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やけ酒

敗北感。

そう、これは敗北感だ。

俺の勇気は現実という壁に打ち勝てなかったのだ。

あの後、使命であるかのように裏通りをどんどん練り歩き、複数の娼館は見つけたが、結局どこにも入ることができなかった。

入り口にいた男が、見た目は怖くない軽そうな男であったとしても、俺は入れなかった。

入り口に男ではなく、その娼館の女が立っていた場合も、俺は入れなかった。

それどころか、入り口に誰もいなくとも、目の前まで進むことはできたが、入ることはできなかった。

これが負けでなくてなんなのだ。

娼館に入るだけの勇気。それがなかった。

臆病者には初体験すら許されないのか。

俺が二人いたなら、間違いなくもう一人を行かせようとし、行けないことを責めただろう。

いや、まさかこんなにチキンだとは思わなかった。自分でもびっくり。別にトラウマがあるとかじゃないし、不能でもないんだけど。

あまりの不甲斐なさに涙が出てきそうだ。

これでよく奴隷を買いたいとか思えたもんだ。

今なら分かる。仮に奴隷を買っても、俺は何もできない。下手したら奴隷を買おうとすることすら、土壇場で諦めそうだ。

相手から迫られでもしない限りは無理だ。そして、イケメンでもなく金もない俺が迫られることなんてあり得ない。

もうダメだ。諦めよう……。情けなさ過ぎてちょっと死にたい。いっそ誰か殺してくれないものか。苦しいのは嫌だから、サクっとお願いしたいところ。


絶望にうちひしがれながら歩いていると、気付けば魔狼の牙亭に戻ってきていた。

……酒でも飲むか。

こんな状態で外を歩いても何も楽しくはないだろう。

それなら、いっそ全て忘れられるくらいに酔っぱらった方が楽じゃないか。

ヴァラドで酒が許される年齢は知らないけど、20超えてりゃきっと平気だろ。

すっかり見慣れたドアを押して店に入る。


「いらっしゃい……ってあんたかい。一人とは珍しいね。昼飯食べるのかい?」


意識してなかったが、もうそんな時間なのか。

まぁついでだし、丁度いいかな。


「じゃあ強い酒と、それに合うものを適当に」

「ふむ……あいよ」


おかみさんは少し考える素振りを見せたが、俺の顔をちらりと見て頷いてくれた。

適当なカウンターに腰を下ろして、倒れ込むようにテーブルに体重を預ける。

目標がなくなったなぁ……。

残ってるのはあれか、異世界観光くらいか。

うーん、悪いわけじゃないんだけどちょっとむなしい感じ。

アッシュちゃんの目標は、争いを止める、だったっけか。

俺との差が凄い激しいよな。

こうして考えると、どんだけ能天気なんだよ俺。

そのくせチキンとか救いようがないし……はぁ。


「そんな溜息なんて吐いてないで、これ飲んでちょっとは元気出しな!」


ぐでーっとしている俺の目の前に、ドン、とグラスが置かれる。

グラスの中は琥珀色の液体で満たされていて、表面がゆらゆらと揺れていた。


「料理はもうちょっと待ってなよ」


先に酒だけでも出してくれたらしい。

しかし、何の酒だろうか。色合い的にはブランデーとか?

少し匂いを嗅いでみると、フルーティーな香りがする。

何というか、リンゴの匂い。


もしかして:リンゴジュース


いやいや、まさか。俺ちゃんと酒って言ったよな……?

