貴族
「ノゾム? それは男の名かい?」
あああああ、やっぱり反応された!
「そうだよ」
「へ、へぇー。アリスはその男を探しているんだ? どどど、どういう関係だい?」
そんな狼狽えるなら無理に聞くなよ! 俺を巻き込まないでくれ、マジで!
「関係……考えたことがなかったなー。そうだねー、今はあたしの片思いみたいなものかな」
「カタオモイ!?」
ふ ざ け ん な!
比喩とはいえ、男の声が完全に裏返っちゃうような言葉をどうして選ぶかな?
明らかにチョイス間違ってるよね? え、これもしかして俺が聞いているのばれてて、誘き寄せるためのワナか何かなの?
ホント勘弁して欲しいんだけど。もうお坊ちゃんが無理やりにでもアリスを連行してくれないかな……。
「あの、お客さん」
不意に、とんとん、と肩が叩かれた。
振り向くと、そこには美人なお姉さんがいた。
大事なことなのでもう一度。いたのは美人なお姉さんだ。
ちょっときつい顔つきで、出来る女! みたいな雰囲気がある。正直結構タイプ。
顔に見覚えはない。間違いなく初対面だ。
え、なんで俺話しかけられてるんだ?
「さっきからずっとその服を手に取ってますけど、買うんですか?」
……ん?
あ、そういやさっきお客さんって声かけられたな。てことはお姉さんはあれか、店員さんか。
すぐ気づけって感じだな。オーケー、相変わらずちょっとテンパってる。
でもあれだな、ちょいちょいアッシュにからかわれていたからか、心なしか、ほんのちょっとだけ昔に比べてマシになった気がしなくもない。
「お客さん?」
「あ、はい! ごめんなさい!」
すいません、無視する気はなかったんです! ついでに買う気もなかったんです!
そりゃ商品を手に取ってぼーっとし続けてる不審な客がいたら、店員なら声くらいかけるよな。
「ちょ、ちょっと考え事をしていたもので――」
「あ! ノゾムいた!!」
「――」
聞きたくないセリフが聞こえた気がした。
気のせい? うん、そう思いたい。まあ確認はしないとまずいか。なあに、どうせ誰もいないって!
自身に言い聞かせながら、ゆっくりと店の入り口に視線をやる。
するとそこには、満面の笑みを浮かべたアリスと高そうな服を着た少年、目立たないような服を着た女性がいた。
反射的に目を閉じる。
いーち、にーい、さーん。
ゆっくりと頭の中で数字を数えて、目を開いた。
やっぱりいた。
両眼を強くこすってみる。
それでもいた。
……。
…………。
………………。
あああああああああああああああああああああああああああああああああ!
俺のバカああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!
そりゃそうだよ、見つかるよ!
あっちからの声が聞こえてるんだもん。こっちで反射的に謝った声だってあっちに聞こえるに決まってるじゃねぇか!
見つかった以上、再度逃げるのは無理だ。この状態になってしまったら、体力差を使っての逃げ切り以外はもう出来ないだろう。
今からそれをしようとすると、宿屋を探すのに支障が出てしまう。
それになんかもう精神的に疲れてしまってて、再度逃げようという気力が湧かない。
アッシュちゃんが来たら謝ろう……。
「あの……お客さん?」
「あ、はい。すいません。買わないので出て行きます……」
戸惑っている店員さんに頭を下げて、さっと古着屋から出る。
当然のようにアリスが後ろをついてきて、更にその後ろを少年と女性がついてきた。
自分のバカさに溜息を吐きながら、アリスと話していた2人の姿を改めて確認する。
少年の方は見た目からして多分中学生くらい。茶髪で目の色が紺色。顔立ちは整っているし、身長も高い。
白い手袋をしてるのはちょっとキザっぽいが、マイナス要素としてはそれほど強くない。これは将来モテモテなんじゃないだろうか。
しかし、思ってたよりも若い。アリスって確か24歳じゃなかったっけ? 一回りくらい年齢が違うと思うんだけど、なんであんなに押せ押せだったんだろ。微妙に気になるな。
女性の方はアリスと同じくらいの年齢かな。こっちは正直、お世辞にも美形とは言えないと思う。ただすっごい姿勢が良い。さっきの店員さん以上に仕事出来ますオーラがある。
少年の斜め後ろに立っているのはやっぱり従者だから、かな。メイド服は着てないから、メイドではないと思う。メイド服があるのかは知らないけど。
「それで、そいつがノゾムなのか?」
「そうだよー」
「なるほど……そいつが」
少年――えーと、レプス君だっけ? 親の仇とでも言わんばかりに俺の方を睨んでくるの、やめてくれないかね。
さっきのアリスの片思い発言は比喩でしかないって、ちゃんと伝えたら分かってくれるかな。
「あー、レプス君? さっきのアリスの――」
「貴様……! こちらが名乗る前に勝手に名を呼ぶとは!」
え、ダメなの? 聞こえてて名前分かってるんだし、別によくね?
