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有言実行

「――つまり、あのエルフは2人が俺たちを引っ掛けるために雇ったやつだ、と?」

「す、すいません!」


 頭を下げるイリスを前に、思わずため息が漏れる。

 話を聞いたところ、アッシュさんの予想していた通り、アリスは俺の二度目のミスを聞いて俺の状況をほぼほぼ推測したらしい。

 つまり、「ほとんどの言語を理解している」&「その使い分けができていない」ということを。

 前者はともかく、後者には驚いた。

 合っているかには一切触れず、何故そんな荒唐無稽な結論に至ったのか理由聞くと、


「だって、普通に考えて別の言語を『つい』で喋るなんてないでしょ? でも意識して喋ってた感じはしなかったし、その後の望って『やらかした』みたいな顔してたし」


 との回答が得られた。

 まぁ俺のせいってことだな。

 アッシュちゃんみたいな演技力はないからね。仕方ないね。いや、仕方ないで済ませたらまずいんだろうけどさ。

 そんな俺らにできるのは知らぬ存ぜぬで押し通すくらい。

 こういう反応になるのが分かっていたから、エルフを雇ってこっそり検証しようとしたのだとか。

 いや、アリス怖いわ。


「そんな妄想、いつからしてたの?」


 怒ってます、という表情を作っているアッシュちゃんが二人に質問する。

 アッシュちゃんって怒っても怖くなくて、むしろ可愛いんだけどね。

 2人にこれ以外の姿は見せられないから、こうならざるを得ないんだろう。

 怒っているということを示しているだけでも意味はある、はず。きっと。

 それでも可愛いのは可愛いので、つい撫でようとしてしまい、手をぺちっと叩かれた。ごめんよ。


「仕事を辞めるって言われる直前くらいからだね」


 思いっきり最初じゃん!

 あっぶねぇ。早々に辞めててよかった。アッシュさんマジ慧眼。


「何で今日になってこんなことを?」

「人を雇うのに時間がかかったんだよ。それと、油断するくらいまでちょっと間を空けたかったから、かな」


 油断するまでって……マジかよ。

 計画的過ぎるだろ。

 この感じだと、今まで出会っても日常会話で終わらせてたのも、更に油断させるためってところか。

 なんという執念……。

 ふと、別れ際の言葉が思い出されてしまう。

 諦めないから、だったか。有言実行とかちょっと勘弁して欲しい。

 そんなことを考えていると、コトリという音を立てて目の前に紅茶が置かれた。


「なにやらご迷惑をかけたようで、すみません。これ、お詫びの紅茶です」


 顔を上げれば、そこには申し訳なさそうな表情をしたマスターが。

 ユトマティーは飲み切っていたからありがたいが、別にマスターに謝られることは何もないよな?


「ええと、アリスとイリスはボクの娘なんですよ」


 俺の顔だけで疑問の内容を察したのか、マスターが理由を教えてくれる。

 なるほどね、アリスとイリスが……って、はぁ!?

 驚いてまじまじとマスターとアリス、イリスを見比べる。

 確かに髪色は似ている。特にマスターとアリスの髪色はそっくりだ。

 顔は……よく分からない。目元がちょっと似てる気もするけど、そのくらいだ。

 助手として働いていたころに両親の話などは全く出なかったから、てっきりもういないのか、話題にしてはいけないものだと勝手に思っていた。

 まさか普通に別々に暮らしていたとは。

 あ、でも今思えば、アリスとイリスの家にあった紅茶、結構美味しかった気がする。

 もしかしたらここの紅茶をもらってるのかも。

 そんな店に偶然入ったのか、俺とアッシュちゃんは。


「すっげぇ確率……」


 俺の呟きに、マスターがくすりと笑った。

 首を傾げて見ると、マスターは「ああ、失礼」と口を開く。


「その確率を引き寄せてしまうのが、アリスなんですよ。アリスにしてみれば、探りを入れていた対象に鉢合わせることがアクシデントになるでしょう?」

「なるほど!」


 やべぇ、一発で納得できてしまった。

 そう考えると、アリスって悪いことを企んだりするのとか向いてないんだな。

 一瞬だけアリスのトラブル体質に感謝しそうになったよ。


「さて、ボクと二人の関係に納得してもらったところで……アリス、イリス」

「なに?」

「はい」


 マスターの呼びかけに対し、アリスはちょっとめんどくさそうに、イリスは背筋を伸ばして反応する。


「2人はお客さんの何かが知りたい、という認識で合っているのかな? それも自身の研究を一時中断して、迂遠な探り方をするほどに」

「そだね」

「それをお客さんに直接伝えたかい?」

「当然。ただ色よい返事をもらえたどころか取り付く島もない、という感じかな」


 これはもしやマスターが説得してくれる流れだろうか。

 頑張ってマスター!

