プロローグ
プロローグ-0だけでは始まってすらいないので、物語が始まるプロローグまで連続投稿となります。
少し書き溜めてはおりますが、これ以降の公開はゆっくりしていくつもりです。
二つの影が一つになる。
数秒して離れると、目の前には満面の笑みを浮かべる彼女の姿があった。
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「……はぁ」
そろそろ寝ないと明日に響く。
そんなことをチラっと考えたのは、一時間ほど前だっただろうか。
結局小説の続きが気になってしまい、最後まで読んでしまった。
「終わっちゃったか……」
ベッドの上に読み終えた小説を置く。
小説の帯には、「堂々の完結!」と書かれていた。
ドクンドクンと、心臓が早鐘を打つのを感じる。
好きな小説を読んだ後はいつもこうだ。
主人公が異世界に召喚され、勇者となり、魔王を倒し、元の世界に帰る。
そんな王道展開のファンタジー小説だった。
胸が熱くなるような余韻が強く残っている。
「しばらくは読む気起きないな、こりゃ」
ベッドの上でだらけながらも、物語の余韻を楽しむ。
地味ながらも気に入っている贅沢な時間の使い方に、思わず口元が歪む。
余韻に浸りながら瞼を閉じて、印象的だったシーンを思い出す。
主人公が自分だったら、あそこでどうしただろうか。あのピンチを切り抜けられただろうか。
明らかに勝てない強敵に対し、仲間を逃がすために立ち向かう。
無理だ。臆病者だし、多分漏らしながら真っ先に逃げる。
捕まっても機転を利かせて自力で脱出する。
無理だ。捕まった時点で取り乱し、チャンスを作ることすら出来ないだろう。
逃げた先で出会った娘に一目惚れされるが、鈍感なため手を出さない。
無理だ。まず顔がダメだし、据え膳があったら間違いなく手を出す。
思いつくシーンでそれぞれ考え、いつも出る結論は同じ。
自分には出来ない。
だが結論によってもたらされるのは悪い感情ではない。
だからいい。
自分には出来ないことを行える主人公に憧れるし、尊敬する。
そんな主人公が幸福を手に入れる物語に酔いしれる。
余韻はこうして更に深くなっていき、そのまま眠りについた。
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光を感じて目を開けた。
あ、やばい。講義の準備してな――。
焦りは、一瞬で疑問で埋め尽くされた。
目の前にウサギの顔があったのだ。
どアップで。
いやいやいや、意味が分からん。
何でウサギがいるんだ。
うちでは動物なんか飼ってないぞ。
目の前にある鼻がひくひくと動く。
ちょっと可愛……いや待て、落ち着け。
何か変だ。
いや、そりゃウサギが目の前にいるのは変だけど、それ以上に何か変だ。
えっと、そう……うん。こいつ、デカい。
頭の大きさが人間の頭くらいあるんじゃないか?
そんなことを考えていると、ウサギは興味を失ったのか、何事もなかったかのように俺から離れていった。
離れていくウサギが変なのは、頭の大きさだけではなかった。
まず、人間大だった。頭だけでなく全身が。
しかも服を着てるし、二足歩行だし、首に時計をぶら下げていた。
むしろ変じゃない部分の方が少なかった。
というか、俺がいる場所も変だった。
ベッドで寝ていたわけではなく、背中を木に預けるようにして寝ていたらしい。
感触で気付きそうなものだが、それだけ焦っていたんだろうか。
風で木の葉が揺れて、生じた隙間から光が差している。
「ここはどっかの公園か……?」
ベンチや遊具といったものは設置されていないが、自然公園という言葉が似合うような場所だ。
自然公園なんて行ったことはないが。
一先ず立ち上がると、離れたところにいるウサギに目を遣った。
ウサギは俺の後ろにあった木よりも、二回りほど大きい木の根元に顔を突っ込んでいる。
探し物でもあるのか、穴でも掘っているのか。
気になるので遠くから様子を窺っていると、ウサギはそのまま木の根元に吸い込まれるように消えていった。
「は?」
慌ててウサギが消えた場所まで駆け寄る。
そこにはウサギが消えた原因であろう、人一人なら簡単に入れそうな大きな穴があった。
そして、ここに来てようやく俺は気付いた。
「アリスか」
多分合っている。
アリスも異世界ものと呼べるだろうし、寝る前に読んだ本がきっと影響したのだろう。
で、そうなるとここは夢か。
そりゃそうか。あんなウサギ、現実に存在するわけがないし。
夢って自覚できるということは、これ、明晰夢なんだろうな。
明晰夢なんて初めてだから、ちょっとテンションが上がる。
「結構好き勝手出来るって聞いたことあるし、楽しみだな」
やっぱあれか、エロくて美人な女の子に囲まれてハーレム?
