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従者の仕事

視点が変わります。

従者⇒ハチ⇒従者の順です。

 私にとって、坊ちゃんは全てです。

 幼いころからずっと、ずっと、ずっと一緒だった坊ちゃん。

 身分の違う私のようなものにさえ、優しく接してくれる坊ちゃん。

 貴族としての教育を受けていく内、どんどん傲慢になっていくものが多い中、昔から坊ちゃんのその優しさは変わっていません。

 例えば坊ちゃんは相手に非があっても、少し時間が経てば簡単に水に流してしまいます。

 昔のことをねちねちと言い続ける陰険な貴族連中とは違います。

 ですが、そんな坊ちゃんの優しさにつけこもうとする輩は昔から一定数いました。

 徹底的に排除されないのをいいことに、調子に乗る連中。

 そんな坊ちゃんを甘く見ている連中には、二度とこちらに関わりたくないと思わせる必要がある。

 そのことに気づいたときから、私は坊ちゃんの周囲に湧くそういった連中を駆除していました。


 だから、私はノゾムと呼ばれていた少年も駆除しようと思いました。

 坊ちゃんのことを幾度も馬鹿にし、挙句の果てには決闘の手袋すら拾わなかったのだから。

 決闘を断るというのは、お前は戦うにも値しない、というようなものなのです。

 そのため、決闘を断る権利というのは実質、貴族としての位が高いほうにしかありません。

 だというのに、あの少年は……!

 貴族と会話したことがないと言っていましたが、さすがに決闘に関しては有名だから知っていたでしょう。

 あの後、坊ちゃんはもう少年を放っておけとおっしゃいましたが、それではいけません。

 坊ちゃんを甘く見ているからああいう態度を取るのです。

 それほど酷い目に遭わせる気はありませんが、警告くらいはさせて貰いましょう。

 あわよくばアリス様とも距離を取らせて、坊ちゃんの応援をするという意図もあるのですが。


 その日の夜、坊ちゃんが寝静まったのを確認してから、私は「ハチ」という裏の人間を呼び寄せました。

 細い針と毒を使い、毒の種類を変えることで状況に応じた仕事ができる、不意打ちや証拠隠滅が得意な男です。

 昔からよく使っている、扱いやすい男ですね。


「ノゾム、という少年を脅しなさい。坊ちゃんやアリス様に近づきたくなくなるように」


 ハチの前に、少年の外見に関する情報が書かれた紙を置きます。

 ハチはそれを受け取ると、のんびりと眺めながら口を開きました。


「脅す、ねえ。なら麻痺毒くらいでいいかい? 急に動けなくなって混乱しているところに、耳元で脅しを入れれば十分だと思うが」

「やり方は任せます。報酬はいつもどおりでいいですね?」

「ああ、問題ねえよ。それほど難しい内容でもねぇし、明日中には終わらせるさ」


 ハチはそう答えると、特に気負った様子もなく、部屋を出て行きました。

 後は明日の報告を待つだけですね。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 標的はあっさりと見つかった。

 やっているのは観光か。店を順番に見ていってるな。

 軽く調べたところ一応冒険者らしいが、戦いに慣れているような感じは全くしない。

 正直、適当に針を投げても当たるんじゃないかとさえ思える。

 自信はあるが、まあ確実にいこうか。

 標的がこのまま進めば通るだろう位置の、すぐ横にある細い道。

 そこで標的を待ち構えて、偶然を装ってぶつかり、その際に直接針で刺す。

 使うのは強力な麻痺毒。一応別の毒も複数種類用意してはいるが、使うことはないだろうな。

 3、2、1――今!


「うおっ!」


 左肩の部分にぶつかりながら、背中を麻痺毒がついた針で刺した。


「あ、悪ぃ! 兄ちゃん大丈夫か?」


 量を間違えれば心臓まで麻痺するようなえぐい毒だ。

 体内に入るのは針につけている極少量だから死ぬ心配はないが、すぐに体が動かなくなるぜ。

 後は心配して怪我を確認するふりをしながら、耳元で脅しを入れりゃいいだけだ。

 今回は楽な仕事で良かったよ。


「あ、ああ。衝撃はあったけど痛くはなかったし、大丈夫だ」


 ……は?

