蹂躙(物理)
「鬼人……」
姿を見せたのは、額から一本の大きな角を生やした鬼のような男だった。
体格は大きく筋肉質で、ぼろのような服を身に纏っている。
イリスの言葉から察するに、鬼人というのが種族名か。
人間でもエルフでもドワーフでも妖精でもない種族。
陰族。アッシュちゃんを除けば初めて出会う、陽族からすると敵対勢力である種族だ。
さっき「ごちそう」って言ってたけど、もしかして人を食うのだろうか。
実は氷が好きで雹のことを「ごちそう」って言ったとか、そんなオチないかな。
「お前ら、旨そうだなぁ。良い匂いだなぁ」
はい、救いなんてありませんね。
アリスとイリスで何とかなる相手なんだろうか。
やばそうな雰囲気がかなりするんだけど。
「アイスランス!」
「ファイアランス!」
二人が同時に魔法を放つ。
高速で放たれた二本の槍は、一秒も経たずに鬼人へと到達する。
だが、鬼人に当たる寸前。
「ふんっ!」
おいおい、マジか!
腕の一振りで氷の槍は砕かれ、炎の槍は霧散した。
しかも、腕には傷一つついていない。
「そんなっ!?」
予想外だったのか、イリスの声が響く。
対照的に、アリスは声を潜めて次の詠唱を開始しているようだ。
やばそうだけどやるしかない、か。
俺は二人と鬼人の間に位置取る。
役に立てる気は正直しないが、時間稼ぎくらいなら出来るだろう。
その間に誰かが倒してくれればそれでいい。
本音を言えば逃げたいのだが、逃げ切れる気が全くしない。
万が一逃げ切れたとしても、後味が非常に悪くなりそうだし。
「邪魔だぁ。どけ。お前に興味はない」
お目当ては俺以外、か。
女の肉の方が旨いとかそういうやつか。
あれ、これ俺だけなら逃げれるんじゃ……いやいや、だから後味悪くなるって。
頭を数回振って誘惑を振り払う。
「断る」
俺の言葉がそんなに予想外だったのか、鬼人は一度大きく目を見開くと、そうか、と呟いた。
アリスもせっかくの詠唱を止めて「え」ってなんだよ。
結構失礼じゃないか、それ。
俺ってどういう風に見られてるんだ。
「まあいいかぁ。女・風・球・0m・10秒・攻撃。ウィンドボール」
鬼人が詠唱を隠しすらせずに魔法を放つ。
軽い感じで発動したそれは、俺には全く見えなかった。
一瞬不発を疑ったが、直後に聞こえた悲鳴に否定される。
「あっ!」
「うわっ!」
アリスとイリスは何かに殴られたかのように飛ばされ、背後にあった木に頭から叩き付けられた。
二人はそのまま木にもたれかかるようにして、動かなくなってしまった。
「なっ……!」
慌ててアリスに駆け寄ると、意識を失っているだけらしく、呼吸に合わせて控えめな胸が上下していた。
頭から血が出ている様子もない。
イリスの方にも近寄って確認するが、アリスと全く同じ状態だ。
殺す気はなかった、ということだろうか。
しかし間に立ってた俺の立場が全くないな、これ。
マッチョのくせに魔法を使うとか、卑怯じゃね?
そんなん予想出来ないに決まってるだろ。
仮に予想出来ていたとしても、俺には対処出来ないんだけどさ。
「なんでお前に当たってないんだぁ」
鬼人が声を向けた先にいるのはアッシュちゃんだ。
不可解、という表情を浮かべる鬼人に対し、アッシュちゃんは笑みを返す。
「だって、対象指定が『女』だもん。僕に性別はないから、対象外になっただけだよ」
「性別がない……? お前、人間じゃないのかぁ」
二人が気を失ったから、アッシュちゃんは正体を隠すのをやめたらしい。
これはアッシュちゃんの戦いぶりが見られるんだろうか。
魔王ってどれくらい強いのかな。
「人間にこの量のマナが操れるかい?」
途端、アッシュちゃんから強烈な圧力のようなものが押し寄せてきた。
「これは……お前、淫魔か。じゃあやり――!?」
あ、地雷。
淫魔か、の時点でアッシュちゃんの全身から靄が噴出した。
直後に、感じていた圧力が更に激しいものに切り替わる。
多分アッシュさんになったんだろう。
「ま、待て! お前らとやりあう気は――」
言葉は途中で強制的に止められていた。
直前まで10m以上離れていたアッシュさんが、いつの間にやら右手だけで鬼人の顔面を掴み、宙に持ち上げている。
アッシュさんの顔は寒気がするような笑顔だった。
鬼人よりも鬼っぽく見えるのは何でだろうか。
「最初はさ」
アッシュさんがゆっくりと口を開く。
「てめえがそこらにある死体だけで我慢するなら、無視するつもりだった。アリスとイリスを狙ったことも、別に構わない。でもな」
「がああああ!!」
鬼人の口から絶叫が響く。
アッシュさんの腕には血管が浮き出てるんだけど、どれくらいの力を入れているんだろうか。
「俺のことをその名で呼んだのはダメだ。ああ、許さねえ。許せるわけがねえ。だから」
鬼人が何とかしようとアッシュさんの腕を掴む。
全力で力を込めているように見えるが、アッシュさんには何の影響も与えられていないようだ。
「一生寝てろ」
左の拳が鬼人のがら空きの腹部にめり込む。
くひゅ、という変な音を出して、鬼人は動かなくなった。
超あっけない。
「……殺したの?」
「いや、望もこれ以上残酷なのは見たくねぇだろ? だから夢の中に送った」
スリープ(物理)という感じか。気絶させただけ、とも言うが。
「で、これで――こいつは永遠に夢の中だ」
「何もしてないように見えるけど、何かしたの?」
「俺は夢魔だからな。こいつの夢に干渉して、二度と覚めない悪夢を見せてる」
いや、それ殺したとほぼ同義じゃね?
飯食わなきゃ衰弱死するだろうし、仮に種族的に飯とか要らないとしても、二度と意識がないって死んだようなものだと思うんだけどな。
種族が違うとそこらの認識も大分差があるんだろうか。
うーん、でも俺に気遣っての選択っぽい感じだし……あんまりつっこむのもよくないか。
しかし、地雷だとは聞いていたけど、想像以上だったよ。
ちょっと性格変わってた気がするし。
今後、絶対地雷だけは踏まないようにしよう。
そう強く、胸の中で誓った。




