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馬車にて

アーシュライト視点です。

 いやー、困ったね。

 お世辞にも乗り心地が良いとは言えない馬車に揺られつつ、目の前の光景を眺める。

 望を逃がさなかったことが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべているアリスに望が絡まれている。

 助手がいなくなったことでどういう状況になったのか、イリスが大変なのかをとうとうと語っていた。

 別に酒を飲んでいるわけではないようだけど、微妙に絡み方がうっとうしいな。

 話のだしに使われているイリスはというと、申し訳なさそうな視線で僕と望を見ている。

 そんな目で見てくるなら追跡しようとする姉を止めて欲しかったよ。

 とりあえずエモニまでは一緒にいるしかない……か。

 エモニでなんとか撒けたらいいんだけど。


 本音を言えば、望の状態に感づいているアリスとイリスは消してしまいたい。

 ただ、望はそういうことを嫌がるからなぁ。

 消した後に感づかれたら、間違いなく望は自分を責めるだろう。

 それは可能な限り避けたい。

 望とは良い関係でありたいからね。

 幸いにして今の状態は許容範囲内ではある。

 アリスとイリスは望のことを周囲に言うつもりはなさそうだし、失われている魔法言語を知られたわけでもない。僕の正体だって知られてはいない。

 2人の目的を考えると出来るだけ早く別れた方がいいのは間違いないけどね。

 かなりしつこいのが不安だけど……。

 あるいは……いっそのこと契約を持ち掛けてみようか?

