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時間の潰し方

 体感的には1時間くらい走っていた気がするが、多分実際には5分程度しか経っていないのだろう。

 アッシュは「よし、これで集まった」という言葉を発した後、竜頭苔の入った袋を俺に投げ渡すと、フィアーの魔法を使ってあっさりティラノサウルスを追い払った。

 恐竜にも恐怖心はあったらしい。

 アッシュが軽く「わっ」と言っただけで、一目散に逃げて行った。

 きっと逃げた先でも超ビビってるんだろうなぁ。

 散々追い回されたから、同情なんてしないけどね。

 しかし結局、陽が沈みきる前に龍頭苔を集めきってしまったよ……。

 というかむしろオーバー気味。多分10gくらいはある。必要最小限の量だけ採取してたなら、俺の走る時間はもっと短く済んだんじゃないだろうか。

 もう終わったことだからいいんだけどね……。

 今日はもう寝るだけとして、明日はどうしようか。

 追いかけっこはもうこりごりだから、やっぱり釣りが無難かねぇ。

 さすがに釣竿はないけど、背負い袋には針と糸が入っているからそれで釣竿もどきは作れる。

 釣れるかは分からないが、気分を味わうには十分だろう。うん。

 とりあえずは海にちょっとだけ入り、逃げている途中で全身についた砂を洗い流す。

 走ってる途中は必死で気付かなかったのだが、考えてみたら俺って下着に靴だけでティラノサウルスから逃げ回ってたんだよなぁ。

 どんだけシュールな光景なんだよ。

 せめて服着てる状態なら砂はもうちょいマシだったかなー。


「お疲れ様、望」


 大体の砂を落としたところで、アッシュの声が後ろからした。

 考えてみれば、俺が砂だらけになった原因はアッシュにもあるよな。

 あそこで他の方法があったのかと言われると困るけど、ちょっとくらいは文句言うか。

 別に怒ってはいないけど、それくらいは許されるはず。愚痴みたいなもんだ。


「あのさ、アッシュ――」


 言いながら振り向くその途中で。

 何やら柔らかいものが頬に当たった。

 それは一瞬だけの感触。

 思わず動きを止めたときには既になくなっているが、海の香りに紛れて漂っている花の香りが、アッシュがどれだけ近くにいたのかを教えてくれる。

 今のって、もしかして……!

 バッと振り返ると、ニヤニヤした顔でこちらを見ているアッシュが。


「約束は守ったよ? じゃ、サービスはおしまい」


 アッシュは靄を出すと、その姿を素早くアッシュさんに変える。

 一体どう反応するのが正解なんだろうか。

 何かを言おうとして口を開き――言葉が出ずに閉口する。

 うん、なんかモヤモヤするけど、アッシュさんに言うのも違和感があるから黙ってよう。

 言うべきはきっとアッシュだ。あいつが悪い。全部あいつのせいだ。

 同一人物だとは分かってるんだけど……な。


 殆ど陽が落ちているためあまり自信はないのだけれど。

 靄に包まれる直前。

 アッシュの顔が、「夕陽に照らされていたから」という言い訳ができないくらい、赤く染まっていた気がした。

 アッシュってかなり挑発してくるけど、案外――。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「……釣れないなぁ」

「だなぁ」


 一晩過ぎて、翌日の昼。

 俺とアッシュさんは岩場に並んで座り、ぼけーっと釣りをしていた。

 多分かれこれ2時間くらいはぼけーっとしている。

 朝はかなり釣れたんだけどなぁ。

 まぁ昼飯になる分くらいは最初に釣れてるから、これ以上続けなくてもいいんだけど。

 魚がいないってわけではなさそうなんだけどな。魚影は見えているし。


「そういや望」

「何ー?」

「恋人とかいたことねぇの?」


 また急な質問だなー。暇だからいいけど。


「いたことあるなら、ここまで女性に免疫がない状態にはなってないかなー」

「それもそうか」


 うわ、あっさり納得された。

 別に嘘ってわけじゃないけど、ここまであっさりだとちょっとムカつくな。


「アッシュさんは?」

「いないな。そもそも性別がないから、相手が男であるべきか女であるべきかすら分からん」

「同族とかは?」


 質問をした途端。それまでぼけーっとしていたアッシュさんから、急に強烈な威圧感が伝わってきた。

 見えていた魚影が一つ残らず遠くへと消えていく。

 え!? はい? 何で?


「な……なんか変なこと聞いた?」


 少し震えた声でアッシュさんに訊ねる。

 悪いこと聞いたなら素直に謝ろう。死にたくはないし。


「ふぅー……。いや、大丈夫だ。ムカつく奴の顔を思い出しただけだ」


 いやいやいやいや、あんまり大丈夫そうな感じしてなかったんですけど!

 その人? はどれだけアッシュさんを怒らせたんだろう。

 よっぽどのことしでかしたんだろうなぁ……。

 ちょっと聞いてみたい気がする。

 気がするものの――。


「えーと、そういやアッシュさんって魔王だよね!?」


 怖かったので、話題を変えることにする。怖かったから仕方ない。アッシュちゃんだったら多分聞いてた。


「ああ」

「魔王って何なの?」


 変えた話題は今更なものだ。

 ラノベとかなら魔物の王で魔王、みたいな場合が多いんだろうけど、この世界って魔物いないからなぁ。


「かなーり昔に陽族に勝手につけられたんだよなぁ。確か、夢魔王と魔法王、両方の意味があって、それを混ぜた名称、だったはず? 語呂がいいから割と気に入ってるんだよ」

「え!? アッシュさん、夢魔の王様だったんだ?」

「まぁ夢魔の中で一番長生きしてるからな。勝手にそう扱われてるだけだ。別にうちの一族、俺の言うことなんざ聞きやしねぇし」


 最後の言葉はちょっと実感こもってる感じだったな。

 やっぱ上の立場って苦労するんだなぁ……。地球でバイトしてた時のリーダーさんも大変そうだったし。

 しっかしこりゃ夢魔関係の話題は避けた方が良さそうだな。さっきの反応然り、今の反応然り。


「魔法王ってのは?」

「あー、それは俺が魔法言語を完全に理解してるからだ」


 なるほどなー。夢魔にも魔法にも魔って文字は入ってるから、それで魔王になったのか。この世界の文字じゃ別なんだろうけど、偶然にもそこは一致してるってとこか。


「魔法言語を理解してるって意味じゃ、望もそうだな。魔法王の称号、いるか?」

「いや、魔法が使えない魔法王とか痛すぎるよ。いらないいらない」


 自称魔法王の痛い子ポジションとか誰得だよ。


「それもそうだな。……しっかし」

「しかし?」


 困ったかのように、アッシュさんが溜息を吐く。


「見事に魚いなくなっちまったな。どうする?」


 いやあの、自然にいなくなったみたいな雰囲気出してるけど……アッシュさんのせいだからね?

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