お金の使い道
華麗に話題を逸らし、誘導して、なかったことにした翌日。
俺とアッシュちゃんは冒険者ギルドで依頼を探しに来た。
Eランクになる手続き(といってもサインだけだったが)をして依頼の報酬を受け取り、Eランクの依頼がまとまっているボードを確認する。
うーん。
報酬は確かにFランクより上がっているのだが、正直受ける気にならないものばかりだ。
例えばこれ。
ランク:E
依頼:ゴブリン退治
内容:村の近くでゴブリンが複数見つかった。村に被害が出る前に退治して欲しい。5匹以上いることを確認済み。
期間:ゴブリンの殲滅が確認できるまで。
報酬:1匹につき150ヘルト
募集人数:不問
依頼人:カヘオ村村長
補足:寝床は提供しますが、食事は持参して下さい。
元々何かを退治する依頼は受けないつもりではあるが、それがなくとも受ける気にはちょっとなれない依頼だ。
というのも、まずカヘオ村が遠い。
アッシュちゃん曰く、トラモントからは片道で約1日の距離。
つまり、素早く仕事を終えても3日かかると見た方がいい。報酬額は最低750ヘルト。
この依頼を受けると仮定すると、ラインの都合上俺とアッシュちゃんが一緒に動く必要があるから、一人頭の日給が150ヘルト未満になる。
しかも食事は自腹。馬車を使えば時間は短縮できるが、そうすると今度は馬車代がかかる。
割に合わないなんてもんじゃない。
これならランクFの雑用をやってる方がまだマシだろう。
残っていた他の依頼もほとんど似たり寄ったりで、例外的に報酬がマシだと思ったやつは1つを除いて討伐系だった。
で、除いた1つはアリスとイリスの助手だ。
FランクじゃなくてEランクで出してきてるあたり、明らかに俺とアッシュちゃんを意識してるよなぁ。
まあ勿論受けないけどさ。
「んー、いいのないな」
「だねぇ。Fランクの仕事を受けるって選択肢もあるけど、どうする?」
Fランクかぁ……。
「今って金銭的に余裕ある?」
悩ましいところなので、アッシュちゃんに確認を取る。
お金は全てアッシュちゃんに管理して貰っているので、いちいち聞かないとダメなんだよな。
あーでも俺が相場を全く理解してない、ってのがアッシュちゃんにお金を預けてる理由だから、そろそろ多少は渡して貰っていい気もする。
適当にぶらつく中で、あからさまなぼったくりとかは見抜けるようになったし。
「そうだねー。普通に来月までもつくらいはあるよ」
「お、そこそこ余裕あるんだ? じゃあ、今日はゆっくりしない?」
「うん、いいよ」
「それじゃさ、今までお金全部預けてたと思うんだけど、俺も多少は持っておきたくなったんだよね。いいかな?」
「あ、そうだよね。そろそろお金持ってもいいよね。じゃあはい、これは望の分」
おお!?
アッシュちゃんが星銅貨を10枚渡してくれる。
1万ヘルト。かなりの大金だ。
線銀貨じゃないのは、使いやすさを優先してだろう。
「え、こんなに?」
「うん。それで大体半分くらいだからね。どう使うかは望に任せるよ」
こんなにあっさりと出てくるってことは、多分前もって分けておいてくれてたんだろうな。
しかし、どう使ってもいいって……。
宿代とか、全部アッシュちゃんが払う気満々の発言だな。
うん、宿代とか食費の半分になるくらいは残そう。
同じ仕事してて(仕事量はアッシュちゃんの方がありそうだけど)、収入を半分に分けてるのに、そこら辺を一方的に出して貰うってのは嫌だし。
「分かった。ありがとう」
お金を小袋に入れて、落としたりしないよう大事に懐へとしまう。
手元にあるお金ってなさ過ぎても不安になるけど、ありすぎても不安になるな。
勿論今の俺は後者。
確か日本では、財布に入ってたお金が3万円超えた時点で不安を覚えていた気がする。
盗まれるんじゃないかーとか、そんな感じ。被害妄想だってのは分かってるんだけど、それでも不安だった。
それが今は1万ヘルト。日本円にして10万円だ。不安にならないわけがない。
まあ1万ヘルト=10万円の式も、最近は物の価値に差がかなりあるから一概に言えないとは思っているんだが。
「じゃ、僕はまた調べることあるから、夜に魔狼の牙亭で合流して、ご飯食べよっか」
「おう」
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アッシュちゃんと別れ、適当に屋台を冷やかしながらぶらつく。
メインの通りに何があるかはほぼ把握出来てるし、裏通りでも歩いてみるか。
何か面白い屋台があるかもしれないし。
脳内の地図を広げ、とりあえず近かった裏通りへと進入。
屋台の数がぐっと減り、寂れた感じのお店が立ち並んでいる。
人通りは少なく、周囲にゴミが散見できる。