 望を召喚する際や、ラインの強化を行う際に使った契約魔法。

 契約書の準備とかに結構お金がかかるけど、この2人を完全に縛れるならそれでもいい。

 えーと、得た情報を公開することの禁止、望に危害を加えることの禁止、僕の命令には服従すること、くらいを条件にすればいいか。

 それくらい縛れば多少の情報を開示しても問題はないだろうし。

 邪魔になったら命令で「つきまとうな」って言えばいいしね。うん、ありだ。

 とはいえ、契約魔法はテンプレ以外が陽族から失われている魔法だ。

 契約前にそういうものがあると、どう足掻いても知られてしまう。

 2人の性格からして十中八九は契約を結ぶだろうけど、テンプレ以外の契約魔法の存在を知った時点で契約せずに逃げられると困る。

 人間の協力者が出来るのは魅力的ではあるけど、賭けになっちゃうなー。

 ……よし、とりあえずエモニで撒こう。

 そこで逃げ切れたならそれでよし。撒くのに失敗したら契約を持ち掛ける方向でいこう。


 方向性が決まったところで、改めて望たちの方を見る。

 僕から情報を引き出すのは諦めているのか、アリスは基本的に望を狙い撃ちしていた。

 別にそれはいいんだけど、ちょっと距離が近い。

 時折耳打ちをしているけど、僕らがあまり知られたくない情報を小声で喋っているっぽい。

 他の客に聞かれないよう気を遣ってくれているんだとは思うけど……なんでだろう? なんとなく気に食わない。

 …………ま、いいや。

 それにしても望は付き合いがいいなぁ。

 あからさまに嫌って顔しないで、軽く笑いながら話をちゃんと聞いてるし。

 まぁ愛想笑いっぽいけどさ。

 でも困ってるなら困ってるって言っちゃった方がいいと思うんだよね。

 言ったところで素直に言うことを聞いてくれる相手じゃない、っていうのは分かっているんだけど、ね。


 アオオオォーーーーーーーーーーーーーン。


 そんなことを考えていると、遠吠えが聞こえた。

 家族連れの男の子は「ワンちゃんの声だ」と喜んでいるが、この声の主はそこまで可愛いものではない。

 父親と母親は予想がついているのか硬い表情で男の子を抱いている。

 商人は「あああ、やっぱりか! くそっ!」などと毒を吐きつつも護身用と思われる短剣を取り出した。


「そ、速度を上げるので揺れます!」


 御者の男はそう叫ぶと、馬に鞭を入れて速度を上げる。

 だが、これでも追いつかれるのは大半の人が分かっていたと思う。


「グラスウルフがこんなところで出るなんて、珍しいね」

「姉さんがいるからね」


 アリスの感想に、答えになっていないようで答えになっている言葉をイリスが返す。

 アリスがいるから。その言葉だけで大体の物事の原因が分かった気になってしまうのは、多分僕も毒されているんだろう。

 馬車の中で立ち上がったアリスとイリスを尻目に、僕はさっきまでアリスが座っていた場所――望の隣にささっと移動する。

 望は周囲をきょろきょろ見回して、遠吠えの主を探している。

 ちょっと慌てている様子なのは可愛い。

 とはいえ、そんな調子では見つかるものも見つからないので、望の足をポンポンと叩いた。

 同時にちょっとだけ望の精神に干渉し、落ち着きを取り戻させる。

 夢である望に対してだけ出来るこの干渉。

 望が凄く凹んでいる際や、考え込すぎているときにたまーにやっている。

 といってもそれほど強い影響があるものではない。

 ちょっとだけ方向性を弄ってやるくらいしかしていないからね。

 本気を出せば望を操るとかも出来るかもしれないが、それは僕が好ましいと思っている望ではない。

 これまでも、そしてこれからもそんなことはしない。

 僕がこれをやるのはあくまで望に凹んでほしくないからだ。

 そりゃ本当に望に原因がある場合とかは放置するけど、望はすぐに自分が悪いんじゃないか、とか考える傾向があるからね。

 ちなみに今回落ち着かせたのは、大したことがないから。

 グラスウルフは集団で獲物を狙う獣でそれなりに凶暴だが、火に対しては非常に臆病な面もあり、適当に火の魔法を使えばすぐに逃げていく習性がある。

 今回はアリスがいるから簡単に終わるね。


「あ、いた。あれだよね?」


 落ち着いたことでグラスウルフを見つけた望に、僕は頷きで返す。

 数は4匹。グラスウルフたちは道から少し外れた草むらを駆けていた。


「ファイアウォール」


 そんなグラスウルフたちの姿は、一瞬で炎の壁に遮られる。

 魔法を使ったのは勿論アリスだ。

 グラスウルフたちもこれで逃げていくのは間違いない。

 しかし、ウォール系の魔法って地味に難易度高めなんだけどなぁ。

 二つ名からして火の雨を降らせられる実力があるなら、これくらいは出来るだろうって分かってたけどさ。

 やっぱり知識を与えるのは危険かなー。


「どうだい? ノゾム。あたしは役に立つよー?」


 何故かドヤ顔で望の正面に来るアリス。

 このアピール……もしかして僕らのパーティーにでも入りたいのかな?


 ……正直ごめんこうむりたいな。

 アリスがいるだけで、どんな依頼でも難易度が1~2段階は上昇しそうだし。

 望も微妙に嫌そうな顔をしているけど、穏便に断る言葉を探しているのかな。

「あー」とか「うー」とか言ってる。

 ホントに人が良いなぁ。

 アリスは望を押せばいいと思ってて、意図的に僕を視界に収めていない。

 うん。折れる可能性があるとすれば望だから、正しいんだろうけど……気に食わないな。


「え、ちょ、アッシュちゃん?」


 望の戸惑ったような声は無視して、望の膝の上に移動して座る。

 これで僕のことは無視できまい。ふふん。


「望のパーティーは僕と望だけで十分で、これ以上は要らないよ」


 正面から睨みつけるようにアリスに伝える。

 するとアリスは一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、それから苦笑した。

 イリスはどことなく温かい目線をこちらに送っている。なんでだろう?


「姉さん、別に私たちは冒険者になるのが目的じゃないし、今回は諦めよう?」

「そうだね。ここは拘るべき点じゃない。これ以上嫌われたくはないから、パーティーに入るのは諦めるよ」


 ――え、なにこれ。

 アリスがこんなにあっさりと諦めるなんて、ちょっと怖い。

 何か企んでるのかな……不安だ。

 やっぱ契約を視野に入れるのは考え直そう。全力で撒けばきっと大丈夫。


「だってさ、アッシュちゃん」


 そう言って、望が僕の頭を撫でてきた。

 ……おおう。

 望って僕の頭撫でるの好きだよねぇ。

 嫌な気分はしないし、むしろほんわかした気持ちになれるからいいんだけどさ。

 そういや、今は望の膝を椅子代わりにしてたんだっけ。

 頭を撫でられている内に、望に体を預ける体勢になってしまった。

 背中からは望の体温が伝わってきて、実に心地良い。

 やっぱり夢である望と夢魔である僕の相性は非常に良いね。

 距離が近いだけで活力が湧いてくるし、凄く落ち着く。

 ふふふ……次からはここを僕の指定席にしようかな?

続きに関しては活動報告に記載します。

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