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一難去って

 トラモントの街並みを東へと進む。

 マルシュさんのいるであろう東門まではあと少し。

 俺はアッシュの知り合いだとバレないように、見失わない程度に距離を開けて歩いている。

 まだマルシュさんは見えてないけど、念のための用心だ。

 マルシュさんに竜頭苔を渡すことができればそのままの流れでトラモントから出て行く予定のため、荷物はアッシュの分も含めて俺が持っている。

 子持ちの未亡人が冒険者みたいに荷物を持っているのは不自然だからな。

 アッシュが今持っているのは竜頭苔の入った袋だけ――って、焼きそばを買ったな。マルシュさんのとこまで食いながら歩くつもりなのか……。

 俺も結構腹が減ってるし、なんか買おうかね。さっきの宿屋の料理は見た目からして微妙だったから、食う気が起らなかったんだよな。

 適当に周囲の屋台を見ていると、テサヒサの屋台が目に付いた。しかも、ここは器の返却がないらしい。

 トラモントの屋台で初めて食べた料理を、トラモントから出て行く前に食べるのもありか。


「テサヒサ一人前頂戴」

「へい、40ヘルトです」


 あの屋台より10ヘルト高いな。

 まぁ気にするほどの額でもないので、さっと言われた額を払う。

 高いのは返却しなくていい器代ってところかな。

 渡されたテサヒサを食べながら、アッシュの後をゆっくりとついていく。

 うーん……。思い出補正みたいなものがあるかもしれないけど、最初に食べたところのテサヒサの方が美味しかった気がする。

 まずいわけじゃないし、味もテサヒサの味だから文句はないけど、ちょっと残念な気分。

 視線を前に向ければ、アッシュがニコニコしながら次々焼きそばを口へと運んでいく。

 アッシュは焼きそばを美味そうに食べてるなぁ。

 美人がニコニコしながら食べてるもんで、地味に周囲の視線を集めてしまっている。

 ホント美味そうだ……俺も焼きそばにすればよかったか?

 しっかし食うペース早いな。もう半分以上なくなってるよ。東門に着くまでに食い切るつもりか。

 お……更に食うペースを上げた。もしかしてマルシュさんを見つけたのかな。

 焼きそばって飲み物だっけ? と言いたくなるようなペースで焼きそばが消えていく。

 フードファイターってああいう食べ方したりするよね。

 実に消化に悪そうだ。あ、もう食い終わった。

 容器を近くにあったゴミ箱に捨て、口元を指で無駄に色っぽくぬぐう。

 そのまま簡単に身だしなみを再確認して、アッシュは今までの進行方向からちょっとだけずれた方向へ……あ、マルシュさんいた。

 やっぱり見つけてたのか。

 東門からちょっと離れてるとこだけど、休憩中かな。

 マルシュさんがいるのは露店形式の薬屋だ。

 お世辞にも明るいとは言えない表情をしている。まだ薬や竜頭苔が見つけらなくて探している途中なんだろう。

 ティラノサウルスから追いかけられたのが無駄にならなくてよかったよ。


「あの、マルシュさん?」

「はい。なんでしょうか?」


 アッシュがマルシュさんに声をかけた。

 落ち込んだ表情だったマルシュさんは、すぐにきりっと仕事用っぽい表情に切り替える。

 休憩中だろうに、嫌がるような素振りを全く見せていない。すげぇ。


「これ、うちにあったものなんです。以前に息子がお世話になりましたので、そのお礼って言ってはなんですが、受け取って下さい」

「はあ……? ありがとうございます。開けてもよろしいですか?」

「どうぞ」


 アッシュから袋を受け取ったマルシュさんは、首を傾げながらゆっくりと袋を開ける。

 その中身を目にして――動きを止めた。

 数秒、街の生活音だけが周囲に響く。


「はあああああああああ!?」


 そして、悲鳴のような声が周囲の音をかき消した。

 周囲の人々は何事かあったのかと、反射的にマルシュさんを見ている。

 だが、マルシュさんは周囲の視線になど気付いていないかのように、アッシュへと詰め寄った。


「こここここれ! 竜頭苔ですよね!? どうやって!?」

「うちの旦那、薬師だったんですよ。なので家を探してみたら、見つかりまして」

「なるほど! あ、お金! ……すいません、今はそれほど手持ちがなくて……後ほどお届けしますので、どちらに届ければいいか教えて頂けますか?」

「いえ、お礼ですのでお代などは不要ですよ」

「いやいやいやいやいや、そういうわけには!」

「うちで持て余してしまっていたものですから」

「そうだとしても、竜頭苔は結構高価なものなんですから! ただでなんて受け取れませんよ!」


 うーん、マルシュさん抵抗するなぁ。急にあげるって言われても困るから、気持ちは分からなくもないけどさ。

 アッシュはどう対抗するんだ?


「そうおっしゃらず、受け取って下さい。死んだ旦那も、使わずに残っていただけのものが使われた方が喜ぶでしょうし」


 ……うっわ、えげつねぇ。

 いや、ネタを出したのは俺だけど……ここで使うかー。

 故人設定は、マルシュさんが薬屋を全部巡ってたら困るから出しただけなんだけどなぁ。


「あ……それは、あの……」

「ね? 受け取って下さい。それに今はわたしとこうやって話すよりも、それを使ってやるべきことがありますよね。旦那もきっとそれを望んでいますから」


 ね? と更にもう一度アッシュがダメ押しすると、マルシュさんは諦めたのか何かを言いたそうにしながらも頷いた。

 一刻を争う、というほど危険な状態ではないのだろうが、実際問題早く動けばそれだけ子供の負担が減るのだ。

 アッシュの言っていることは大嘘だとしても、促している行動は間違いではない。

 マルシュさんもそのことに気付いたから、頷いたんだろう。


「分かりました。ですが後ほど、状況が落ち着いたら改めてお礼をさせて下さい。あの、お名前は?」

「……名乗るほどのものではありませんので」


 アッシュ、偽名をちょっと考えようとして諦めたな……。

 適当にライトとか名乗っときゃいいのに。

 あ、でもこの名前だと「計画通り」とか言いそうだからなんかヤダな。実際ちょっと言いそうな性格してるし。

 数秒、アッシュとマルシュさんは見つめあい、マルシュさんからふっと目を逸らした。

 諦めてくれた、かな?


