? ちょっとショックなんだけど……」

「いや、そういう理由があるなら、娼館に行かない理由も分かるから」


 あ、それはやめて。違う方面からダメージ受けちゃう。いやホント、チキンですいません。勘弁して下さい。


「最悪、何とかして更生させないとまずいかなーって思ったんだけど……大丈夫なのね?」

「…………っああ」


 返事に間が空いた理由は、ためらったからではない。

『何とかして更生』のあたりでアッシュが腕を組んだため、胸元の開いた服によって強調されていた胸が更に強調され、俺の視線を強制的に固定したのだ。

 罠である。俺は悪くない。反射的に妄想した『更生』の中身を表に出さなかっただけ偉いと思う。マジで。

 だからそんな疑わしい、みたいな目で見ないで下さい。

 睨み合うようにして時間が過ぎていく。いや、こっちは睨むというほど目に力入れてないけどね。

 どちらかというと、睨まれてるけど頑張って目を逸らさないようにしてるって程度。

 気分は蛇に睨まれた蛙です。

 しかし、今回はどうやら蛙が勝てたらしい。あるいは蛇に見逃して貰えたというのが正しいのかもしれない。

 アッシュは大きく息を吐くと、「そう」と言葉を漏らした。

 ふぅ、助かった……。

 ちょっと背中に変な汗かいてる気がするよ。

 だが、考えてみればアッシュに問われただけまだマシだったのだろう。

 明らかに外見がロリなアッシュちゃんに「ロリコンなの?」と問われたら、いろんな意味でまずい。

 犯罪臭しかしない。しかも一応合法なだけにややこしい。

 多分速攻で否定はするだろうが、アッシュちゃんが悲しそうな顔を見せたら一瞬で前言撤回しそうである。

 泣く子には勝てませぬ。

 そこまで計算しての変身だったのかは分からないが、どちらにせよアッシュになってくれていて良かった。

 理想を言うなら、アッシュさんになっていて欲しかったんだけどな。

 今回みたいな内容だったら、男同士の適当なノリで聞いて貰えるのが一番精神的には楽だし。


「あ、そういえば……今日最初に聞き込みで話した女性みたいな人が好きって言ってたっけ」


 思い出した、というように奥さんのことを口にするアッシュ。

 あれ? そこを最初に思い出してくれてれば、ロリコン疑惑はなかったんじゃ……?

 くっそ、分かりやすい証拠があったのに忘れてた。


「結構色っぽかったわね。望はああいうのが好きなんだ」

「あーうん、まぁ……ってあれ。幻に似てるって言わなかったっけ?」

「いや、それは言ってたけど、あの時の幻ってわたしには見えてなかったから」

「え? アッシュが出したのに?」

「ええ。あれは対象だけに理想の相手を見せる魔法だから」


 へえー。そうだったのか……。


「ああいう顔が好きなら、これからあの顔になる?」


 そう言うと、アッシュの顔から靄が湧き出る。

 あっという間にアッシュの顔は見えなくなり、靄が晴れるとそこにはあの奥さんそのままの顔があった。

 思わず硬直する俺を見て、奥さんの顔をしたアッシュがくすくすと笑う。

 そのまま散々からかわれ、辛うじて会話が出来る程度に持ち直した俺が顔を元に戻すようにお願いしたのは、それから一時間は経った後だった。

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