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過去話

 日が変わって、俺とアッシュちゃんは一緒にのんびりとしていた。

 俺はベッドの上にあぐらをかいて、部屋の壁を背もたれの代わりに。

 アッシュちゃんは木製の椅子に座って、上半身は小さな机の上に預けている。

 完全にだらけているなぁ。まあ仕方がないんだけど。

 もう大丈夫とは言われたが、昨日みたいなことがまたあっては困るので、念には念を入れてエモニから出る直前まで部屋に引きこもっているのだ。

 部屋の中でお茶を飲みつつ、気が向けば適当な話をして過ごす。

 話題がないときは静かになるけれど、それは嫌な沈黙ではなかった。

 アッシュちゃん相手なら黙っていても気まずくないし、その空間に相手がいることが自然な感じで、ぼけーっとしている。

 贅沢な時間の使い方だが、たまにはこういう過ごし方も悪くないと思う。

 窓から入ってくる陽の光が、ぽかぽかしていて心地良い。


「ふぁ~あ……」

「……あふ」


 俺のあくびに釣られて、アッシュちゃんも小さくあくびをした。

 うぅん。ずっとこうしてたら多分寝るな、これ。

 寝るのも悪くはないかもしれないけど、ちょっと勿体無いような気もする。

 あー、変に熟睡しちゃって夜に寝られなくなるのも嫌だな。

 何か適当に話でもするか。

 話題……話題……あ。

 このゆったりとした空気をぶった切るかもしれないけど、気になっていたことはあった。

 あんまりアッシュちゃんの機嫌が悪そうだったりしたら聞きづらいし、ある意味丁度いいのかもしれない。

 アッシュさんやアッシュ相手でも聞きづらいことだしな。

 よし。


「ねぇアッシュちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「んぅ? 何ー?」

「話すのが嫌だったら話さなくていいんだけどね。アッシュちゃんの過去にどんなことがあったのかなって」


 たまにだけど、急に不機嫌になるからね。

 出来ればそこらに関係することは知っておきたい。

 まあ今後のことを考えて知っておきたいのが半分、好奇心が半分くらいの割合なので、アッシュちゃんが話したくないなら流すけど。

 アッシュちゃんは机の上に預けていた上半身をゆっくりと椅子の背もたれに預けると、少し真剣な表情で俺の方を見た。


「凄くざっくりした聞き方だけど、前置きから察するに僕の地雷とかに関わる過去が知りたいってこと?」


 ああ、さすがはアッシュちゃんだ。話が早い。あるいは俺が読みやすいのかもしれないが。

 俺も少し姿勢を正すと、アッシュちゃんの目を見て頷いた。


「うん。その認識で合ってるよ」


 数秒、アッシュちゃんは考えこむように目を閉じた。

 そして、目を開くと同時に小さな声で「いいよ」と言った。


「どこから話そうかな……昔ね、僕にも家族みたいなのがいたんだ。あ、夢魔に家族っていないんだよ。そこら辺の説明はあんまり関係ないから省くんだけど、人間みたいな血のつながりとか、そういうものはないと思ってね。そいつと出会ったのは偶然で、なんとなく話しかけてみたら気が合ったんだ。で、割と一緒にいることが多くなってね。多分傍から見たら、兄弟みたいに見えてたんじゃないかな」


 アッシュちゃんの話に相槌を打つ。

「いた」って表現しているってことは……結構重い話になりそうだな。


「話はちょっと変わるんだけど、夢魔って他の生物の夢から活力を得ているんだ。僕は食べるのも好きだから食事もするけど、その気になれば何も食べなくても、夢から活力を得るだけで生きていけるんだよ。それでね、活力を得るのはどんな夢でもいいってわけじゃないんだ。楽しい夢や嬉しい夢、そんな夢じゃないと凄く効率が悪いんだ。悲しい夢100個よりも、楽しい夢1個の方が夢魔にとっては活力になるんだよ」


 へぇ、面白いな。だから夢魔っていうのか。


「ある時ね、僕らが縄張りにしていた国で、大飢饉が起きたんだ。みんな食べるものがなくて飢えていたよ。僕らは食べなくてもいいから関係がないと思っていたんだ。最初はね。ところが、みんな良い夢を見なくなっていったんだよ。現実がどん底なら、夢の中くらい幸せになればいいのにね。精神状態とかが影響しているのか、鬱々とした夢ばっかりになっちゃったんだ。そこで、僕とそいつは考えた。それなら、僕らが良い夢を見させればいいじゃないか、と」