 いやいやいや、即効性なんだ。もう大分麻痺してるはずだぞ?

 間違いなく使ったのは麻痺毒の針だし、刺すこともした。

 やせ我慢なんかじゃないよな?


「え……本当に大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だよ」


 俺の確認に、標的は笑顔で答えた。

 こいつもしかして――俺に狙われていることや毒があることとかを全部承知の上で食らったのか……!?

 多分、何らかの方法で麻痺毒を中和したんだろう。熟練の冒険者っぽさがないのは、相手の油断を誘うためか。

 じゃないとあり得ないだろう。あの毒は量次第でドラゴンだって麻痺させるんだ。

 となると、この笑顔の意図は「お前が何をしようと無駄だ」というあたりか……。


「そ、そうかい……。あー、じゃあ俺は行くわ。わ、悪かったな」

「気をつけろよー」


 慌てて逃げる俺の背中にかけられた言葉。

 次はないぞ、とでも言いたいんだろうか。

 …………馬鹿にしやがって!!

 余裕しゃくしゃくで俺を見逃したこと、後悔させてやる!

 普通に考えれば、ここは一旦引いて装備などを変えるのが得策だろう。

 だが敢えて、もう一度仕掛けてやる。

 走ってすぐにさっき潜んでいたところとは別の横道に飛び込み、追跡のために先ほどの横道へと戻る。

 すると、そこには何やら袋の中身を数えている標的がいた。

 俺が戻ってくることを読んで、ここで待機していたのか……。

 しかも、わざとらしくこちらに隙だらけの姿をさらしている。

 この仕事をやって長いが、ここまで軽視されたのは初めてだ。

 行動を読まれていた以上、生半なことじゃ無駄なんだろう。

 逃げる……いや、ないな。ここで逃げるようなやつが、裏で生きていけるわけがない。

 覚悟を決めて1本の針を取り出す。

 これの毒は俺が自分で調合したものだ。当然、解毒剤は俺しか持っていない。

 効果は意識の覚醒と激痛。ハッキリとした意識の中で、気絶することも出来ずにただただ激痛にのたうち回るという趣味の悪い毒。

 こんなの、よっぽど恨まれてるやつにしか使わないんだが……他の毒は全部その気になりゃ解毒剤が手に入る代物だ。

 現状で効果が見込めるのはこれしかない。

 ごくりと唾を飲み込むと、未だに隙をさらし続けている標的に針を投げた。

 針は高速で飛んでいくと、狙い通りに首元に刺さった。

 よし!

 どんな毒でも対応出来ると思ってたんだろうが、甘かったな。さあ、痛みにのた打ち回れ!

 ……。

 …………。

 ………………。

 え?


「な……なんなんだ! お前、一体何なんだよぉっ!?」


 あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ない!

 どうして平然としていられる! あの痛みはやせ我慢できるようなものじゃないんだぞ!

 この毒は滅多に使わないものだから、仮に俺のことがばれていても前もって解毒剤を用意するなんて出来ないはずだ!

 なのに、なのにどうして!


「その言葉は、俺がお前に聞きたい言葉だなぁ」


 ざわりと、空気が震えた。

 いつの間にか標的の後ろに、筋骨隆々な男が1人立っている。

 さっきの言葉はこの男が発したものか。

 だがおかしい。

 俺は、標的から目を離してなんていなかった。

 この男が来たなら気づくはずだ。

 だというのに、俺はその男が言葉を発するまで気づけなかった。

 まるで、その瞬間にその場に出てきたかのようだ。


「教えてもらおうか。お前が誰で、何故こんなことをしたのか」


 男の威圧感が、そのまま圧力を伴うかのように俺に圧し掛かったことにより、冷静さが戻ってくる。

 解毒剤のない毒の無効化? 一瞬での移動?

