詐欺
「いい話が聞けました。ありがとうございます。綺麗なお姉さん」
「もー、綺麗なお姉さんだなんて。ホント正直者なんだ・か・ら。でもごめんなさいね、私にはダーリンがいるの!」
「いやー、ホント残念だなー。人妻じゃなかったらアタックしてたのにー」
棒読みにならないよう、声のトーンなどに意識を全力で傾けながらお世辞を投げかける。
俺は今笑えているのだろうか。顔の筋肉がどうなっているのか自分でもよく分からなくなっていた。
目の前にいるのは(一応)人間の女性(と思われる生物)。
身長は多分2m50cm以上。全身は筋肉の鎧に包まれている。アッシュさんより体格がいいとか、ちょっと意味が分からないです。
顔は俺の知っている有名人で例えると、「タエコ」が似ている。ちなみに「タエコ」はTVで見たことのあるゴリラだ。ドラミングをしていた姿が印象的。
信じられないことだが、既婚者らしい。旦那さんの美的感覚はどうなっているのか気になるところだ。ちなみにお子さんはいないらしい。実にどうでもいい。
昔に冒険者でもやっていたのかと聞いてみたら、そんなことはやったことがなく、昔はウェイトレスをしていたらしい。今では専業主婦だそうで。
何故こんなボディビルダーも真っ青な体形になったんだ……。
ああいや、今はそんなことはどうでもいいんだ。
最初は口が堅かったが、褒めれば褒めるだけ口が軽くなるこの人相手に粘ったかいがあった。ついに有力情報にたどり着いたのだ。
1時間くらいは立ち話してた気がする。会話中、顔をほとんど逸らさなかった俺の精神力を誰か褒め称えて欲しい。見上げていたから首も痛いし。
子猫に関する話を最近したってことで、近所の別の奥さんから紹介されたときは何事かと思ったけど、頑張って良かった。
これで収穫無しだったらちょっと心が折れてたかもしれない。
俺、帰ったらアッシュちゃんを眺めて癒されるんだ……。
「それでは」と言いながらぺこりと頭を下げて、教えて貰った家を目指す。
タエコ似の奥様曰く、その家の奥さんがオッドアイの白い子猫に餌をやっていたというのだ。
場所は孤児院の北側で徒歩数分の位置だし、多分当たりだろう。更なる有力情報を得られることを祈る。
しかし、こんなに近くで良かったんだなぁ……。
最初は十数分歩くくらいの距離で聞き込みをしていた俺がバカみたいだ。いや、子猫だってことを忘れて移動範囲を広めに考えてた俺がバカなんだが。
子猫の移動範囲ということを考えれば、案外狭いのかもしれないな。
っと、ついた。多分ここだな。
壁が青色で塗られている以外はそれといった特徴のない、周囲と同じ一軒家。
タエコ似の奥様情報では、ここの奥さんも「自分と同じくらい美人」らしい。
あー…………ちょっと胃が痛くなってきた。
目をつぶってアッシュちゃんのことを思い出しながら話したい気分だ。さすがに失礼過ぎるからやらないけど。
家のドアを軽く2回ノックする。
数秒経って、「はーい」という声と共にトットットッという足音が聞こえてきた。
声は若い感じだ。ていうか声可愛いな……逆に怖いけど。足音は軽い。体重が重そうな感じはしないが……いや、気を抜くのはまずいか。
さあ、何が来る。筋肉ダルマか? ゴリラか? S○N値が下がりそうな何かか!?
がちゃりという音を立てて、ゆっくりとドアが開いていく。
緊張に音を立てて唾を飲み込む。
そして姿を見せたのは――。
……。
…………。
………………。
「あの、どちら様でしょう?」
はっ!?
思わず意識が飛んでいた。
いや、でもこれはやばい。うん、やばい。やばい。
何でこの人が? ってああああ何か話さないと。
あ、ほら、困った顔されてるって。
「あの……?」
あ、すいません。なんかホントすいません。
ああその、違うんです。はい、これは予定外というか予想外というか。
え、ええとだからその。
「何かご用なんでしょうか?」
ダメだ、声が出てない。口を開いても、餌を求めている鯉みたいにパクパクしてるだけだ。
完全に不審者だろこれ。
とりあえず声を出せ、出すんだ俺!
ここは謝って撤退しないとまずい!
「す」
「……す?」
「すすすすすいませんごめんなさい申し訳ない! じ、準備不足だったのでまた来ます!!」
「はい? え、あの!?」
言うだけ言って即ダッシュ。ピンポンダッシュよりたちが悪いことした気がする……。
戸惑いの声が後ろであがるが、ここは無視! ホントすいません!
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夕方、揺らぐ灯亭についた俺は、楽しみにしていた看板娘をろくに見ることもなく、アッシュちゃんと合流して部屋に入り、集まった情報と事の顛末を語った。
真っ直ぐ帰れたならもっと早く着いたんだろうが、テンパってたことと道をうろ覚えということがあって迷ってしまったのが原因である。
明日はもう迷わないと思う。
「ふぅん、それで逃げて来たんだ?」
「いやだって、お世辞にも美人とは言えない人が自分と同じくらいって言った人なのに、超絶美人とか詐欺だよ……」
「でも望、最近はちょっとマシになってなかった? 危なそうなのは僕が対応してたとはいえ、頑張ればちょっとは話せてたと思うんだけど」
あー、それなぁ……。
「不意打ちだったってのが、半分。残り半分は……似てたんだよね」
「うん? 誰に?」
「アッシュちゃんと会ったばっかりの頃、アッシュちゃんに出して貰った幻に」
服装とかは全然違ったし、声も違った。多分よく見たら他にも違うところはあったと思うんだけど、パッと見が似てたんだよなぁ。
涙黒子とか、ちょっとおっとりした感じとか。
だから余計に驚いてテンパってしまったんだよな。
「へぇ~……」
ん? なんだろ、アッシュちゃんの声がなんか硬くなったような……気のせいかな?
「まぁでも、今回のことで改めて実感したよ。アッシュちゃんいないと俺はやってけないって」
戦闘に関してだけじゃなくて、一部の人間関係でもアッシュちゃん頼みだもんな。
美人じゃない人の方が多いのは分かってるけど……はぁ。最近はマシになってたと思うのに、ホント自信無くすよ。
「ふ、ふふん。そうだよ。望は僕がいないとダメなんだからね! 感謝してよ?」
頼られてるのが嬉しいのか、アッシュちゃんの口元がちょっとぴくぴくしている。
うん、さっきのは気のせいだな。
「感謝してます。だから明日、一緒にその家に行って、情報を集める手伝いをして下さい」
パーティーで同じ依頼を受けていて、元々明日から一緒に行動する予定だったんだから、わざわざこういうこと言う必要はないんだけど……まぁそこはノリである。
「ホント、望はしょうがないんだから」
あー、なんか俺、気をつけてないとアッシュちゃんにダメ人間にされる気がする。
気をつけよう……。
アッシュちゃんを見て癒されながら、俺はそっと心に誓った。