今日の自分のダメダメさからするとちょっと不安になるが、言ったはず。

試しに一口。

すると、リンゴジュースの甘味とアルコールの風味が口の中に広がった。

酒にはあんまり詳しくないから種類は分からないけど、どうやらカクテルらしい。

アッシュちゃんも酒は大丈夫なのだろう。

美味しく感じられるのは助かる。しかも飲みやすい。

つい飲み過ぎちゃいそうだ、と思いつつも、今は酔いたい気分なので、体を起こして一気にグラスをあおった。

空になったグラスをテーブルの上に置いて一息つくと、グラスの横に料理――どう見てもピザが置かれる。

もっとつまみっぽいのをイメージしてたが、まぁ昼食時だとこんなもんか。


「おかみさん、同じのおかわり」

「早いね。ちょっと待ってな」


多めに作っていたのか、すぐに持ってこられたカクテルをピザを肴にして飲む。

今度は一気飲みなどせず、飲む量は少しずつだ。

酒というよりジュース感覚で飲めてしまうな、これ。

ぼーっと手を口を動かしていると、酒がなくなった時点でピザもなくなっていた。

まだお腹に余裕はありそうだが、食べたいというわけでもないので酒だけおかわりする。


「隣、座るぞ」


不意に言われて、声のした方に顔を向けた。

そこにいたのは……あぁ、衛兵のおっちゃんだ。

衛兵の格好してないから分からなかった。休憩中か休日なのかな。

黄色のシャツにグレーのズボンと、かなりラフな格好をしている。ぶっちゃけ普通の飲んだくれのオッサンっぽい。今飲んだくれてるのはどっちかと言えば俺だけど。

そういえばたまに昼をここでとってるって、おかみさんが言ってたなぁ。


「坊主、酒飲めたんだな。好きなのか?」


飲み仲間ができるとでも思っているのか、ちょっとだけ嬉しそうな顔をしている。


「普通かなぁ。好きでも嫌いでもないって感じ」


期待させる気もないため、返答は正直に。

酔いたいとか、付き合いとか、そういう理由がなかったら飲まないからな。


「ほぉん。それでこんな時間に飲んでるとは、何かあったか?」

「んー……まぁそんな感じ」


おっちゃんは相変わらずの良い人っぷりを発揮してくるが、さすがに恥ずかしくて言う気にはなれない。

適当にぼかして逃げさせて貰おう。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


――そう思っていた時期が、俺にもありました。

おっちゃんの話術、凄い。

気付けばどんどん酒を飲まされて、どんどん口を滑らせていた。

おっちゃんは自分のことを話してたのに、いつの間にやら俺の話にすり替わってたんだよなぁ……。

捕縛された人とかも、この話術によって全部喋っちゃうんだろう。

人生経験とか、そういうのの差なのかね。

まぁ口滑らせたなって気付いて、途中でやけになって全部喋ったのは俺なんだけど。

あ、勿論滑らせたのは娼館に関してだけだ。

アッシュちゃんのこととかには一切触れていない。

最低限の理性は残っていたんだろう。あんまり自慢にもならないが。


「気にし過ぎだと思うがなぁ。まー、まだ若いんだし、無理に行く必要もないんじゃないか?」

「そりゃそうなんだけど……」

「どうしても行きたいなら、ついてってやってもいいが」


エールを飲みながら言ったおっちゃんに、俺は慌てて首を横に振った。

これ以上情けないのはごめんだ。


「そうか。無理に連れてってもいいんだが……その様子じゃ、いざ、ってときに緊張し過ぎて何もできなくなって、逆にトラウマ抱え込みかねんな」

「う……」


そうだよな、娼館に入って終わりじゃないもんな。

自分のヘタレっぷりを考えると、十分おっちゃんの言う状況もあり得そうだ。


「そう落ち込むな。自然に恋人作ってもいいんだし、最悪その臆病が吹き飛ぶくらいにやりたくなってからでも遅くはねぇさ。そうだな、せめて20歳。いや、25歳くらいまでは我慢しろ。そのくらいからでも遅くはないさ」


もう20歳超えてるんですけど……。

なんて言葉は思っても口から出てこない。

代わりに溜息が出そうになったが、タイミング的に失礼な気もしたので酒と一緒にお腹の底へ押し込んだ。

25歳、か。

人生の先輩にならって待ってみるか。それまでに我慢しきれなかったらもっかい挑戦してみてもいい。

ダメだったらまたへこみそうだけど……。

嫌な想像を振り払うように、酒を一気に流し込む。


「おかみさん、おかわりー」


おっちゃんが心配そうにこちらを見てくるが、平気だと告げて手を軽く振る。

しかし酔ってきたせいか、かなり眠くなってきたな。

目をつむれば酩酊した感覚が心地よい。

ふーらふーらする感じ。

多分立ち上がったらまともに歩けないだろう。

アッシュちゃんに見られたら心配されるかもしれない。

よし……次の一杯で終わりにしよう。

だから酒がくるまではこの感じを……味わって……。

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