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袋の中身

「あー、かなりビックリしたけど、俺が無事な理由は分かった。でも、俺は何でそんな針を刺されたの?」

「ええと、望がレプス・ビューローにした仕打ちに腹を立てた従者が、望を刺した人を雇ったらしいよ。依頼内容は望を脅すことだったから、毒は致死性のものじゃなくて麻痺毒とかだったみたい。本人に聞いたから、間違いはないね」


 本人ってのは多分雇われた人、だよな。あの時アッシュさんは追っかけてたし。

 どうやって聞き出したのか、とかは尋ねない方が精神衛生上良さそうだから、それは置いておこう。

 でもまさかその流れかぁ……。うーん、思ってた以上に怒らせたっぽいな。

 刺客を返り討ちにしてから謝りに行くというのも、逆に煽ってるっぽいよなぁ。

 ほとぼりが冷めるまで、ひっそりとしておくのが無難だろうか。


「そっか。でもラッキーだったのかな? あの時、結構アッシュさんは近くにいたっぽいから」

「うん? 僕はかなり遠くにいたよ?」

「え?」


 あの時逃げた男が俺に針を刺したなら、反応から考えて多分1回目に刺したのはぶつかったときだよな?

 それからアッシュさんが姿を現したときまで、それほど時間が経ってないと思うんだけど……。


「人間には出来ないくらいの高速移動をした、とか?」


 いや、でもそれって移動中の姿を見られたら、正体がばれかねないよな。

 俺の心配が顔に出ていたのか、アッシュちゃんは大丈夫だよ、と笑ってくれた。


「やったのは高速移動なんかじゃなくて、夢渡りだから」

「夢渡り?」


 なんだそれ。


「夢魔の技の1つでね、夢から夢へ一瞬で移動することが出来るんだよ」

「……?」

「ああそうか、それだけじゃ分からないよね。夢魔はね、寝ている人の近くにいれば、その人の夢に出入りできるんだ。これを組み合わせると、例えばAさんの近くでAさんの夢に入って、夢渡りでBさんの夢に移動する。そのままBさんの夢から出ると、僕はBさんの近くに出てくることになるんだよ」


 ああ。つまり、ちょっと手順が多い瞬間移動みたいな感じなのか。


「ってことは、あの時も他の人の夢に入ってから、俺の近くにいた人の夢に夢渡りして出てきたってことか」

「うーん、惜しい。僕は直に望の中に飛んだんだよ」

「へ、俺の中?」


 ――あ、そうか。

 俺は夢だから、夢の中に飛ぶ=俺の中にも飛べるってことなのか。

 俺の中ってのが今一つイメージできないけど、理屈はなんとなく分かった。

 つまり、アッシュちゃんは近くに寝ている人がいれば、いつでも俺のところに瞬間移動できるってことか。


「ただ、あの時は近くで寝てる人がいなくてね。姿を変えてから寝てる人を見つけて、その夢に入り込むまでの間に望は2つ目の針を刺されたんだよ」

「なるほどね、そういう流れか。しかし原因が原因だから、もしかしてさっさと逃げたほうがいいのかな」

「うーん、間接的にだけどかなり脅しておいたから、もう大丈夫だと思うよ。それよりも、問題はアリスとイリスだね」

「あ、そういやアッシュちゃんが手を打ってくれてたんだよね。どうだった?」

「結果が出るのは明日になるね。だから、出発は明日の夕方ごろでいい?」


 アッシュちゃんの確認に、大丈夫だよ、と頷く。

 そうなると明日の昼もちょっと暇なわけか。今日は俺が1人でゆっくりしたし――ってそうだ。

 お土産、せっかく買ったんだから渡さないとな。


「アッシュちゃん。はい、これ。約束のお土産」


 アッシュちゃんの手の上に、お土産が入った袋をぽんと置く。


「ありがとう望。開けてもいい?」

「うん。気に入ってくれるといいけど」


 アッシュちゃんの少し小さな指が、袋についたリボンを取り払っていく。

 リボンがなくなると袋を開け、しゃら、という音とともにお土産を取り出した。


「うわぁ……可愛い」


 俺が選んだのは、銀で丁寧に作られた羊がくっついているネックレスだ。

 チェーン部分はアッシュちゃんだと結構長めで、羊がお腹の位置くらいにくるようになっている。

 多分アッシュさんだと首周りも太いから、丁度いい位置か少し短めくらいになるんじゃないかな。

 アッシュちゃんやアッシュがつけたなら可愛らしく見えるし、アッシュさんがつけたならオシャレのワンポイント的なものになる……と思う。

 俺の想像の中じゃなってたから、多分大丈夫。

 羊を選んだ理由は、夢魔だから夢関連にしようと思ったからだ。

 もっとも、俺は寝るときに羊を数えたことなどないのだが。


「てっきり食べ物だと思ってた。ありがとう、望。嬉しいよ」


 にっこりと微笑むアッシュちゃんのその顔は、俺が今まで見てきた中で一番綺麗な顔だった。

 最近は慣れたのもあってあんまり思ってなかったけど、マジ天使。

 食べ物じゃなくアクセサリーを選んでよかった。心の底からそう思う。


「ねえ望。つけてもらってもいい?」


 アッシュちゃんの可愛いおねだりに、俺は笑って頷く。

 アッシュちゃんは俺にネックレスを手渡すと、くるりと目の前で半回転し、金色の長い髪を掻き分けてうなじを見せた。

 アッシュがやってたなら鼻血が出たかもしれない仕草だな、なんてことを考えながら、ゆっくりとネックレスをつける。


「どうかな? 似合う?」


 そう言ってアッシュちゃんが見せた笑顔は(見た目の)年相応の可愛らしい笑顔だ。見ていてほっこりする。

 つけたネックレスは俺の想像通りな感じで、よく似合っている。アッシュさんの場合もきっと大丈夫だと信じておこう。


「うん。似合ってるよ」

「良かった。大事にするねっ。望っ!」


 声を弾ませながら、アッシュちゃんが俺の胸元に飛び込んできた。


「っとと」


 若干よろけながらも何とか受け止めると、猫のように顔をすり寄せているアッシュちゃんの頭を優しく撫でる。

 うん。凄く気に入って喜んでくれたみたいだな。

 ピューラムネを選ばなかった俺、マジでグッジョブ!

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