とある依頼の場合
1ヶ月ほどが経った。
冒険者のランクはアッシュちゃんのお陰でDになっている。
この1ヶ月、俺の知る限りでマルシュさんは依頼を出していない。
恩返しはいつになることやら。
で、それに対してアリスとイリスの依頼は毎日出ていた。
勿論毎回スルーしている。
Dランクに上がった日から、依頼がDランクで出てきたのにはちょっと戦慄したな。
たまに偶然(を装っているらしい。バレバレだが)会うのだが、その時には軽い会話でいつも済ませている。
少なくともこちらの現状などほとんど話していないのに、どうやってDランクになるって気付いたんだろうか。
もしかしたら人を雇うことに成功したのかもしれない。
その人材を普通に助手に使えよ、というのは俺とアッシュちゃんの共通見解だ。
それはさておき、今日も今日とて依頼探し。
ランクアップの依頼は採集系だったから、結局今までに何かを討伐したことはない。
お陰で? 俺たちは「不戦パーティー」と呼ばれるようになった。
それ自体は気にしていないが、たまにあざけるような目で見てくる冒険者がいるのはムカつく。
あんたらに迷惑かけてないんだからほっとけっての。
お!
不快な視線に耐えた甲斐があったのか、それなりに良さそうな依頼が見つかった。
ランク:D
依頼:狩人草の採集
内容:狩人草を20~60本集めて欲しい。
期間:月が変わるまで。
報酬:20本につき1500ヘルト。
募集人数:不問
依頼人:レイド
補足:特になし。
狩人草というのは、その名の通り狩人が使う草だ。
燃やした際に出る煙が、特定の獣、主に熊といった危険な生物を追い払うんだとか。
他の生物にはほとんど効果がなくて、便利らしい。
燃やさなくても若干の効果はあり、ゴブリンといった熊より弱い妖魔族がその近くに居つくことが多いらしいので、そこだけは注意する必要があるだろう。
この前読んだ、クエストで求められる薬草などがまとめられた本に書いてあった。
月が変わるまでは後1週間あるし、狩人草は前に別の依頼で薬草を取りに行った際に見つけている。
念のために他にもっと美味しい依頼がないかを探すが、特に見つからなかったので依頼書を手に取った。
「これでいいかな?」
「うん。大丈夫だよ」
アッシュちゃんからの了承も得られたので、依頼カウンターへと持っていく。
今日依頼カウンターにいるのは、ほんわか人妻系巨乳エルフ。実際に人妻かは知らない。俺の偏見だ。
いつもはクールモデル系エルフが依頼カウンターにいるんだけど、今日は休みらしい。
まだほんわか人妻の方が緊張しないから、俺にとっては助かる。
「これー……狩人草が生える近くには一部陰族が集まりやすいんですけどー、大丈夫ですかー?」
依頼書を見たほんわか人妻さんが、間延びした声で確認を取ってくる。
俺らの二つ名を知っているからだろうな。
「だ、大丈夫です」
緊張してちょっとどもったが、問題ない旨を伝える。
すると、そうですかー、と言いつつあっさり依頼受諾の処理を行ってくれた。
念のための確認だったらしい。
「ではー、頑張って下さいねー」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドを出て、向かうのは東。
あの盗賊や鬼人族がいた森が目的地となる。
あそこ、依頼対象になるような草花が結構多いんだよな。
その割に人が少ないのは、多分みんな討伐系の依頼を受けているからだ。
熟練の冒険者がよくやっているパターンは、
1.討伐依頼を受ける
2.討伐対象の近辺で採れる採集の依頼品を覚えておく
3.討伐依頼を達成する
4.ついでに依頼品を採集しておく
5.戻ってきて依頼を確認し、残っていたら受けて即座に完了する
という流れかな。実際効率は良さそうだと思う。戻ってきたら依頼がなくなっていた、というパターンも少なくはないだろうが、あくまでついでだから大した損失ではないし。
少なくとも俺らみたいにちゃんと受けてから採集しに行く、という人は今まで見たことがない。
そんなわけで、実は割と平穏なあの森には討伐対象が出ないので、同業者と取り合いにならないのだ。
うん、あそこホントに平穏なんだよな。
アリスとイリスの依頼以後も何度か訪れているが、盗賊や鬼人族は勿論のこと、ゴブリンにすら出会ったことがない。
最初の運の悪さと、アリスの火付け具合が際立っていたのだとよく分かるよな。
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そういった理由もあって、狩人草の特性があっても妖魔族には会わない可能性の方が高いんじゃないかと思っていた。
「いた」だ。そう、過去形である。
今現在いる場所はその森の中。
白くて小さな花弁をつけている狩人草を40本ほど集めたところだ。
目の前には、小柄で毛がなくて全身が緑という、ザ・ゴブリンとでも言いたくなるような生き物が2匹いる。
勿論ゴブリンである。2匹ともそっくりで、見分けはつかない。
手には木の棒っぽいものを持っているが、武器のつもりなんだろうか。
俺の木剣の方が遥かにマシだ。
しかしなんで出会ってしまうかね。
ゴブリンたちも俺たちに会うと思っていなかったのか、戸惑ったような顔をしている。
少しだけにらめっこをしていると、ゴブリンは2匹で話し出す。
「男、と、女」
「弱い?」
「勝つ、できる」
「腹、減った」
「人間、飯、持ってる。やる」
うん、どうやら襲われるらしい。
単語をぶつ切りにした感じの会話だが、そういう言語なんだろうな。
しかし襲ってくる理由は空腹か……。
こりゃなんとかなるか?