「しかも自らの名も名乗らず、挙句の果てに『君』だと!? どこまでも馬鹿にしてくれる!」
えええええ……なんか超怒ってるんですけど。
沸点低すぎね? それともこれがこの世界のお貴族様仕様なんだろうか。だとしたら面倒過ぎる。
とりあえず貴族を怒らせるというのは嫌な予感しかしないし、さっさと謝ってしまってから、自分の名前を名乗るか。
「わ、悪かった。今まで生きてきて貴族と会話なんてしたことがないから、今の発言に問題があると知らなかったんだ。すまない」
素直に理由も述べて、頭を深く下げる。
すると、俺の右手がきゅっと握られた。
意味が分からずに顔を上げると、そこにいたのはアリス。
今の話の流れでどうしてこうなった?
「えーと、アリス。この手はなんだ?」
「逃げられないように捕まえておこうかなーと」
あ、ホントに話の流れに関係なく、ただやりたいように動いただけですか……。
空気読めって言っていいかな?
「とりあえず、離せ」
「え、やだ」
「はーなーせー!」
「いーやーだー!」
乱暴に引き剥がすわけにもいかないので手をぶんぶんと振り回すが、アリスはかなり力を入れているのか、なかなか手を振りほどけない。
ええい、面倒だな!
「謝ったかと思えば、今度はこちらを無視していちゃいちゃするとは……! しかもアリスと手を繋いでだと!? うらや……馬鹿にしているのか!」
あああもう、そんなつもりはないのに。
ていうかこれがいちゃいちゃに見えるとかあり得ないだろ、脳内お花畑かよ。
「いやいや、そんなことはない。むしろアリスが欲しいんだったら持っていってくれよ。のしつけてくれてやるから……」
「のし? のしとは一体何だ?」
レプス君に問われ、はてと首を傾げる。
そういえばのしって何なんだろうか。
アリスなら知っているかな、と未だに俺の手を握っているアリスを見るが、アリスも興味深そうにこちらを見ていた。
この反応は知らないんだろうな。
もしかしたらこっちの世界にはないものなのかもしれない。
こうなると、どう質問に返すべきなんだろう。
素直に知らないって言うしかないか?
でもだったらどうしてそんな言葉が出てきたってなるし……ううん。
…………どうしよ?
「おい、質問に答えろ。のしとは一体何を示している言葉だ。アリスにそれをつけるとはどういう意味だ」
うーん、ネットがあったらパッと調べられたんだけどな。
いやまあ、こっちにないものなら答えが分かっても伝わらないかもしれないけどさ。
仕方がない。考える時間はあんまり与えてくれないみたいだし、素直に言うか。
「すまん。知らないから答えられない」
「ほう……つまり貴様は、自分もよく知らない得体の知れない何かをボクに押し付けようとしたわけだ」
「え、いや、そういうつもりじゃ」
だってそういう表現なんだもんなぁ。
「いや、もういい。考えてみたら貴様は現状でもまだ名を名乗っていないしな。余程ボクに喧嘩を売りたいらしい」
そういや、名乗ろうと思ってたのにアリスのせいで名乗れてなかった……。
レプス君は自分の白い手袋を手から外すと、頭を抱えている俺の足元へと投げつけた。
え。
「買ってやろうじゃないか。さぁ、拾え」
……これ俺の記憶が正しかったら、拾ったら決闘になるやつじゃね?
この世界でも同じ意味かは分からないけど、危なそうだ。セリフから考えてもそうだよな。喧嘩しますよ発言してるもんな。
レプス君はパッと見武器を持ってなさそうだけど、従者の人がいつの間にやら剣を用意しているのが不穏過ぎる。
それはあれですか、決闘になったらレプス君に渡すやつですか。ははっ、笑えねぇ……。
うん、拾うのはなしだな。
大体、決闘なんかしても全く得しないし。
勝っても負けても面倒なことになるビジョンしか見えない。ここはスルーしかないだろう。
「さ」
「さ?」
「さよなら!」
俺はいきなりアリスの手を振り払うと、レプス君たちに背を向けて全力で逃げ出した。
「あ、ノゾム待って!」
人ごみに紛れる直前に一瞬だけ振り返ると、追いかけてくるアリスと呆然としているレプス君たちが見えた。
スルーされるとは思ってなかったのかもしれない。
今回はアリスを振り切るのは無理だろうが、一番の問題であるレプス君たちとは離れられるのだし、よしとするか……。