 俺とアッシュちゃんの平穏はあなたの肩にかかっている!!

 ……あ、紅茶うめぇ。


「提示した対価は見合っていたのかい?」

「最初に全財産の8割くらいとあたしの体を提示したけど、ダメだったね」

「ぶっ!」


 あたしの体、というところで思わず吹き出してしまった。

 幸い誰にもかかってはいない。

 イリスは目玉が飛び出しそうなくらい驚いた顔をしている。

 アッシュちゃんとアリスは無反応。マスターもむはんの……いや、頬が引きつってるな。娘がそんなこと言ってたと知ったらそりゃそうなるわな。


「えぇと……お客さん。うちの娘が申し訳ない。そして何がとは言いませんが、ありがとうございます」

「けほっ……あ、い、いえ……」


 ははは。ちょっと釣られそうになったとか口が裂けても言えないな、これ。


「しかし、それなら結論が出てしまっているように思えるけど……それでも諦めきれない、ということかな?」


 マスターの問いにアリスは黙って、しかし大きく頷いた。


「とはいえ、それではお客さんに迷惑過ぎる。どこまで妥協できる?」

「知るのは一部でもいいよ。あるいは、その一部を知るための方法でも」

「……とのことですが、お客さんはどうでしょう?」

「ダメ。却下。何を積まれても、どれだけ条件を低くしても、教えることはできない」


 アッシュちゃんが即座に返答する。

 本当に譲れないのだろう。


「ね、取り付く島もないでしょ?」

「なるほど」


 いやー、マスターすいません。頑張って下さい。


「諦めなさい、と言いたくなるが、それで素直に諦めるような性格じゃないのは知っているし……。お客さん、ちょっとこちらに来ていただけますか」


 マスターに手招きされて、俺とアッシュちゃんはアリスたちから少し離れたところに移動する。

 内緒話でもするんだろうか。


「娘のこと、本当に申し訳ありません。お客さんは、トラモント以外のところに行くご予定などありますか?」

「もう少ししたらトラモントは出るつもりだよ」


 小声で問われた内容に、アッシュちゃんが答える。

 初耳だからちょっと驚いた。

 トラモントでの情報収集はほとんど終わっていたのか。


「それは良かった。あの子たちには研究があるから、トラモントの外に出てしまいさえすれば、距離を置くことができるはずです。それでしばらく期間を置けば、あの子たちも他のことに興味が行くでしょう。図々しいお願いではあるのですが、トラモントにいる間、あの子たちのすることをもう少しだけ我慢していただけませんか? お詫びといってはなんですが、次にお客さんが向かう場所までの馬車代といった経費はこちらで支払いますので……」


 お、おう……なんというかマスターちょっと弱いな……。

 アリスとイリスの説得を諦めて、俺たちに我慢するように言ってくるとは。

 だがまぁ、俺としては問題がない。どうせ俺たちでも説得なんて無理だったし、それを思えば得しかしてないからな。

 アッシュちゃんと目を合わせると頷いてくれた。多分考えてることは一緒なんだろう。


「分かりました」

「ああ、ありがとうございます。一応ボクもこっそり2人の妨害はしておきますので、少しはマシになるかと思います。必要な金額が決まりましたら、トラモントから出る前にこのお店に寄って下さい」

「はい」

「この後すぐに出て貰っても大丈夫ですよ。娘はボクが引き留めておきます。お代は今日はいりませんから」


 話はそれで一旦区切り、アリスとイリスの近くに戻る。

 2人は何を話してたのか聞きたそうな顔をしているが、2人から逃げる方法だから言えるわけがない。

 アッシュちゃんの紅茶とケーキはもう残っていないな。

 俺は残っていた紅茶を一気に飲み干すと、マスターに言われた通り席から立った。


「ごちそうさまでした」

「はい。今度は娘がいないときにでも来て下さい」

「はい。それでは」

「あ、ちょっとま――」

「アリスとイリスには話すことがあるよ。そこに座りなさい」


 アリスの「ちぇー」という声を背中で聞きながら、アッシュちゃんとお店から出る。


「いやー、なんかゆっくり出来なかったね」

「だねえ。アッシュちゃん、どっか行きたいところとかある?」

「特にはないかな。とりあえずもうちょっとぶらぶらしよっか」

「了解」


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 その後。

 しばらくぶらぶらしていたら、またもアリスとイリスに遭遇。話しかけられることはなかったが、ストーカーのように観察されることになった。

 結局休みという感じが全くしなかった俺たちは、翌日も休みに変更したのだった。

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