「お前ら」
ゴブリンたちに話しかける。
これで俺の言葉は妖魔語になっているはず、だ。
勿論周囲を警戒して、俺ら以外にはいないことは確認済み。
ゴブリンはちょっと驚いた顔してるから、通じてるっぽいな。
「飯、少し、やる。だから、消えろ。じゃないと、お前ら、死ぬ」
俺まで単語で喋る意味があるのかなと思いつつも、念のために単語での会話をする。
ちゃんとした文章にして訳されるか、正直分からないからな。
伝わっててくれよー。
無駄な争いはしたくないんだ。
まぁ戦うとしても、やるのはアッシュちゃんなんだけどな。
「どうする」
「腹、減った」
「飯、くれる。戦う、いらない」
おお。
2匹の話し合いは、どうやら俺の提案を受けそうな流れになっている。
これはいいんじゃなかろうか。
「殺す、全部、奪う」
っておいバカやめろ。
その発想はいけない。平和に生きよう。な?
「戦う、ない。俺ら、死ぬ、ない」
「あいつ、少し、言った。全部、奪う」
「あいつ、俺ら、死ぬ、言った。死ぬ、怖い」
うーん……意見が対立してるな。非戦派頑張れ! 応援してるぞ!
もうちょいかかりそうだし、とりあえず今の内に分けれるもの探すか。
背負い袋を下ろして、中をあさる。
帰りの分が残ればいいから、非常食みたいなのは渡しても大丈夫だよな。
俺用のサンドイッチは除外すると……干し肉が10枚に、パンが1つ。リンゴが4つか。
それほど高いものじゃないし、俺の気分を守るためなら許せる範囲の出費だな。
「俺ら、勝つ」
「男、武器、ある。危ない」
うーん、ちょっとかかりそうだな。
狩人草のちゃんとした数を数えるか。
1、2、3……。
「腹、減った」
「腹、減った」
「少し、奪う。腹、少し、マシ」
「少し、マシ」
「全部、奪う。腹、凄く、マシ」
「凄く、マシ」
「凄く、マシ、良い」
「全部、奪う。やる」
「やる」
……35、36、37、38、39。
げ……後1本は欲しいな。
20本が最小単位だから、これだけ持って行っても無駄が多いし。
荷物から顔を上げると、2匹のゴブリンが武器を構えている。
あー、交渉決裂?
めんどくせぇ……。
「アッシュちゃん、お願いしていい?」
「いいよー。ゴブリン・闇・円・半径5m・10分・攻撃・恐れろ。フィアー」
アッシュちゃんの手先から、2つの黒い球体が放たれる。
「キキー!?」
理解できなかったってことは意味のない音か?
すっげぇサルっぽい鳴き声だったな……。もしかして、妖魔語って全部サルっぽいんだろうか。
俺もさっきまでそんな声を……いや、気にするな。気にしちゃいけない。
ゴブリンは慌てて逃げようとするが、球体には追尾性能があるらしく、それぞれゴブリン目がけて飛んでいく。
球体は同時にそれぞれのゴブリンを射程内に収めると、一気に膨張。
球体に取り込まれたゴブリンは手を振り回して逃れようとしているが、球体には実態がないらしく、完全に無駄な足掻きとなっている。
そのまま数秒。
黒い何かがゴブリンに染み込む不気味な光景が繰り広げられ、全てがゴブリンに吸収された。
一見すると何も変化がない状況。
だが、ゴブリンの内面には効果が劇的にあったらしい。
2匹ともが酷く歪んだ表情で震えながら周囲を見渡す。
ぶっちゃけ怖いけど、詠唱からすると多分あれが怯えた表情なんだろう。
「怖い、怖い、怖い、怖い!」
「男、怖い。女、怖い。木、怖い。地面、怖い!」
……おおう、なんでもかんでも怖がるようになってるのか。
木とか地面まで怖がるって、逆に何なら怖くないんだろうか。
まぁこれなら襲われることはないだろう。
10分だけその恐怖と戦っていてくれ。
喚くゴブリンを無視して狩人草を探し、1本だけ追加で採る。
10分で20本探すことはさすがにできないので、俺とアッシュちゃんはそれで採集を止めて、トラモントへと戻った。
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表現修正:不戦PT→不戦パーティー