「……分かりました。竜頭苔、ありがとうございます。本当に助かります。では!」


 深く一礼をして、マルシュさんは袋を宝物のように持って走っていった。

 休憩中に全部終わらせるつもりなのかもしれない。

 まあ休憩中に終わらなくとも、今日中には間違いなく終わるだろう。

 これにて一件落着ってところかな。

 アッシュはササッと路地裏に入ると、アッシュちゃんの姿になって戻ってきた。

 合流するため、小走りでアッシュちゃんに近づく。


「お疲れ様、アッシュちゃん」

「計画通りいったねー」


 …………ホントに言ったよ。


「あー、うん。そうだね」

「お礼のためとかで探されて調べられると面倒だから、さっさとトラモントから出ちゃおうか」

「だね」


 東門のすぐ近くにある、乗合馬車の受付まで歩く。

 受付から少し離れたところに椅子や机があって、小さな待機所になっていた。

 受付を済ませてから、そこで馬車が来るまで待つのだ。先払いのバスみたいな感じだ。

 俺たちが乗るのはエモニ行きの乗合馬車。

 本数は日に8本となっていて、幸いにも後数分で到着する予定らしい。

 2人分の料金を手早く払うと待機所へと移動する。

 そこには既に先客が複数いた。

 旅行帰りっぽい見た目の父親と母親と息子の3人家族。

 背中に俺らの背負い袋よりも大きい荷物を背負った、商人風の男が1人。

 いかにも胡散臭い感じのするローブとフードで、頭からつま先まで顔を含めて隠している性別不明なやつが2人。

 馬車は10人くらい乗れるらしいので、ここに俺とアッシュちゃんが加わってもまだ空きはある。

 ただなぁ……。


「アッシュちゃん、馬車の時間どうする? ずらす?」


 他の人に聞かれないよう、小声でアッシュちゃんに訊ねながら、ちらりとローブの2人組に目をやる。

 あんな胡散臭い連中と一緒に馬車とか、正直乗りたくはないんだよな。

 ずっとうつむいて顔すら隠すとかやましいことありますって言ってるようなもんだし。


「んー。言いたいことは分かるけど、多分早めに離れた方がいいんじゃないかな。マルシュさんの件もあるし」

「ふむ……。それもそっか。まー絡まなきゃ平気だよね」


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 その後人が増えることはなく、数分後に到着した馬車に全員が乗り込んだ。

 マルシュさんに追いつかれるようなこともなく、馬車は何事もなく出発。

 馬車の行程はおよそ半分ほどが過ぎたところで、それは起こった。


「あー、もうそろそろいいよね」

「え、姉さん予定よりもはや――」


 ローブの1人がフードを一気に取り払う。

 俺たち以外の乗客も怪しいと思っていたのか、全員が同時にその顔を見て、そして声をあげた。


「「「「「「えっ!?」」」」」」


 完全に予想外の顔を見て、思考が停止してしまう。

 なんで……?


「うわぁ……かわいいお姉さん」

「なんで顔を隠していたんだろうね」

「訳ありなんじゃないかしら。あんまり詮索しちゃダメよ」


 3人家族の声が順番に耳に入ってくる。

 違う。確かに可愛い顔をしてはいるが、こいつはそういうタイプじゃない。


「あああ、こりゃ途中でゴブリンか何かに襲われるのか……? くそ! いざとなったら使えそうな売り物なんてあったか!?」


 商人が絶望したような声をあげる。

 ああうん、こいつのことを知っていたら多分その反応が正解だ。


「ねぇ、なんでいるの? アリス。そっちはイリスだよね?」


 アッシュちゃんのちょっと硬くなっている声で、ようやく頭が動き出した。

 そう、目の前で顔を晒しているのはアリスだった。

 アリスの横でフードを被っていたイリスも、観念したかのようにフードを取って顔を晒している。


「いやさ、今朝父さんに『望たちが2日前にトラモントを出た』って聞いたんだよねー。望たちのことを諦めさせるために教えてくれたっぽいんだけど、諦めきれなくて軽く調べてみたら、どうもまだ出てないっぽい。だから、ちょっと乗合馬車に張り込んでみたんだよね。2回目で当たりを引くとは思わなかったけど」

「えーと、私も今回は無駄だと思っていたんですけど……ごめんなさい」

「ふっふっふ、トラモントから出たら追われないと思った? 残念だけど今やってる研究よりも望たちの方が優先度が高いので、普通に追いかけるよ!」


 ……。

 …………。

 ………………マジで?

 あれ、これ出発を遅らせた俺のせい?

 反射的にアッシュちゃんの方に視線を向けると、視線を逸らされた。

 あっ……今回はフォローの入れようがないって感じ?


「はああああああああああああああ!?」


 トラモントからエモニへと向かう馬車の中で。

 俺の声が、虚しく響いた。

読んで下さってありがとうございます。

これにて一章完結です。

続きに関しては活動報告に書かせて頂きます。

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