癖
「くっ!」
振られた棒を木刀で受け、腕に衝撃が走る。
カッと軽い音が響く中、余裕を持って受けているにもかかわらず俺は目を閉じてしまった。
くそ、またやってしまった。
「だから、受けるときに目を閉じるなって!」
メイヴォスさんの言葉に「はい」と返し、続けて振られた棒を今度は目を閉じずに受け止める。
「そうそう。怖いのは分かるが、相手の次の行動が分からない方が怖いんだ。ちゃんと受けられる攻撃は目を閉じずに対処しろ」
メイヴォスさんに相手をしてもらっているのは、身を守る訓練。
きっかけとしては軽い雑談、パーティー名についての話からだった。
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移動途中にある特産品もない小さな村での一時休止。
今日はここで宿を取るという。
宿の料金は格安で、どうも乗合馬車の組合とこの宿を使う代わりに料金を抑える契約をしているらしい。なかなかに商売上手だ。
村に1件しかない宿屋では自然とホルンさんたちと食事の席も同じになり、冒険者としての話になっていた。
「そういや、そっちのパーティー名はなんて言うんだ?」
ホルンさんの質問に、アッシュちゃんと顔を合わせて首を傾げる。
「特に決めてはいない……よね?」
「うん、決めてないよ」
「おいおい、それじゃ不便だろ。指名依頼だって来ないぞ」
指名依頼というのは、特定のパーティーまたは個人に対して依頼がされることだ。
基本的には高ランク(大体Cランク以上)の依頼で発生するもので、当然だが今までの俺たちにはほとんど関係がない。
依頼側は指名料みたいなのも取られるらしいから、ちゃんとした理由なしに指名依頼しないしな。
ちなみに、イリスの依頼は明らかに俺たちを狙い撃ちにしていたものの、指名依頼ではなかった。
「うーん、それこそ指名されるようになったらでいいかなって思ってたんですけど」
俺の言葉に、ホルンさんは頭をがしがしと掻いて「あー」と言った。
「確かに実際に指名されるのはそれなりのランクになってからだがな。低ランクから名前を売っておかないと、なかなか指名なんて来ないぞ」
メイヴォスさんが追従するように深く頷く。
「俺たちと同時期に作られたパーティーがあってな、そいつらは最初からパーティーの名前を決めていた。対する俺らは特にこだわりもなかったから、Dランクでパーティー名を決めた」
「実力もどっこいどっこいだったみたいでな、Cランクになったのもほぼ同時期だ。で、Cランクになってから……あー、もう3年くらいか? 経つわけだが、あっちは10件以上指名依頼されてのに、俺たちに来た指名依頼はなんと1件だけだ」
「どうも、うちに指名依頼したくてもパーティー名知らないから諦めた人とかいたらしいよ」
オーリオさんの補足を受けて、ホルンさんが「な? 悪いことは言わんから、早めに決めておけ」と締めくくった。
なるほど、知名度的な問題になるわけか。確かに名前が分からんから指名依頼が出せないと言われると、ちょっと悲しい気分になりそうだ。
「しかも癖のあることとかしてると、周りが勝手にパーティー名つけてきて、自分で決めてすらいないものが勝手に浸透する場合もある。だから先に決めた方がいいぞ」
「あー、あるね。二つ名とかもそうだけど、当たり外れが大きいからなぁ」
確かに。火雨、氷雨なんかは割とカッコいいよな。逆に火付けなんかはちょっと残念な印象だ。
あの2人が自分から二つ名を名乗るはずはないだろうし、これらは周囲につけられたものだろう。
「望、僕ら手遅れなんじゃ」
「え、何が?」
「もう呼ばれてるよね。不戦パーティーって」
「あ……」
あれパーティーの特徴を言ってたんじゃなくて、パーティー名として呼ばれてたのか?
だとしたらアッシュちゃんの言う通り手遅れだ。
自分から名乗ったことは一度もないけど、割と浸透しちゃってた気がする。
少なくともトラモントの冒険者ギルド内で不戦パーティーと言えば、それは俺らのことだとみんなが理解するくらいには広がっていた。
「え、何。不戦パーティーなんて呼ばれてたのか?」
「あー、はい。討伐系の依頼を避けて、採集系の依頼ばっかりやってたら、いつの間にか……」
「へぇ。戦うのが怖いのか?」
ホルンさんに問われ、頷いて答える。
「それもありますね。そもそも戦えるだけの実力がないというのも大きいですけど」
「だったら俺が鍛えてやろうか。どうせソレイユに着くまでは暇だし、強敵を1人で倒すとかそういうのは無理だろうが、軽い自衛の手段を教えるくらいはしてやれるぞ」
そう言ったのはメイヴォスさん。
ふむ……アッシュさんが戦っているときに、足手まといになる可能性が下がるのはいいかもしれないな。
とはいえ、だ。鍛えて貰えるのは嬉しいが、こういうのって相場はいくらくらいなんだろうか。
多少余裕があるとはいえ、決して大金持ちになったわけではない。
対価次第では諦めざるを得ないだろう。
「鍛えて貰えるのは助かるんですが、対価はどれくらいなんでしょう?」
「んあ? あー、じゃあソレイユに着いたら俺に酒を奢るってのはどうだ」
酒か。まぁそれくらいなら――と思ったところで、アッシュちゃんが全力で首を横に振っていた。
「ダメダメ。ドワーフに酒を奢るなんてしたら、僕らの財布がからっぽになるよ!」
え、そんなに?
ちらっとホルンさんやオーリオさんに視線をやれば、彼らは苦笑していて訂正をする気がない。
マジか……。あー、でもドワーフが大酒飲みって設定は結構多いな。
こっちの世界でもそれは共通だったのか。
「ちっ、久々のただ酒はダメか。あー、じゃあソレイユで別れるくらいまでには考えておく。どうせこっちの暇つぶしも兼ねてるんだし、そんな無茶は言わねえよ。ダメだったら断ってくれてもいい。それでどうだ」
これはあれか。俗にいう借り1みたいなやつか。拒否できるなら大丈夫……だよな?
念のためアッシュちゃんの方を見ると、軽く頷いた。よし。
「じゃあそれでお願いします」
「おう、それじゃ外出るか」
「え。今からですか?」
「軽く実力を見るくらいだよ。ほれっ、ついて来い」
そうして宿の裏手に移動し、メイヴォスさんは近くに落ちていた木の棒を、俺はマルシュさんから貰った木剣を使って訓練をした。
好きに殴ってこいと言われ、木剣を振ること数回。
言われたのは一言。
「お前、向いてないな……」
理由を聞いたところ、どうも俺は木剣と木の棒がぶつかり合う直前から、1秒弱程度目をつぶっているらしい。
単純に言えば、衝撃にビビッている、とのことだ。
全く意識してなかった……。
「別に顔面に向かって飛んできた攻撃を、目を開いたまま受けろなんて言わねぇよ。瞬きするのも別にいい。でも、ビビッて目をつぶるにしろ、1秒弱は長すぎる。その癖、直すぞ」
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こうして、ソレイユに向かう間、休憩時間ごとに俺はメイヴォスさんに訓練を付けてもらうこととなった。
基本は攻撃を受ける、または避ける練習で、練習中には目を出来るだけつぶらないようにする。
やってることはこれだけなのに、進捗はカメの歩みといったところ。
それに辛抱強く付き合ってくれているメイヴォスさんには、感謝しないとな。
勢いよく振られた木の棒を、木剣で弾く。
……あ、また目をつぶってしまった。
「ノゾムー!」
「す、すいません!」
癖の矯正って、大変だ……。
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