不意打ち注意
「いやー……昨日は怖かった」
「あれは予想外だったもんねぇ」
魔狼の牙亭の自室にて、屋台で買ったハンバーガーっぽいサンドイッチを食べながらの会話。
昼時にのんびりしているのは休みだからで、実はこの世界に来てから初めての2連休になる。
本当は、今日は何か適当な依頼を受けて働くつもりだった。少なくとも昨日の朝はそう決めていた。
だが、昨日は休めた気がしないので急遽今日も休みになったのだ。
マジで疲れた。あ、勿論精神的に、だ。体力的な疲労は呪いをかけてもらってから、感じたことがないからな。
「もうちょっと警戒する必要があるかもねー」
そう言って、丸いパンのサンドイッチにかぶりつくアッシュちゃん。
中の黒いソースがはみ出して、真っ白い頬を汚す。
それにアッシュちゃんは気付いていないのか、満足気な表情を浮かべるだけだ。
仕方がないのでハンカチでぬぐうと、きょとんとした反応をしたので頭を撫でる。
そうやって癒されながらも思い出すのは昨日のこと――。
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その日、俺とアッシュちゃんは珍しく二人で町を散策していた。
二人でいることはよくあるんだけど、休みの日は大体別行動なんだよな。
せっかくなので、俺のお勧め屋台をアッシュちゃんに紹介することにしたのだ。
天気は曇天。日差しが強くなり始めていたので、ぶらつくには丁度いい天気だ。
時間帯は昼前だが、いろいろと見て回るつもりなのでテサヒサなどの主食系は紹介だけして買わない。
買ったのはかき氷にリンゴ飴くらいだ。どこの祭りの屋台だよってラインナップだけど、売ってたんだから仕方がない。
わたがしとチョコバナナがなかったのが残念だ。
そうして食べ歩くことしばらく。
「すいません。ちょっといいですか」
焼きそばの屋台の近くで、銀髪のイケメンエルフが声をかけてきた。
完全に目が合ってるから多分俺に向かって話しかけてるはずだ。
線が細くて中性的で、印象的な群青色の目をしている。
俺と並んでどっちがカッコいいですか、と道行く人に問えば、100人中100人がこのエルフを指差すだろう。
というか、なんでエルフには美男美女しかいないんだろうか。解せぬ。
ちょっと顔見たらイライラしてきたけど、彼からすればどう考えても理不尽な怒りだから表には出さない。
俺にその顔を寄こせとか言ったらただの危険人物だからな。うん。
「道を教えて欲しいんですけど」
どこに行きたいんでしょう? と口を開いて言おうとした瞬間に、視界の端でアッシュちゃんが不審な動きをしていることに気付く。
リンゴ飴を頑張って口にくわえて、フリーになった腕を組んだり下したりしているのだ。
おかげで口元が完全にべとべとになってそうだ。後で拭いてあげよう。
しかし、急にどうしたんだろう。
何かを伝えたそうに、俺の方を見ながら腕を組んでるけど……あれ?
そういや、なんかアッシュちゃんと決めていた気がする。
確か、鬼人を倒した後に決めた内容で……あ、そうだ。
俺の知らない言語の合図だ。全然使ってなかったから忘れかけてた。あっぶねぇ。
で、今それをやるってことは反応するなってことか。
ギリギリ気付いてよかった……!
思いっきり反応するとこだったよ。
「汎用言語喋れる? エルフのおにーさん」
「あ、ああ。すいません、ついさっきまでツレと話してたから、ついエルフ語を使ってしまって」
「つい」で普通は知らない言語使うんじゃねぇ……!
リンゴ飴を再び手に持ったアッシュちゃんと会話をしているイケメンエルフに、思わずツッコミそうになる。
反射的に使い慣れてる言葉が出てしまう気持ちは分からなくもないが、ピンポイントに危ないだろ。
「そうなんだ。僕たちに何か用?」
「道を教えて欲しいんですよ。ここの図書館に行ってみたくて」
「あー、僕行ったことないから分からないや。望は分かる?」
どうやら汎用言語とやらになっているらしい。
アッシュちゃんに振られたので、頷いて答える。
「ああ。えっと、あそこに見える大きな広場で右に曲がってもらって、後は真っ直ぐ進めば見えてきますよ」
「あの広場で右に、か。ありがとうございます」
「いえいえ」
手を振ってイケメンエルフと別れると、俺は深く息を吐いた。
アッシュちゃんも同じ反応をしているところを見るに、気持ちは一緒だったらしい。
「焦ったー……」
「俺も。決めてて良かったよ」
「だねぇ」
「あ、ちょっと待ってて」
アッシュちゃんを待たせて屋台まで移動すると、少しだけ水を分けて貰いハンカチを湿らせる。
そしてハンカチでアッシュちゃんの口元を丁寧にぬぐい、飴のべたつきを取った。
最近気づいたのだが、どうもアッシュちゃんのときは子ども扱いされると割と喜ぶのだ。
俺もアッシュさんが相手ならこんなこと、頼まれてもやらないけどさ。
アッシュだったら……うん、やっぱそういうプレイにしか思えないので多分やらない。
ていうか、アッシュならむしろ俺の口元をわざと汚して拭いてきそう。
で、適当に密着してからかったところでアッシュちゃんかアッシュさんになるんだ。
うん、ありそう。今までも似たことやられたし……鬼畜の所業だよなぁ。
まぁ、密着されたりするのは超緊張するけど、嬉しくないわけじゃないから怒れないんだけどさ。
「そうだ。そろそろ昼時だけどどうする? 目ぼしい屋台はもう案内したから、好きなもの食べるのもありだけど。ちょろちょろ食べながらだったから、あんまりお腹空いてない?」
「僕のお腹は結構膨れてるかな。望は?」
自分のお腹をちょっとさすって、ぽんぽんと叩きながら言うアッシュちゃん。
あんまり似合ってはいないけど、何となく子狸を連想してしまう。可愛い。
「んー、普通に一人前くらいなら入るかな」
適当にそれぞれが屋台で買ってきてもいいけど……そういや、近くの裏道に喫茶店があったな。
裏道巡り(実際は娼館探し)をしていたときに見つけたお店だ。
美味しいかは知らないが、ケーキとかサンドイッチとかが売ってたから今の俺たちには丁度いいかもしれない。
ずっと歩いてたから、そろそろ座ってゆっくりするのもいいだろう。
「近くに喫茶店があるけど行ってみる?」
「いいよ。それにしても望、トラモントのお店については詳しくなったねー」
「あー……まあ屋台巡りとかしたしね」
喫茶店を見つけた理由はまた別だけど、これも嘘ではない。
娼館の話題を必死で逸らしたのにその翌日には娼館を探してた、なんてアッシュちゃんには知られたくないからな。
うん、絶対ばれないようにしよう。
表には出さないように胸中で決意しつつ、俺はアッシュちゃんを喫茶店へと案内した。