 ははは、どちらもあり得ない。

 だというのに、今起こったことはまさにそれだ。

 であるならば、答えは1つ。

 こいつらは、まともな存在じゃない。


「ちぃっ! この化け物どもが!」


 相手をしていい存在じゃなかったんだ。

 ちょっと前に楽な仕事だと思っていた自分をぶん殴ってでも止めてやりたい。

 俺はそいつらに背を向けると、全力で逃亡を開始した。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 予定されていたハチの報告はありませんでした。

 ハチが逃げたというわけではないのです。

 坊ちゃんに頼まれてアリス様にプレゼントする花を買いに行く途中、偶然ですがハチのことは見つけていましたので。

 いつもであれば、ハチを偶然見かけても無視します。あまり関係を知られない方がいいのですから、当然でしょう。

 しかし、私は裏の連中を使ってハチをこっそりと回収しました。

 えぇ。回収、です。死体ではないのですが、これは死体よりたちが悪いでしょう。

 ハチは拷問でもされたかのような風貌――あまり直視したくはないのですが、少なくとも全ての指の関節が増えていたように見えました――で、口にするのは決まった言葉。


「あいつらはやばい」


 ハチはこの言葉しか知らない、とでも言いたいかのように、他の言葉は喋りませんでした。

 薬を使って無理やり情報を引き出そうとしても、どうも記憶を失っているらしく、何があったのかを聞き出すことはできません。

 あいつら、とは誰のことなのでしょうか。

 思いつくのはノゾムという少年ですが、複数形ということは1人ではないはず。

 そういえば、彼は少女とパーティーを組んでいましたね。

 不戦パーティーと呼ばれているんでしたか。それほど危なそうには思えません。

 しかし、時期的にあいつらと呼ばれそうなのはその不戦パーティーしかないことも事実。

 仕事の前に別の誰かに絡まれた可能性も否定はできませんが、ハチは仕事前に誰かに絡まれるなんて、そんな間抜けなことはしないでしょう。

 にわかには信じられませんが、ハチをこの状態にしたのは不戦パーティーと考えておくべきなのでしょうか。

 本当はもう一度くらい裏の誰かを使って確かめたいのですが、ハチのことを知られているため全員に断られました。

 なんでも、使った痕跡のある毒の1つが相当なものだったらしく、それを使ったハチがああなっている相手には関わりたくない、とのことです。

 少しは粘ってみたのですが、次の言葉を受けて諦めました。


「ハチを簡単に殺すことも出来たはずだ。それを生かして、記憶を消し、こんな状態にしているというのは、恐らく俺たちに対するメッセージだろう。関わるとこうなるぞ、ってな」


 裏の人間が使えない以上、私は動けません。

 ノゾムという少年に対して脅しをかけるのは、諦める必要があります。

 幸いにして、坊ちゃんはもうノゾムという少年の無礼については忘れているように見受けられます。心が広いですね。

 不安なのは、私や坊ちゃんに対する報復ですが……正直、どう動いてくるか読めません。

 私や坊ちゃんに害をなすつもりなら、メッセージなどはない方がいいのです。

 こうなった以上、坊ちゃんの警護をしばらく強める必要があるのですから。

 それなのに、わざわざ牽制をかけるようなメッセージを送ってきた。

 今回は見逃す、とでも言いたげですね。

 あるいはこうして混乱していることが相手の狙いかもしれませんが、情報が少ない中でそこまで深読みするときりがありません。

 私にできるのは、私が勝手にした行動で坊ちゃんに危害が及ばないよう、万全の態勢を整えておくくらいですか。

 何もないならそれでいいのですから。

 念のため坊ちゃんの方を誘導して、ノゾムという少年に二度と出会わないようにしましょう。

 自業自得とはいえ、しばらくは忙しくなりそうですね。

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