でも、こういう雰囲気ってちょっとワクワクするなぁ。
人目につかない場所にある古書店で、面白そうな本を偶然見つけたときとかはテンションがかなり上がる。
もっとも、この通りに古書店とかはなさそうではあるが。
隠れた名店、みたいなのがないかなー。
そんなことを考えながら歩くことしばらく。
ふと目に付いた看板の文字に、俺は思わず足を止めた。
『娼館 明星』
思い出すのは、昨日アッシュちゃんに言われた言葉だ。
「娼館とか行かないの、か」
結局そんなことを突然言った理由を聞こうとはしなかった。
アッシュさんの姿だったら聞けただろうけど、アッシュちゃんの姿で理由を問い詰めるのはダメな気がしたから、全力でスルーしたのだ。
アッシュの姿だったら……何かそういうプレイっぽい感じがしただろうからご遠慮したい。
もしかして溜まってるように思われたんだろうか。
確かにこっちに来てから所謂処理はやってない。
ただ、それほどむらむらすることもなかったんだよなぁ。奴隷を手に入れたときのこととか考えたりしてた場合は除くけど。
ていうかあれだな、やることだけ目当てで奴隷を手に入れるくらいなら、実はこういう娼館に通う方が安くつくんじゃないか。後腐れとか罪悪感もないし。
うん。娼館って選択肢は完全に頭から抜けてたな。
幸いにして金はある。これだけあれば多分足りるとは思う。
そもそも奴隷を買うにしても、必要な分だけ貯まるかどうかは怪しかった。
不確実な未来より、確実な今を選んだ方が賢いのではないだろうか。
状況は変わっても、ある意味でやることは変わらないわけだし。
……よし!
看板を掲げているお店を確認。
目立つような外装ではなく、看板さえなければ普通の宿屋と勘違いしてしまいそうだ。
あからさまに「それ」っぽい外装だと躊躇しただろうが、これなら平気だ。この建物を作った人を褒め称えたい。
お店に向けて一歩足を踏み出す。
それと同時に、お店のドアが開いた。
出てきたのはアッシュさんと同じくらいの体格でスキンヘッドの男。
その頬と鼻には刃物で切られたものっぽい傷跡があり、明らかにやばそうな雰囲気を醸し出している。
店から出てきたということはお客だろう。
こんな朝から良いご身分だな……って俺も同類か。
特に理由もなくお近づきになりたいとはお世辞にも思えないため、目を合わせないようにして進行方向をずらしていく。
よし、あいつが離れてから行こう。
男は店から出ると、数歩だけ歩き、足を止めた。
当然だが立ち止まった場所は店の目の前。
邪魔なことこの上ない。
すっきりしたならさっさと消えてくれよ……!
わざとお上りさんっぽく周囲をきょろきょろと見渡し、近くの適当な雑貨屋を見つけて外から眺めるふりをする。
が、男は動かない。凄く邪魔だ。
腕を組んで何かを待ってます、みたいな雰囲気を出すな。
1,2,3……。
何もすることがないため、頭の中で時間を数えながら男が離れるのを待つ。
30秒経っても男は動かない。
さすがに雑貨屋の前にずっといるのも不自然なため、隣にある薄汚れた飲食店の前に移動する。
一応開いてるらしく、店の前にはメニューの一部が書かれた木の板が配置されていた。
メニューに目を通すふりをしながら、横目で男を確認。
1分ほど待ってもやはり男は動かない。
マジで邪魔……!
そんなことを思っていると、男が何かに気付いたかのように腕を下した。
視線の先を辿ると、そこにいたのはちょっと冴えない感じのオッサン。
待ち合わせ相手が見つかったのかな。これで店に入れるようになる!
「ちょっとそこのダンナ」
男はオッサンに声をかけるが、知り合いじゃなさそうな雰囲気だ。待ち合わせじゃないのか?
オッサンは少しきょろきょろした後で男と目が合い、俺の事? とでも言いたげに自分を指差した。
男は一度大きく頷くと、にやりと笑う。
「良い娘いますよ。どうです?」
客引きだったのか……。
こんな男にやらせるよりも、中で働いてる人にさせた方がいいんじゃないだろうか。
そんな俺の感想をよそに、オッサンは財布と思しき袋を確認。
お金が足りそうなのか、いやらしい笑みを浮かべると、男に誘われるまま娼館に入っていった。
男はオッサンが入るのを見届けると、またも先ほどの位置に戻って次の客を探す。
つまり、俺は客だと認識されていないのだろう。
金がなさそうだと思われているのか、娼館を利用できないような年齢だと思われているのか。
前者ならいいが、後者だと辛い。
下手すりゃ中に入るのを止められる可能性だってある。
うーん……。
その後10分ほど近くの店の前をうろうろするも、男がその場を離れることはなく、男がいる前で堂々と娼館に入る勇気も出なかった俺は、諦めてその場を離れた。