いや、それとも滅多に食えないようなうまいもの食べ放題か?
いやいや、絶対手に入らないくらいの大金というのもあるいは……。
よし、いっそのこと全部出ろ!
……。
…………。
………………。
何も出ない……だと……。
いや、きっと一気にやったからだよな。
順番にいこう。最初は女の子だ!
……。
…………。
………………。
想像力が足りないとかか?
いや、それはないと思いたい。
お気に入りのAV女優を全力で脳内再生しても出ないんだ、これ以上は無理だ。
想像力だけじゃなくて、呪文みたいなのがあればどうだろうか。
「ちちんぷいぷい!」
「アブラカタブラ!」
「開けゴマ!」
「エロイムエッサイム!」
「ベントラーベントラー!」
「えーと……あ、イ○ナズン!」
うん、誰もいない夢で良かった。
現実で誰かに見られてたら数日引きこもるようなことを勢いでやってしまった。
しかしどうやってもダメっぽいな。
明晰夢で好き勝手出来るとか言ってたやつは誰だ!
勿体ないけど、何かを出すのは諦めるしかないか。
となると他にやれそうなのは、やっぱ穴に入るくらいか。
そうだな、何も出せないなら夢の中でくらい異世界に行けてもいいだろ。
明かりとか一切ないから中が全く分からないけど、きっと大丈夫だよな。
落ちていってただ地面に潰れて、紐なしバンジーが体験出来るだけとか、そんなオチはないよな。
……。
自分で自分を不安にしてどうすんだ……。
ま、どうせ夢だし、最悪死んでも起きるだろ!
これ以上不安になる前に飛び降りよう。
3、2、1、とうっ!
飛び降り直後はやはりビビッていたのだが、十秒程度でそれもなくなった。
落下しているはずだが、その自覚が非常に薄いからだ。
やっぱり夢だからだろう。
風というか、空気を切る感覚が全くない。
そのくせ普通に呼吸は出来ている。よく分からない。
加えて穴の中は本当に真っ暗で、頭上に見える入り口が徐々に小さくなっていなければ、実は落下していないんじゃないかと思っただろう。
まぁ着地している感じもしないから、落ちているのは間違いない、はずだ。
この調子なら、案外着地時の衝撃とかもないかもしれないな。
「……長いな」
穴に入って数分くらいは経ったと思うんだけど。
さすがに落ちるだけの夢というのはつまらないから、そろそろ変化が欲しいところだ。
仕方がないから唯一見た目上の変化がある頭上に視線を向ける。
すると、入り口以外にも変化が生じていた。
何かが落ちてきている。
あれは紙、かな。
なぜか青白く光っているし、俺との距離がどんどん詰まっていく。
どういう仕組みか、とかは考えるだけ無駄か。夢だし。
ぼーっとそれを眺めていると、吸い込まれるように紙が手元にやってくる。
思わず手に取ると、紙の上には羽ペンらしきものとガラス瓶に入ったインクらしきものがあることに気付いた。
紙の一番上には契約書と書かれており、その下には甲は~とか乙は~などという文字が事細かに並んでいる。
一番下には名前を書くスペースがあった。
現実だったらさすがにしっかり読むけど、夢の中でこういうのを読む気は一切しないな。
どうせ書かないと何も進まないだろうし。
ガラス瓶の蓋を開けてから羽ペンを黒い液体に浸し、契約書に名前を書く。
「うっわ、我ながらきったない字だな」
慣れていない筆記具を使って空中で書いたから仕方ないと思いたい。
ぐねぐねとした汚い字になってしまったが、それでも辛うじて「高村望」と自分の名前を書くことが出来た。
次の瞬間。
「へ!?」
紙が放っていた光が急激に強くなり、俺は光に呑まれた。