説得?
二人のいた場所に戻ると、既にイリスが目を覚ましていた。
「姉さん、起きて。おーきーてー」
アリスに声をかけながら肩を揺すっているが、頭打った人にはまずいんじゃないか?
思わず止めようとするが、その直前にアリスの目蓋が動いた。
「ん……」
「あ、姉さん気付いた? 大丈夫?」
「あーうん。だいじょぶだいじょぶ。えーと、どうなったんだっけ?」
ちょっと混乱しているっぽいな。
とりあえずあっさり目を覚ましてくれてよかったよ。
頭を打つってやっぱり怖いし。
「それは僕が説明するよ」
アッシュちゃんは二人に声をかけると、歩いて近づく。
「二人とも鬼人の魔法を受けて、そのまま気絶してたんだ」
「あー、そっか。うん、そうだった。それで?」
「望が鬼人を説得して、死体だけで諦めてもらったんだ」
あの、アッシュちゃん?
遠回しに俺ががっつり鬼人語喋れるって言ってるけど、いいのそれ?
身振り手振りで伝えたとかでもいいんじゃないかなー。
もう遅いのは分かってるんだけどさ。
「ど、どこでそんな知識を!? 人間が鬼人の言葉を理解するなんて、聞いたこともないんですけど!」
アッシュちゃんの言葉に驚いてイリスが詰め寄ってくる。
って近い近い近い!
い、息が当たってるって!
「あ、あはははは」
説明はアッシュちゃんに任せたいところなので、俺は笑って誤魔化す。
ちなみに体勢はかなりのけ反ってる。
「へぇ。ノゾムは凄いね。鬼人の言葉まで分かるんだ? お陰で助かったからいいんだけど」
あ、はい。それより妹さんをどうにかしてくれないかな。
そんな気持ちを込めてアリスに視線を送るが、あわよくば情報出てこい、くらいに思ってるのか、ちょっとニヤニヤしながらスルーされる。
助けてくれる気は皆無のようだ。
しかし、イリスと違って、アリスは表向きすんなりとスルーしてくれたな。
前のこともあるからだろうけど、ちょっと意外だった。
あるいは魔法に関係ないからかもしれないが。
ただ、「まで」とかそんな他の言語も分かってますみたいなニュアンス含めるのやめてくれない?
「どうやって知ったのか、是非、是非教えて下さいー!」
対して、魔法に関することでなくとも、珍しいことはイリスの興味範囲なのか。
あるいは知識人でも知り合いにいると思われていて、それを紹介して欲しいんだろうか。
らんらんと輝かせているその目は、向けられる側からするとちょっと怖いんだが。
「はいはい、落ち着いてね」
俺が困っているのを見て取ったのか、アッシュちゃんが間に割って入って助けてくれた。
最初のとっかかりはアッシュちゃんだから、感謝はしないが。
「悪いけど、それについては教えられないんだ。今は生き残ったことが大事、でしょ? いつさっきの鬼人の気が変わるかも分からないし、早く帰ろうよ」
「そ、それは……そうですね……」
アッシュちゃんの顔を見て話してはいるものの、かなり頻繁にこっちの顔をチラチラ見てくる。
食いつき方が半端ないんだけど、これどうにか出来るんだろうか。
ね、と押していくアッシュちゃんに、イリスは頷いた。
実際に鬼人が追ってくることはあり得ないけど、俺も早く帰りたいから助かる。
こんな場所にずっといたら、次のトラブルが起こってもおかしくないからな。
全員で落ちてるメモがないかなどをざっと確認すると、足早にその場を離れる。
しばらく無口で移動していると、アッシュちゃんが言いづらそうに口を開いた。
「これだけ歩いたら大丈夫、かな」
「そうですね。もう平気だと思いますよ」
「そっか。あのね……二人からの依頼、今日で終わりにしたいんだ」
「「えっ!」」
あまりに急な切りだし方に、二人が驚きの声をあげる。
「さっきね、僕……死ぬかもしれないって思ったんだ。あんなに強そうな陰族が出るなんて思ってもなかったし、すごく……こわ、怖かったんだよぅ……」
はっ!?
アッシュちゃんが、急に涙を流しながら俺に抱き着いてきた。
え、なにこれ。
ウソ泣き……だよな?
グシュッと聞こえるのは鼻をすすった音だろうが、クオリティが高すぎてガチ泣きに思えてしまう。
どうしたらいいのか分からないから、とりあえずで頭を撫でる。
泣くのが唐突過ぎる気もするけど、一息ついた、くらいのタイミングだから、堪えてたのが溢れた、ともとれるか。
いや、涙声で「望ぅ」とか言うのやめて、ウソ泣きって分かってるし俺何もしてないけど罪悪感覚えるから。
うわ、うわー、なんだこれ。アッシュちゃん怖い!
その強そうな陰族を圧倒してたじゃん! ていうか絶対強そうとか思ってなかったじゃん! 死ぬかもとか全く考えてなかっただろ!
言いたいことは山ほどあるけど、言えるような雰囲気じゃない。
仮に言えたとしても、言ったらこの演技が台無しになるから言わないけどさ。
アリスは諦めたような顔で、イリスは申し訳なさそうな顔でそれぞれアッシュちゃんを見ている。
これは……何を言っても通るような空気だ。
うーん、か弱さが感じられるアッシュちゃんの姿ならでは、なんだろうな。
同じセリフをアッシュさんが言ったとしたら……。
ごつい筋骨隆々のオッサンが「こわ、怖かったんだよぅ……」か。
あ、やばい。
ちょっと想像したら、気持ち悪くて笑いそうになった。
慌てて顔を伏せて、アリスとイリスに見られないようにする。
笑いを堪えているせいで、少し体が震える。
いや、ダメだ。これはまずい。
声を脳内再生してしまったのが余計まずかった。
堪えろ、堪えろ俺!
ここで爆笑するのはさすがにまずい!
俺が震えていることに気付いたのか、アッシュちゃんが顔をあげた。
泣き顔のアッシュちゃんと、半笑いの俺の視線が交差する。
すると、アッシュちゃんは何事もなかったかのように顔を再度俺の服に押し付け――俺のみぞおちを二人からは見えないように殴った。
「っ!?」
漏れそうになる声を必死で抑える。
少女の力とはいえ、急所への一撃はさすがに痛い。
おかげで笑いは止まったが、涙がちょっと出たよ。
俺が悪いのは分かってるから、文句言う気はないけどね。
「さすがに、今回レベルのものは滅多にないと思うんですけど……」
さすがに「辞めていい」とは言えないのか、イリスは遠回しに引き留めてくるが、その勢いはほとんどない。
しかし「もうない」じゃなくて「滅多にない」なんだ……。
これまでよく生きてたな。
ある意味運が良いんだろうか。
いや、運が良ければトラブルには巻き込まれないか。
「ひっぐ……ひっぐ……」
「だからその、考え直して貰えると……」
「えっぐ……怖かったよぅ……」
「えっと……」
アッシュちゃん、二人が折れるまでウソ泣きを続けるんだろうか。
俺としては早く帰りたいんだがなぁ……。