 うんうん。鬼人のときみたいにずっと悪夢を見させることが出来るなら、良い夢を見させることも出来るだろうからな。

 寝ている人も夢の中では幸せになれるし、良いんじゃないか。


「ただ、夢の内容を改変するのもそれなりに活力を使うんだ。半端な夢だと、差し引きがゼロどころかマイナスになってしまう。そこはどれだけプラスが出せるかが、夢魔としての腕の見せ所になるんだけどね。それで、せっかくだし僕とそいつは勝負することにしたんだ。それぞれが任意に1人を選んで、どっちがより良い夢を見させて、多くの活力を手に入れるかっていう勝負を」


 ふむふむ。


「初日は僕が勝ったよ。圧勝だった。僕が見せた夢は、お腹いっぱいに好物が食べられる夢だったからね」


 うん、順当だろうな。俺がアッシュちゃんの立場でもそうする。


「翌日も、僕が勝った。でも、今度は差がほとんどなかった。僕が見せた夢は同じ夢で、得た活力は前日と同じくらいだった。更に翌日。僕は負けた。それから、僕は勝てなかったよ。何度やっても、見せる夢をどう変えてもダメだった。だから、僕は負けた原因を探ろうと、そいつの様子を見に行ったんだ。そしたら、どんな夢を見せていたと思う?」

「うーん……お金持ちになって、好きな人と一緒になって、好物をお腹いっぱい食べる夢、とか?」


 ありきたりな感じだけど、それくらいしか思いつかないな。

 しかし、アッシュちゃんは首を横に振った。どうも違うらしい。


「そいつはね、エッチな夢を見せていたんだ!」


 お、おう……。そんな力強く言わなくても。

 飢えてる中でお腹いっぱいになるより、エッチなことしてる方が幸せな人がいたってだけだよな。

 ある意味その人が凄いとは思うけど、別にいいんじゃないのかな。ていうか、飢えてないなら俺もそんな夢見たいよ。


「まぁ、そこは別にいいんだ。選んだ人間と見せる夢の選択で、僕が劣っていただけだからね。悔しくはあったけど、勝負はそれで終わりにして、僕はそいつと一旦別れたんだ。それから飢饉も収まって、数年経った頃。変な噂を聞いたんだ。『淫魔が出る』っていう噂をね」


 ここで淫魔って言葉が出てくるのか。


「そんな種族は聞いたことがないから興味本位で調べていくと、どうも夢魔と同一視されているっぽくてね。原因を調べていると、そいつに再会したよ。話を聞いたら、なんて答えたと思う? そいつはね、勝負をしたときからエッチな夢を見せるのが一番効率が良いと思ったみたいで、ずっとエッチな夢ばっかり見せてきたんだ。それだけならまだ良かったんだけど、どうもそんな夢を見てきたせいで、エッチに興味が湧いたらしくてね。半分寝ている相手を襲ったんだってさ! あり得ないよね!?」


 ちょっと羨ましいとか思ってしまったけど、アッシュちゃんは怒っているっぽいので頷いて賛同しておく。


「しかも一回だけじゃなくて、何回も! 『肉体に快楽を与えてやれば、夢の中でも影響が大きくて効率が良い。ついでにあたしも気持ち良い』とか言ってさ! 全く悪いことしたと思ってないの! 夢魔なら夢の中だけで活力を手に入れようとしろよ! 現実で何かをするなんて、プライドはないのかプライドは!!」


 あー……なるほど。

 ぶっちゃけ俺にはよく分からんけど、夢魔のプライド的なものが原因でアッシュちゃんは怒ってたのか。

 エッチなことを考えるなんて最低! みたいなそういう理由じゃない、と。

 まぁそうだよな。そういう理由だったら娼館を勧めるなんて――あ、あれは商館だったな。勘違い勘違い。


「それでさ、そりゃ実際に手を出せば痕跡とか残るでしょ? そのせいで、夢魔=淫魔が出る、みたいな噂が立ってね。もう腹が立つったらないよ!」


 怒っていることを強調したいのか、アッシュちゃんは頬を膨らませている。

 全く怖くないし、むしろかわいい。指でつつきたい。いや、やったら俺が怒られそうだからやらないけどさ。


「それで、その夢魔はどうなったの?」

「頭にきたから、半殺しにしてそこら辺に捨てたよ。あれ以来会ってないし、会いたいとも思わないね」


 なるほど。それで家族みたいなのがいた、か。アッシュちゃんからしたら、今はもう無関係なんだろうな。

 しかし、NGワードはその夢魔絡みだったわけか。

 予想していたような重い方向の話じゃなくて良かった、と考えるべきなのかな。

 いや、もしかしたらアッシュちゃんの中では凄く重い話なのかもしれないけど。

 夢魔特有のプライドとか、夢魔以外の種族にはどう足掻いても理解できないからなぁ。

 とりあえず、NGワード以外にもその夢魔を思い出すような発言は避けたほうが良さそうだな。

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