屋台の当たりはずれ
窓から外を見ると日が高くなっていたので、一度図書館から出ることにした。
昼時だからか出る人が多く、警備員のお兄さんのターゲットが分散していたのには助かった。
視線が合うんじゃないかと考えるだけで怖いからな。
さて、昼飯はどうしようか。
魔狼の牙亭に戻ってもいいけど、屋台って選択肢もあるんだよな。
お金は結構多めに貰ってるからどっちでもいいんだが。
よし、今日は屋台にしよう。
味は微妙って聞いたけど、それもまたトラモントらしさになるだろうし。
どうせ買うならチャレンジで、全く知らない料理を探すかな。
図書館周辺には屋台が見当たらなかったので、とりあえず図書館から出てきた人たちと同じ方向に流されることにした。
きっとみんな屋台の多いところに行くはずだからな。
予想は当たり、少し歩いただけで食欲を刺激する良い匂いが漂ってきた。
あれは――焼きトウモロコシか。うん。美味しそうだけどチャレンジにはならないからスルーだな。
タレは醤油ベースじゃなさそうだから、そういう意味ではチャレンジかもしれないけど、どうせなら味や食感が想像できないものを食べたい。
次に目に付いたのは、昨日も見かけたサンドイッチ(のようなもの)。
パンで何かを挟んでいるし、広い意味でサンドイッチだろう。
さっきお客さんに手渡されてたやつは、魚の尻尾が見えていたのが気になるが。
ツナサンドとかは日本にもあったし変でもない……のか?
まぁいいや。これも一旦スルーしておこう。
他には……お、テサヒサってなんだ。
鉄板でヘラを使っているのを見ると焼きそばを連想するが、全部見ても面白くないな。
客もちょろちょろいるし、まずすぎて食べられないってことはないだろう。
「おっちゃん、一つ頂戴」
「おう、30ヘルトだ」
あ、やべ。
「ごめん。大きいのしかないけど大丈夫かな」
渡された袋から、星銅貨を取り出しておっちゃんに見せる。
「あぁ、そのくらいなら大丈夫だぞ。さすがに角銀貨とか出されたら困ったがな」
がはは、と豪快に笑いながら、おっちゃんは懐から袋を取り出した。
おっちゃんに星銅貨を渡すと、袋から出した角銅貨7枚、円銅貨9枚と交換してもらう。
お釣りを自分の袋に入れたところで、おっちゃんに空の木製の器とスプーンを渡された。
「しっかり持って落とさないようにな」
おっちゃんがトングのようなもので、鉄板上のものをこれまた豪快に器に入れる。
おいおい、値段の割に量が多くないか?
大分ずっしりした重さがあるんだが。
「食い終わったら器とスプーンは持ってきてくれよ」
容器は回収するシステムなのか。
「分かった」
屋台から離れて、適当な段差を見つけて腰を下ろす。
テサヒサの見た目は、小魚と野菜の炒め物って感じだろうか。そこにちぎったパンが混ぜられている。
小魚の大きさはシラスくらいだし、この大きさなら頭とか骨とか気にせずに食べられるだろう。
野菜は多分キャベツとニンジンだ。
匂いは香ばしい感じだけど、果たして味は?
一口目はやはり一番緊張する。
スプーンでゆっくりと小魚とキャベツをすくい、口まで運ぶ。
濃い目の甘辛い味が味蕾を刺激し、香ばしい香りと小魚の風味が鼻から抜けていった。
少し濃いかと思ったが、野菜を噛むと野菜の甘味が出てきて丁度いいくらいになるな。
今度はパンと小魚を口に入れる。
すると、野菜と一緒に食べたときとはまた若干異なる味が感じられた。
パンの味付けがちょっと薄目なのは、多分わざとだろうな。入れるのを完成直前にしたんじゃないだろうか。
その分パンの風味が感じられて、それがまたこの甘辛い味によく合うのだ。
うむ、旨いじゃないか。
最初から当たりの屋台を引くとは幸先がいいな。
こんなに旨いのに、さっきの焼きトウモロコシやサンドイッチの方が客が多いのは、器を返す手間があるからか。
このテサヒサ、好みは多少あるだろうが、魔狼の牙亭の料理と同じくらい美味しいと思うんだが。
味よりも利便性に人が流れていくなら、そりゃ旨いもの作る気力もなくなっていくわな。
手と口を動かしていると、山盛りだった量がどんどん減っていき、すぐに器は空になった。
「あー。食った食った」
腹は大分膨れたが、ちょっと口をさっぱりさせたいな。
ジュースかフルーツみたいなのを探すか。
おっちゃんに器とスプーンを返すと、場所を軽く移動する。
すると、次に見つけた屋台は――
「リンゴ飴……だと」
角煮のときも思ったけど、なんで異世界でこんなのがあるんだよ。
別にいいんだけどさ、これじゃない感が半端ない。
今の気分に微妙にかすってる感じもするが、飴部分は口をさっぱりさせてくれないし、スルーしよう。
他に何かないかな。
それから5分程度ぶらぶらと歩いてみたが、屋台は自然と見つかるものの、売られているのは主食系ばかりで、求めているものではなかった。
強いて言うならリンゴ飴が一番近かったというのがなぁ。
普通の喫茶店みたいなものでもよかったんだが、そういった飲食店も今のところ見つけられていない。
いっそ屋台から離れてみるか?
そう思ったところで、とある匂いを出している屋台に気付いた。
「これって……」
匂いに釣られて屋台にたどり着くと、店員のお兄さんが売っていたのは真っ黒な飲み物。コーヒーが、そこにはあった。
他のものは見当たらないから、コーヒー専門の屋台なのだろう。屋台でコーヒーと聞いても違和感しかないが。
まぁコーヒーでも口はさっぱりするしいいか。
「一杯頂戴」
「20ヘルトだ」
コーヒー一杯でテサヒサの2/3の値段か。
うーん、物価が分かるようで微妙に分からない。
もう明らかにぼったくられてる、とかじゃなければ気にしないでいいかなぁ。
そんなことを考えながら、お兄さんに20ヘルトを渡す。
差し出されたコーヒーを受け取ると、すぐに飲んで――固まった。
苦くてまずい。
いや、コーヒーが苦いのは当たり前だ。このコーヒーが特に苦いというわけでもない。
現実で飲んでいたコーヒーと同じくらいの苦さだと思う。味もちゃんとコーヒーの味だった。
じゃあまずい理由は――あ。
アッシュちゃんが嫌いなのか、苦いやつ。
しまった、アッシュちゃんと同じ味覚になっていること、完全に頭から抜けてたよ。
美味しく飲めないコーヒーを、少し苦々しく見てしまう。
まぁ買っちゃったし、飲み切るしかないんだけどさ。
これがアイスコーヒーなら一気に飲み干すという選択肢があったんだけど、残念ながら売られていたのはホットコーヒーだ。
少しずつ飲む分には何の支障もないけど、一気飲みはさすがに熱くて出来ない。
地雷を踏む覚悟で地雷を踏んだなら諦めもつくけど、安パイだと思ってたものが地雷だったときって、悲しくなるよ。
屋台の前から移動しながら、またコーヒーを少し飲む。
はぁ、まっずいなぁ……。




