良い人
眩しい。
鳥の鳴き声が聞こえる。
朝、なんだろうか。
ちょっと良い匂いがする。料理のような香りじゃないし、どっちかと言えば花っぽい感じ。なんだこれ。
ゆっくりと寝ぼけ眼を開ける。
すると――。
「お・は・よ」
目の前にはアッシュの顔があった。
「うおぉぉおお!?」
「アッシュちゃん」でも「アッシュさん」でもなく、「アッシュ」だ。
反射的にベッドの上を後退り、距離を取る。勢い余って壁にちょっと頭をぶつけた気がする。
アッシュは緩いウェーブのかかった金髪を指でいじりながらこちらを数秒観察すると、何が面白かったのか、けたけた笑ってすぐにアッシュちゃんの姿になった。
これは間違いなくからかわれただけなんだろう。
朝っぱらから心臓に悪い。
お陰で眠気が完全に吹き飛んでしまった。
「あー面白かった。これで昨日のことは許してあげる」
昨日……?
「一緒にご飯食べようって言ってたの、忘れた?」
ちょっと頬を膨らませるアッシュちゃん。
そういえばそんな約束もしていた気がする。
可愛いので反射的に頭を撫でて、昨日何があったのかを思い出す。
えーっと、散歩して、娼館に入ろうとして入れなくて、やけ酒しておっちゃんと会って適当な話して……ううん、そっから記憶がない。
もしかして寝落ちしたんだろうか?
昼から翌日の朝まで?
「えーっと、俺ってずっと寝てた?」
「うん。僕が戻ったときには既に部屋で寝てて、起きるかなーって観察してたけど結局今まで起きなかったよ」
「マジか……それは予想外だ。うん、約束破ってごめん」
てかアッシュちゃんの言い方って一晩中観察してたみたいに取れるけど……いや、まさかな。
そんなことより、だ。
俺は持っているお金を確認する。
盗まれたんじゃないか、とちょっと心配になったからだ。
不用心ここに極まれり、みたいな真似をしたわけだし。
小袋の中には星銅貨が10枚、綺麗に残っていた。
盗まれてないのはよかったが、これはこれで昨日娼館に行けなかった俺のヘタレっぷりを示しているから、情けなく感じる。
ていうか、昨日の飲食代が引かれてない。
アッシュちゃんが払ってくれたんだろうか。
「アッシュちゃん、昨日俺が飲み食いした分について、おかみさん何か言ってた?」
「ううん。何も聞いてないよ。望が自分で払ったんじゃないの?」
うーん……もしかしてツケみたいになってるんだろうか。
ずっと同じ宿に宿泊してるし、おかみさんが気を回してくれたのかもしれない。
借金してるみたいで気持ち悪いからさっさと払ってこよう。
「ちょっとおかみさんに聞いてくる」
「じゃあついでに朝食にしようか。僕も行くよ」
部屋を出てどたばたと階段を降りると、おかみさんを発見。
他の人に朝食を運んでいたので、運び終わってから声をかける。
「おはよう。おかみさん」
「おはよう。よく寝てたね。朝食は食べられそうかい?」
「ああ、そこはいつも通りお願い。ってそうじゃなくて、昨日の代金っていくら?」
結構飲んでたから、500ヘルトくらいいっててもおかしくはない気がする。
だが、小袋を取り出そうとする俺に、おかみさんが笑って首を横に振った。
「昨日の分はマルシュが払っていったから気にしないでいいよ」
マルシュ……?
誰だろうか。
聞いたことのない名前に首を傾げ、ふと一つの可能性に思い至った。
「もしかして、衛兵のおっちゃん?」
「そうだよ。名前も知らなかったのかい。あいつがマルシュさ」
なるほど。おっちゃん――マルシュさんが払ってくれたのか。
立て替えてもらったと判断するべきか、奢ってもらったと判断するべきか。
普通に考えるなら前者だけど、マルシュさんの性格からすると奢ってくれてそうな気もする。
いや、でも決めつけるのはまずいな。うん。
後でマルシュさんに会いに行って、昨日の分のお金を払おう。
「ああ、そうだ。マルシュからの伝言があるんだよ」
「俺に?」
「あんたに。えっと、『火付けの仕事を辞めた記念に奢ってやる。金を返しに来ても受け取らんからそのつもりでいろ』だってさ」
……おうふ。
完全に読まれてるじゃん、俺の行動……。
奢られるって分かってたら、もうちょっと控えめに飲んでたのに。
なんていうか、マルシュさんには一方的に世話になってるよなぁ。
どっかで恩返しでもしたいところだけど、俺からやれることってのが何も思いつかない。
いや、そもそもマルシュさんのことをほとんど知らないから、何が恩返しになるのかも分からない、という方が正しいのか。
しかし恩を返すためだけにわざわざ調べあげる、ってのもずれてる気がするよなぁ……。
もしマルシュさんの依頼を見つけたら優先的に受ける、くらいが現実的なラインかな?
「あー……了解」
「朝食はすぐ持っていくから、適当な席に座ってな」
「はいよ」
近くの空いているテーブル席にアッシュちゃんと2人でつく。
「マルシュさんってホント良い人だね」
そういうアッシュちゃんの顔は、楽しそうに笑っていた。
何回目かは分からないが、良い人評価がマルシュさんにつく。
俺も同意見だから、反論なんてしない。
「そうだな。どっかで恩を返したいところだ。依頼とか出してるといいけど」
「んー、それはありだけど、ランク足りない依頼だったらどうするの?」
あ、そうか。その可能性もあったな……。
「じゃあランク、頑張って上げていくか」
今の俺らに出来るのはそれくらいだろう。
結局やることは金を稼ごうとしていたころと同じになったが。
ま、そんなもんか。




