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有力情報

 歩いてきただけだというのに、全力疾走をした後のように鼓動が早い。

 ドアの前に立ち、気持ちを落ち着けるために深呼吸を行う。

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。もう一度大きく吸って、肺の中を空にするくらいの気持ちでゆっくりと吐き出す。

 が、緊張は全くマシになってくれない。

 顔を見る前に既に若干テンパり始めているとは我ながら情けない。

 ああ、手に汗もかいてきた。

 落ち着け俺、ノックして謝ってバトンタッチするだけだ。昨日よりは大分楽。説明も質問もアッシュちゃんが受け持ってくれるんだから。

 というか、早く気持ちを落ち着けないと逆にまずいだろ。

 家の前に立ってるだけとか完全不審者だ。更なる迷惑をかけてどうするよ。

 くっそ、作戦ミスだ。いや、作戦なんて立ててなかったけど。もう少し離れた場所で、緊張を完全に落ち着けてからここに来るべきだった。

 勢い任せで来たのは失敗か。ああでも、勢いがなかったら怖気づいてここに立っていられなかったかもしれない。

 ってことはどっちに転んでもダメじゃん。あー、今からでもアッシュちゃんに頼んで、1人で全部やってもらうことは――。

 汗まみれの右手が、きゅっと握られた。アッシュちゃんだ。


「大丈夫だよ」


 少し小さな手の感触に、気持ちがちょっと落ち着いた。

 お礼の意味を込めて、少しだけ握り返す。

 改めて深呼吸を一度だけ行うと、左手を上げて昨日と同じように2回ノックした。

 ここでふと思う。

 ……この状況、親に叱られて謝りに来た子供、みたいな図になってね?

 大差ないのがこれまた情けない。しかも、親と子供の構図が逆だし。

 慌てて繋いでいた右手を離すのと、「はーい」という声と共にドアが開くのは同時だった。

 昨日の、俺の好みどストライクの、奥さんがいる。

 そう認識するや否や、俺は頭を下げた。


「昨日は急にすいませんでした!」


 先手必勝である。用意していたセリフ以外を口にする自信はない。

 そのため、下手な質問をされる前に俺の要件を終わらせるのだ。

 後はアッシュちゃんに任せて、俺に質問をされない雰囲気を作ればいい。

 頭を上げると、体を向きを変えずに大きく一歩後ろに下がる。

 立ち位置としてはアッシュちゃんの斜め後ろ。気分としてはアッシュちゃんのボディガードだ。

 無駄口を叩かず、ただ護衛対象を守るためだけの動きを取るボディガード。それが今この瞬間の俺が目指すものである。

 アッシュちゃんの方が強いけど。というか俺が黙りたいだけだけど。


「え、えと。よく分からないのですが、準備が出来たのでしょうか?」


 昨日の俺の捨てゼリフを覚えていたらしい。

 しかし、出来れば俺に質問するのはやめて欲しかった。

 回答なんて用意してない。ていうか準備ってなんだよ。自分で言っててわけが分からん。

 強いて言えばアッシュちゃんか? あるいは美人と向き合うための心の準備?

 い、いや、待て。ここでの質問は「準備が出来たのか」だ。準備の内容なんて問われていない。

 つまり、これはYESとNOで答えることが出来る質問だ。よし、これならまだ対処が出来る。

 準備が出来たら来るって言ったんだ。準備が出来てないのに来ることはないだろ。何の準備かは俺も知らんが。

 とりあえず、俺は黙って頷いた。焦っていたので無駄に素早く3回ほど頷いたが、意図は伝わったらしい。


「そうですか。それで、何かご用だったんでしょうか?」


 おし、乗り切ったああああ!

 後はアッシュちゃんよろしくお願いします!


「僕と望は冒険者で、白い子猫を探す依頼を受けているんだ。何か知らない?」


 ど直球である。前置きどころか挨拶すらない。いや、俺がやったのも似たようなもんか?

 そんなアッシュちゃんに怒るような気配も見せず、奥さんはポンと手を叩いた。


「ああ、あの猫ちゃんを探してたのね。一昨日から姿を見てなくて、わたしも少し心配していたの」


 話し相手がアッシュちゃんになったからか、口調は大分フランクだ。

 ふむ、二日前からか。孤児院の情報と一緒――って違う。

 一日経ってるんだから、孤児院で姿を見せなくなった日にここで姿を見られているってことか?

 おおおおお! これはかなりデカい!

 昨日頑張った甲斐があった。俺の忍耐は無駄にならずに済んだ。良かった。

 ここで最後に会った時間が分かれば、その後に何かがあったということで、場所も時間も一気に絞り込める。

 最悪数日かかる仕事になるかと思ってたけど、運が良ければ今日中で終わるかもしれないな。


「その子猫って両目の色が違った?」

「ええ。片目が青で、片目が黒だったわ」


 念のためとアッシュちゃんが追加した確認に、奥さんがさらっと答える。

 色も合ってるし、これは間違いなさそうだ。

 見つけたのに違う子猫でしたーってオチだったらショックだもんな。こういう確認は大事だ。


「最後に見たのって、三日前のいつくらいかな?」

「あれは確か、夕方くらいね。あげたご飯をここで食べたら、あっちの方に行ったわ」


 奥さんが指示したのは家から出て右手側。よし、あの方角は南だ。

 ここから真っ直ぐ孤児院の方に進んで行ったと考えて大丈夫そうだ。

 よしよし。終わりは近いぞ!

 見つからないという可能性は意図的に考えていない。

 多分そこに待っているのは絶望だからね。全力で目を逸らす所存。


「そっか。ありがとうね」

「いいえ。可愛い冒険者さんたちの役に立てたかしら?」

「うん。十分だよ」


 奥さんがちらりとこちらに視線を向けたので、感謝の気持ちを込めて黙礼をする。

 しかし可愛い冒険者さん「たち」って、俺も含まれてるのか。

 アッシュちゃんが可愛いのは全人類が認める事実だろうけど、俺は可愛くないだろ……。

 というか、いい年こいた野郎だし、可愛いって言われても全く嬉しくないです。


「それは良かった。あ、そうだ。ちょっと待っていて」


 何かを思いついたのか、奥さんがパタパタと小走りで家の中に入っていく。

 ……なんだろう?

 アッシュちゃんがどうしよう? とでも言いたげにこちらを見てくる。


「とりあえず待ってみよう」

「ん、そうだね」


 短く言葉を交わし、待つこと数分。

 戻ってきた奥さんの手には、数枚の干し肉があった。


「これ、お塩を少な目にして作った干し肉なの。猫ちゃんを見つけたときに、お腹を空かせてたらあげてくれないかしら。あ、やるときは小さくちぎってね」


 そう言って差し出された干し肉を、アッシュちゃんが受け取った。

 多分これがたまにやっていたという餌なんだろう。

 見つけたときに餌で釣るという手段がとれるのは助かる。

 人に慣れてるなら普通に捕まえられると考えていたので、餌なんて全く準備してなかったし。


「分かった。ありがとう」

「いえいえ。それじゃあ、猫ちゃん探し頑張ってね」


 バイバイ、と手を振ってくれている奥さんに会釈をし、俺とアッシュちゃんは南に足を向ける。

 さて、白い子猫を探しながら地道に聞き込みをして、更に範囲を狭めていこうかね。

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